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部屋で<4>

「帰り道もわかんねーくせに一丁前に出てってんじゃねーの」

 馬鹿だなー。とへらへらした口調で言う。

「だって……あたし居たら邪魔だなと思って」

 健の顔を見ずに、しっかり前を見て歩く。見てやるもんか。

「あー、青葉さん? 別に邪魔なんかしてねーよ。

 あは。やきもちか? 俺モテるもんな」

「馬っ鹿。んなわけないでしょ」

「それは残念」

 一重で切れ長の瞳に、染めているのか分からないけど茶色がかった細めの髪の毛。

 鼻も高くて筋が通っている。背だってさっき聞くと百八十八だなんて言っていた。

 今通っている大学には推薦入学。

 空手五段。運動神経抜群。

 ……つまり、モテ要素の塊というわけだ、健は。文武両道で、かっこよくて。

 あたしとは大違いだ、と不満を心の中でぶつくさとかましていると、いつの間にかドアの前まで来ていた。

「どうぞー」

 健がドアノブをひねって、あたしが入るのを笑顔で待ってくれる。何か、こういう気遣いが嬉しい。

ま、どうせ健は何にも考えてないんだろうけど。

「……それじゃあ、改めてお邪魔します」

「いえいえー」

 見間違いかと思ったけど、ふと、一瞬健の笑顔が消えた。そして、すぐにへらへらした笑顔に戻った。



「健の家泊まるの、何年ぶりだっけ」

 あたしは一度、健の家に泊まったことがある。こんなマンションじゃなくて、あたしの家の正面にある健の家。

「あー……、おお、ちょうど十年ぶりじゃん。あの時お前、お前の母さんインフルエンザで家追い出されたんだよな。

 俺、六年生だったから反抗期で、すんげー嫌だったの覚えてる」

 ははは、と笑う。八重歯が見える。

「え……。嫌だったの? すごい笑顔で迎えてくれたのに」

 あの時、『いらっしゃい』って笑顔で言ってくれたのを、あたしは覚えてる。あの笑顔に嘘はないって当然のように信じてた。

小さいけど、何か大切なものを失ったような気がして、心がさびしくなるのを感じた。

「ごめんね」

 不意に、そんな言葉が口をついて出てきたので、自分でも驚いた。

何が。と健が笑う。

「あたし、帰ってほしい?」

 心がさびしい。

「嫌だったの? 昔も、あたし五才も年下だから分からなかったけど、遊んでくれたときとか、

 中学生になってから話したりとか、そういうの、全部嫌だったの?

 明日遊ぼうね、って指切りしたのも、嫌だったの?」

 心がさびしい。

「……ごめんね」

 心がさびしい。

 泣きたくなった。ここから出て行きたくなった。でも離れたくなかった。

矛盾した、わけの分からない妙な気持ちは、余計に泣きたくなった。でも泣きたくなかった。

「嫌いだよ」

 ずっと黙って聞いていた健が、不意に口を開いた。

「嫌い。お前なんか」

 目を見て言われて、そらせなくて、とうとう暖かいものが頬を伝った。

「そうやってさ、泣いて。俺、わけ分かんなくなる。

 俺は五才も年上だし、お前が泣くと心配になる。んで、その時、『心配』って気持ちだけじゃなくなる。

 何か、ほんと、わけ分かんない気持ちになる。

 ……だから泣かないで」

 言いながら、あたしの涙を辛そうに指でそっとぬぐった。


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