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「芽衣が寝坊って……明日雨じゃねーの」

 柏木さんがへらへらと笑う。どことなく健に似ていた。

「嬉しいこと言ってくれるねー。それより何の話して……」

 青葉さんの言葉が途切れて、あたしと目が合った。

「……小堀さん」

 一瞬だけ表情のない顔で見つめられた感じがした。でも、「え?」と思っているうちに昨日の優しい笑顔に戻った。

「ん? 芽衣、亜紀ちゃんと知り合い?」

 間宮さんが手で自分の髪の毛を整えながら聞く。

「うん。今度の大学見学にくる高校の生徒さんなんだってー。学級委員の小堀さんが昨日挨拶に来てくれたの」

 ね、とあたしに微笑みながら同意を求める。さっきの表情のない顔がふと思い出されてうまく微笑み返せない。

「あ、もしかして溝内君と来たの?」

 表情を変えずに聞いてくる。

 ……『溝内君』……? 昨日は『健』って呼んでいたのに。

ちらりと健を見ると、複雑そうな表情で青葉さんを見ていた。ふと目が合う。にこりと微笑んでくれた。

「あ、もしかして亜紀ちゃんさ」

 ふと後ろのほうからるみさんの声が聞こえてきて振り返る。ん? と首をかしげると、彼女は苦笑しながら言った。

「あたし達、隆人と良太は名前で呼んでるのに、溝内君はどうして苗字で呼んでるのか疑問に思ってたりする?」

「え、ああ……」

 少し違うけど、そういわれてみればそうだ。どうして『溝内君』なんだろう。

「ていうか、あたしもよく分かんないんだけど……名前で呼ぶと怒るのよー。子どもみたいでしょ」

 あはは、と笑いながらちらりと健を見る。あたしも同じように振り返るとぶすっとした表情でつんと向こうを向いた。

「ぶっ、照れ屋さんだから仕方ないよ、溝内君は。亜紀ちゃんはなんて呼んでるの? 溝内君のこと」

 横から入ってきた絵里さんが笑いながらあたしの肩に手を置く。

 ……この場合、なんて言うべきなんだろう……。あたし、普通に『健』なんですけど……。

「健」

 あたしが悩んでいると、健が一言ぶっきらぼうに言った。その後にため息が続く。

 絵里さんが一瞬固まって、「まじ?」とあたしを見る。ぎこちなくうなずいた。

「すごいねー! なんか、特別って感じじゃん」

 るみさんが驚きながら笑顔でいう。間宮さんも、また健に何かごそごそと言って、ニヤニヤしていた。

「あ、いや、別に特別とかじゃなくて……」

 言葉とは裏腹に、あたしは『特別』と言われたことに何だか嬉しくなって、ふと健を見る。目が合うと、ふいっと逸らしてテーブルの椅子にどかっと腰掛けた。

「家が近所なだけ、でしょ」

 あたしの言葉に続けるように、透き通った声が聞こえてきた。

「芽衣?」

 きれいだけど、低く、何だか怖い声に、怪訝そうな表情で絵里さんとるみさんの声がかぶった。

「言ってたもんねー。家が近所なだけだって。それなのに『特別』とか言われちゃ迷惑だよね」

 だめじゃん、るみ。と、いつもと同じ笑顔。だけど、投げかけられる言葉は、何故か心に突き刺さる。

 笑顔の裏に隠された強い気持ちに、少しだけひざが震える。恐い、と直感で思った。

 と、ガタッと椅子を引く音がして、後ろを振り返る。健がまた複雑な表情で立ち上がっていた。

「青葉さん」

 そして、その表情を一変し、ニヤニヤした笑みに変えると、

「家が近所なだけじゃないですよ」

 あたしの顔を見ながら、「だって昨日な〜」と意地悪そうに言う。

「えー、ちょっとなんですか。まさか健先輩、襲っ……」

「え、何!? 何があったの? もしかして二人で熱く甘い夜を過ご……」

「おいおいおい、もしかしてあれか? できちゃっ……」

「んなわけねーだろ」

 のめりこんで健に詰め寄る柏木さんと絵里さんと間宮さんを一喝し、もう一度あたしに「な?」と笑った。

その笑顔が、妙にまぶしくて、暖かくて、目が逸らせなかった。


 

 あたしの後ろで、嫉妬に燃えた影があったなんて気づかずに。



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