心が、叫びたがってるんだ。
『今回の議長は誰だ?』
『さっきが、柴咲だったから……次は白崎じゃないか』
『よし、審議会を始めるぞ!』
『『『おおーー!!』』』
捕縛されたクラスメイトの藤森と議長の俺を中心に、円形を組む理数科生徒たち。
──これは絶好の機会ではないだろうか?
今回の審議は俺が議長を務める。つまり、俺が議論の流れをコントロールすることができる。
よって、俺が上手く彼らの議論を誘導すれば、あまりに行き過ぎた判決が下る未来を阻止することができるというわけだ。
近頃の審議会の暴走に釘を刺す、絶好の機会ともとれる。
「違う! これはまじで完全に誤解なんだ! まじで! 勘違いだ! これまじのやつ!」
『誰かこのゴミの口にガムテを』
『お任せください』
捕らえられた藤森の必死な弁明をよそに、議長を務める俺に報告が上がってくる。
「議長、この画像を見てくれ」
と、藤森を捕縛した審議会メンバーがスマホを見せる──
そこには、手を繋いで仲良く歩く藤森と女子の姿があった。
「よしじゃあこいつ死kei──」
──ってダメだ!?
つい本能の赴くままに判決を下してしまうところだった。
悲劇の連鎖をここで食い止める!
「──これだけを見るに、二人はカップルのように見える。でもここで断定するのは早計ってやつだと思うんだ。もっと状況を詳しく説明してくれねーか?」
「この写真は、昨日、近くのショッピングモールで、このゴミ野郎が女とイチャコラしていた様子を撮ったものだ」
『死刑だ!』
『ペラを払って外出なんて明らかに怪しい!』
『こっそり逢引なんて許せねえ!!』
……駄目だ。
俺は人間ができているからいいとして、嫉妬に狂ったこいつらのコントロールなんて出来たもんじゃない。
ちなみに、全寮制の理数科生徒が外出するにはペラが必要だ。
外出できるといっても、門限は厳しく決まっており、門限を破った者は生徒指導室に直行。
厳しい罰が与えられる。
一度、外出するだけでもかなりの出費となるので、気軽に外に出ることはできない。
「ところで、一つ聞きたいんだが……この写真はどうやって撮ったんだよ?」
「昨日、こっそり外出許可証を購入するこいつを見かけたんでな。オレもペラを払って後をつけたまでだ」
『なんという正義感!』
『自分の身を切ってまで……泣けてくるぜ……っ!』
『お前は俺たちの誇りだぁああ!!』
尾行者を称える黄色い歓──どす黒い歓声が教室のあちらこちらから上がる。
「お前ら、よせよ……恥ずかしいじゃねえか……」
自分の頭を恥じてくれ。
……もうこいつらは駄目だ。嫉妬で頭がおかしくなっているに違いない。
少しアプローチを変えてみるか。
俺は藤森の口を閉ざしているガムテープを剥がしてやる。
「藤森、先ほどから誤解だとか勘違いだとか言ってたけど、どういうことだ?」
と、問いかけた。すると、
「聞いてくれ! それは彼女なんかじゃねえんだって!」
『おいおい』
『この期に及んで命乞いか?』
『もう断頭台はすぐそこだぜ……』
「いいか! よく聞け!」
藤森が力の限りに叫ぶ。
「そこに映ってる女は彼女じゃなくて──妹だ!」
……。
『『『……妹?』』』
……確かに、写真を見た瞬間に我を忘れてしまったが、今一度冷静に写真を見ると、藤森の隣の女子はやや幼く、中学生ぐらいに見える。
「そうなんだよ! たしか……夜宵! 中学の頃にお前、俺の家に来たことあるよな! そん時に挨拶してたはず! 写真見てくれよ!!」
「ふえ!? ボク!?」
急に名指しされてキョドる如月。
「如月、この女子、見たことあるか?」
俺は件の画像を如月に見せる。すると──
「……うん、ボク、この子に会ったことあると思う。藤森君の妹に間違いないよ」
「なんだよ、妹だったのかよ……じゃあ藤森は無罪放免──」
『おい!』
『待ちやがれ!』
周囲から怒号の声が上がる。
──さすが理数科だ。無理やり終わらせようとしたが。あっさりとバレたな。
『別に疑っているわけじゃないが……』
『だが、聞いておく必要がある』
『如月──それは本当の話なのか?』
まるで相手の反応を見定めるかのような、険しい表情で如月に疑問を投げかける。
確かに藤森の身の潔白の証拠は、如月夜宵の証言のみ。
この証言が信頼に足りうると判断されなければ、それまでの話だ。
奴らもそのあたりのことを追求したいのだろう。
名門進学校の二水の名は伊達じゃない。
『如月たん……男の家に……上がったの……?』
『しかも……下の名前呼びって……』
『挨拶まで……済ました……だと……』
……彼らは何を追求したいのだろう?
『如月、僕にくれたあの笑顔は……偽りなの……?』
『休日に一緒に散歩したあの思い出も……』
『風邪をひいた時、看病してくれたあの優しさも……嘘だった……?』
「ええっ!? みんななんで声を押し殺して泣いてるの!? どこか痛いの!?」
『心が……痛いんだ……』
頭が……痛いんだ……。
もうこいつらはとりあえず置いとこう。
「じゃーとりあえず、妹っつーわけだから、これでもう言うことねーだろ?」
『ちっ、妹かよ……』
『如月たんが言うなら間違いないな』
『命拾いしたな』
さしものクラスメイトも、さすがに妹と歩いているだけで刑を執行するほど愚かではない。
──なんとか、悲しき犠牲者を出さずに済んだな。
審議会始まって以来、初めての無罪放免のケース。
今後もこのような穏当な判決が続いていくところを願おう。
「じゃあこの審議会はこれにて──」
「待て」
と、俺の言葉を遮ったのは──千歳陸。
「何だよ千歳?」
「まだ審議は終わっていない」
訳の分からないことを言う千歳。
こいつが訳が分からないのはいつも通りだが、ここまで出てくるということは、何か千歳なりに不審な点でもあったに違いない。
「なに、いたって当然の疑問だ」
謎を解き明かす名探偵のように、千歳は歩き回りながら演説を始める。
「まだ、解決していない点があるだろう?」
「……なんだ? 聞かせてくれよ」
「フッ、仕方ないな。ならば問おう──そこに映ってる女が妹だったから、どうだと言うんだ?」




