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櫻の樹の下には…  作者: 櫻井 刹那
1/1

始めに…

「櫻の樹の下には屍体が埋まってる。」

作者は知らなくても、誰でも知っている物語のはじまり。

桜の樹の下、桜を見上げる。

こんなに綺麗に咲いているのに…

今まで桜の花は私が大切にしているもの全てを奪う。

桜の花は私にとって、そんな…花だった。

【櫻の樹の下には屍体が埋まっている】そんな誰でも知っている物語が私にとっては、ただの物語ではないように思えた。次の言葉がやけに胸に刺さる。

【…それは信じて良いことなんだよ】


目を開ける。白い天井が見える。

(ここは…??)

自分の置かれている状況が全く理解出来なかった。

腕には点滴が繋がっている。

身体は動かそうにも動かない。

言葉さえ発することが出来ない。

にも関わらず、変に冷静な自分がいた。

呼吸を整え、考える。

(病院…??)

記憶を辿る。確か…母と買い物に出掛けていた。そんなこと今までなく2人だけの買い物に終始、私は笑っていた。

母を独り占め出来たのが、本当に嬉しかった…そして洋服を選んだり、靴や、髪を留めるバレッタを選んだり…アイスクリームを食べて…夢かな?と錯覚さえするほどだった。

それで…?それから…??それともやっぱり夢だったのか…?

そんな事を考えていると、ドアの開く音と一緒に人が入ってくる。

白い服…看護師だろうと普通に思った。

なにも言わず、点滴のチューブをいじっている。

見られている事に気付いたのだろうか、

看護師がこちらを振り返る。

(?!)

何を見ているのか、何が見えているのか理解が出来なかった。

(顔が…ない…?!)

正確には顔がないのではなく、見えない。それも綺麗に目、鼻、口、顔と呼ばれるところにあるパーツ全てを一緒に見ることが出来なかった。

看護師が枕元のナースコールを押す。

「○○さんの意識が戻りました。」

先生と呼ばれている人と看護師が何人か部屋に入ってくる。

私に何か質問しているが、私は上手く聞き取れず答える事が出来なかった。

そんな聞かれた事を考える余裕がなかった。

私の周りにいる人達の顔が私には見えないのだから。

喉の奥から声を絞り出す。

「…ない…」

「え…?」

声は声にならない。

「み…えな…い」

「見えない…?何が見えないんだ?」

声からして若い声の医師だった。その声は次に出る私の言葉を急いでいるように聞こえる。

でも声は声になることはなかった。

ただ少し黙ったそのあと、医師は一言私にこう言った。

「…大丈夫だよ。」

口元を見ると笑ってるように見える。

ただその言葉は少し悲しそうな声で、

きっと今私に見せているであろう笑顔も悲しい顔をしていたのかも知れない。


目を開ける。白い天井が見える。

ベッドの上、天井を見たまま深く息をする。

「よしっ!起きるか。」

気合い入れ、ベッドから起き上がり身支度を始める。

私は11歳の時に事故に遭い、脳に負った怪我のせいで、人の顔が見えなくなる【相貌失認】と言う障害をもった。

おまけに、理解力、記憶力も普通の人の半分以下。視野の狭さも半端じゃない。

人の言った事、人に言われた事を理解すること、記憶することは相当な労力がいる。真横、真下にあるものは見えない為、物にぶつかる、すぐに躓く。

そして何より人の顔が見えない。

表情がわからない。

人見知りせず、コミュニケーションを取ろうと相手に向かっていくが、結局相手がどう思っているのか感じ取ることが出来ず、あからさまに嫌だと顔に出されてもわからない、人との距離感というものが全くと言っていいほど、わからなかった。

そんな私が社会に出る為、選んだ仕事が介護職だった。何故、その職をえらんだかというと、罪滅ぼしだったのかもしれない。

そして。全ての介護施設がそうなのかはわからないが、その施設に入居している人の為、職員の名前と写真が壁に貼ってある。

しかも、丁寧に今日の出勤者が分かるように、そこにも名前と写真がある。

そして、入居している人の食事をする席にも、持ち物にも、部屋にも、全て名前がある。

(すごいっ!すごいっ!わかるっ!)

そんな感動さえ覚えた中、唯一わからなくて困る事がある。

1日一回ある「レクレーション」

広いホールに行き、行なうのだが…

私がホールに連れて行った人達が、違うところに座っていると見つけるのに時間がかかる。

大抵、名前を呼ぶと返事をしてくれるので安心だが、出来れば場所の移動はやめてほしいというのが本音だったりする。

それ以外は何不自由なく、やってくる毎日をただ淡々とただただ過ごしていた。


そしてそれは何気ない、お昼休みの会話から

職員の1人が口を開く。

「宮部さんって格好良いですよね?」

同意を求める問いかけに聞き返す。

「宮部さん?」

「体操やってる宮部さんですよ。格好良いですよね。私、顔がタイプなんです。」

(顔…か…)

顔の見えない私に、同意を求める声は変わらない。

体操の為、ホールに皆を連れては行っていたものの、その宮部さんを見たことはなかった。いや、正確には見ていたかも知れないが、気づかず通り過ぎていたのだと思う。

「ああ、あの人ね。」

同意を求める声に、応えようと合わせた返事をする

「格好良いですよね〜。」

「ん〜…そうかなぁ〜?」

恰もタイプではないと言う風に返事をしたあと

(ふーん…格好良い…ねぇ…)

そんな事を考え想像してみるが、わからないのに想像出来る訳もなくそんな自分がちょっと可笑しかった。


次の日のレクレーションの時間。

(誰の事を言っているのか…)

あそこまで言われると見えなくても気になってしまう。

探して見てもそれらしい人は見つからず

レクレーションの1つである体操の終わる少し前に、ホールへ行ってみる。

ホールに近づくと声が聞こえる。

(あの人…?かな?)

遠くから覗き見る。

ネイビーのポロシャツと声。

出来る限り少なく、印象的であろう事を記憶する。それは次に話しに出てきた時、同意を求める声に応える為にすぎなかった。

見えないけれど…優しい声の人だった。

それは声で判断した。遠くから動いている人間の1つ1つのパーツを確認する事も出来ない。なので、きっとこんな顔。

想像してみる。

自然と笑顔になった。

(今度会った時に声をかけてみよう)

何故だがそう思った。

彼と話したい、話してみたい。

それは次に話した時、相手に合わせ同意を求める声に応えようとする為じゃなく、『彼』を「見て」素直にそう思った。

その時私の記憶の中に、彼がいるかはわからないけれど…

彼の着ているネイビーのポロシャツとあの声、想像した顔を記憶の中に閉じ込めた。


何日か過ぎた。

体操の時間、そこに彼は居るのだろうがそんな事はとっくに私の中で消えてしまっていた。 

そんな時、車椅子の横に座り込んで作業をしている人に気づく。

普段、介護職員はあまり車椅子をいじったりしない。と、思う。

(誰かな?)

声を聞く為に敢えて声をかけた。

それは、あくまで知ってる人だという素振りをし、みんなと変わらない対応で。

「どうしたの?何かあった??」

「ブレーキが緩くなってて…」

(ん…??)

「そうなんだ、大丈夫そう?」

「もう少しかな〜今度は固くなり過ぎちゃって…上手くいかないな。」

そう言ったあと、笑ったように見えた。

(あれ…?!)

記憶と記憶の糸が繫がる。

ネイビーのポロシャツと想像した顔、そしてこの声。

ネイビーのポロシャツを着ている人は何人かいたし、その度間違えそんなものは全くあてにならなかった。

それに私は基本、顔が見えない為か下を向いている事が多かったように思う。

その為、顔が見えないだけじゃなく、全体を見る事もあまりなかった。

でも、ネイビーのポロシャツにこの声は彼しかいない。そう思った。

一度、深呼吸してから、言葉を探す。


「あの…変なことかも知れませんが…」

「…?なんですか?」

「もし良かったら…」

彼だと確信し、急に敬語になる自分が少し可笑しかった。

急に敬語で話しかけられ彼も戸惑っただろう。言いかけてふと我に返る。

見えないけれど、もしかしたら嫌な顔をしているかも知れない…。

でも「今」じゃなきゃ駄目ともう一人の私が背中を押す。

かなり唐突に話しを切り出した。

今になり、自分でも信じられない行動だったと思う。

「連絡先、教えてくれませんか?」

彼の言葉を待たずに続ける。

「あ、えーと、嫌なら全然いいんです。急に変なこと言ったと思うし…」

「いいですよ。でも今携帯持ってないんで、持って来ますね。」

彼の言葉に少し呆気に取られる。

「あ、ならわざわざ持って来てくれなくても、また今度で…」

「今、持って来ますね。」

そう言って、笑ったように見えた。

少しして彼が走って戻ってくる。

「こういうの良くわからないから、やって貰えませんか?」

そう言って、ロックすらかかっていない携帯を渡される

「勝手に触っちゃていいんですか?」

「いいですよ。お願いします。」

私も余り詳しくはないけど…となんとか連絡先を交換する。

「出来ました!」

「ありがとうございます。」

携帯を手に取るのを見て、メールを送信しようと彼の名前を見る。

「…名前、何て読むの?」

知らず知らず敬語で話すのを忘れて普通に会話していたから不思議だ。

「おうき。桜が輝くって書いて、おうき」

「じゃあ何て呼ぼうかな?何がいい?おうさん?おうくん?おうちゃん?」

「おうちゃんなんて呼ばれたの、どれくらいぶりかな?」

「んじゃ、おうちゃんね!」

唐突に言ったこの言葉は私にとってはかなり勇気を出した結果だった。

「これでお友達ね。」

そう言って左手の小指を立て、指切りげんまんの形を彼の前で作る。

それを見て、彼も指切りげんまんの形を作って見せた。

私は彼の小指を取り

「指切りげんまん、嘘ついたら…どうしようっか?」

指切りしたまま、そう言って笑ってみせた。離れないように、離さないようにと自然と力が入ってしまう。

「折れる、折れる」

「そんな強くやってないからっ!」

決して長くはないけれど、久々に自然な笑顔でいる自分に気付く。

すごく暖かく、久しぶりに過ごせた優しい時間だった。

こんな時間が過ごせたことに感謝した。



窓の外を見る。桜の花が満開だった。

あれからどれくらい経ったのだろう。

白い天井と、白いベッド、薬の匂いにも慣れた。

「はぁ…」

溜息が洩れる。現実を受け入れるまで時間はかかったが、受け入れてからは悲観的になることも、落胆することもなかった。

どこか他人事の様な感じと、ドラマや映画の主人公になった様なそんな感じだった。

トンッ、トンッ。

ドアをノックする音が聞こえた。

「はい。」

部屋に入り私を見ると毎回決まってこの言葉を私に投げかける

「体調は?」

あの時に見た、若い声の医師だ。

「特に。」

「変わりないか?」

「平気。」

「そうか。」

相変わらず、顔の見えない医師に対し、決まった言葉を投げる。

私は母と買い物の帰り、事故に遭った。

ブレーキとアクセルを間違えた車が私達の所に突っ込んで来た。

母は即死だった。

私は頭部を強く打ち、頭部に外傷を負った。命が助かっただけ良かったと言われるけれど、そうは思えなかった。

事故のせいで普通の人より、理解力や記憶力もあまりない気がする。

視野も狭くなった様な気がする。

何より、人の顔というものがどういうものかわからなくなってしまった。

なので、顔を見ても誰だかわからない。

記憶力が衰えた為か、相手の名前もすぐに覚えることが出来ない。

意識せず、当り前に出来ていたことが全て出来なくなってしまった。

窓の外に視線を戻す。

「外、見て」

「ん…?ああ、桜か。満開だな。花見でもしに行こうか?」

そう言って笑っているように見えた。

「あんなに綺麗に咲いてるのに。」

桜の花は好きだった。

毎年家族で母の作ったお弁当を持って、近くの公園へお花見に行った。お弁当の中身は決まって唐揚げと、ウインナーと、甘い卵焼き。

ただ、そんな平凡でも幸せだった毎日が1日にして、それも一瞬で壊されてしまったのも、また桜が満開になる季節だった。

満開の桜の花は風に煽られ、ヒラヒラとあっと言う間に散っていく。その寂しげな雰囲気と儚さがいいのだろうか…

家族で桜の樹の下、笑っていた時にはそんなこと考えもしなければ、感じもしなかった。

「なんか寂しいね。」

今では満開に咲いている桜の花は悲観的な感情、全てを表している様に見える。

【櫻の樹の下には屍体が埋まっている】

そんな物語があったことを思い出す。誰が書いたのかも、その先に続く話しもわからないけど…。

あながち、嘘ではないと思った。

だから、桜の花はあんなに綺麗に咲いていても、寂しげで儚いと思うのかも知れない。

「ねぇ、先生?」

「なんだ?」

「もし私が死んだらさ、桜の木の下に埋めてくれない?」

「はぁ?なんだよ、急に。」

「そしたら、すっごい綺麗な桜咲かせてみせるよ。」

ドラマや映画の余命宣告をされた主人公の様な台詞を言ってみた。

「ばーか。」

そうふざけて言って向けられた笑顔は風に煽られ散っていく桜の花と同じく、寂しげで儚いものだった。

「医者というより1人の大人として…」

そう重たそうに、口を開く。

「顔がわからないのは、表情が見えない。これからきっと人間関係には苦労するだろうな。特に君は…女性だから。これから成長していく上で、女社会に溶け込むのは大変だろう。全て今まで通りにはいかない。けれど、何があっても絶対に全てを投げ出さないでほしい。絶対にだ。君はとても良い子だよ。そしてとても貴重な存在だ。そして君は決して一人じゃないからね。」

良く意味のわからない言葉が並んでいると思った。

理解するのに時間がかかるせいかも知れない。

顔が見えない、わからなくなってから思ったことがある。

『私のことを知っている人がいても、私の知っている人はいない』

と言うことだ。

いつも1人、孤独ということ。

看護師や医師、同じく入院している人…相手が私の名前を呼び、声をかけてくれるが、私は誰だかわからない。

特に看護師や医師は同じ服装なので余計区別がつかなかった。

そんな中少しづつ、声や、歩き方、仕草、姿勢、持ち物と相手の特徴を掴むことを覚えた。ただこれは見える見えないに限らず、記憶力の問題だった為私には相当な努力が強いられた。

1人が嫌だった。 

孤独でいることが耐えられなかった。

だからこそ身に付けた技だった。

それでも…どんなに私の名前を呼んでくれる人がいたとしても…

私が孤独でいることには変わりなかった。

医師の言葉に私は悩んだ顔をしていたのかも知れない。

それを見た医師は一瞬笑顔を見せその後でこう言った。

「退院の日が決まったよ。」

その声は見せているであろう笑顔とはうらはらに何故か重たい空気の中にあった。

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