第九十六話 イザーダの謎
「妖精族の戦士は、隊長になると妖力の玉を作れるようになるわ。赤、青、緑、茶、黄色の玉は火、水、風、土、雷の属性があるのよ。その五色の玉がここに入ると、鍵は開くわ」
石版の鍵を説明するシルキーに、ミゲルは尋ねる。
「扉はどこにあるのかのぉ? その玉を入手した者が悪用せぬとは、言い切れないのじゃ。この石版を壊したらどうなるのじゃろうのぉ」
「石版を作り直せば良いだけだわ。それに、妖精がいない今、玉は手に入らないから、扉は現れないわ」
シルキーの言葉にジュンは尋ねる。
「それじゃあ、この場所がいつか発見されても、問題はないんだね?」
「そうなるわね」
少し寂しそうに、シルキーは肩を落とした。
「あの部屋は、残すのかのぉ?」
ミゲルはそう聞くと、答えを待つかのようにジュンを見た。
「イザーダの前の滅びた世界……。それもこの星の歴史ではありますよね。僕たちはこの場所に、シルキーの力で来る事ができました。いつか誰かがここを発見するまで、このままにしておくのはどうでしょう? 僕は歴史をゆがめたくはないんです。ただ、シルキーと僕が発見してはいけないと思うんです」
「そうじゃのぉ。では少し、あの書物を調べてみたいのぉ。ジュンもパラパラとするじゃろう?」
ミゲルはそう言うと、ジュンが本を左目に入力する仕草を真似て見せる。
「そうですね。あの部屋にテントをだして、少しのんびりしますか」
「それがよいのぉ」
三人は先程の部屋に移動すると、ジュンはいつものように、石ころを床に置いてテントを開いた。
「シルキーは初めてだね?」
肩にいるシルキーに、ジュンは話し掛けた。
「まぁ。移動できるおうちね。つい手をかけたくなるわ。でも、迷惑かしら」
遠慮がちに言うシルキーだが、目は楽しそうに輝いている。
「好きにして良いよ。その内、カーテンをお願いしようと思っていたんだ」
ジュンの言葉を聞いた途端に、シルキーは楽しそうにテントの中を飛び回った。
それから思い出したかのように振り返って、ジュンに笑顔を見せた。
「お安いご用よ」
シルキーは屋敷の侍女妖精。
初めて見る風変わりな屋敷に、少々我を忘れたようである。
ジュンは本棚から抜いてきた本を、パラパラとめくりながら、得意な左目への入力作業を始めた。
「いつ見ても、うらやましいのぉ。頭の中に図書館があるのは、反則じゃのぉ」
「反則ですよね。あれ?」
急に左目を押さえたジュンの顔色が、みるみる悪くなっていった。
「ジュン! どうしたんじゃ?! 少し待っておれ」
ミゲルはジュンの顔や頭に手をかざし、光魔法を使った。
「少し横になるが良い。頭部に炎症反応を感じたが、すぐに消えたので、問題はないじゃろう」
「はい。すみません」
一時間ほど眠って、ジュンは目を覚ました。
「ジュン様。大丈夫?」
そばにいたシルキーが、顔をのぞき込む。
「まだ、痛むかのぉ?」
「いいえ。ご心配をお掛けしました」
そう言うとジュンは起き上がった。
「ミゲル様、僕……。あの本が読めるようになったようです。イザーダ語と同じように」
「なんじゃと?! 儂と会った時のように、書けないが、話せて読めるのかのぉ?」
「……はい」
ジュンの困った顔を、ミゲルは驚いたように見ていたが、急に笑顔になって告げた。
「あの机の中にある、日誌のような物を持ってこよう。儂にあの中に書かれている事を読んではくれんかのぉ?」
「はい。僕も知りたいですから、喜んで」
シルキーがいれたハーブティーの香りが、テントを心地の良い場所にしていた。
ジュンは日誌を流し読みしてから、顔を上げた。
「彼らは、バーダン世界の民だったようですね。幾多の戦いで、星の崩壊が始まったようで、移住先を探していたようです。崩壊まであと十年を切ったところで、この星をみつけたようです。初めは話し合いを試みたようですが、拒絶され侵略する事になったようです」
「だって、この世界は妖精だけのために、作られたのですもの……」
悔しそうなシルキーを見て、ミゲルは小さく笑う。
「彼らも、時間がなかったからのぉ」
「妖精が相手だと思っていた彼らは、思わぬ苦戦を強いられたようです。彼らの前に立ち塞がったのは、膨大な魔力を持った魔導師だったようです」
ジュンの話を聞いて、ミゲルはシルキーを見た。
「シルキーの言う、あの方だったのじゃろうのぉ」
「そうよ」
シルキーは短くそう答えた。
「彼らは勝つために、召喚師の部隊を呼び寄せたようです。その中に扉を作る研究者が二人、含まれていたようです。この日誌は二人の研究者によって書かれたようです。それに気が付いた妖精側の魔術師によって、扉は盗まれたと書かれていますね。それによって扉を作る材料が、バーダンから入ってこなかったようです。研究者には魔力がほとんどなかったようで、歯向かえなかったようですよ」
「戦いというのは、両方の立場に立たんと、分からぬものじゃのぉ」
ミゲルの言葉に、ジュンは小さくうなずいた。
「彼らの戦いの目標が、そこで変わったようです」
「扉を取り戻さねば、帰る事も、呼び寄せる事もできんからのぉ」
「研究者たちは、安全が確保できるまで、隠されていたようです」
ジュンはそう言うと、日誌をミゲルに見せて指を指す。
「ここには、彼らはその場所で漂流期の眠りについたと書かれていますが、漂流期とは何でしょう?」
「さてのぉ? 聞いた事もないのぉ」
シルキーは決心したように、真剣な顔で二人を見た。
「あの方が話してくれたわ。星は全て神が作る物ではないって。えぇとね、青い星は神が世界を作れる星。それ以外は赤ちゃんか年寄りなのだと言っていたわ。あの方は初めてご自分が世界を作れるようになった時、赤ちゃんの星が青くなるのを待っていたと言っていたの。それがこの星よ」
ジュンとミゲルは、猫背になって顔を寄せた。
「あの方とは神様じゃったのかのぉ……」
「神様みたいですね。なんという名前の神なんでしょうね」
「名前を知ってどうするのかのぉ」
「ごあいさつ?」
「……。礼儀は大事じゃのぉ」
二人はシルキーの視線を感じて、姿勢を正した。
「ノーア神様。この星は昔、ノーアと呼ばれていたわ。あの方は人間世界でつらい修行をされたので、ご自分は妖精だけの世界を作られたのよ。いつもふらりと降りてこられて、幸せそうにほほ笑んでいらしたわ」
シルキーは懐かしむように宙を見てから、話を続けた。
「バーダン人に攻め込まれた時、あの方は地上に降りて、私たちを守るために戦ってくださったの。でもそれは神として、してはいけない事だったの。上位神のお叱りを受けて、あの方は神力を奪われて、神界には戻れなくなったわ。それでも、バーダン人を残りの神力を使って全て排除してくださったの」
シルキーの涙を浮かべた目が、震える肩が、ノーアが妖精にとって唯一の神だと告げているようだった。
「神力を全て失い、消えそうなあの方を守るために、魔力の多い妖精は皆、命をささげたの。神の力が消えるとその星は漂流期に入るわ。全てが眠りにつき、死に絶えて生まれ変わるとあの方は言っていたわ」
「シルキーは? 生きているよね」
ジュンはそう言いながら、シルキーには大き過ぎる布であろう、ハンカチを差し出した。
シルキーはハンカチの端で、その小さな顔を拭う。
「世界樹が教えてくれたの。ノーア世界が滅びてこの星は、長い間漂流していたの。イザーダの神がこの星を見つけて、作り変える時、世界樹が生きている事に驚いて、元気にしてくださったのよ。そして私たちも、そのままにしてくださったの。今のイザーダの民が降りたった五千年前に、私たちも目覚めたわ」
ミゲルは不思議そうに聞いた。
「なぜ、世界樹と妖精は生きておったのかのぉ?」
「たくさんの霊たちが、守ってくれていたとしか、教えてもらえなかったわ」
うつむくシルキーを見て、ミゲルが首をかしげる。
「妖精は永遠の命。なぜこんなに減ったのじゃろうのぉ」
「私たちは世界樹から生まれて、魔力をもらって生きているわ。契約者ができれば魔力がもらえるわ。仲間たちは目覚めてすぐに消えて行ったわ。あの方のいない世界に耐えられなかったの。何より、人族をとても恐れたわ。魔力を食べなければ妖精は消えるわ。人族の命は短すぎるの。僅かに残っていた妖精も、絶望して消えて行ったわ」
ミゲルはジュンを見て尋ねる。
「漂流期に眠った研究者も、霊だったのかのぉ?」
ジュンは日誌を見直してから答えた。
「生きていたみたいですよ。彼らはワイトと召喚獣が守っていたみたいです。ただその後は、生きている事の絶望しか書かれていませんね。あれだけ取り戻したかった扉は、見つけても使えないようです。行き先の星はもうありませんからね」
「イザーダの民として、彼らは生きていたのかのぉ」
ジュンは少し眉を寄せた。
「いえ。ワイトが彼らを生かしていたのには、理由があったようです。ワイトは高魔力の器が欲しかったようです。僕を狙った時もそうでしたが、高魔力の器があれば人として永遠に生きていけると思ったようで、二人に扉を作らせたようです」
「扉を作る材料は、バーダンから届かなかったはずじゃが?」
ミゲルの言葉にジュンはうなずく。
「ノーアの世界には四季がなかったようです。だが、イザーダはバーダンと同様に、四季があります。代用できる植物を見つけたようですよ」
ジュンはその植物の名を口にはしなかった。
ミゲルもまた、聞こうとはしなかった。
ジュンはそのまま、話を続けることにしたようである。
「材料の質の違いで、その扉を開けるには、膨大な魔力が必要だったみたいです。イザーダの民の魔力では足りなかったようですね。研究者に自国の勇者の本をイザーダ語に翻訳させたようです。異世界の勇者と世界征服を餌に、魔力を貢がせたってところでしょうね」
「では、あの国が滅んだのは、ワイトのたくらみじゃったのか?!」
「つながったのは、高魔力者どころか、魔法すらない国でしたがね……。ワイトが次の扉の材料を集めるのは、植物ですから一年後です。老いた二人は、命を絶つ決心をしたようです」
ミゲルは小さく息を吐く。
「時の魔法が掛かっていない場所が、あの見つかった遺跡の場所だったのじゃろうのぉ。研究者であれば、自分の死後の想像は付くからのぉ」
(イザーダ神が分からなかった、突然現れたひずみとイザーダ語の本の謎。召喚師の執着心だったんだね。カイの人生を狂わせた相手と知っていたら、もっと痛い目を見せてやるんだった? あれ以上はないか……。見ているかなぁイザーダ様)
「ミゲル様、研究者を守っていたワイトは、偶然ですが、僕が倒しましたよね。シルキーたちを守っていた霊たちは、どこに行ったんでしょうね?」
「確かにのぉ、永遠の命を持つ妖精の霊。どこかにいそうじゃのぉ?」
ミゲルはそう言いながら、シルキーを見た。
「生きている妖精は探せるわ。でも霊になると無理なのよ。人間も同じでしょ?」
シルキーはそう言いながら、テントにカーテンを取り付けていた。
「そうじゃのぉ。見えても煩わしいのぉ。恨み言を全員にささやかれたら、うるさいじゃろうのぉ」
とても嫌そうな顔をして話すミゲルを見て、ジュンは面白そうに笑った。
「浄化魔法は使わないのでしょうか?」
「……。それを忘れておったのぉ」




