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部屋で<7>

 ベッドがあるらしい部屋の前まで来て、健は中へは入らずに、「ここ」とだけ言った。

「いいの? あたしがベッド使って……。ていうかここ健の部屋だよね。あたしソファでいいよ? あれすごく寝心地良いし」

「俺の部屋だけど、俺が嫌なの。あ、お前ちゃんと鍵かけて寝ろよ」

「どうしてよ」

 聞くと、健はニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

「いいの? 襲っても」

「……馬鹿」

 はあっ、と大げさなため息をついて健を見る。涼しい顔をしている。

「あ、お前、制服だったな。着替え、俺のでいい? たぶんダボダボだけど」

 言いながら、ドアノブをがちゃりとまわして部屋に入っていく。あたしも後を追う。

パチリと音がして、真っ暗だった部屋に明かりがついた。

部屋の中には大きなベッドがあった。シングルだけど、二人でも全然寝ることができそうだ。

「なんか……豪勢だね、このベッド」

 ぼふっ、とそれに倒れこむ。ソファよりも包容力があって、寝心地がいい。

 健は振り向きもしないで、ごそごそとたんすの中をあさっている。

「……同じサイズしかないんだけど……ごめん、かなりダボダボだと思うけど頑張って着て」

 淡い緑色で、ロゴの入ったTシャツと、今健のはいているジャージの色違いの下を渡された。

「ううん。ありがと……。着替えてくる」

 部屋を出ようとすると、「俺が出るから」と言って健が部屋を出て行った。



「……ダッボダボ……」

 着替えが終わって近くにあった鏡で自分の姿を見る。

半袖のTシャツは、あたしの肘ぐらいまであった。首周りがもう、『ダボダボ』としか形容の仕様がない。

ジャージも紐をぎゅうぎゅうに締め付けて何とかはくことができた。当然すそがかなり引きずられている。

 鏡を見飽きて、ぐるっと部屋を見回す。

すぐ側にあった机に目をやる。ノートと分厚い教科書みたいなものが広げられていた。

 ちらりとノートの内容を見てみたけれど、訳の分からない数式ばかりだったので目が痛くなった。

「こんな訳の分からない数式が出てくるような大学に、よくもまあ推薦で通るよ…………ん?」

 ふと、机の奥の右端に置かれた写真立て目をやった。

 部屋の明かりが写真立てのガラスに反射していてよく見えない。

 取り上げてよく見てみようと思ったとき、ガチャリとドアが開いた。

「終わった? うわ、ダボダボだなー……って何してるの」

 あわてて振り返ると、ドアに健が立っていた。

「え、あ、ノート、すごいなーと思って見てて……」

 とっさにそんな言葉が口をついて出た。まあ、嘘ではないのだからいいか。

「ふうん」

 健は若干足早にあたしの方にくると、あたしににこっと笑いかけながら、そっと写真たてを裏返しに倒す。

あたしはそのごく自然な動作を見ていない振りをして、ノートを覗き込んだ。

「亜紀」

 名前を呼ばれて、振り向く。あまりにも健との距離が近くて、あたしは健の首筋ぐらいを見るのが精一杯だった。

 不意に、背中に何か暖かい感触を覚えた。それは何か考えなくても、健の両手であることくらい馬鹿なあたしでも分かった。

「健……?」

 その両手に力が入る。暖かくて、心地よくて、でも、何故か心が痛くて。

健の表情を見たくても、あたしの顔は健の腕と胸の間にすっぽりおさまって、見ることができない。

 その両手はすぐに離れた。そして、体もすぐに離れ、暖かさも、心地よさも、離れていった。

 でも、心の締め付けられるような痛さだけは消えなくて、ふと健の顔を見る。

「……ごめん」

 申し訳なさそうな顔がそこにはあった。でも、それだけじゃないような、まだ子供のあたしには分からない表情をしていた。

 もし、あたしが健と同い年で、あたしも成人してて、大人になっていたら、この表情の意味をもっと早く理解できていたのかもしれない。

「あー、俺そろそろ限界。悪いけど寝るわ、俺。おやすみ」

 そう言って、健はあたしが何も言えないうちに決まり悪そうに部屋を出て行った。


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