第4章
なんか短くなってしまいました。物足りなかったらごめんなさい。
午後のシフトが終わった私は、下宿先であるアパートの、ユニットバス付1DKの部屋でくつろいでいた。明日はいよいよ本田教授の調査に同行する日だ。今日は早めに寝た方が良いだろう。
そう思いつつもダラダラと遅くまでくつろいでしまうのが人の性。時計は既に10時を回ったが、冷蔵庫から出したアイスバーをペロペロと舐め、動画サイトで好きな投稿者の新着動画を見ている。
このアイスバーはかなり古参の商品で、私が生まれる遙か前から製造されているそうだ。味はごく普通で、最初の一口をほおばると科学工場のような匂いが一瞬だけ鼻を通る。この固有の匂いは初めて食べた時から一切変わっていない。この消費者に媚びない頑固さこそ、私がこの商品を愛している理由である。
アイスバーを舐め終わり、そろそろ寝るかと寝間着を取りに行こうとした時、事件は起こった。
呼び鈴が鳴り、その音に驚く。ドアを開けてみると、誰もいなかった。間違えて押したのだろうか?そう考えて寝る準備をする。しかしまたも響く呼び鈴。これは悪質なイタズラに違いない。普通なら警察あたりに連絡するのが筋だろうが、私はこの手の輩には一発かましてやらないと気が済まないのだ。
私はあえて2度目を無視する。狙いは3度目だ。今か今かと玄関に張り付いて待っていると、あの忌々しい音が鳴り響いた。私はすぐにドアを開け、犯人の姿を探す。階段は左側にあるのでそちらを目で追うと、走り去る人影があった。
「おいコラ!待て!」
近所迷惑を忘れて怒鳴りながら、犯人を追う。階段を転がるように降り、アパート前の道路を走る。走力は私が上のようで、じりじりと距離を詰めていく。T字路にさしかかって犯人が右に曲がったので、私もそれに習う。しかし、そこにヤツの姿はなかった。左方向も一応確認するが、人がいた気配すらない。濃い灰色の道路が延々と続き、夜の闇に溶けているだけだった。街灯の周りには蛾が数匹舞い、用水路のせせらぎが空虚に響いていた。
犯人を取り逃がした私は、とぼとぼとアパートに帰った。距離はさほどでもないはずなに、通学する時以上の負担に感じられた。重い体を引きずり上げるようにして階段を上り、ドアが開け放たれたままの部屋の前に到着する。すると、何かがおかしいことに気付いた。具体的には?と聞かれると返答に困るのだが、何か異物が入り込んだような気配を本能的に感知した。
恐る恐る部屋に入る。自分の家のはずなのに警戒する必要があるというのは可笑しい話だが、実際に体験するとかなりのプレッシャーである。あり得ないと分かっているはずなのに、洗い場や炊飯器の中から何かが出てくるのではないかと警戒してしまう。
力士のように足を擦り、扇風機のように首を左右に振って安全確認をしつつ、慎重に前に進んでいく。途中風呂場などを確認しながら進み、一番奥の部屋にたどり着く。出入り口近くのスイッチを押すと、一気に部屋に光が満ちる。それから数秒遅れて、私は小さな叫び声を上げた。
「なんだよこれ・・・」
ベッドが横に密着している左の壁に、大きく黒い文字が書かれていた。文字の端々から線が床に向かって垂れており、それが非常に新しく描かれたことを誇示していた。
「これいじょう たちいるな こうかいするぞ」
全てひらがなで書かれていること、立ち入るなという言葉の物々しさ、後悔するぞの妙に子供っぽい言い回し、全てがちぐはぐで、それが恐ろしさを増幅させていた。カメラを壊したことは警告で、今回はより具体的に行動したのだろうか。
不思議なことに、恐怖しつつも明日の調査に向かう意欲は一切失せていなかった。恐れ以上の好奇心が、私を前へと突き動かしていた。
とりあえず状況の保全だ、ということで様々な角度からスマートフォンで写真を撮った。その後警察に通報し、事情聴取などを受けていると時刻は午前4時を回っていた。集合は6時なので睡眠を諦め、自販機で買ったボトルのコーヒーで無理矢理気合いを入れる。体のあちこちがキシキシと擦れる痛み、鉄が張り付いたかのように重いまぶたの感触。それらを味わいながら、私は集合場所へと向かった。
次回も早く投稿できるように頑張ります。