部屋で<5>
『嫌い』。
あたしは、その意味がよく分からない。
中学二年生のとき、いつも『嫌い』って言われていた男子から告白されたことがある。
「嫌いって言ってたじゃん」
って言っても、もごもごするだけだったし、訳が分からなくて振ってしまったけれど。
そして、あたしの目の前の人もそうだ。
あたしに面と向かって『嫌い』って言った。なのに、指で涙をぬぐってくれた。
どうして? あたしの事、嫌いって言ったじゃん。
それとも、涙をぬぐう、その優しさも嘘なの?
「お前は本当に馬鹿だな」
不意に涙をぬぐう手を止めて言うと、大きなため息を一つついた。そして手の動きを再開する。
何事もなかったようにぬぐうことを再開されたので、一瞬、今聞こえたのは空耳かと思った。
「……何が馬鹿なの」
「こっちの話。てかお前そろそろ泣くのやめろ」
いや、もう泣いてませんから。あなたいつまでもぬぐい過ぎですから。
「……もう泣いてないし」
手を振り払うようにふいっと顔を背ける。
そしてすぐに振り返る。健を睨む。
「むかつく! あたしも健、嫌い」
別に嫌いじゃなかった。けれど、『嫌い』なんて面と向かって言われたら悔しいじゃないか。
あたしが何だか悲しくなったように、健も悲しくなれ。
……と思ったのに、健はただ優しく笑っただけだった。
「さっきは悪かったな。言っとくけど、嫌いじゃないよ。むしろ……」
「むしろ?」
「何だっけ、忘れた。俺風呂入ってくるわ」
「ちょ…っと」
突然立ち上がって飲みかけのコーヒーをキッチンに持っていった。何故かあたしの分のココアも一緒に。
戻ってくると、あたしのすぐ隣にたたんで置いてあったバスタオルをつかむと、本当にお風呂らしき部屋に入っていった。
「……訳分かんない」
一人になった部屋で、ぽつんと呟くと、ごろりと横になった。