第6章
7話目にして初めて百合っぽい話ですね。お待たせしました。
調査を終えて陸地に戻った私たちは、なんとも重苦しい空気に包まれていた。
シンプルに動揺し、憔悴しているのは、久保さんや本田研究室の面々である。久保さんは海中で直接アレを見たらしいが、詳細な全体像はつかめなかったらしい。
一方の私たち3人は、かなり複雑な心境だった。まず、ヤツの正体に一歩近づいたという喜びがあった。しかし、それ以上になにか触れてはいけない領域に立ち入ってしまったのではないだろうか、という後悔と戸惑いがあった。アレは間違いなく地球上のどの生物にも該当しないものだった。先日の警告は、脅しではなく親切心からの警告なのではないだろうか。しかしアレの正体を知りたい、そんな矛盾する2つの感情が、混ざり合ってマーブル模様になったりぶつかり合ったりしていた。
「飲みにでも行くか」
ぼそりと新井さんがつぶやく。俺が奢ってやる、とも付け加えた。とりあえずこの空気をなんとかしようとしてくれている海の男の心意気に、一同は一斉に感謝の言葉を口に出した。
アルコールは恐ろしいが、それ以上に偉大である。その時私はそう思った。
一行は新井さんの行きつけの居酒屋で打ち上げを行った。最初は皆あまり発言しなかったものの、お酒が進むとみんな饒舌になり、アレのことについても軽率に話すようになった。
「かなり大きかったよねぇ。僕はダイオウイカがここらまで上がってきたんじゃないかと思うんだけど。」
「アレはかなリアグレッシブに動いテいましタ。クジラの仲間じゃなイでしょうか。」
「いや、アレには鱗があったから多分サメの仲間だね。ここら辺にサメはいないハズだからたぶん別の海か深海から大型のサメが上がってきたんだよ。もしかしたら新種かも・・・あぁ~!写真撮っておけばな~!」
激論を繰り広げる本田研究室の面々。初見ではかなり恐怖していたものの、そこはやはり科学者にその卵達と言うべきだろうか。好奇心は私たちの比ではないようだ。
「小さい頃の瑠菜ちゃんはね~とっても積極的だったんだよ~」
「へ~そうなんですか~意外~」
私たち3人組は久保さんと話している。瑠菜の父と大学の同級生だという久保さんは、幼い頃から彼女と一緒に遊んだり、海に行ったりしていたらしい。
「大シケの時にも海に連れてって連れてってって駄々こねてさ~あの時は大変だったよ~」
「日村さんもヤンチャだったんだね~」
瑠菜は顔を真っ赤にして、止めてください、と言っている。気にするなよ、今が立派ならいいじゃねぇか、俺なんて今も昔もダメダメだぜ、と笑うのは新井さん。
ふと強烈な眠気が訪れる。そういえば私、寝てないんだっけ。今思い出した。そんなことを考えているうちに、記憶が黒い闇の中に消えていく。
「眠っちゃったね」
一絵さんが八重さんを見下ろしながらそう呟く。その表情は優しげで、聖母像を彷彿とさせる。
周りを見渡すと、他の一行も眠ってしまっているようだ。起きているのは私と一絵さんだけである。
「瑠菜ちゃんはさ、小さい頃は結構問題児だったんだね。」
いつの間にか下の名前呼びになっていた一絵さんがそうつぶやく。もう勘弁してください、と苦笑いしながらお願いする。
「いや、褒めてるんだよ。」
一絵さんはそう言った。小さい頃はそうでも、今はちゃんと空気を読んで他人を気遣えるように成長したじゃん、と新井さんが言っていたことをそのまま続ける。
「私は小さい頃から何も変わっていないからさ。」
私はすこしむっとする。それじゃあ一絵さんは小さい頃からそんな余裕で飄々とした感じの完成された子供だったんですか、と言い返す。
「違うよ。」
小さな笑みを浮かべながら彼女は返してくる。
「私は意地っ張りで、どうしようもない人間だよ。」
先ほどの笑いは、自嘲によるものだったのか。でも何故そこまで自己評価が低いんだろうか。
私ね、としばらくの沈黙の後一絵さんが切り出す。
「好きなんだ、こいつのこと。」
ライクじゃなくてラブの方で、と付け加える。
驚いた。二人はなんだかんだ仲が良いのかな、と思っていたが、一絵さんがそんな感情を八重さんに抱いていたとは。
「小さい頃にさ、野良犬ににらまれて動けなくなった時があったんだよ。」
そんな時に八重さんがやってきて、野良犬をにらみつけて退散させてくれたのだそうだ。
「私たちよりも遥かに大きな犬だったのに、こいつはひるむことも迷うこともなく立ち向かっていたんだよ。」
その姿に、あの日から夢中なんだ。と空を見て一絵さんは呟く。
「でもさ、もっと近づきたい、そう思って話しかけても、恥ずかしくなって変な意地張っちゃって、あんなこと言っちゃうんだ。何度直そうと思っても、どうしてもダメなんだ。」
それなのに、なんだかんだ付き合ってくれてる時点でこいつは優しいよ。私にはもったいないくらいに、と続ける一絵さん。
「分かってるよ、私が全部悪いんだって。でもね、」
「なんで気付いてくれないのって思っちゃう。そんな私が大嫌い。」
複雑な感情に苦しむように顔を歪める一絵さん。
「どうすればいいんだろうね。」
最初と同じように、自嘲の笑みを浮かべる一絵さん。しかし、とても疲れているように思えた。疲れることにすら疲れてしまったようだった。
ちょっと展開で悩んでいることがあるので、次話投稿は遅れるかもしれないです。
気長に待っていてください。