まずい展開
2/9 修正
「どうしてドラゴンがここに・・・!?」
私は思わずそう呟いていた。
本来の予定では、私が勇者に自身の才覚を認識させ、そこで幕が下りるはずだった。確か物語としては、次は少年時代ではなくメインである青年時代になったはず。この先にこのような強敵が訪れる設定など、存在するわけがない。
出てきたドラゴンも問題だ。深紅の鱗、尖った牙、呼吸のたびに漏れ出す灼熱の炎。これらの特徴を持つこの魔物の名は、バーニングドラゴン。
火属性のモンスターであるこいつは、同じように火属性の『ファイアーボール』が通用しない。今の勇者にとっては最悪の相手といえるだろう。そして今の勇者がレベル5なら、バーニングドラゴンのレベルは80。ここまで実力が離れてると、いくら勇者でも瞬殺される。おそらく、相手にすらしてもらえないだろう。バーニングドラゴンにとって、今の勇者の一撃など、痛くも痒くもない。
私は勇者の手を引いた。
「お、お姉ちゃん?」
「逃げましょう。ここから。」
今私たちがするべきことは、バーニングドラゴンの注意を引かないことだ。
幸いにもバーニングドラゴンは村の建物に興味を持ったのか、家屋を壊すことに専念している。今は一旦この場を離れて応援を待つべきだ。勇者が戦っても相手にならない。
―――いや、相手にされないだけならいいのだ。問題は、勇者が全力で攻撃を与えてしまった場合に発生する。
とりあえず、今はだれもドラゴンに攻撃しないのが最善策だ。が・・・
「・・・ねえ、あのドラゴン、僕たちの村を壊してるよね。」
突然勇者が呟いた。
「え?・・・そうね。」
「あいつを倒さなきゃ。」
そういうと、勇者は私の手を振りほどいた。
・・・ああ、もう。言ってるそばからこうだ。とりあえず止めなくちゃ。
「だ、ダメ!!」私は懇願するように言った。
「どうして?」
「今行ったらあなたも危険にさらされる!・・・見て、あのドラゴンはまだ私たちに気づいていない。今ならこっそり村の人たちを避難させることができるかもしれないし、村だって壊されてもまた建て直せばいい。でも、今あなたが行けば、ドラゴンはもっと怒って私たちを皆殺しにしてくるかもしれない。あなたもきっと、あいつに勝てない。だから・・・」
「お姉ちゃん。」
勇者は私の目をまっすぐ見つめた。
「お姉ちゃん、言ってたでしょ?もしかしたら、僕は勇者の素質があるかもしれない・・・って。」
「そうだけど、でも・・・」
「確かに今の僕じゃ勝てないかもしれない。でも、もし僕がお話の中の勇者だったら、こんな時絶対に逃げたりしない。・・・だから僕、怖いけど戦うよ。」
「ダメよ。あいつにはきっと『ファイアーボール』も効かない・・・!」
「うん。『ファイアーボール』は使わない。代わりに、別の呪文を使ってみようと思うんだ。」
「別の呪文?」
「突然頭の中に浮かんできたんだ。もしかしたら、これならドラゴンを倒せるかもしれない。」
そう言うと、勇者はドラゴンに向かって走り出した。
「あ、待って!!」
「お姉ちゃんは村のみんなをお願い!!」
「・・・最悪の展開かも。」
私はため息をついた。
===
勇者の悪い癖。それは、「一度言い出したら聞かない」ことと「解釈がどこかずれる」ことだ。
そしてそれが見事にこの状況を作り出した、と。
私は再びため息をつく。
モブとそれ以外の役職の違い。それは、これが物語であることを知らないことだ。
それも当然といえば当然だ。
主人公勢が「あーこれどうせ物語だから適当にやろうぜー」とかなったら物語が破綻する。
最近はメタ発言もあるにはあるが、常にメタ発言をする物語は少数だ。もし仮に勇者が「これは物語だ」と知っていてくれたなら、私が勇者を止める前に勇者が異変に気づいてくれただろう。もちろんモブも勇者と同じくこれは物語だとは知らない体なので、私が勇者を無理に引き止めることが叶わなかった。
勇者はこれもオークの集団と関係のある、いわばボスキャラだとでも考えているのかもしれない。
そしてこの展開+新たな魔法。非常にまずい。
もしも新しい魔法とかいうものが、私が想像しているものならば最悪の展開まっしぐらだ。
私は勇者とドラゴンの戦い・・・というか勇者の独り相撲を観察した。
想定通り、ドラゴンは彼のことを歯牙にもかけていない。勇者はまだ新しい魔法を出す気はないようだ。おそらく彼にとって一番の大技なために発動まで時間がかかるのだろう。
私はSKに連絡を取ることにした。非常事態が発生した際に使えと言われた支給品の携帯を取り出す。
『はい。こちらSK本部です。どうされましたか?』
「こちら73番世界、緊急事態が発生しました。レベル80のバーニングドラゴンが【はじまりの村】に侵入しています。」
『承りました。直ちにこちらからも状況確認を、』
「時間がないんです。バーニングドラゴンと勇者が戦っていますが、勇者の実力では明らかに勇者が殺されます。このままだと、勇者死亡の物語終了になってしまうかもしれません。」
『しかし、状況を確認しないことには・・・。』
なんとも歯切れが悪くてイライラする。だけど、ここは抑えなきゃ。
「・・・・・わかりました。では、もう一つ。私の制限解除の申請をお願いします。」
『それは・・・。』
「そのくらい、状況がひっ迫しているんです!」
『・・・かしこまりました。では、そちらの申請も同時に行います。』
私は携帯を切った。
===
小世界と大世界の集まりであるこの世界、集合世界には様々なものが生息している。魔物しかり、獣しかり。しかしその中で人間と呼べるものは、SK内にしかいない。それ以外の人、モブや勇者などは人間が人工的に生み出した存在だ。言うなれば人造人間。勇者のヒロインは初めから勇者のヒロインとして、それに合った性格や姿形に変化させている。モブはそれよりも汎用性を高くしたものにセットされている。勇者も同じだ。
ここで問題がある。それは、勇者のチート性能だ。
勇者に求められる理想は高い。剣の強さはもちろん、性格の良さ、顔、スタイルetc・・・。
それらを一つの人造人間に入れるのは、それなりにコストがかかるわけで。
(昨今流行の”ちょっと変態な勇者”は性格の面に難があるが、逆にそういう性格を植え付けるのもコストがかかるのだ。)
そんなわけで、一つの作品にかかる予算の半分以上が勇者の作製代といってもいい。勇者は続編でもない限り再利用ができないため、それもコストがかかる原因だ。
そして手塩にかけて育てた勇者がたまに死んでしまうことがある。その場合作品は打ち切り、モブのギャラもパーだ。
・・・それだけは絶対に避けなきゃ!!
私は尋常じゃない集中力で勇者の動きを見届けていたのであった。