風紀を乱す風紀委員とかいたらいいのにね。
俺たちは亡骸に手を合わせて、昇天した魂を弔った。
「……命とは、いと儚きもの」
いつの間にか隣にいた天王寺が、悟ったように言葉を発する。
「そういや、お前は例癖ブレイカーの餌食になってねーよな。ルームメイトだろ?」
「確かに、普段からあれほど近くにいるというのに、安定した精神状態を保っているのは不思議だな」
「……某を甘く見るな。某の好みは年下の女子一択。そのような劣情とは無縁なり」
微笑みながら、力強い口調で天王寺は言う。
美青年が言うと、あまり内容が異常に感じないのが異常だ。さすが、昭和気質──というより、武士気質の女性観だ。
日々の研鑽によって、精神が相当に鍛えられてるらしい。
あの母性本能を刺激する如月を前に、劣情と無縁と言い切れるのは天王寺しかいないだろう。
「……心頭滅却すれば火もまた涼し」
「めちゃめちゃ抗ってんじゃねえか」
「ギリギリの精神状態であることが窺えるな」
「……あの悪辣なる瞳やばし」
「口調崩れてんぞ」
「たった今、お前が瞳を閉じている理由の一つが解明された」
彼の心のダムが決壊し、博愛主義に目覚める時も近いのかもしれない。
「……白崎、千歳よ、そう案ずるな」
分かってないと言わんばかりに、首を振りながら天王寺は言葉を続けた。
「……武士とは、古来より男色を好む者……」
…………それはもう手遅れということだろうか。
「……しかし、某の好みは年下。義務教育が理想……」
「ただのロリコンなんだよなあ」
「これが法で裁けない悪というやつか」
つい1年前まで義務教育を受けていた高校1年生の発言だからこそ、ギリギリセーフな発言だ。
年を取るにつれ、彼のストライクゾーンが上がっていくことを祈るばかりだ。
「みんな、何話してるの? ボクも混ぜてよ!」
3人で話していたところに、件の如月がやってくる。
「おー如月、保健委員お疲れさん」
「ご苦労なことだ」
「……大義なり」
「えへへ、このクラスの保健委員として当然だよ」
恥ずかしそうに照れ笑いをする如月。可愛い。癒される。
「最近は審議会が多いからね、このクラスの風紀も乱れているのかなあ」
「「「……」」」
(……一番風紀を乱してんのこいつじゃね?)
(間違いない)
(……同意)
阿吽の呼吸で意思伝達を行う。理数科の必須スキルだ。
「ねね、それよりさ、気になることがあるんだけど」
「なんだ?」
「気にせず相談するがいい」
「……うむ」
「──なんで3人はボクから距離を取るの?」
……。
「安心しろよ。深い意味はない」
「その通りだ。他意はない」
「……ソーシャルディスタンス」
「なんでボクだけ仲間外れなの!?」
如月は訳が分からないと抗議するが、こっちにだって自分の身の安全確保を優先する権利がある。
「如月、お前にいい言葉を一つ教えてやるよ」
「そうだな。言ってやるがいい。天王寺」
「──君子、危うきに近寄らず」
「ボク危うくないもん!」
如月の大きな瞳がうるうると潤んでいくので、仕方なく強い心を持って俺たちは彼の元へ駆け寄った。
「まあ、風紀が乱れてるっつーのは確かに俺も思ってたんだよな」
「おそらくだが、夏休みを前に学生が浮かれているのだろう」
「明日から夏休みだもんね!」
「……常夏の楽園」
理数科生として、初めての夏がいよいよやってくる。
「にしても、最近の取り締まりは厳しすぎると思わねーか? 今日の審議会なんて佐藤を殺しかねない勢いだったぜ?」
4月当初は、理数科の彼女持ちをちょっと陰から羨望の眼差しで眺める程度だった。
いいなあ、羨ましいなあ、殺したいほど妬ましいなあ、俺も彼女欲しいなあ、と、可愛げのある戯言を述べるだけの集まりだったはず。
それがいつしか──
『こちら4階、異常なし』
『3階、異常なし』
『2階、異常なし』
『1階、異常なし』
『了解した。各人、引き続き警戒を怠るな』
いつしか、彼女持ちを積極的に捜索・捕縛する危険思想集団と変わり果ててしまった。貴重な昼休みにトランシーバーを購入してまで、やることだろうか? スマホでよくない?
今や一度捕まり審議にかけられれば、有罪は確定。奇しくも有罪率99%の日本の司法システムを採用している格好だ。
最近では、女友達がいる時点で有罪判決が下された事例もあり、激化の一途を辿っている。
かくいう俺自身も、このままではいけないと思いつつ、彼女がいる奴に妬ましい気持ちがあることには変わらないので、周りに流されて審議会に参加してしまっていた。
だが──それもこの瞬間までだ。
ここらで危険思想集団に歯止めの一手を──
『裏切り者を確保したぞぉぉおお!!』
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……妹が全然出てこなくてごめんなさい。
2/25 第1話を改稿しました。




