実力不足。
「フッ、仕方ないな。ならば問おう──そこに映ってる女が妹だったから、どうだと言うんだ?」
……。
……。
……どうだと言うんだ?
「むしろ妹ということは──俄然怪しくなったと思わないか?」
「ああ。お前の頭がな」
千歳迷探偵は聴衆に語り掛ける。
「お前たち、あんな可愛い可愛い妹がいるなんて罪に値すると思わないか?」
一体何を言い出すかと思えば、そんな妄言に誰が耳を──
『……確かにな』
なにが?
『盲点だった』
どこが?
『一理ある』
無理がある。
(てめえ……せっかく場がまとまりかけてたのに、なんてことしてくれてんだよ!?)
(黙れ! こんなオイシイ思いをしている奴をのさばらせておけるものか!? オレが天誅を下してやる!)
「この外道は家に帰ると、可愛い可愛い妹が玄関で待っていているんだぞ!」
千歳は声高々に周囲に問いかける。
『いいなあ……』
『まあ確かに羨ましいけどよ』
『でも、なあ?』
大丈夫。まだ冷静な判断を下せるクラスメイトがいるうちは問題ない。
「おい貴様!」
千歳が藤森に問いかける。
「な、なんだよ?」
「答えてくれ──どうして妹と手を繋いでるんだ?」
「それは、まだ妹がちょっと兄離れできてない──」
その答えを聞いた途端、千歳の身体がわなわなと震え始め、
「今の発言で罪は重くなったが……あえて問おう。……からだ?」
千歳は小さく何かをつぶやいた。
「おい、今なんて──」
「手を握ったのはどっちからだと聞いているんだあぁああ!!」
藤森の問いかけを遮るように、千歳が全身を使って叫び出す。なんて悲しいバウンドボイスだろうか。
「そ、それは……」
「……それは?」
藤森はしばしの逡巡の後──
「…………妹」
『コロス』
『そいつを家に帰すな』
『永遠に寮に閉じ込めとおけばいいんだな了解』
駄目だ! 妬み嫉みが人を変えていく瞬間に立ち会ってしまっている!
「この世の全ての富を独占するこの害悪を許してはならない!! 今こそ裁きの鉄槌を!!」
しょうがねえ、ならばここは比較的まともな奴を!
「おい、天王寺! お前からなんかこの妹バカに言ってやれよ!」
すると、天王寺はいつも通りに凛と微笑んで──
「……中学生、素晴らしきかな」
「使えねーこいつ!!」
「天王寺、お前なら分かってくれると信じていた!」
シスコンとロリコンでオワコン並みのシナジーコンボをコンプリート。
「よし分かった! 一旦落ち着け! お前らの言い分は分かった!」
『極刑だよな?』
『裏山でいいよな』
『軍手とスコップを用意しておく』
「生き埋めは止めておこう。それではあまりに藤森がかわいそうだ」
「議長……恩に着る!」
藤森が涙をたたえながら、感謝の言葉を告げる。
『しかし!』
『無罪というわけには!』
「まあ落ち着けよお前ら。お前らが藤森を憎む気持ちがあるのは分かる」
「分かるのかよ」
藤森がツッコんでいるが無視だ。
「だからここは──しっぺで見逃してやろう」
◇
しっぺとは、人差し指と中指を束ねて相手の腕に叩きつける行為。
誰もが一度はやったことも、やられたこともあるのではないだろうか?
経験者なら分かることだが、しっぺは意外に相手にダメージを与えるのは難しい。
なぜなら、自分もある程度のダメージの反動が返ってくるからだ。
やり方を間違えれば、攻撃者の指が突き指したり、骨折したりしてしまう危険なものであり、力いっぱい腕を振り下ろすと、怪我を恐れて無意識にセーブしてしまい、かえってダメージが与えられなくなる。
ちなみに一番ダメージを与えるコツは意外にも、指に力を入れないことだが、嫉妬に狂っている彼らが脱力するなんて、土台無理な話だ。
我ながら最適な提案だったのではないだろうか。
代表者一人がしっぺするくらいなら、可愛い罰ゲームのようなものだろう──
『オレの指二本くらい、こいつをシバけるのならくれてやるさ……なあ、藤森?』
「え? おいおい佐藤……冗談だよな? おい、なあ、おい、待てや!」
『……はあぁぁぁああっ!!!』
「……うわあぁぁああっ!!!」
嫉妬で簡単にリミッター解除するのやめてくんない?
──バチィン!!
という音と共に、
──ミシィ!
と、骨にヒビが入ったような音が聞こえた気がする。
一体両者どちらの骨が逝ってしまった? それとも両方か?
「二人とも、大丈夫!? 内出血起こしてるよ!?」
如月が保健委員として、重症患者の治療にあたるが、
『ハッ、構わねえよ……! 俺の指がどうなろうとも……こいつを始末すると決めてんだあぁあ!』
「佐藤! 今朝の密告の件は謝るから! 後生だ! 許してくれ!」
……なるほど。
道理でやけに気合が入っているわけだ。憎しみの連鎖がとどまるところを知らないな。俺なら連鎖爆撃か積み上げる幸福でも重ねているところだ。
これほどまでに、世の中から争いが無くならないことを分かりやすく示す例はないだろう。
だが、このままではしっぺ2周目に突入しそうな勢いで──
「お前ら、何をバカやってるんだ……」
ここで、千歳先生が呆れながら教室に入ってきた。
もう授業の時間か──と思いきや、昼休みはまだ少し時間がある。なんて長い昼休みだ。
しかしこのままでは、どちらかが絶命するまで終わらない闇のゲームが行われてしまう。
「待て待てお前ら、もういいだろ? そもそも妹や姉がいる時点で粛清対象なら、このクラスに条件該当者が何人もいると思ってんだ」
『確かに……』
『言われてみればな……』
『じゃあ──妹と姉いる奴全員シバけってことか』
何人シバくつもりだ?
“じゃあ”の用法を調べてこい。
「待て! 確かに妹がいる奴を裁くという論理は分かる」
分かるか。
「だが姉がいる奴も裁くのか!? 姉なんて妹と比較するのもおこがましい、全く別の生き物だ!!」
DNAレベルで同じなんだよなあ……。
『残念だが千歳』
『妬まれた時点で、妹だろうが姉だろうが大罪だ』
『千歳、早く腕出せよ』
なんて恐ろしい統治国家日本だろう。
「待ってくれ! 今一度、アレを見てくれ!」
千歳が教卓の椅子に座る女教師を指さし、クラス中の視線が、千歳先生の一点に集中する。
「……え? なんだ? なぜ私をじっと見て……」
先生は話を聞いていなかったようで、事態の状況がつかめていないご様子。
『まあ……アレだけど千歳先生、美人じゃん』
『そうだぞ……ちょっとアレなだけで』
『まあ……アレだけどな』
「見てくれに騙されてはいけない……もっと内面を見るがいい!」
平面しか見てない千歳に、内面を見ろと言われる日が来るとは。
今日は快晴だが、もしかすると大雨でも降るんじゃないだろうか。
「胸に手を当てて思い出せ! 我が姉貴の為人を!」
「な、なんだ? 私をまじまじと、それに、び、美人って……まさか私のこと、口説こうと……!? よ、よせ、気持ちは嬉しいが、教師と生徒でそんな爛れた関係……でも、悪くは……」
……。(先生を見つめる時間)
……。(先生の内面を見る時間)
……。(先生の為人を思い出す時間)
『……やっぱ千歳、なしでいいわ』
『ああ、なんかごめん』
『俺たち……どうかしてたよ』
おかえり。
「ああ、分かってくれて何よりだ!」
「コロス」
血の大雨が降った。
突然ですが、本作はこれで一区切りとなります。
このような形となってしまって大変申し訳ないです。
ひとえにわたくしizumiの力量不足です。
詳しくは活動報告で述べさせていただきましたので、気になる方がいらっしゃれば、そちらをご覧ください。




