異本回収録
お気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです
わたしは薄暗い路地の隅でうずくまっていた
持ち物と言えば、ぼろ布一枚……たまに路地の端からわたしと同じくらいの子供が顔を出し、石を投げつけてくる
「食べられるもの…ないかな…」
辺りを見渡すが棄てられた残飯すら見付からない
数日何も食べてないせいか、石ころがミートボールに見える
石は食べられないのだろうか?
空腹に耐えかね恐る恐る口に含む
「マズ!」
すぐに吐いてしまった
「なにやってんだろ…わたし…」
自棄になり石ころを壁に投げつけ
カン!という小気味が良い音に思わず笑みがでる
「パパ!アレ買って!」
「おぉ、良いぞ好きなもん買ってやる」
仲の良さそうな親子を見る度に辛くなる
わたしにも家族が居たのだろうか…?
だけど…
おとおさんおかあさんなんてものはしらない
物心付いた時から独りだった、お腹が空いたら食べ物屋のゴミ箱から残飯を漁って食べる生活だったが
前に行った店でバレてしまい
折檻を受けてから何一つ食べ物を見付けれてない
わたしはこのまま死ぬのかな…と諦めていたその時、一人の女性がこちらに歩いてくるのがわかる
その女性は腰まで伸ばした金髪、青を基調としたロングコート着ていて
薄暗く遠目だったせいか、近付くと思ったより小柄で女性というより少女に見える
「キミは寒くないのかい?」
少女は、こちらの視線に気付いたのか話しかけてきた
「寒い…」
鼻水を啜りながら答えると
少女は自分が着ていたコートを脱ぎ、わたしに羽織らせた
驚くわたしの顔を見て、少女は微笑みながら
「どうかな?少しはマシになったかい?」
わたしには理解出来ない…いままで
汚いゴミ扱いされるか、イジメしかされてこなかったから…
「あ……」
栓を抜けたように涙が溢れる
「あ、嫌だったかい?すまない…」
その様子を見ていた少女は
笑顔が曇り申し訳なさそうにこちらに謝る
「ち…ちが……」
必死に声を出そうとする
「ぢがうんでずぅぅ……」
涙に加え鼻水まで溢れてきた
「わかった、分かったから…とりあえず顔を拭こう…可愛い顔が台無しじゃないか」
そう言って少女はポケットからレースの付いた白いハンカチを手渡してきた
思わず受け取ってしまったハンカチで顔を拭くそれを見て、少女はまた微笑み…スッと手をわたしの頭に乗せ優しく撫でてくれた
優しい手の温もりにまた涙が出そうになるが
また、心配させまいと歯を食い縛り我慢する
「今まで辛かったんだね…」
優しい言葉が心に刺さる
「お願いがあるんだけど一緒に来てもらって良いかな?」
この瞬間ゾクリと寒気がした
少し前に何十人もの子供が行方不明になったと騒がれていたのを思い出した…そして犯人はまだ捕まって無いことも…
寒さはもう感じないのに身体が震えてるのがわかる
「キミは…知らないかな?今この街には子供を狙う誘拐犯がいるんだよ」
ついさっきまで優しく微笑んでくれた人とは思えないほど、今の少女の笑顔が恐ろしく感じる…
「あ…あの…」
頭に乗った手を払い後ずさる
逃げたいのに身体が上手く動かない
「プッ……フフ…いやすまない、怖がらせるつもりはなかったんだ…クク!…」
少女は笑いをこらえてるのか、両手でお腹を抑え小刻みに震えている
「誤解してるようだが、私はその犯人を探してるんだ…いや正確にはその犯人が持っているだろうと思われる本だがね」
「本?」
なぜ本なのだろう…?
よほど珍しいものなのか…
「そう本だ、ただし普通のじゃぁない」
そう言うと少女は懐から一冊の紅い革の本を取り出してわたしに見せるとすぐに本を仕舞った
その本を見た途端わたしは気分が悪くなり、吐きそうなるが…
もうこの人に心配させまいと必死に我慢した
「これは魔本と言ってキミに見せるべきではなかったのだが……すまない、なるべく早く話を進めたかったのでね」
とても申し訳なさそうな表情で見られたわたしは
全部見透かされてるのを感じ、恥ずかしさのあまり赤くなった顔を手で隠す
「それで話を戻すけどお願いというのはね…」
わたしに出来る事だろうか……失敗したらどうしよう…
「キミに誘拐犯を釣る囮になってもらいたいんだ」
予想は…出来ていた
でも…
「怖いかい?」
また見透かされた…
「ふむ…この話は忘れてくれ…じゃ私は行くよ」
そう言うと少女は踵を返して
「元気でね」
後ろを向いたまま手を振り別れを告げる
「待って!」
思わず叫んでしまった
「やります!いえ…やらせてください!」
正直凄く怖い…でもこの人はわたしを救ってくれた
短い時間だけど確かに救われた
初めて優しくしてくれた
初めて…人間として扱ってくれた
何でもいい…
利用されてもいい
この人の役に立ちたい!
気持ちが伝わったのか少女がこちらに振り返りまた笑顔を見せてくれた
「危険かも知れない…だけど危害は加えさせないと誓うよ」
そう言うと少女は、わたしに小さくて丸い赤色の石のようなものを手渡した
「これがキミを守るものだ、あぁそうだ
自己紹介してなかったね…私の名はヨミだ…キミの名は?」
「メイです!よろしくお願いしますヨミさん
…ところでこの石は何ですか?」
石を光に当てるとキラキラと輝いて見える
「ルビーという宝石だが、少し細工をしていて…あ、落とさないように気をつけてくれよ?」
「は、はい…」
ルビーを持つ手が震える
「いやそこまで硬くならなくても…ん?」
ヨミさんが何かに気付く
目線の先を追うが暗くてわたしには何も見えない
「タイミング良すぎな気がするが…まぁいいか…」
ヨミさんは何かに納得した様子だけどわたしにはさっぱりわからない
「いったい何の話でs…」
質問をしようとした瞬間ヨミはわたしの肩を叩き
「作戦開始だ!まっすぐ走れ!」
言われるがままにわたしは走る
途中で振り返るとヨミさんが遠い
また走り始めるが心細くなり立ち止まってしまった
ヨミさん怒ってるだろうか…もう一度振り返る
こちらを見ているが様子がおかしい
何かを叫んでいるようだ
口の動きをよく見てみる
…と…
…ま…
…る…
…な…
やはり怒ってるのだろうか、そう思い走りだそうと前を見る
何故か違和感があるわたしの周囲だけ暗いような…
その瞬間握っていたルビーが光り何かに弾かれる
目の前に人の姿をしたナニカが現れていた
数十メートル離れているナニカが放つ、魚や貝類が腐ったような匂いで目と鼻に激痛が走る
正体を見ようと痛む目を擦りながら観察してみるも全身が黒く性別すらわからない
「よくやったメイ!」
かなり距離が離れていたはずのヨミさんがわたしの頭上を飛び越えて一気にナニカとの距離を詰めた
「では挨拶代わりにこれをやろう」
ヨミさんがナニカに向かって光る球体を投げる
太陽のように明るい球体は爆発し、ナニカの左半身を吹き飛ばした
爆発する直前わたしはナニカの正体を見てしまう
それは端的に言うと人ではなかった…
全身の皮膚が焼け爛れ身体中にびっしりと潰れた目玉のようなものが、口の中から小さな触手のような物が大量に出ていた
あまりに恐ろしくて醜悪な姿…見ているだけでガクガクと震える
「オェェェ!…」
耐えきれず吐いてしまった
至近距離で見ているヨミさんは大丈夫だろうか…そう思い視線を向けると
ヨミさんは右手を天に掲げ何かを呟いている
パラパラパラパラ
何の音だろうか、まるで本のページを開いてるような…
本?
嫌な予感がして、ナニカの方を見る
右半身だけで立っているナニカの手には一冊の本
開かれたページから不気味な煙が出ている
煙がナニカを包むと失った筈の左半身が再生されていく
「これがキミの魔本か…見る限りだと再生能力のようだが……おい…何人喰った?」
「フシュゥゥ!」
「チッ…知性も失っているのか…まるで獣だな」
ヨミさんが怒りを露にしている
そして掲げた手の上空には、数十個もの球体が輝きを放っている
それを見たナニカは踵を返し火を恐れる獣のように逃げようとする
「ヨミさん!」
「心配しなくとも逃がすつもりもないさ」
ヨミさんは左手で赤い本を取り出すと乱暴にページを開き
「ヤツを拘束しろ」
その言葉に反応したのか、赤い本のページから幾つもの白い腕が現れナニカに絡み付いた
「キイイイ…」
身動きが取れないせいか苦しそうにもがくナニカ
「では、終わりにしようか」
掲げた手をナニカに向ける
その瞬間、上空の球体全てがナニカに向けて発射される
わたしは直ぐに物陰に身を隠し耳を塞いで爆撃に備える
何十もの閃光と爆発音に怯えていたら、突然辺りが静かになった
「お…おわった…?」
わたしは恐る恐る辺りを見渡す
ナニカが居たであろう場所は地面が抉れ建物もほぼ全壊になっていた
「ヨミ…さん…?」
姿が見えない、まさか…
「ヨミさ~ん!」
叫ばずにはいられなかった
嫌な予感で冷や汗が出る
「ヨミs…イタッ!」
また叫ぼうとした瞬間後ろから頭を叩かれた
「そんな大声で名前を呼ぶんじゃない!
とりあえず此処を離れよう」
ヨミさんは返事を待たずにわたしの手を引っ張り走る
そして、今は誰も居ない街外れの公園でいる
「どうして逃げるように走ったんですか?」
ヨミさんに買って貰った熱々のココアを飲みながら疑問をぶつける
「そりゃあんだけ周囲を壊せばね…」
ヨミさんはやれやれと言わんばかりの表情で答えた
わたしはその反応にちょっとムッとなった…
その反応が面白いのか、またお腹を押さえて震えている
しばらくして落ち着いたのか、ヨミさんが真剣な表情でわたしを見る
「メイ…キミのお陰で目的は達成されたよ
本当にありがとう……キミが望む願いを言いたまえ、私に叶えられる範囲ならなんでも叶えよう」
わたしに願いはない、こんなわたしでも役に立てたとこの人が褒めてくれたなら…それだけで満足だった
だけど一つ気になることがある
「わたしが願いを言ってそれを叶えてもらったあと、ヨミさんにまた会えますか?」
ヨミさんの表情が曇る
「いや恐らく二度と会うことはないだろう
私はこの世界の人間じゃない…願いが終わればこの世界を去るつもりだ…まだやることがあるのでね」
言葉の意味がわからない、だけどもう会えないとだけ理解できた…なら願いは一つ
「願いはヨミさんが叶えられるならなんでもいいんですよね?」
念を押す
「あぁ、もちろんだ…キミはそれだけの事をしてくれた…相応の礼はするつもりだよ」
よし!言おう!
「願いはヨミさんと家族になりたい、いつまでも一緒に居たいです」
言った、言った…断られたら諦めよう
反応が恐くてヨミさんが見れない
心臓がドクドクとうるさい
「…むう…これは…ちょっと予想してなかったな…」
断られるか…仕方ないよね
「その願いで本当に後悔しないと誓えるかい?」
「勿論です!」
元気よく答えた、初めて優しくしてくれた、わたしを見てくれた、大切で特別な人
「そうか、なら帰ろうか…私達の家に」
ヨミさんが黒い本を開くとページから表れた黒い煙にわたし達は包まれた
気がつくと見知らぬ場所…全体的に広く壁を覆うほどの本棚…まるで巨大な図書館のようだ
つい本を手にとってみたく…
「それら全て魔本だ、下手に触らない方がいい」
反射的に手を引っ込める
「ごめんなさい」
嫌われたかな…?そうだったら悲しいな
「なに気にするな、キミも扱う時がくる
だが……今はもっと大事な事がある」
そう言うとヨミさんはわたしに1着手渡し
「着替えて私に見せてくれないか?」
なんというキラキラとした目で見るのだろうか
少し恥ずかしい…けどヨミさんが望むなら…
渡された服に着替える
「ヨミさん…その…着替えました…」
恥ずかしさのあまり熱が上がってるのを感じる
「ふむふむ…やはり黒髪美少女にはメイド服がよく似合うね」
ヨミさんの意外な趣味を知ってしまった
ヒラヒラしていたけど、これはメイド服だったのか……メイド…従者とご主人様…
「ありがとうございますご主人様」
ヨミさんが驚きのあまり数秒固まってしまった
「大丈夫ですかご主人様」
わたしは慌てて駆け寄る
「い、いや大丈夫、すまない私が悪かった」
なぜか謝られる
「メイドとご主人様さま…素晴らしい響きじゃないですか」
「そ…そう…」
ヨミさんがとても複雑そうな顔をしている
なぜかその表情を見るとゾクゾクする…病気かな?
「まぁいいさ、飽きるまで好きに呼んでいいよ」
「はい!ご主人様!」
ご主人様に出会えてよかった
コレがわたしにとっての幸福
大好きです、ご主人様
「確かに…飽きるまで良いと言ったが…」
ご主人様の機嫌が悪い…というより呆れてる
「ご主人様にそんな顔をさせるなんてわたくしのメイド道はまだまだです…より一層精進します」
ご主人様が大きなため息を……
「所詮子供のごっこ遊びだと思っていたのが悪かったようだ……最初に止めておけば良かった…」
ご主人様が落ち込んでいる、ここはメイドとしてフォローしなければ
「ご主人様に対する忠誠心は今も昔も変わりません、どうかそんな顔をしないでください」
ご主人様はまた複雑そうな顔をする
「どうせ3日で飽きると思ってたんだがね…10年続くとか……あぁそうかメイはもう20歳か…身長も越えられたし月日が流れるのも早いものだな」
ご主人様が感慨に耽っている
「大丈夫です!ご主人様は何十年経っても見た目が変わらず小さくて愛らしいので何の問題ないです」
気のせいかご主人様ちょっと涙目になってるような…
「……小さくて悪かったな、バカー!」
普段冷静なご主人様がたまに見える子供らしい仕草…おっと鼻から忠誠心が…
ご主人様、わたくしは幸せです
願わくばこの時間が永遠に続きますように
ここまで読んで頂きありがとうございました