お呼び出し<2>
「あ……お、ば……さん?」
しどろもどろにいえるのはこれくらいの言葉しかなかった。
青葉さんがスゥ、と息を吸い込む音が聞こえた。
「『好きな人とかいるんですか?』だとコラ。
いるに決まってんだろうが、溝内 健だよ、察しろよボケが。
てめえ高校生&幼馴染とかいうポジション使って誘惑してんじゃねえよ。
つーか、てめえが健の家に泊まってた日まであたしら付き合ってたんだよ、彼氏いねえようなてめえに
今のあたしの気持ち分かるわけねえんだよ。
何なんだよ、なれなれしく『健♪』なんて呼びやがって。
色気か? お色気大作戦かコラ」
早口でまくし立てる。その剣幕に負けそうになりながらも、その一言一言はきちんと聞いていて、あの日まで付き合っていたということに戸惑いを隠せなかった。
「ゆ、誘惑なんてしてませんよ! なんですかそれは……。
ていうか……付き合ってたんですか」
ふっと胸倉から手を離されて、息苦しいのが治る。
ガタン、と乱暴に椅子に座りなおして未だボーっと立っているあたしを見上げながら睨む。
いつまで立っているの、と言った目線を送られ、あわてて椅子に腰掛ける。
……ヒエエエエ……。会ったときと全然違う。
あわてて椅子に腰掛ける。気まずかったけれどきちんと目を見ようと思い、顔を上げる。
目が合ったその瞳は、さっきとは違い、少し寂しそうで優しかった。
表情は笑っていたけれど、さっきまでの作り笑いでもなければ、本心で笑っているわけでもなさそうな複雑な表情だった。
「……完全に、八つ当たりだね」
ごめん、と言われて返す言葉がなくなる。
「あの日、付き合って二年目でさ、だから帰りも一緒に帰って、健の家で泊まる予定だったんだけど、
小堀さんが鈴木とかいう教師においていかれてあたし帰れなかったじゃん」
拗ねちゃったんだよねー。と青葉さんは笑った。そしてあたしは鈴木先生を脳内で殺害していた。
「いつもは『芽衣さん』って呼んでくれるのに、健は恥ずかしいから子堀さんの前では『青葉さん』なんていうし」
あたしは何を行ったら良いのか分からずに、ただ黙っていた。
「あたし、すごく楽しみにしてたから、その分かなり怒っちゃって『別れる』なんて言っちゃって。
その時は、本気で悲しくて、別れてやろうって思って健に無理やり承諾させたんだけど」
やっぱり無理だなー、と悲しそうに笑う。
そうか、と思った。だから健はあの日、何だかおかしかったのか。
あたしが別れさせたみたいなものだ。さっきみたいに胸倉つかまれても振り払うことなんてできない。
……でも。それじゃあ、このあたしの気持ちはどうすればいいんだろう。
行き詰った、どこにも吐き出すところのないこの胸の痛みはどうすればいいんだろう。
「……小堀さんにこんなこと言ったって、得するわけじゃないのに、わざわざ呼び出してごめんね。
……ただ」
悲しそうな笑みをたたえて青葉さんが口を開いたので、ふっと我に返る。
「あたし、もう彼女じゃないから、小堀さん、もし健のことが好きだったら、遠慮しなくていいんだよ」
そういうと、今からバイトだからと言って勘定の書かれた紙を取り、レジへと向かっていった。