モブ達の集会にて
私はモブだ。
どこにでもいそうな顔、服装。茶色の髪に茶色の目。
特徴のようなものはない。あえて言うなら、特徴がないことが特徴だ。
しかし私はそのことにコンプレックスを感じたことはない。
なぜなら、モブであることが私の生まれた意味であり、役目であり、そしてこの世界では必要なことだからだ。
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「それでは、今からシナリオを配布します!」
猫背の男の大声が広場に響き渡った。
「皆さんは、その場で待機していてください!」
―――別にそんな大声出さなくても聞こえるよ。
私は小さく呟いた。
私の声は人が発する雑音に紛れてかき消される。まあそうだと分かっていたからこそ実際に声を出したんだけど。
何しろ猫背の男は私にとって雇い主なのだ。悪い印象を与えたら給料に響く。
私はため息をついて辺りをそっと見回した。
広場には大勢の人が集まっている。男、女、老人、少女・・・。その数はざっと100人。広場は大理石でできているはずだけど、人ごみのせいでそのことが全くわからない。中央の、これまた大理石でできた噴水の上には先程の猫背の男がいて、部下に叫んでいる。どうやらシナリオの書かれた羊皮紙を配れとのこと。
その額には汗がにじみ、必死にやり遂げようとしていることが伝わるのだが、部下に言う前に自分も配りに行けよ、と思ってしまう。おそらく監督をやるのは初めてなのだろう。これからのことで頭がいっぱいで、そこまで頭が回らないようだ。まあ、初々しいといえば初々しい。
そんなことを考えているうちに、私の手元にも羊皮紙が届いた。
「えーー、コホン。」猫背の男が咳払いをする。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。本日担当させていただきます、ファーストと申します。今日1日、よろしくお願いいたします。」
パラパラと拍手が響く。
「えー、まずは、本日の世界観をざっくりとおはなしいたします。皆様、注意して聞いてください。」
いいからさっさと話せよ、と隣の男がぼやいた。
「えー、ここ、73番世界には只今勇者役の少年がおります。彼はまだ自分が勇者だと自覚はしておりません。しかしある日突然、彼の住む村がオークの集団に襲われます。そこで彼は、自分が強大な力を有することを知る・・・という予定になっております。エキストラの皆様の役は、襲われる村に住む村人です。詳しいことは羊皮紙の中に詳しく記載されていますので、目的地に着くまでに読むようにしてください。それでは、これから【はじまりの村】に向かいます。私の後についてきてください。」
猫背の男――ファーストがぴょんと噴水を降りて、目印の旗を振りながら進む。
私たちは、黙って彼についていった。
年齢も性別もバラバラなこの集まり。彼らの唯一の共通点は、全員の役割がモブということだ。
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この世界は、複数の世界から成り立っている。およそ200ある小世界と、小世界をつなぐ中枢である大世界。
小世界はそれぞれ独立していて、他の小世界と交わることはない。小世界にはそれぞれ個性があり、世界が変わると気候や風景も全く異なる。例えば3番世界と呼ばれている小世界は温暖な気候でそれなりに四季が存在する。対して、13番世界は星そのものが砕け散っており、人が住める環境はほとんどない。他にも技術が発展した近未来的世界も存在する。そしてこれらの小世界と唯一つながっているのが、大世界だ。
大世界には何もない。気候の変動も、植物もない。世界の終りのような様相でもなく、かといって活気に満ち溢れているというわけでもない。ただ、大世界を覆うようにして一つの球状の建物が建っており、大世界に住む人々はそこで生活を営んでいる。大世界を形作っているといってもいいその建物は、ある一つの団体によって運営されていた。その団体の名は、”世界管理機構”――通称SKとも呼ばれている。彼らの業務は、主に小世界の管理・運営。しかし本当の目的はそれではない。
彼らの役目は、小世界を使って物語を展開し、大世界を管理する別の世界”X"に提供すること。
詳しい経緯は省くけど、別世界”X"は物語を必要としていて、この世界は物語を”X"に提供している。提供の仕方は簡単だ。小世界で物語が演じられ、SKの監督のもとその光景を”X"に提供する。小世界で起きた、いや、起こされた話は録画機能がついた機器によって撮影され、”X"に届けられる。
”X"のための物語を提供するために存在する場所。それが、この世界だ。
そして物語を演出するには、筋書や場所だけでなく、役者が必要になる。勇者やヒロインだけではない。名前を持たない人々・・・エキストラが、大量に。
エキストラ、つまりモブ。通りすがりの人から、主人公に因縁をつけて吹っ飛ばされる小悪党役まで様々にこなす彼らの需要はそれなりに高い。SK的には、勇者より必要な役割だったりすることもあるらしいけど。まあ私にはあまり関係のない話だ。
とにかく私達モブは、生きるため、そして“X”のために今日も身を粉にして働いている。
読んでくださり、ありがとうございます。適当に不定期にやっています。