第3話 屋形船
船の揺れはさらに大きくなる。
窓からは次々と船を襲う大波が見えた。
「おい! 島はどこにあるんだよ!」
「おれたちをどこへ連れて行くつもりだ?」
見えない責任者に向かって生徒が叫んだ。
〈そろそろ教えてもいい頃でしょう。私たちは四国を目指しています〉
「し、四国だって!?」
生徒たちは驚いて声も出ない。
なぜなら、みんなが乗っている船は屋形船なのだから。
東京湾を出て太平洋を南下し四国へ。
とても正気の沙汰とは思えない!
〈ふふふ。驚いたようですね〉
屋形船で四国にたどり着けるかどうか心配している生徒が多い中、ヒカルだけは違うことを考えていた。
――どうして、僕は東京まで連れられて来たんだ?
ヒカルは理解に苦しんだ。
佐藤ヒカルの通う徳島県立超能力者高校は、四国は徳島県、徳島市の中心部にある高校だ。
わざわざ東京に出て来る必要性など一ミリも存在しない。
四国でやるなら、現地集合でも良かったじゃないか!
多くの生徒が四国行きを聞かされて静かになっているところで、一人の生徒が大声で叫んだ。
「おれたちをどこへ連れて行くつもりだ?」
さっきの放送を聞いていなかっただろう、マヌケな奴だとヒカルは思わず笑ってしまう。そんなマヌケに向かってアナウンスは答えた。
〈四国へ行きます〉
「まさか沖縄には行かないのか?」
〈まさかも糞も沖縄へは行きません。四国へ行きます。〉
「そうか、沖縄へは行かないのか……」
残念そうに言うと椅子に座った。
その二秒後、たった今、座ったはずのさっきの生徒が再び立ちあがると大声で叫んだ。
「おれたちをどこへ連れて行くつもりだ?」
〈……。だから四国ですっ。わかりましたか? 四国へ行きます!〉
少しの沈黙の後、やや強めにアナウンスは生徒の質問に答えた。少しキレていたように思うのは気のせいか。
「行先は沖縄じゃないのか?」
〈おまえはアホか! さっきから何度も四国だと言ってるだろ! 四国のどこが不満なんだ!〉
ついにアナウンスがガチでキレる。
ヒカルもこれはキレても仕方がない、とアナウンスをしている担当者に同情したのだが、アホな生徒は追い打ちをかけた。
「アホはおまえだ! 四国には海がないだろ!」
一瞬で凍りつく船内の空気。そして静寂。
しかし二秒も経たずしてスピーカーから大きなアナウンスが流れた。
〈馬鹿かおまえは! 四国にも海はある! じゃないと船で行けないだろ、馬鹿!〉
「なるほど。船で行けるんだから、海があるっていう理屈だな。ふーん、なるほどね」
本当に彼はその答えで納得したのだろうか。椅子に座った皆藤セインパイを見てヒカルはそう思った。
――恐るべしリピートの皆藤。彼は自分が通っている学校が四国にあることを理解していない!
一学年上の皆藤の超能力にビビっているとアナウンスはさらに驚くことを言った。
〈いいですか? あなたがたは、これから四国で脱出ゲームをしていただきます〉
「脱出ゲームだって!?」
船内にいた生徒たちは騒然となる。
――脱出ゲームなんて過去に一度もなかったけどな。ひょっとして、また大会主催者の気まぐれじゃないだろうな……。
ヒカルは『島』を選んでから、図書室に保管されていた過去のプログラムを読んで、似たような名前の種目がないか探していたのだ。
少しでも参考になる資料があればよかったのだが、『島』と似たような種目名はなかった。
〈ゲームのルールは簡単。自力で四国から脱出すればクリア。どうです? 簡単でしょう?〉
「もし脱出できなければどうなるんだ?」
不安そうに一人の生徒が訊ねる。
こういうケースでは、脱出に失敗したときのペナルティーは『死』というのが映画や漫画なんかでは、お決まりのパターンだ。
しかし、アナウンスは意外なことを言った。
〈自力で脱出しない限り、あなたがたは永遠に四国に住むことになります〉
「「「な、なんだってー!?」」」
ショックを受ける生徒たち。
そんな彼らを見てヒカルは思った。
――おいみんな! 四国はいいところだから!
小学生のころは兵庫県で育ったが、中学から四国で育ってきたヒカルにとって四国は住みやすい良い場所に感じていた。
――しかし脱出ゲームなんかより、もっと難しい難問に俺たちは直面していることに誰も気づいていないんだろうか……。
ヒカルは心配していた。
この屋形船が四国にたどり着けるかどうかを。
窓の外には、もう転覆した屋形船が木の葉のように波に揉まれていた。
能力者もそうでない人も。
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