おじさんと昨今の流行
「全く。今日の監督が新人だなんて、聞いてないぜ。」
隣を歩いていたスキンヘッドの男が私に声をかける。先程の集まりでさっさとしろ、とぼやいた男だ。モブ役の人とはたいてい顔見知りだからすぐわかる。
「おじさんも、やっぱりあの人が新人さんだと思ったんですか?」
「ああ。何回かこの手の依頼を受けたやつはわかるんじゃねえか?・・・というか、俺のことおじさん呼ばわりするのはやめろって何回も言ってるだろ。」
「しょうがないですよ、おじさんの役は〖モブ(おじさん)〗なんですから。おじさんがおじさんのアイデンティティみたいなものですよ?」
「くっ・・・。お前はいいよなぁ、〖モブ(少女)〗なんて、おいしい役じゃないか。」
「いやなこともありますよ?特に、勇者に救われる少女役、とか。」
「その場面か・・・。今の流行りが”ちょっと変態な勇者”だもんなぁ・・・。」
男が苦々しい顔をする。昨今の流行、”ちょっと変態な勇者”。助けた女の子にセクハラまがいなことを迫る作品で、悪質な行為が多いため、たとえモテモテの勇者でもモブ少女たちには嫌われているとか。
「最近は私もお断りしてるんですけど・・・。他の子も拒否ってるせいで供給が足りなくなってるみたいです。」
「モブが断る流行なんて、さっさとなくなっちまえばいいのにな。」
「”X"では人気爆発中らしいですよ?そのせいか、今襲われ少女役の賃金が跳ね上がってます。平均の3倍出した所もあったとか。」
「・・・その仕事、ほんとに大丈夫か?なんだか変なこととかされそうで怖いんだが。」
「平気でしたよ?普通にオークに襲われたところを助けてもらいました。」
「お断りしたんじゃなかったのかよ!?」
そんなことを言い合いながら道を歩いていく。
男が羊皮紙のシナリオを面倒そうに読んで、
「・・・これ、あの猫背の説明必要だったか?あいつの説明と全く同じことしか書いてねえんだけど。」
「確かに・・・。むしろあの人がこの文を丸々読んでたのかも。」
「やっぱり無駄な時間だったじゃねえか。ったく、真面目に聞いて損したぜ。」
「おじさんがまじめに人の話聞いてたの、初めてじゃないですか?」
「初めてじゃねぇよ!・・・ただ、今回は補償がないからな。補償がない仕事は久々だったもんで、緊張してんだ。」
「確かに、おじさんは小悪党役が多そうですもんね。」
「それはどういう意味だ。」
私は思わず笑ってしまった。
殺され役も多いモブ役たちに与えられた特権。それが、補償だ。
簡単に言ってしまえば、殺されても死なない方法だ。
補償対象の依頼を受けた人は小世界へ行く前に自身のコピーが製作される。コピーには自分の意識を投影することが可能で、本体と全く同じ性能で動くことができる。小世界にはそのコピー体を使う。万が一自分のコピー体の生命活動が停止した場合、自分の意識は大世界内の本体に戻ってくる。
この補償は、モブが大量に死亡する必要がある災害シーンや、主人公の成長上必要な斬られ役などに使われている。
でもそれ以外の、例えば自身の過失による死亡の可能性は考慮されない。死ななくてはいけない役のモブはコピー体だけが小世界に向かうけど、私とかおじさんみたいに「死なない予定の」モブに補償を与えてくれるほどの予算はないからね。
今回の村人はオークが登場するから襲われて死亡する可能性もあるけど、死亡する役目であるサクラ以外のモブ達は、死んでしまえばそれきりになる。
これは、単なる演劇などではない。
文字通り、命を懸けた芝居なのだ。
・・・といっても今回の場合、最初の三か月ぐらいはただ生活していればいいだけだからずっと気を張っている必要はない。
おじさんは心配みたいだけど、私は気楽に行こうと考えていた。