初恋は拗らせるとめんどくさい。
初投稿です。暖かい目で見守ってください。
誤字脱字あったらこそっと教えてください。(>_<)
何か書いてたら長くなりました。
唐突だが、私ことアネッサには初恋を拗らせた婚約者がいる。
しかも、そのお相手は7歳離れた婚約者様の実兄。なんてこった。
同性愛の上に、超近縁。ナンテコッタパンナコッタ。
何て生産性の無いことを、とか思ってしまう私は同性愛に理解があるとは言えないのだろう。
一応そういう人達が居るのは知っているし、異性と同数同性が居るのだから、まぁ手違いで同性に恋情を抱くこともあるのだろう。私には理解出来ないが。
そんな私の婚約者様は、中性的な顔立ちをしていてとても女性受けが良い。
サラサラの乳白色の髪は誰でも触れたくなるような美しさだし、角度によって青にも見える灰色の眼は引き込まれてしまいそうな魅力を秘めていて、その眼を縁取る睫毛は毟取ってしまいたい――けほん瞳に影を落とす程長く、それらを飾るその顔は優男な感じを滲ませる真っ白で毛穴1つない美形。
神は平等などでは無い。私なんて十人いれば記憶にも残らないようなモブ顔なのに。
別に不細工な訳ではない。でもどうしたって人並みなのだ。気合い入れてお洒落したってたかが中の上、上の下……かな、程度なのだ。神様酷い。神なんて信じて無いけど。
そんなモブ顔な私は麗しい婚約者様の横に立つと非常に見劣りする。つらい。
orzな私などアウトオブ眼中な婚約者様はその顔と柔らかい物腰で大量の浮名を流しまくっていらっしゃっている。その理由が恋する兄の気を引きたいから、なのだから手に負えない。
ああ、恋ってめんどくさい。
そんな釣り合いもとれておらず色々問題だらけのこの婚約が成立し、婚約解消していないのかと言うと。
我がノースウェス伯爵家と婚約者様の家レーノルズ公爵家には祖父の代に交流があったらしく、何故か孫が産まれたらその孫達を婚約させる、という約束をしたらしい。何てはた迷惑な。
我が父はともかく、公爵様が何を考えているのか謎だ。
当の本人達は既に亡くなっているし、書面に残した訳でもないのに何故こんな没落が目に見えている貧乏伯爵家と婚約させたままなのだろう。身分差は歴然なのだから一方的に婚約解消してもそうそう問題ないはずなのに。
一方我が父の考えていることは分かりやすい。厄介者の私を売ったのだ。
私だってこの家から出られるなら婚約でも何でもする。
婚約者様が私の事などアウトオブ眼中でも。婚約者様が同性愛者で首輪を着けて手綱をきちんと管理監視しなきゃいけないヤンデレ野郎でも。
私は幸せだ。政略結婚が当たり前のこの世界で好きな人と結婚出来るのだから。
ああ、恋って本当にめんどくさい。
「アルバート様、相手を考えてくださいませ」
「あっちが勝手に言い寄ってきただけだ」
「ならちゃんと断って下さいまし。エヴァン様の気を引きたいのは分かりますが、これは公爵家に迷惑がかかります」
「アネッサの癖に兄上の名を言うんじゃない」
「はいはい、お義兄様ですね」
私と婚約者様の会話は大体いつもこんな感じだ。色気もへったくれもない。
大好きなお義兄様の気を引こうと婚約者様が何か仕出かすのを時にはキツイ言葉をもつかって叱ったり宥めたりして。麗しい顔を歪め憎悪の目でこちらを睨む婚約者様を私は軽くスルーする。
私は彼に嫌われているだろう。私は叶わない恋に少しでも浸ろうとしている婚約者様の邪魔をしているのだから。
婚約者様はお義兄様の事になるととたんに子供っぽくなる。まるでオモチャを取られた子供のような。
だから私も子供を叱るような、宥めるような言い方になる。
おかしいなぁ。婚約者様は年上なはずなんだけど。
当のお義兄様は彼の偏愛に気付いていない。彼の事を女好きだと思っている。
婚約者様は別に女性は好きでも嫌いでもない。どっちかというと嫌い寄りかもしれない。本人に直接聞いた訳ではないので分からないが。女遊びは、お義兄様の気を引くためのただの手段。
最低な野郎である。彼に恋している私は許してしまうのだけれど。
婚約者様に色々言っている私も中々に初恋を拗らせている。
勿論相手は婚約者様で、彼程ではないがもうかれこれ7年くらい片思い中だ。
私は厄介者で、家では虐待を受けていて身体中傷だらけ。叩かれたり殴られたり鞭で叩かれたりナイフで切られたり。
中々傷が消えなくて、私は年中首まで覆うような襟のあるドレスにロンググローブが手放せない。夏までそんな感じなので、婚約者様には見てるだけで暑苦しいと言われてしまった。でも私にはどうしようもない。
そんな家から出られる。それは私にとってとても素晴らしいことで。その理由である婚約者様は私の光。
しかも婚約者様はとても美形なので、惚れるのも仕方ないと思うんだ。
友人には他にもいい男はいるわよ! と怒られてしまったが、そのいい男とやらはこんな傷者には勿体ない。
そう言えば、貴女本当に彼が好きなのよね? と愛を疑われてしまった。
酷い。ちゃんと私は婚約者様が大好きなのに。馬鹿な子程可愛いと言うじゃないか。
世間に知られれば異端だと処刑される同性愛。良く分かっている筈なのに、馬鹿な事を繰り返す可哀想な人。
そんな彼にベタ惚れな私も私だが。
またもや朝帰りをしてお義兄様に怒られる婚約者様。
お義兄様、私の為に怒ってくれるのは嬉しいのですけれど、これだと婚約者様の目論見通りなので婚約者様が止める事はありませんよ?
殆どの人が気付かないような熱の籠った目でお義兄様を見つめる、愛しい人。婚約者様がブラコンなのは公爵家では周知の事なので、その熱に気付くような親しい人でもまさか彼が実兄に恋情を抱いているなどと気付いている人は私以外にいない。
そんな私は、背徳感を楽しんでいるのか? とか思っちゃうような同性愛に理解のない人で、婚約者様も大変だ。
婚約者様の場合、男が好きと言うより好きになった人が男だっただけなんだろうけど。お義兄様が女だったらもっとややこしい事になってそうだ。私も、相手が絶対叶うことのない相手だからこそ許せるのであって、婚約者様が他に好きな女が出来たと言われて許せる気がしない。そもそも婚約者様がお義兄様以外を好きになるなんて考えられないけど。
何故私がそんな秘密に気付いたのかといえば、それは愛の力と言えるだろう。
要するに私は彼の事を知りたくて婚約者様をとにかく観察した。そうしたら婚約者様の熱の籠った視線がどこに向かっているかが分かってしまった訳で。カマをかけたらそれはもう分かりやすい反応が返ってきた。
私は婚約者ですから、貴方の味方です。と婚約者様の弱味に付け込ケホンコホン、理解を示したら婚約者様は今まで相談出来なかった事を私に相談するようになった。
それに、常識から外れた事をすると迷惑になるから変な事はするな、と。
私達にはどうしようもない事であるから諦めなさい、と。
でも、バレなきゃ心の中で何を思おうと何も咎められる事はないから好きだと思っても大丈夫だ、と。
婚約者様に嫌われ無いように言葉を選び、一般常識から外れないけど彼の喜ぶ妥協策を色々出してあげた。
バレなければ良いのだ、と悪知恵を教えたのだ。悪知恵と言っても、弟という立場を最大限生かして甘えなさい、という感じ。
当時私が9歳で婚約者様が11歳。
何故たかが9歳の子供がそんな知恵を働かせられたのかというと、私には前世の記憶があったからだ。
地球と言う水の星のとある小さな島、日本で平凡に生きてそして事故で呆気なく死んだある女性の記憶。
家族から不気味で気持ち悪いと罵られ虐待されるのも、それを我慢してスルー出来るのも、同性愛な婚約者様に普通に接せるのも。
全部それのせい。
別にソレが無かったら、とは思わない。
だって、前世の記憶が無かろうと私が愛人の子である事には変わりないし、虐待されて大丈夫なのも前世の記憶を持っていて精神が成熟していたからだし、記憶が無かったら婚約者様の同性愛に理解を示せなかっただろう(その前に気付かなかったと思うけど)。
そんな訳で私は子供らしくない子だったのだ。今でも同年の子と並ぶとちょっと大人しい子、と言われるくらい。
「兄上が婚約!?」
「そうも驚く事ですの? エヴァン様も今年で25歳になられますし、次期公爵であるエヴァン様に今まで婚約者がいなかった事がおかしいのですわ」
ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がった婚約者様の対面で私は素知らぬ顔でケーキを頂く。
暗に貴方が邪魔してきたからですね、と言えば何故婚約者様の知らない所で話が進められたのか自分でも分かったらしく、婚約者様は悔しそうに顔を歪める。
「っ、あの女か」
「あの女とはなんですの。降嫁するとはいえ、この国の姫ですのよ。エヴァン様に相応しい方ではないですか」
「アネッサ、だから兄上の名前を呼ぶなと言っているだろう」
「お義兄様、ですね。まだ結婚していないのですけれど」
「どうせそのうちするんだ、同じ事だ」
フンとそっぽを向き紅茶を飲む婚約者様に私は静かに微笑む。
だって、彼が私との結婚を当たり前の事のように言ってくれたのだ。恋する乙女として喜ばしい事であろう。
婚約者様は、私の事など眼中にないのだろうけど。つらい。
内心勝手に喜び勝手に落ち込む私を婚約者様は憎々しげに睨む。
ああ、昔は私に何でも相談してくるような可愛い子だったのに。いつからか、こうも嫌われるようになってしまった。確か反抗期辺りからどうも態度がツンツンし始めたんだっけ。
「アネッサは何も言われて無かったのか」
「えぇ、私とアルバート様は"仲が良い"事になってますから」
クスクスと笑いそう言えば、婚約者様は嫌そうに顔をしかめる。
そんな嫌そうな顔をしないでよ。地味に傷付く。こちとら多感な16歳の少女だぞ。
「役立たずだな」
「すみません」
「心にもないことを」
吐き捨てる様にそう言う婚約者様に殊勝な態度で謝れば、婚約者様に叱られてしまった。
まぁすまないとは思ってませんけど。
こんな感じの私達だが、皆さんは私達の仲がまぁまぁ良好だと思っている。そう言う風に私達がしているので当たり前だ。頻繁にこうして2人でお茶するくらいであるし。
私がそうした方が良い、と言ったのでツンツンしているが私の言うことを素直に聞く婚約者様は外面は一応私に優しい。私の言うことに従うと大概良いことがあるので、婚約者様は私の言うことに従ってくれるのだ。長年の成果である。
「アルバート様」
「……何だ」
「アルバート様はお義兄様のどこがお好きなんですの?」
ある日婚約者様にそんなことを聞いてみた。
すると、婚約者様は目を輝かせてお義兄様の素晴らしい事をつらつらと述べだした。
「アルバート様、そうではなくてですね、好きになった切っかけとかですわ。好きだと気付いた切っかけはなんですの?」
婚約者様の話をぶった切りそう言えば、婚約者様は不服そうにしながらも答えてくれた。
「好きになったのは、6歳の時だ。義母上に嫌がらせされて泣いていた私を慰めてくれたんだ。その時はまだ恋だとは気付いていなかったが、8歳かそこらで自分の気持ちに気付いたんだ」
「その時はもっと純粋な恋だったんでしょう。過去のアルバート様が今のアルバート様を見たらきっと泣いてしまわれるわ」
大真面目に実兄への愛を語る婚約者様に、茶化して可哀想に、と泣き真似してみればお義兄様への愛を馬鹿にされたと思ったのか婚約者様は青筋を立てる。
そんな彼にクスクスと笑いながら、これは刷り込みと言っても過言ではないのでは、とか思っちゃう私は捻くれている。
「はぁ……。アネッサは恋をした事は無いのか」
「うふふ、ありますわ。今も恋してます」
怒りをねじ伏せ疲れた様にそう言う婚約者様に、私はニッコリと微笑み婚約者様をじっと見つめる。これで何も察せない婚約者様は大変鈍い。つらい。
「そうなのか? デリカシーのない事ばかり言うからてっきり恋した事もないのだとばかり。どんな奴なんだ?」
「……どんな奴と申しますと?」
「愛人にしても良いと言ってるんだ。相手によるが」
「………」
こいつはひでぇ。
私は黙秘権を行使しますっ!!
行きなり機嫌の悪くなった私に婚約者様は何がいけなかったのか分からず慌てる。
「あ、アネッサ?」
「デリカシーがないのはアルバート様ですわ。この鈍ちんっ」
「に、鈍ちん……」
本当はありったけの語彙で罵りたいがこれくらいで我慢してさしあげよう。私の寛大な心に感謝なさいっ!!
あれ、私はどこへ向かっているのだろう?
婚約者様の最愛ことお義兄様は婚約者様とあまり似ていない。同母なのだが、お義兄様はお義父様…つまり公爵様に似ていて、顔に母の血が強く出た婚約者様とは似ていない。髪も黒で眼も金色だ。
あえて言うならば、耳の形が似ていて、髪の質が似ている…気がする。これは触った事がないので分からん。
お義兄様が武道派(馬鹿な訳ではなく、ガタイが良くとにかく強い。次期公爵なのでちゃんと賢い)で婚約者様が文官派。
全然似ていない兄弟だか、その中身も全然似ていない。
兄は生真面目で、弟はチャラ男。
ざっくり言うとこんな感じ。
あまり人の機微に敏感でない…かなり鈍い所は似ているかもしれない。
お義兄様に降嫁する姫様も想いが中々伝わらなくて苦労したそうだ。それには婚約者様も関わっているから、一概にそうとは言えないのかもしれないけれど。
そんなお義兄様と姫様の結婚式が今日。
私は新郎の弟の婚約者として出る。
新婦より着飾らないように気を付けて、でも素肌を顔以外出さないドレスーー顔は傷を付けないようにされているーーを身に纏い、落ち込むばかりで似合ってるとも何とも言ってくれない婚約者様と式に出席する。
幸せそうなお義兄様とお義姉様。なんて素敵で、なんて羨ましい。
私の婚約者は初恋引きずって私の事なんか眼中にないんですよ。酷くないです? ぴえん。
酷く落ち込みながらもお義兄様に笑って見せた婚約者様を一歩後ろから内心非難する。非難したって何にもならないんですけど。
永遠の愛を誓い、キスをする二人。
美しい。
結婚式かぁ。良いなぁ。私もあんな風に笑えるだろうか。愛しの婚約者様と結婚出来るのだから、きっと心から笑えるだろうな。
婚約者様はどうだろう。私との結婚を喜んでくれるだろうか。いや、彼は私の事を嫌っているから喜んではくれないだろうな。
結婚後が中々不安である。今から不安になるようでどうするんだって話だが。
でも、まぁどうしたって私は彼と結婚するのだろう。よっぽどの事がない限り。
あ、何かフラグを立てちゃった気がする。
真夏のお茶会。名のある侯爵家が主催で、断れず私達はそのお茶会に出席した。
「アネッサ、いつも思うが暑くないのか」
私をエスコートする婚約者様がそう聞いてくるのに、私は何も言わずに微笑む。
そりゃあ、くそ暑いに決まっているでしょうよ。
でも私は顔以外傷だらけなんだから、この重装備を外すことは出来ない。
こんな全身をドレスで覆うような婚約者は嫌だろうが、文句なら私の家族に言ってくれ。
婚約者様は私が虐待されている事は知らない。
いや、もしかしたら知っているかもしれないが、ここまでとは知らないのだろう。
じゃ無かったら何で少しでも私を気遣う言葉が出ない、って事になる。知っていてスルーしているのなら、それはもう最低野郎である。婚約者様が最低でおかしいのは今に始まった事ではないが。
知っているのならば、このくっそ暑苦しい格好の理由も何となく分かる筈だ。
婚約者様はお義兄様以外でどうにもならない事をうだうだ言うような人ではないので、多分本当に知らないのだろう。
折角異世界転生したんだから、魔法とかあっても良いと思うが残念ながらこの世界に魔法はない。
治癒魔法とかで、一瞬で怪我が治るーーとかはないのだ。つらみ。
なのでこの傷も自然に治るのを待つしかない。
傷が治り切る前に更なる傷を付けられるので、私がこの重装備を外せるようになるのは婚約者様に嫁いでから暫く後になるだろう。
婚約者様はこの傷だらけの体を知らない。結婚してあら吃驚、って事になるだろう。
ーー婚約者様は私に手を出さないから。
こんな平凡な女では満足出来ないのだろう。
婚約者様の女遊びのお相手は大体綺麗系でナイスバディなお姉様方だから、多分そう言うのが好みなのだ。
私のような美人でもなく傷物な女はきっと相手にもしてくれない。
一度結婚したらよっぽどの事がない限り離婚出来ないから、そう問題ない。もともとこれは政略結婚なことだし。
私はお飾りの妻になるだろう。
女遊びはお義兄様の気を引くためとは言え、あれだけ種を撒き散らしているのだから子供がいてもおかしくはない。だから、私が子供を産む必要はない。適当に養子でも貰えばいいのだ。彼の血を継いでいれば問題ない。
私は表だけでも彼の妻になって、あの地獄のような家から出られれば良い。多くを望んではいけないのだ。二兎追うものはなんとやら。欲張って良いことはあまりない。
「アネッサ、顔色が悪い。向こうで休んでこい」
暑さにやられてぼけーとしていた私に婚約者様がそう一言。一緒に行くと言わない所が婚約者様らしい。
こんな昼間から羽目を外さないように、と一言添えてから婚約者様と離れ、日陰の席に座り紅茶を啜る。
婚約者様は早速令嬢達に話しかけている。
はぁ……。きっと結婚後もこんな感じのままなんだろう。
婚約者様の女遊びに、お義兄様は大変お怒りになる。つまり、婚約者様の目論見通りお義兄様の気を引けているのだ。最近は、お義兄様も諦めかけているが。それでも、真面目なお義兄様は私を心配して婚約者様に苦言を言いに来る。なので結婚後も婚約者様がそれを止めるとは思えない。
私はもう諦めている。婚約者様が幸せならそれでも良いか、とか思っている私は相当参っているのだろう。
恋とは本当に厄介なもので、こんな状況でも…客観的に自分を解析出来ても婚約者様を捨てようとは思えないのだ。と言うか、捨てられるとしたら私の方だ。それを私はいつも戦々恐々としている。
だから、私は婚約者様がおかしい事をしないよう気を付けながらも、婚約者様がお義兄様とイチャつけるよう婚約者様に助言するのだ。
なんて、歪な関係。
令嬢を口説く婚約者様から視線を外した私は、フウと溜め息を吐く。
そんな私に目敏く気付いた人がおや、と眉を上げて私ににこやかに話しかける。
「これはノースウェス令嬢。お一人ですか?」
「あら、ハイデン様。見ての通りですわ」
何とも嫌味ったらしく話しかけてきたのはハイデン伯爵家次男坊の…ミシュ、なんたら様。
話すのは3度目だろうか。そうも親しくもないのに何の用だろう? 婚約者様を嫌っている、と言う話も聞いたこともないが。
「ノースウェス令嬢も大変ですね。あのような男が婚約者では」
「……」
本当に何の用だ。そんなの私が口に出来る訳ないだろう。嫌味を言いにきたのか??
「その様な顔をしないで下さい。私は貴女を口説きに来たんですよ」
はい?
ニッコリと、取って置きの秘密を教えるような、そんな顔をしてそう言ったミシュなんたら様。
ポカンとして彼を見上げれば、彼はクスクスと笑って持っていたお菓子を乗せたお皿を私に差し出す。
それに乗っているお菓子はどれも私の好きな物ばかり。
……私一応婚約してるんですけど。
こんな風に口説くような軽い人だとは噂で聞いたことないんだが。
「……何故私に? これでも婚約している身ですのよ」
「その婚約者はあんな奴だ。私にもチャンスがあっていいでしょう?」
そんな事を私に言われましても。
私は婚約者様を愛しているが、そもそもこの婚約は家同士の話であって、私がどうこう出来る事ではない。
我が父は一応娘の私が公爵家に嫁ぐ事を喜んでいるようなので、家位が下の彼の家に鞍替えなど許してくれないだろう。
「家の方に言ってくださいませ」
差し出されたお皿を受け取らず冷たくそう言えば、彼は困ったように眉を下げながら微笑みお皿を引っ込める。
「そう言う理性のある所がとても魅力的だ。女たらしの彼には勿体ない」
「…そう言ってくださるのは嬉しいですが、私に言われましても困りますわ」
彼もそれくらい分かっている筈なのに。何がしたいんだこの人は。
そんな不思議そうにしているのが顔に出ていたのか、彼は更に眉を下げる。
「…少しでも恋しい貴女に、貴女を想う私を知ってもらいたかったんです」
「……」
うーん。分かるような分からないような。
一応恋している身として好きな人と話したいのは分かる気がする。でも私だったら相手が絶対に叶わない相手だったら何もせずに諦めると思う。前世の私はそうだった。好きなだけ一人で悶えて、それで終わり。だって傷付きたくないから。
今の私だって初恋の彼は既に婚約者であって最低限は会話するし、そのうち結婚する事は決まっているからミシュなんたら様の行動はいまいち良く分からない。
玉砕すると分かってて話しかけるとはなかなかチャレンジャーと言うか勇者というか。
「…ふふ、ありがとうございます。記憶の片隅に取って置きますわ」
「是非そうして下さい。では」
本当に私に思いを伝えたかっただけなのかミシュなんたら様はそのまま行ってしまった。
名前ちゃんと覚えてなくてごめんなさい。
でもまぁ吃驚だ。こんな地味な私が好きだなんて。
ミシュなんたら様は婚約者様程美形という訳ではないが、まあまあ顔の整っている方なのに。不思議だ。
もう話す事もないだろうから一生の謎になりそうだ。
理性的な所が良いといってくれたが、婚約者様はどうだろうか。煩いとよく言われるから、あまり賢いのも好きではない気がする。でもあまり馬鹿なのも嫌そうだから、どうするべきか。
邪険に扱われるが、お義兄様の事で色々入れ知恵したりちょっと手伝いしたりしているのは感謝されているみたいなので今のままで良いのかもしれない。
「アネッサ」
「あらアルバート様。どうされました?」
ぼけーっと空を眺め己の思考に潜っていると、愛しの婚約者様が話しかけてきた。
あれま、なんて珍しい。いつも私の事なんて放置なのに。
首を傾げ座ったまま麗しい婚約者様を見上げれば、彼は無言でじっと私を見つめている。
「?」
「……さっきの、…大丈夫だったか」
「えぇと、さっきというと体調のことですの?」
「…そうじゃない」
何とも歯切れの悪く聞いてくる婚約者様に、私は暑さであまり回っていない頭を猛回転させる。
婚約者様に心配されるような事で婚約者様の知る所の事だとそれくらいしか思い付かなかった私は、婚約者様に否定され反対側に首を傾げる。因みに、体調はあまり良くなったとは言えない。
はて、私を嫌いな婚約者様が心配になるような事なんてあったっけか。
そんな見るからに分かっていない私に婚約者様はたっぷり5秒沈黙して口を開く。
「…さっきの、黒髪の…」
「ハイデン様ですか?」
「ああ。お前が困ってる様だったから」
あれまあ。一応気にしてくれていたのか。
これは、思ったより脈アリと言うか、そこまで嫌われてないのかな?
婚約者様は嫌いな人はとことんスルーする人だから。私はスルーする訳にはいけないし、そこそこ手助けしているから無視出来ないのかと思っていたけど。
てか一応私が言い寄られたと思われていると思って良いんだよね? 私女だと思われていると思って良いんだよね? Are you ok?
婚約者様はお義兄様が結婚されてからしばらく使い物にならなくなったが、何とか立ち直ってから私を少し気にかけてくれるようになった。相変わらずお義兄様Loveで私の扱いは適当だし女遊びは止めていないが。
少しは、期待しても良いですよね?
「あのアマぶっ殺す」
「そんな事をしますとお義兄様に嫌われますわよ」
「兄上が私の事だけを考えてくれるならばそれでも」
そんな物騒な会話がここ最近続いている。
ヤンデレでメンヘラだぁ…。
一応萌えるものがないわけではないが、もうお腹一杯である。
ところでヤンデレとメンヘラってどう違うんだろうか。今となってはもう調べようもない事だ。使う人もいないし別にごっちゃでもいいんだけども。
他の人がいない所、つまり二人きりの所だと婚約者様はお義兄様への濃ゆい愛を隠さず溢れさせる。他に発散させられない想いを発散させている訳なので、私は婚約者様の愚痴(?)を甘んじて静かに聞く。聞き流しているとも言う。
あのアマとはお義兄様と結婚した姫様の事だ。もう王族ではないが、不敬罪でぶっ殺されますよ?
何故こうも婚約者様が殺気立っているのかと言うと、お義兄様方……公爵夫妻が隣国へ新婚旅行に行った際、改めて想いを交わしあったらしく公爵夫妻の仲が更に良くなった。つまり、滅茶苦茶イチャつくようになった。
お義兄様に恋情を抱く婚約者様には見てるだけでも苦行。その苦しみを、姫がお義兄様をたぶらかしたんだ!許さん!!と、私に愚痴っているのである。
私は婚約者様に頼ってくれる…と言っても良いのか分からんが、私に内心をさらけ出してくれるのは嬉しいので聞き手に徹する。
「あの女、兄上の手を煩わせているんだ。死んでも良いとおもわないか?」
「私はそれくらいで人が死んでもらってはこまりますわ」
「アネッサの癖にあの女の味方をするのか」
当然の事を言ったのに親の仇を睨むかのような目で私を睨んでくる婚約者様に私は困った顔をする。
私としては、あの姫は苦手だ。私には綺麗過ぎる。
捻くれている私は姫様が苦労した事のないようなふわふわとした笑みを向けられると無性にイラついてしまう。
誰からも愛されてーー婚約者様からは嫌われているがーー地位もドレスも宝石も一途に愛し愛してくれる夫も、何だって持っている彼女が羨ましくてしかたない。ただの妬みだが、碌なものを持っていない私としては苦手に思う。
嫌い、と言っても良いかもしれない。
前世の記憶のせいであまり他人に感情を動かさなくなった私--婚約者様は超特別--にしては珍しく、憎い我が肉親以外に嫌悪を抱いた。
そんな自分が嫌になる。とは思わない。だって、人間てそんな物だ。良い子なヒロインぶるなんて私には無理である。
やっぱり私は捻くれている。
だから、姫様の味方、と言われればそうだとは言えない。
二人きりとはいえ味方ではない、明言する事も憚られる。だって相手は公爵夫人である。
黙りこくった私に、婚約者様は憎しみを引っ込めて不思議そうな顔をする。
「アネッサ?」
「大丈夫ですわ」
「そうか」
私が明言しない事は大体言いにくい事なので、婚約者様は深く聞く事もなくあっさり引く。
少し落ち着きお菓子を摘まむ余裕の出てきたいつも通り端麗な婚約者様を微笑んで見つめていると、婚約者様はふと顔を上げた。
「アネッサ、前に恋してる奴がいると言っていたな」
「…そうですわね」
何だかイヤな予感がするでごんす。
「今もそうか?」
「…まぁ、はい。そうですわ」
「ソイツはお前の手の届く奴か?」
「ソウデスネ」
今、目の前にいらしゃいますが。
私の未来の夫ですが!
「結婚後なら、好きに愛人を囲っても良いぞ」
ああ…、酷い人だ。
イヤな予感が当たったじゃないか。つらい。
多分、彼なりに私を気遣って言ったのだろう。それでこれか。酷い。
こちらを見る婚約者様の灰色の目は至って真面目で、なんだか目から汗が………。
好きなのは貴方です、と言えたらどんなに良いか。
気弱でへたれな私は怖くて告白すら出来ない。これでは前世と全く変わっていない。
相手は婚約者で、いつかは結婚する人なのに。好きだと言っても何も問題ないと言うのに。
いざ言葉にしようとすると、喉が張り付いて声が出なくなる。
ド天然で超鈍い婚約者様にはちゃんと言葉にしないと伝わらないというのに。
「…それは、……それは私を抱かないと言うことですの?」
何とか再起動し、口を出た言葉はそんな事。いや大事な事だけども。
「結婚後という事は、子供を産んでからではないと言う事は、そう言う事ですか」
聞いてしまったならちゃんと聞かないと、と婚約者様をじっと見つめれば、当の婚約者様は不思議そうな顔をする。
婚約者様は女好きで遊んでいる訳ではないが、あれだけ浮名を流しているのだ。男しか抱けない、なんて事はないだろう。
「アネッサは私に抱かれたいのか?」
はい、そうです。
言えないけど。言えないけど!!
私のなけなしのプライドと羞恥心のせいで言えないんです!! 言った方がいい気がバンバンしますがっ!! 一応これでも貞淑な淑女なんです!! 前世ではそれなり経験があるんだけど。
「……結婚すれば当たり前の事なので、私達もそうなのだと思っていたのですけれど、アルバート様は白い婚姻にするおつもりでしたの?」
嘘です。婚約者様は絶対私を抱いてくれないと思ってました。
だって、彼ならいくらでも好きな女を引っかけられるんですもの。きっとそれは結婚後も。
「アネッサは私がフラついているのが嫌そうだから、こんな私に抱かれるのは嫌だと思ってな」
oh…、なんつう要らぬ気遣い。
私が嫌なのは好きな貴方が私そっちのけで女遊びするからですよ! きいいい、遊ばれる令嬢達が羨ましい。
そりゃあ、婚約者が浮気しまくって嬉しい人はいないでしょうよ。そんな婚約者様を大して咎めず許しちゃってる私も私だけどっ。
てか、婚約者様に浮気が悪いという意識があったんですね。吃驚ですよ。
「…子供を、跡継ぎを産むことは婚姻した者の義務ですわ」
「アネッサはそれで良いのか?」
当たり障りのない、でも重要なことをいえば、婚約者様はそんな事を聞いてくる。
なんて当たり前のことを。
良い訳ないじゃないか。
それってつまり子供を産んだら用済みってことでしょう。いや、子供が出来るまでは一応私を抱いてくれるならましと言えるのか。
そうだよね。てっきり抱いてもくれないと思ってたくらいだし、良い事だと喜ぶべきだ。
彼の子供なら滅茶苦茶可愛いに違いない。私に似ないことを祈る。
子供が出来て婚約者様が私に関心を無くしたらその子を可愛がれば良い。それはきっと幸せだろう。
なんとか気分を上げた私は婚約者様に笑みを浮かべる。
「ええ。跡取りを産むまでアルバート様には頑張ってもらいませんと。あれだけ浮名を流すアルバート様ですから、そう心配ではありませんけれど」
茶化し(嫌味)も入れてそう言えば婚約者様はそう深く気にした様子も見せず、そう、と言ってマドレーヌを口に運ぶ。
この世界は中世ヨーロッパ見たいだが、なんともおかしな世界で、中世ヨーロッパから19世紀あたりまでの文明がごっちゃごちゃになっている。
変な所で遅れていて、変な所で妙に進んでいる。
多分だけども、私のような転生者とかがいたのかもしれない。いや、いたんだろうな。じゃなかったら、どうして異世界でどら焼きなんてもんがあるんだ。初めて見たときは吃驚どころではなかったぞ。
残念ながら私にはそう知識チート出来るような知識はなかったので凡人のままである。
どうしてそんな話をしたのかというと、不思議なこの世界は料理が滅茶苦茶進んでいて、とにかく旨い。
それはお菓子もそうであって、それはもう恐ろしいくらいに手が止まらない。
普段録にご飯を食べさせてもらえていない私は太るとか気にせずバクバク食べる。
この世界で内臓を圧迫するようなコルセットが滅んでいて良かった。それがあったら、お茶会や公爵家でお菓子の食い溜めが出来ず栄養失調で既に死んでた。お菓子で命を繋いでいるのだから栄養万全とは言えないのだけれど。
くっそ暑い中、今日は婚約者様と最寄りの湖にデートだ。
そんなに嫌そうにしないでください。私だって熱中症になりそうな中頑張ってるんです。
何やら、前公爵様ーーお義父様と公爵様ことお義兄様は私と婚約者様との結婚に乗り気と言うか、私達にどうも構ってくる。
私としては婚約者様が振り向いてくれないかな、と期待してしまうので、婚約者様は迷惑そうだがもっと言ってやってください! と思う。
お義兄様の言うことなら少しは聞いてくれるだろうし。
そんなお義父様とお義兄様の勧めで私達はデートに出かける事になった。
婚約者様が他の女性に構わないよう考慮して、人気のない湖へのお散歩になった。いやまぁ綺麗な所だけども。
暑いもんは暑い。
婚約者様とのデートは浮き足立つものがあるが、これは死ぬ。死んじまう。
日陰ぇーー!!ウォーターああああ!!ソルトー!!!カッモーンッ!!
「…アネッサ、大丈夫か?」
「……」
「アネッサ?」
これは本格的にヤバいかもしれん。
婚約者様に返事すら出来ず、私は黙りこくる。
だるい。気持ち悪い。目眩が。吐き気が。
これは熱中症か。
私達のいるこの国は日本より赤道に近い国なのか、日本より全体的に暑い。冬だって雪なんて滅多にみないし、夏はくそ暑い。
なので熱中症患者が毎年でるので、それなりに対処方は知られている。
婚約者様に任せても死ぬ事はないだろう。
そこで私は意識を手放した。
うわーん。折角のデートだったのに。
はっ、と目を開ければ、そこには真っ白な天井が。
これはテンプレをやるべきか。
「…知らない天井だ」
マジで知らん所だ。多分状況的に公爵家のどこかなんだろうけど。
あの後婚約者様に運んでもらったのか。他の可能性もあるが気分的にそういう事にしておこう。
まだあまり回らない頭でぼんやりと室内を見回せば、私の寝ているベッドの横に椅子に座ったまま居眠りする愛しの婚約者様が。
ぎゃあああ!?!?
吃驚した!! 静かだったからてっきり一人きりだと! う、うわあああ。独り言聞かれなくて良かった。
ね、寝てるんだよね? と彼の顔の前で手を振ってみる。
「……」
「……」
寝ていらっしゃる。それはもうぐっすり。
婚約者様の寝顔なんて初めてみた。
これは、看病してくれた、と思っても良いんだよね?
お義兄様に言われて仕方なく、と言う可能性もなきにしもあらずだが。悲しくなるからあまり深く考えないようにしよう。
ベッドの横のサイドテーブルに置いてあった水差しからコップに水を注ぎ温い水を頂きながら、婚約者様の寝顔を堪能する。
相変わらず、憎らしい程美形だ。
1cmくらいありそうな伏せられた睫毛は引っこ抜きたくなる衝動が沸き起こる。
ヒゲなんて生えなさそうなツルツルの真っ白な肌はひっぱたいて真っ赤に染めてみたくなる。
……私、なんか暴力的だな。
最低な我が肉親からうつったのかも。いや、血は争えないと言うし、やっぱり私もあいつらの家族と言うわけか。
そこで、私はふと自分の腕を見る。
私の腕には包帯が巻かれていた。包帯が…。
「……!?!??」
バッと音がする程の勢いで自分の体を検分すれば、首まで覆う冬はともかく夏は毎年死にそうになる地獄のドレスは剥ぎ取られ爽やかな白色のワンピースに変わっていて、首から手足まで真新しい包帯でぐるぐる巻きになっている。
比喩でも何でもなく、サアァァと血の気か引いた。
そっ、そりゃあそうですよね。熱中症でぶっ倒れたらあんなドレス脱がせますよね。
何でそんな事も思い浮かばなかったんだ私!!
ど、どうしよう。こんな全身傷だらけの女なんて誰ももらいたくなんかないだろう。
婚約破棄? そうなったら、私にはもう貰い手がいない。
終わりの分からないままあの家で暮らすだなんて、無理だ。修道院か!? 主よ私に救いを!?
何を考えてるのか分からないお義父様も流石に傷だらけの女は息子には合わないと考えるだろう。
お義兄様は真面目な方だから同情してくれるだろうが、彼は公爵だ。私情で動く訳にはいかない。
婚約者様はどうだろう。数年と一緒にいたのだから少しは同情してくれるだろうか。
あれ? なら何で彼はここにいるんだ?
私が思った通りなら、お義父様…前公爵様に言われたからではないだろうし、公爵に別れを言うように言われたからとか? あの方は本当に生真面目な方だからそうかもしれない。婚約者様、いやアルバート様は公爵の為なら何でもやるだろうし。
もしかしたら、もしかしたら私を心配…してくれた、とか
いや、変に期待はしない方が良い。その方が傷つかなくて済む。
最低なるアルバート様はともかく、公爵様は真面目で慈悲深い人なので多分婚約破棄後の事を心配して何かしらしてくれるだろう。一応可愛がってもらっていたし、良い感じの修道院に入れるようにとか頼んでみようか。
ポジティブに。そうポジティブに。
楽しい事を考えよう。
大丈夫、きっとあの家からは出られるだろう。あのクズどもとは二度と会うことはない。それだけでも喜ばしい事だ。
それに、好きな…アネッサとして生まれて初めて恋したアルバート様と婚約出来て良かったじゃないか。
泣くな。精神は大人だろ。前世と足せばアラフォーなBBAだろ。
いつも我慢してたじゃないか。感情を押さえるのは得意だろう、アネッサ。
「……んぅ…」
「っ!」
今か!? 今起きるのか!?
ちょっとまって、今涙引っ込めるから!!
慌てる私など露知らず、アルバート様はゆっくり目を開けぼんやりと私を見る。
「……」
「…………」
「……あ!!!」
!?
たっぷり10秒かけて覚醒したアルバート様は、目を見開き叫ぶ。
ぎゃあっ。寝起きの頭には大変キツイですっ。
「アネッサ、大丈夫か!?」
「……」
色んな意味で大丈夫ではないです。
でもお義兄様以外の事で慌てる新鮮なアルバート様を見ていたら、どうでも良くなってくる。
ああ、恋って本当に厄介だ。
「…アネッサ?」
「あの、私はこれからどうなるんですの?」
とても、重要な事。
聞きたくないが、早めに聞いておく方が良い。早めに聞いておいた方が切り替えも早くつくというものだ。
不安を捩じ伏せそう聞けば、アルバート様ははっとして、次には怒りを浮かべる。
公爵様以外のことでアルバート様が怒りを見せるとは、なんて珍しい。いや、公爵家に傷を付けたと怒ってるのかな? それなら公爵様に迷惑をかけた事になるし。
「アネッサ、何故私に言わなかった?」
……それは、結婚さえしてしまえばこっちのものだと思っていたからです。
なんて言えないっ!
私を射ぬく鋭い灰色の目に、私は萎縮するばかりだ。
初めてアルバート様の怒りを自分に受けた。いつも彼は公爵様の事ばかりで、私なんて興味ないもの。
「アネッサがノースウェス家で不遇を受けていたのは知っている」
ああ、やっぱり知ってたんだ。
現代日本と違って、この世界ではいくら自分の子を虐待してもただの家庭の事情であって、躾だと言われてしまえば他人がどうこう言えることではない。
でも、一言くらい心配の声をかけてくれても良いじゃないか、と思うのは私が欲張りなせいだろうか。
「でも体中傷だらけになる程痛め付けられているとは知らなかった」
うん。そうだと思った。そうじゃなかったらこんな傷だらけの女なんか既に切り捨てられてるだろう。
「何故言わなかった?」
そんなの、婚約を解消されるのが怖かったからに決まっているでしょう。
本当に彼は鈍すぎだ。
「言ってくれたら…助けを求められたら、いくらでも助けてあげたのに」
悔しそうにそう言うアルバート様に、私はポカンとする。
はい?
今、なんて言った?
あ、あ、あのアルバート様が、公爵様以外全く興味のないアルバート様が。
私を、助けてくれると?
そうだよね? 今そう言ったよね!!?!??
「私はお前の婚約者なのに。私は、そんなに頼りないか?」
い、いえ。とっても賢くてかっこ良くて頼りがいありますが。
怒りを消して、上目遣いにこちらを見てくるアルバート様に心臓をグサッとやられる。
ぎゃーー!! アネッサに100のダメージ! やめて!! 彼女はもう屍よ!?
「た、頼っている、つもりでしたが」
「なら何故、私に言わなかった」
なんとか絞り出した返事にアルバート様は怒りを再発させる。
う、うわああああああん。怖いよーっ。どうすればいいの!?
「き、き、嫌われたくなかったんですわ!!」
混乱の中、口を出たのはそんな言葉。アルバート様は訳が分からないと言うようにポカンとする。
「わ、私はこんな傷だらけなので、その、知られたら、アルバート様と結婚出来ないと思ってっ」
ななな成るようになれだ!!ええいままよ!!
「私は、アルバート様が好きなので、どうしても貴方と結婚したかったんですっ」
い、言ったぞ!!偉いぞ私!!
アルバート様の言い振りからして私はまだ婚約者と言う扱いのようだ。
なら今のうちに言っておくべきだろう。今後どういう扱いになるか分からない事ですし。
へたれで気弱な私にしては良く頑張ったのではなかろうか。
前世もこみで、初めて自分から告白したきがする。前世の記憶は年々薄れてきているので、もしかしたらあったかもしれないが。
顔を真っ赤にしながらもアルバート様の反応をじっとまっていると。
「……」
「………」
うわああああああ。こいつなんも反応しやがらんぞ!!?
不思議そうに、不思議そうにこちらをみている。
いやまあ、相手は渡り鳥との二つ名がついているような経験豊富な最低野郎だもんね。
「……分かりましたか? それで、私はこれからどうなるんですの?」
なんか羞恥心が吹っ飛んでいったので、私は話を戻した。
すると、アルバート様はちょっと混乱したように額に手を添える。
「い、いや、待ってくれ。アネッサはいつから…」
おや、思ったより困惑してるっぽい。
「いつからかと言われますと、正確な事はわかりませんが、かれこれ7年半くらいですわ」
正直にそう言えば、アルバート様は俯いてしまった。
これは…照れているというよりは、罪悪感ですかね? だてにアルバート様だけをみていた訳ではない。照れてくれていないのはショッキングではあるが。
おっほほほほ、存分に苦しむが良い。私がどれだけアピールして空回っていたと思ってるんだ。アルバート様は公爵様一途だから余計苦悩したんだぞ。
「…それは、…すまなかった」
「いえ、アルバート様が謝ることではありませんわ。私がアルバート様に分かるように言えなかったのがいけないのですから」
本当にそう思っているのに、アルバート様は気まずそうに視線を泳がせる。
人には向き不向きがあって、アルバート様は人の機微を察するのが苦手なのは仕方ないと思うんだ。公爵様以外興味がないから察っしようとしていないせいなんだけれども。まぁ、興味関心のないものをどうこうするのは苦行であるからして結局仕方ないと言う結果になるんだけれど。
要するに、まあ、惚れた弱味と言うわけだ。
「それで、私はどうなるんですの?」
「…どうなる、とは?」
「こんな怪我だらけの女など嫁にもらいたくはないでしょう? だから婚約は解消されるのかと…」
「アネッサをあの家に帰させる訳ないだろう」
三度目の正直、とアルバート様に聞けば心底不思議そうに返されたので、自分で言っていて悲しくなったが己を卑下してそう答えれば、アルバート様に言葉を遮られ強くそう言われた。
なんか、アルバート様はお怒りのようだ。
「アネッサは私が好きなんだろ? ならこのままで良いじゃないか」
このままで良い?……何が?
…話の流れからして私とアルバート様との婚約の話だよね?
良いって、このままで良いって、つまりそう言う事…なんだよね?
「………アルバート様は、それで良いのですか」
何とか絞り出した声は掠れていて、何とも情けない。
アルバート様には、婚約者様にとっては誰でも良いのかもしれない。ただ今の婚約を解消して改めて婚約するのが面倒なのかもしれない。
でも、婚約者様は私で良いと言ってくれたのだ。内心安堵や喜びに不安でぐるぐるである。
さっきは我慢した涙が溢れて止まらない。
「わ、わたしでも、もらって、くれるんですか」
滲んで碌に見えない視界で婚約者様をじっと見る。
どうも、何故か笑っている、気がする。
「…あるばーとさま?」
「いや、アネッサの年相応な反応を初めて見た気がすると思って」
……人が泣いてるのを見てそれは酷くないかい。
やっぱり婚約者様はデリカシーがない。
涙を拭うとか。頭を撫でるとか。私でももらってくれるのか、に返事するとか。
色々あるでしょうよ。何故しない。
「……」
「ああ、ごめん。泣きやんで」
拗ねてふん!と腕で涙を拭えば婚約者様は慌ててハンカチを取り出し頬に当ててくれる。
……婚約者様にこうも優しくしてもらったのは初めてのような。
いや、うん。深く考えない方が幸せだろう。今優しくしてもらえば十分だ。
なんだか怖くなってきたぞ。起きたら夢でしたとかないよね?
猛烈に不安になった私は自分の頬を思いっきりつねる。
痛い。
「……何してんの?」
「いえ、夢なのかと不安になっただけですわ」
至って真面目にそう言った私に婚約者様はふ、と笑みを漏らす。
「ちゃんと、現実だよ」
そう言って私に微笑む婚約者様に私はぽーっと見惚れる。婚約者様はいつでもイケメンだ。
婚約者様が私に微笑んでくれたのは幼少期以降初めてではなかろうか。いつも他の令嬢達に向けられる営業スマイルを羨ましく思っていた。
「大丈夫だから、まだ寝てな。私は皆に教えに行くから」
婚約者様はそう言って私をベッドへ倒すと私の目を手で覆う。まだ体力戻っていないのか私は直ぐに眠気に包まれる。
ああ、待って。
「……ーーー」
何て口走ったのかは覚えていない。
私はそのまま眠りに落ちた。
次に目が覚めた時には、私が倒れてから約1日経っていた。前世を含めて丸1日寝倒すのは初めてだ。
なんか、今日(昨日?)は初めての事ばかり体験している気がする。
私が寝ている間に部屋を移動したみたいで、私が今いるのは公爵家の客室だ。私はこれから結婚するまでここで暮らす事になったそう。
寝ている間に私の荷物は伯爵家から全て運びだして既にこの部屋に置かれている。
私の唯一の味方の幼少期からお世話になっている侍女のマリも一緒に連れてきてくれたらしい。
起きたら諸々が部屋にあって飛び起きる程吃驚した。
二度とあの家に戻る事はない、と言われたがあまり実感がない。
アネッサとして生まれて約16年もずっとお世話になった家なのだ。あの狭い部屋で寝る事はもう二度とないといわれても、うん?と言う感じなのである。
まあ、人間慣れるものなので、そのうち落ち着くようになるだろう。
「アニー!! 倒れたと聞いたわ!! もう大丈夫なの?」
そんな騒がしくも可愛らしい声を響かせ私の部屋に入って来たのは、お義兄様の奥様ことシャーロット姫様。婚約者様と同じ歳なはずなのだが、どうも落ち着きがない。婚約者様もお義兄様の事になると子供っぽくなるのだが。
私は苦労した事の無いような綺麗過ぎる彼女が苦手だ。彼女は彼女なりに色々苦労しているのだろうけれど。
「ええ、シェリー様。私はもう大丈夫ですわ」
私はニッコリと微笑み抱き着いてきた姫を受け止める。
包帯未だ全身ぐるぐる巻きだが、倒れた原因の熱中症はもう良くなったので嘘ではない。
この姫様は中々に押しが強く、婚約者様にも呼ばれていない私の愛称をーー家族も呼ばれないがーー呼ばせるよう押しきられてしまった。私は元日本人なので強く言われるとノーと言えないのだ。
因みに、私が着ている服は姫様の物だったらしい。道理で全体的に小さい割に胸の辺りが緩いと思った。
「エヴァン様も来て頂いてありがとうございます」
「いや、元気になってよかった」
部屋の入り口で私に抱き着く姫様を静かに微笑んで見ていたお義兄様に話しかけると、お義兄様はすっと無表情になり本当にそう思ってんのか、という抑揚のない声でそう返して来た。
お義兄様は婚約者様と姫様以外にガッチガチに固まった表情筋を緩める事は殆どない。この人との付き合いも7年程になるが、この人私に微笑んでくれた事は一度もないと記憶している。一応大切にしてもらっているとは思うが。
「ロッテ、彼女も困っているから離れなさい」
「はぁい」
普段の様子からは信じられない程柔らかい声でお義兄様が姫様にそう言えば、姫様は可愛らしく頬を膨らませながら私から離れる。
それに内心ほっとしながら私は静かに微笑む。
人の機微に鈍いような鋭いようなお義兄様には、どうも私が姫様を苦手に思っている事を気付かれているきがする。こうやって地味に助けられる事は結構ある。
「ロッテ、あれを」
「そうだわ!アニー、アルバートから贈り物よ」
「?」
お義兄様に言われて思い出した!と言わんばかりの姫様は侍女づてに私に花束を渡す。
…花束。そう花束。婚約者様が、私に。
真っ赤な薔薇の花束に、私は静かに微笑んで顔を埋める。
うふふふふ、一応婚約者様から花束はもらった事はあるが薔薇の花束は初めてだ。
ああ、やっぱり昨日と今日は初めての事ばかりおこるなぁ。いままでが録な扱いじゃ無かったせいなんだけども。
侍女のマリも良かったですね、と微笑んでいるし、姫様達も微笑ましそうに私をみている。
姫様によると、婚約者様は私の結婚を早める為に大変忙しくしているらしい。昨日の今日で思い切りが良いな。
それで、私に会いに来ようとしていた姫様に私に渡すこの花束を預けたらしい。
一言もメッセージを添えたりしない所が婚約者様らしい。
マリが花瓶に生けてくれた薔薇をにこにこしながら眺める。
婚約者様は私の想いに確り答えを返してくれなかったけれど、それなりに大切にしてくれるつもりのようだ。
婚約者様は、まだお義兄様を好きなんだろうか。初恋な上に10年以上拗らせてるからなぁ。
お義兄様に惚れた所は優しい所のようだから、私も優しくしたら好感度は上がるかな? うん、もっと色々頑張ってみよう。
ウフフフフ。私は今とても幸せだ。
これだけで幸福を得られるんだから、本当に恋とは厄介だ。
アネッサ 主人公
現代日本から転生した女性。物事にあまり関心がなく結構さばさばしている。
周りからはおっとりした天然だと思われている。基本何があってもあらまあで済ませてしまうのでその通り。本人に自覚無し。
アルバートが大好き。恋愛の事になるとへたれになる。少しでも好きになってもらおうとアルバートの恋を色々手助けする。中々拗らせている。自覚あり。
アルバートに嫌われていると思っている(アルバートの奇行を止めたりしているから)。父似。
茶髪茶目のモブ顔。中の上くらいの可愛い系。16歳。
アルバート 婚約者
アネッサの婚約者で実兄に6歳から片思い中。兄ファーストでアネッサの事をないがしろにしがち。
アネッサの事はちゃんと恋愛的に大切に思っている。本人無自覚。アネッサの事も初恋も拗らせ過ぎている。
兄の事を想うあまり、気を引こうと浮気するクズ。アネッサが許してしまうので、あまり悪いとは思っていない。女遊びはただの手段。最低。そして大変鈍い。
同性愛者と言うより、恋した相手が男だった、と言う人。
エヴァンの事になると子供っぽくなり、奇行に走る。微ヤンデレ。母似。
クリーム色の髪に灰色の目。上の上の綺麗系。18歳。通称、婚約者様。
エヴァン 公爵
アルバートの実兄。アルバートの初恋の人。
アネッサの事は妹の様に思っている。弟の想いには気付いていない
基本無口無表情。シャーロットとアルバートだけには表情が緩む。父似。
黒髪金目。上の上のキリッと系。25歳。通称、お義兄様。
シャーロット 公爵夫人
エヴァンの妻。エヴァンに一目惚れし、妻の座を手に入れた強者。ちょっと押しが強い。
アネッサに綺麗過ぎると苦手に思われている。本人は気付いていない。
良くも悪くも育ちが良い。天然。
金髪碧眼。上の上のふわふわ可愛い系。18歳。通称、姫様。
? 前公爵
アルバートとエヴァンの父。アネッサいわく何考えているのか分からない人。
アネッサとエヴァンとの婚約を解消しなかったのは、単純にアネッサを気に入っているから。アネッサが9歳の時、威圧的な見た目をしていたのに懐いて来てくれたためアネッサを可愛がっている。アネッサは覚えていない。そして気付いていない。
無口無表情。エヴァンより背が高い。
黒髪金目。上の上のキリッと系。48歳。通称、前公爵様。
ミシュラン 伯爵子息
アネッサに片思いしている青年。アネッサの思慮深い感じに惚れたらしい。
婚約話が上がり、その前に、と振られる事を分かって勇気を振り絞った勇者な人。
話かける時滅茶苦茶緊張してた。
黒髪薄い茶目。上の中くらいの綺麗系。19歳。通称、ミシュなんたら様
きっと、アルバートは結婚前に自覚してそれまでの扱いに頭を抱え、想いを伝えようと奮起する事でしょう。そして、家族から散々貶されアルバートから録な扱いを受けていなくて自己評価のとてつもなく低いアネッサに中々伝わらず大変もだもだする事でしょう。
あっははは、存分に苦しむが良い!私はアネッサちゃんの味方だぜ。この最低野郎め。
シリアスで、ヒーローが男に恋していて、主人公が理性的で、一応ハッピーエンドなものを書こうとしたらこうなりました。
ヒーローが何故かクズに…。おかしいな。
一応、アルバートは賢いですしカッコいいんです。やれば出来る男なんです。アネッサちゃんが惚れたぐらいですし。