部屋で<1>
「……おっきいね」
見とれていると、健はさっさと自転車置き場に自転車を置きに行ってしまった。
急いで後を追う。
「今日は階段で上るぞ」
不意に後ろを振り向かれて、ドキッとした。
「階段? ちょ、健、何階にあるのよ?」
「十三階」
「はあっ!? エレベーターあるじゃん」
あたしの叫びを無視して、そそくさと階段を上り始める。
「どっちが早く上りきれるか、競争な。よーい、どん!」
「はあっ!? ちょ、待ってよ!」
突然言われて出遅れた。
でも。やるからには絶対勝つ!
あたしは二段飛ばしで階段を駆け上がった。
……昔もこうやってよくいろんな競争してたな。そのたびに負けてたけど。
あたしから競争を仕掛けたのに、負けたら泣いて。
で、泣くたびに健が頭、ポンポンってしてくれたら、何か嬉しくてすぐに泣き止んじゃったっけ。
懐かしくて、もどかしい。
「ちょ……健、速すぎ」
ぜえぜえとお互いに肩で息をする。あたしなんか女らしさの欠片も無い。
「お前、適わない相手でも本気で向かってくるとこ、全然変わってねーな」
あはは、と笑われた。
「どうせ健にはかないませんよ」
そっぽを向く。
二段飛ばしで行けば追いつけるだろうと思ったが、健は三段飛ばしで上っていた。結果は余裕であたしの負け。
悔しいったらない。
「ははは。あ、そこ俺の家」
階段から少し距離があったので、ここはゆっくり歩いた。
「……もうポンポンってしてくれないのかー」
「え……?」
思っていたことがふと口に出てしまった。
「あ、いや、ごめん。こっちの話」
……ほら、まただ。
なんだろう、この沈黙は。
少しの距離が、何十メートルにも感じられた。
「ここ。どうぞ、入って。散らかってるけど」
言いながら、ガチャっとドアを開ける。鍵をしていないのか、ノブをひねっただけでドアが開いた。
「お邪魔しまーす。……うわ、すごい片付いてる」
フローリングの床はきれいに掃除されていて、こまごました物も、すべてきちんと片付けられている。
小学校のとき、一度、健の部屋に遊びに行ったことがあるが、ものすごく散らかっていて、今のこの状態が嘘みたい。
「これ、全部健が片付けてるの? 大人になったねー」
「お前には言われたくないな、おちびちゃん。何センチだよ」
「百五十二ですけど悪い?」
ぶすっとした声で言うと、ちっちぇーと笑いながら、ココアの入ったカップをあたしに差し出してきた。
「あ、ココアでいいよな? お前好きだったし、これ」
「あー、ありがと。ココア大好き」
ちゃんと覚えてたんだ。何だか嬉しい。あれ?でも……
「健、ココア嫌いじゃなかったっけ。何であるの?」
そう、健はココアが嫌いだったはずだ。「匂いが、なんかムリ」とか言ってたはずだ。
言うと、健はにっと笑った。
「あー、いつかお前ここに来るだろーなと思って、一応買ってて」
「え、そうなの? ありがとう。や、なんか嬉しい……」
「それは良かった。俺いい男だろ」
それはない。ときっぱり言ってから、手元にあったリモコンでテレビをつけてみた。料理番組で、芸能人がふかひれスープを食べていた。
「……おいしそー……」
あたしが言ったその台詞と同時に、おなかがグ〜〜と、情けない音を鳴らした。
ぶっ、と健が噴出して、はいはいと言いながらキッチンへと走った。
「ちょっと、笑わないでよっ」
「すごい音出してやんの。ははは」
健は笑いながら冷蔵庫をあさっている。
「なー、おい。カレーでいいかー?」
「いいよー。何でも食べる」
そう言いながら、辺りを見回すと、隣の部屋にソファが見えた。
「健ー。隣の部屋のソファ、座ってもいい?」
勝手にしろーと言われたので、勝手に隣の部屋のソファにぼふっと寝転んだ。
全体的に青っぽい健の部屋は、このソファがよく調和してる。健ってセンスあるな。
真っ白でまだ新しいようなふかふかのソファは、体全体を包み込んでくれるようですごく気持ちいい。
そんなことを考えているうち、ソファが気持ちよすぎて、眠たくなってきた。
「……健ー。カレーまだー?」
キッチンまで聞こえるように少し大きな声で言う。
「まだに決まってんだろー。ちょっと待っとけ」
「そっかー……。じゃあ」
ちょっとだけおやすみなさい……。