退屈な準備と危険な山場
その後いくつかの短期の依頼を受けに行き、着実に依頼をこなしているうちにあっという間に日時は過ぎていった。はじまりの村に生活してから約3か月。大分ここの生活が染みついてきた。
この日も私は短期の依頼、〖主人公にイチャモンつけるハーレム集団 取り巻きその3〗をこなし家に帰ったところだった。
「よ、お帰り。」
おじさんが声をかける。
「ただいまー。おじさんはいつ帰ってきてたの?」
「ついさっきだ。今日は依頼が少なかったんでな。早めに切り上げてきた。」
やられ役は早ければ打合せ込みで数十分で終わってしまうため、おじさんはいつも一日に何件も依頼をこなしている。
「そういえば、さっき伝令が来たぜ。『これ以降の小世界への外出を禁止します』だと。」
私はそれを聞いてすぐに分かった。
「・・・今日来るんですね。」
「ああ。そうみたいだな。どうする?家で待つか?外に出て戦いに備えるのもアリだと思うが。」
「・・・いえ、私はやることがあるので、家に残ってないと。」
「一体何を・・・って、なるほどな。わかった。そういう役割ってことか。」
「まあ、そうです。詳しくは言えないのですが。」
「俺らに与えられた役割の詳細を言えないのはルールだからな。仕方ねえよ。じゃ、俺は外に出るから頑張れよ。」
「はい。おじさんも、頑張ってください。」
彼が外に出たことを確認すると、私はため息をついた。正直この役割はいささか面倒で、そして危険が伴う。本当はやりたくなかったのだが・・・ギャラの高さに惹かれてつい引き受けてしまった。これからは気を付けよう。うん。
私がとりあえずやること。それはここで何かしらの作業をすること、これだけだ。私はこの前勇者にもらった薬草ををすりつぶす作業を始めた。この薬草は乾燥させてすりつぶすだけで、簡易ポーションになるのだ。すでに乾燥は終わっているので、後はすりつぶすだけとなっている。あくまで簡易なので、水を加えるというひと手間が必要だし効果もポーションより若干劣るが応急処置にはぴったりだ。持ち運びもしやすいので初心者の冒険者が愛用している。
この薬草を簡易ポーションになるまですりつぶすにはおおよそ30分くらい必要だ。
個人的に言えば、オークの集団がやってくると知ったうえでこんなことをしているのは馬鹿げている。オークの攻撃を受けた村人がこんな安っぽい薬で回復するとは思えないし、薬が出来上がる前にオークが押し寄せてくる可能性の方が高いのだ。しかしあえて私はそうする。なぜなら、もちろん私の役割もかかわっているのだが、オークの集団が来ることを村人たちは知らない・・・という設定になっているからだ。
私はここで無駄な作業を続けながら、オークの集団がやってくるのを待っていなければならない。
――そして、その瞬間はついに訪れた。
突然扉が破られ、豚頭の怪物、オークが家に侵入する。その数は三匹。私は悲鳴をあげて後ずさった。オークは下品な笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる。
次にやることは、30秒彼らから逃げ回り、外に飛び出すこと。
今入り口はオーク達によってふさがれてしまっている。ここは、30秒間で相手を動かし、入り口を突破するしかない。
私は後ろへじりじりと後ずさっていった。オークがこちらに近づいてくる。オークが持つ武器はこん棒一つ。木を軽く削っただけのようなものだが、怪力のオークが振るったこん棒に当たれば大怪我を負うだろう。
オークがうなり声をあげる。
あと25秒。
あと少し待てばオークがこちらに近づいて、入り口が空く。今すぐ突破するのは容易い。が、制限時間を守って耐えなければならない。
オークがこん棒を振り上げた。最小限の動きでオークの攻撃を避ける。こん棒は私の左頬をかすめて家の壁に激突した。
この家の耐久性は低い。その一撃だけで壁にわずかな穴が開いた。
そういえば、この家の通気性が悪いっておじさんぼやいてたっけ。よかったね。風通しがよくなったよ。
「ウガアアッ!」
こん棒が当たらなかったことにイラつくオークが、再びこん棒を振るった。
同じように最小限の動きで避ける。
――あと15秒。意外と長い。
残りのオークが、しびれを切らしたらしい、先の一匹のようにこん棒を振り上げ襲い掛かる。1対3って、村人少女にはいささか荷が重いよ。
そう思いながら、オークの攻撃を次々と避けていく。この家は広いわけではない。そうして振るわれたこん棒の先は家のいたるところ、壁やら床やらに当たって穴をあけていく。
前言撤回。もうこの家には住めないや。通気性が良すぎて泥棒も入れる。
――残り5秒。ここでオークの攻撃が初めて私に当たる。
「うっ・・・。」
私はうめき声をあげた。そしてオークの攻撃。私は間一髪でそれを避け、こん棒は壁に当たって大きな穴があく。
――30秒経過。今だ!
私は開いた穴から外に飛び出した。
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外は・・・うん、なかなかおどろおどろしい光景になってるようで。
オークがたくさんいるよ。大体村人一人にオーク2人。村人の一人が追いかけまわされて・・・うん、こけたね。あ、オークにやられた。彼はサクラだったのかな?そうだといいけど。
さて、私も自分の役割をしっかりこなさないと。
私が家を飛び出した後、その後を追ってオーク3匹がやってくる。私はケガをかばいながら走ってオークから逃げた。
そしてあるポイントで、自分の足を引っかけて転ぶ。体のあちこちに擦り傷ができて、痛い。
突然私の身体に影が降りる。振り返ると、オークの顔が目の前にあった。その息の臭さに思わず後ずさる。オークが顔を離し、こん棒を掲げた。私は声を震わせて叫ぶ。
「た・・・助けて・・・。」
オークがこん棒を振るった。私は目をつぶる。
『ファイヤーボール!』
突然詠唱が響き渡り、熱風が私のそばを通り抜けた。私は目を開ける。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
目を開けると、少年の勇者がこちらに駆け寄ってくるところだった。オーク達は今の一発の魔法で倒されていた。オークの肉片が燃え上がり、青い光となって消滅する。
「あなたは、あの時の・・・。え、でも、どうして魔法が・・・!?」
私は与えられたセリフを話す。
「僕もよくわからないけど・・・。とりあえず話は後でね。今はみんなを助けないと・・・!」
勇者はそう言い残すと別の村人のもとへ走っていった。いつの間にか持っている短剣を使って、オークを蹂躙しているようだ。これで私の役の山場は越えたので、一息つく。
この後は勇者がオークを粗方倒し、ここに戻ってきたところで勇者に『勇者の素質あるかもね』といえばおしまいだ。長かったこの依頼もあと少し。報酬をもらったら何をしようかな・・・。
勇者が駆け回る中、私は息を切らしたふりをして勇者の帰りを待っていた。
危機一髪を装ってはいますが彼女にとっては割と余裕です。