電子の沙漠に俺という名の爪痕を残す
屋根に雨がぶつかり、ざざざと音を鳴らしている。窓の外の鬱々とした雨模様を見やりつつパーカーのサイドポケットからタバコとライターを取り出す。残り一本のタバコを咥えて火をつけて、胸一杯に煙を吸い込む。いつも、あぁ体に悪い、と思うが時々無性に吸いたくなる。特に今日みたいな仕事でミスった日には。
「無くなっちまった、また買いにいかねえと」
タバコの箱を握り潰してゴミ缶に放り込む。乾いた音と一緒に燃えるゴミの仲間入りを果たした。
何度か深く煙を吸っているうちに頭のモヤが少しずつ晴れてくる。タバコを灰皿に押し付けて、グリグリとねじった。
スマホを起動すると、ブラウザの履歴に残された小説投稿サイトが現れた。いつものように文章を書き始める。
――ご飯茶碗いっぱいに白飯をよそった。これが最後だと思うと悲しい。これから俺は魔王に最後の戦いを挑みにいく。この戦いは後の世に語り継がれるに違いない。手にした伝説のシャモジを握りしめる。銀シャリの貴公子として、おにぎり王国ハンゴウスイサンに召喚されて、はや三年、苦闘続きだった。ベテランのコシヒカリさん、新進気鋭のユキワカマルの三人パーティーで旅を始めたのに今では俺ユメピリカ一人になってしまった。
あの時ユキワカマルに、このチャンピオン海苔の魂を注入することができていればと悔やまない夜はない。あの時コシヒカリさんに俺の黄金だし汁をぶっかけてさえいればと思い返さない夜明けはない。ご飯をよそう度に彼らの最後の姿が、ありありと思い出せる。……
――俺は握りしめたシャモジに最後の力を注ぎ込み魔王に必殺の一撃をお見舞いした!
「くらえー! 必滅の日の丸弁当!」
「それは旭日旗! ヘイト野郎!」
「そ、そんな……ヘイトだって……」……
――こうしてヘイト野郎は打倒された。そして史上初のタイ米大統領が就任したのだった。
「ふぅ……」
久しぶりに息をするかのように深く息を吐く。文章に集中していると、知らず知らずのうちに息が浅くなる。こういう辛いことがあった日は、小説を書くことにしている。頭にこびりついた物をこすり落とすように物語にして吐き出す。とても誉められた文章じゃないのはわかっている。実際、評価はつかないし、誰からも感想をもらえない。
それでも構わない。俺という人間が生きた証しをこの電子の沙漠に残したい。現実世界の俺の足跡など、誰もかえりみられることはないし、すぐさま吹き荒れる風に消されてしまう。だけど、ここではサイトが消滅しない限り、俺の爪痕は残り続ける。無風の沙漠なのだ。サイト消滅という、いつくるかわからない砂嵐が来ない限りは俺の生きた証しが残される。そして、昨今の盛況を見る限り、サイト消滅は近いうちには来そうにない。
誰か一人でも俺の残した物語で、勇気づけられたら、感動を与えられたら、明日への希望を持ってくれたら、そう信じて俺は物語を残し続ける。そして、物語を書くことで俺自身が救われている。
冷蔵庫から取り出したビールを開ける。プシュという音と共に漏れ出た白い泡に口をつける。そして口を湿らすように飲みながら、投稿された小説たちを読む。誰とも知らないどこかの誰かの心の叫びを受け止めていく。そうして活力をもらい、明日への糧にする。
ありがとう小説投稿サイト、そして永遠に俺の生きた証しが残りますように。
気づけば雨はあがり月が顔を出していた。
ありがとう小説家になろう
そして永遠に