部屋で<2>
あたしが起きると、青がかった背景の壁は、ふわふわしたクリーム色になっていた。
あたし自身も何だかふわふわしていた。
あくびをしてふと隣を見ると、健が立っていた。
「おはよう」
そう言って、にこっと笑って頭をぽんぽんとたたいた。
ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん。
「ちょ、健、いくらなんでもポンポンしすぎ」
あたしが言うと、突然健は悲しそうな表情をした。
「……俺、もうお前の頭、撫でられないから」
どうして、と聞くと、突然健はカッパに豹変した。
「いやさ、俺、手がぬるぬるだし」
そう言って自らの手を見つめる。
あたしは何も言えず、呆然としていた。
……という夢を見た。
どれくらい眠っていたのだろう。
がばりと起き上がると、カレーのスパイシーな匂いが一番に鼻をついた。
あくびをしていると、それに気づいた健がキッチンからあたしを呼ぶ。
「おー、起きたか。カレー冷めるぞ」
自分のおなかが減っていたことを思い出し、ソファを飛び降りて健のいる隣の部屋へ行く。
健はもうカレーを食べ終わっているのか、カッパ巻きを食べていた。
「……健……それ」
かっぱ巻きを指差し、引きつった笑顔を浮かべる。
「ん? カッパ巻き? 食う?」
「……いらない」
ほんとうにカッパになってしまったらどう声をかけたらいいのだろうか。
健が敷いてくれたのだろう、テーブルの下にはきちんと座布団が敷かれている。
そこにきちんと正座をする。
「いただきます。やー、おいしそ」
実際、美味しかった。何だかお母さんが作ったカレーみたいだった。どことなく。
「それはよかった。あ、ていうかお前、もう九時だけど帰んないでいいのか」
えっ、と言葉に詰まってすぐそこにあったデジタル時計に目を向ける。九時六分を示していた。
でも何となく帰りたくなかった。よくわからないけど、居心地が良かった。
「今日宿題ないし、もうちょっと居る」
カレーをほおばりながら言う。おいしいね、というと健は嬉しそうに笑った。
食べ終わって、健が食器を持ってキッチンへ入っていく。
「片付けぐらいするのに」
あたしがいうと、健は笑いながら
「お前に任せられっかよ」
意地悪く言った。こういうとこ、全然変わってないな。
「あ、ねえ。彼女いるの? 今」
不意に頭の中に出てきた疑問符をぶつける。それに、すこし引っかかることもあった。
「いたらお前をこんなとこに連れてこねえよ。一応お前も女だしな」
一応ですみませんね。
「……青葉さんは?」
ずっと気になっていた。大学の講義室でのやり取り。何だったんだろう。
というより、何で気になってるんだろう。あたしが気にすることじゃないのに。
「あー、俺さ、あの人……」
健が何か気まずそうに言いかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「出てくるから、待ってて」
タオルで手を拭きながら玄関まで走っていく。どこかのお母さんみたいだ。
「はーい。どちらさまで……あ」
「……ごめんね、来ちゃって」
どこかで聞いたことのある声がして、玄関をのぞいてみるとやっぱりその人だった。
「こんな時間に、どしたんすか? 青葉さん」
噂をすれば、とはこのことだ。