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部屋で<6>

「ふー。すっきりした」

 お風呂から上がったらしい健は、ジャージの下だけはいて、上半身は裸という状態でペットボトルの飲料水を飲んでいた。

 本当に、大人っぽくなってる。ちらりと健を見る。その視線を、健は見逃さなかった。

「ん? 何だ、お前も喉渇いてるのか。ほれ」

 そう言って、飲みかけのペットボトルを差し出す。

 あはは、と笑って一口飲んだ。変な勘違いをしている。

「そこ笑うところ?」

 三分の一ほど飲料水の残ったペットボトルを片手にどかっとあたしの隣に座る。

「しばらく見ない間にお前も大人になったなー。感心感心」

「何で感心するのよ。てか健のほうが……成長期まだ終わってないんじゃないの」

「お前はいつになったら始まるのか不安だ」

 うるさいな、とぶっきらぼうに言って、少し気になっていたことを口にする。

また、沈黙が訪れて、あたしも健も何も話さなくなる。

居心地がいいのか悪いのか分からないこの沈黙が、あたしは嫌いだ。

「……青葉さん、来る前の話だけどさ」

「うん」

 言いながら、ハンガーにつるしてあったTシャツを取って着る。青っぽいそのTシャツは部屋と調和していた。

「青葉さんが何なの? 話の続き聞かせてよ」

 青葉さんが来る前、健が言いそうにになっていたこと。

『あー、俺さ、あの人……』

 その言葉の続きが聞きたい。もしかしたら少し寂しくなる言葉かもしれないけど、とにかく聞きたい。

健の顔が直視できなくて、俯く。少し前までソファで寝ていたので、スカートはしわになっていた。

 続く沈黙。何だか怖くなってきて、今更言わなきゃよかったと後悔してきた。

「好きだ、って言ったらどうする?」

 突然、いつもより低い声が聞こえてきて、驚いて顔を上げる。

「俺が、青葉さんの事好きだったら、亜紀は悲しい?」

 何言ってるの。嫌に決まってるじゃん。言いたくても声が出ない。

 健はただ天井のどこか一点だけを見つめていて、あたしのほうを見ようとしない。

「亜紀、お前さあ、さっき青葉さんに『家が近所だっただけだ』っつったよな。

 それ、本気で言ってた? 俺らはそれだけの理由で今まで遊んできたって、お前は思ってる?」

 横目であたしを見る。

「それだけだったら、俺はお前をここに泊めたりしない」

 視線を天井に戻して、すっと立ち上がる。表情が見えない。

 今まで聞いたことのない健の声。低い、そしてどこかに切なさを含んでいる。

「思ってるわけない」

 自分の意識とは関係なく、かすれた小さな言葉がもれた。健の動きが止まるのが分かった。

「あたしだって、それだけの理由だったら、ここに泊まったりしない」

 あたし自身にも聞こえないくらいの小さい声で呟くように言う。

 この気持ちが何なのかは分からない。けれど、『家が近所だっただけ』という理由だけではない、というのははっきりしていた。

 痛くて、悲しくて、でも、少し暖かいような気持ち。

いつも健に会ったときは、こんな気持ちが胸の中に小さくひそかにあった。『気持ち』と言えるほど大きなものでさえなかった。

けれどそれがこんなに大きなひとつの『気持ち』になるのは初めてで、戸惑いを隠せない。

「じゃあさ、健はどんな理由であたしを泊めてくれたの?」



 どれくらい経ったのだろうか。もう時間が過ぎていくという感覚が分からない。

健は、何も言わない。ただずっと、あたしを見つめる。

あたしも何も言えなくて、その透き通る漆黒の瞳に吸い込まれていくようだ。

高鳴る心臓。スピーカーでも付いているんじゃないかと思うくらいにうるさい。何故こんなにうるさいの?

今まで感じたことのない気持ち。何故こんな気持ちになるの?

 不意に、健の大きな手が立ったままあたしの頭に触れた。

いつものように、軽くポンポンとされるのかと思ったが、その手はそのままあたしの髪を一度するりと撫でただけだった。

一瞬、指があたしの頬に触れる。

慣れない行為に恥ずかしくなってふと床に視線を落とした。

「ごめんな」

 もう一度頭を撫でられる。その声はあまりにも優しかった。どんな顔をすればいいのか分からなくて、顔が熱くなった。

「でも、お前のせいだよ、全部」

 辛そうに聞こえないくらいの声で呟く。どうして? 聞きたくても、顔が上がらない。

「良い子はもう寝る時間です。もう寝ろ、な。俺のベッド使えばいいから。俺ソファ行くし。

 もう風呂、明日でいいだろ。俺入ったけど」

 何も言えないでいると、すっと頭から手を離して後ろを振り返った。ベッドこっちだから、と歩き出す。

 ついていかなくちゃ。あまり力の入らない足で立ち上がった。

歩きながら、健の言った『ごめん』の意味を考えていた。


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