第九十二話 ラバーダ村
コンバル国の事件の報告が、特務隊の会議で報告された。
謀反を企てた者は、どの国でも処罰は重い。
キャンベル一家と加担していた三貴族は、爵位を剝奪され処刑された。また、名を連ねていた者にも厳罰が下った。
ディエゴ・クーパーは舞踏会の始まる時に、温室で花を全て燃やして焼死した。
屋敷に残された使用人は、仕えて日も浅く何も知らされていなかったようだ。
ディエゴは亡き兄により、クーパー家から除籍されていた。
ディエゴの遺書には、ディエゴ兄弟の夢が果たせた事の喜びが書かれていたらしい。城の侍女の母親と祖母、それに関わった元同僚や使用人の遺骨が庭から回収された。
クーパー子爵は事件に関与しておらず、ディエゴと兄が取り戻したかったキャンベル伯爵家に興味も示さなかった。
ただ、事件の被害者でもある侍女が、罪をつぐなった後に、養女として引き取りたいと願いでた。
第二王子に新しく、フィオレと名前をもらった元侍女は、架空の両親の遺児として国籍を得た。眠りの魔法は使わないと王と約束をさせられ、クーパー家に引き取られた。事件の花はクーパー家が続く限り、この世には出ないことになった。
会議の内容は、前もってジェンナから報告を受けていたので、ジュンはのん気に、‘なんかセット’を食べていた。
(最高。ピロシキと揚げパンなんだよ。熱いうちがおいしいよね)
チェイスがジュンを見て言った。
「幸せそうだな?」
「はい。とても……。え?」
全員の視線を浴びて、ジュンは小首をかしげた。
「だって、チェイス副隊長が、皆で食べてくれって言いましたよね?」
「普通は、会議が終わってから、食うだろうねぇ?」
笑いを堪えて言ったコナー副隊長に、ジュンは不思議そうに告げた。
「なるほど。でも揚げ立ては今しか食べられません。報告は冷めませんよね?」
チェイスは小さく笑って、皆に言った。
「ギルドの食堂で販売されたセットだ。袋入りで持ち帰りが可能。各課でまとめて注文予約ができるようだ。初日から売り切れの商品だ。うちのジュンが提案者なので、食堂からの差し入れだ。熱いうちがうまいらしいので食え」
この世界ではパンを揚げる事はない。食堂から出る、肉や野菜の廃棄物を見て、ヘルタスに間食の販売を提案したのは、ジュンだった。
「うまいだすね。全員マジックボックスを持っているだすから、まとめて揚げ立てがほしいだすね」
アロの言葉に、コナーがうなずいた。
「そうだよね。揚げ立てをいつも食べられるなら、それがいい。ねぇチェイス」
「二つで銀貨五枚。五十セリだ。名前と数を書いておけ」
全員が、希望したところを見ると、なかなか好評のようである。
「ジュン、ヘルタスのところに行くんだろう? 持って行ってくれ」
チェイスに言われて、ジュンは着替えてから、食堂の裏の洗い場に転移した。
食堂の裏では、大きな体でジョンが芋を洗っていた。
「ジョン、手伝おうか?」
「こいは、オラのしごどじゃ。だいじょぶじゃ、ありがど」
「うん。今日は僕もお使いを頼まれたんだ」
ジュンはそう言うと中に入って、ヘルタスに紙を渡した。
「特務隊、百セットお願いします」
「百だってぇ?! 見て見ろ、ジョン以外は皆、休憩の暇も無い」
「なんで?」
不思議そうに尋ねるジュンに、ヘルタスは手を休めずにため息をついた。
「はぁ。‘なんかセット’が飛ぶように売れているからだ。お茶の時間だけでなく、自宅の妻子に持ち帰る者までいる。あぁ。商業ギルドが探していたぞ?」
「うはぁ。面倒そう。取りあえず手伝うよ」
ジュンはそういうと、食堂用のエプロンと帽子を被り、手伝い始めた。
「あれ? 揚場の人が足りない?」
「あぁ、定期休みだ。ここは半年に一度一週間の休みがもらえる。順番に誰か彼かが休んでいる」
「へぇ。ヘルタスさんはいつ?」
「あぁ、三年程休んでいないな」
「国に帰らないんですか?」
「帰れないんだ。両親も心配なんだが、高い山に囲まれた村でなぁ。唯一の道だった洞窟が塞がってしまって、高い山を二つも越さなければならない。一晩だけ泊まってくるのに往復二週間だ。無理だろう?」
次々に指示をだしながら、ヘルタスは手を動かし、ジュンに返事をする。
ジュンはパン生地に肉を包みながら、奇麗に丸めて並べている。
「村は自給自足できるんですか?」
「いや。馬車も使えないから、背負って運んでいるはずだ。冬場の小麦粉が確保できているといいが……」
「ヘルネー国は動いてくれないんですか?」
「自分たちで細々とでも動いているからな。夏でも雪のある山だから、冬は全く動けない。本音を言うと洞窟を何とかしてほしいんだ。教会もないから病人が出たら助からない。若い者が少ないからな」
そんな話を聞いた数日後。
ジュンはヘルネー城の離宮にいた。
「よう。待たせたか?」
レオの言葉にジュンは笑顔を向けた。
「今、来たところ。ちょっと気になる事があってね」
ジュンはお茶を入れてから、レオの前に座った。
「ねぇ。灰色熊族のラバーダ村って知ってる?」
「あぁ。オイアサを育てて、布や薬の材料で収入を得ている村だが。今は行けないぞ? 洞窟が塞がったんだ。すぐに軍を出して塞いだ岩を壊そうとしたが、場所が悪くて壊せなかった」
「それで、そのままなの?」
不思議そうに尋ねるジュンに、レオは首を振る。
「元々地底湖があって、舟が必要な洞窟なんだ。場所を用意して移転を勧めているのだが、納得しなくてなぁ、困っているんだ。馬でも行けない山を二つも越えるから、軍の応援もそうそう出せない。あの村は独立した一つの領地なんだ。村長が領主でもあり、税金はきちんと持ってくるんだ。何とかしてやりたいが、向こうがそれを望まない」
ジュンはゆっくりお茶を飲んでから、レオを見た。
「無鉄砲なレオが諦めるんだから、どうにもならないんだろうね。洞窟に舟はあるのかなぁ」
「あるけど……。あ? まさかジュン。洞窟を何とかしようと思ってないか? 辞めとけ、行くのなら山を行け。今ならまだ、雪が深くないだろう」
「うん。分かった」
ジュンは素直に返事をした。
「あぁ、もう。俺も行くぞ! その顔は決めてしまってる顔だろう」
ジュンは困った顔で言った。
「僕は見てくるだけだよ。レオは公務があるんだから駄目だよ」
レオはジュンの言葉を、サラリと聞き流した。
「救援物資を用意させるから、運んでくれるだろ?」
ジュンはため息をつくと、諦めたように言った。
「いいよ」
「俺が城で働くより、よほど国のためになる。行くぜ」
レオは嬉しい気持ちを隠そうともせずに、ジュンに笑顔を向けた。
大量の支援物資は、村人が冬を越すのには十分な量だった。
「今年の夏は、雨が多くてな。どこも作物の生育が良くなかったんだ。心配だから持って行って欲しいらしい。すまんな」
「重い訳じゃないから良いよ。ヘルネー国だって、僕が死ぬリスクがあるのに預けるんだから、困っていたんだろうしね」
ジュンは特務隊、レオは王子としての公務があるが、二人は馬車を使わずに、なぜか歩く事にしたようである。
「懐かしいよなぁ。昨日もこうして、歩いていたような気がする」
「もう、一年以上も前の話だよ。久しぶりの歩きだから、暗くなる前に今日はテントに入ろう」
「おぉ。いいねぇ」
レオの言葉にジュンは小さく笑った。
「あぁ! 窓が! 壁に窓がある!」
「作ったと言うより、偶然できたんだよ。窓だけど、天井と同じでスライムじゃないし、開けられないんだけどね」
レオが入浴をしている間に、ジュンは夕食を作り始めた。
骨を抜いた鳥に、米やキノコ、木の実や干した果物を刻んだ物を詰め込み、森須家の白濁とりがらスープで三時間。時の魔法で煮込む。
冷えたトマトは大きくザク切りにして、汁気を切った大根おろしに三杯酢を合わせて、トマトと合わせる。
風呂を終えたレオが水を飲んで待っていた。
「クリームシチューか? 匂いが違うな」
「うん。ミルクは使っていない。口に合うといいけど」
ジュンはそう言うと、レオがスープを口にするのを見ていた。
「あぁ! うまい。肉もスプーンで解けるな。中からたくさん出てきたぞ?」
「また味が変わるでしょ?」
「あぁ。これはうまいな。小さな鳥もこうしたら食えるよな」
「気に入ってくれて良かったよ」
「ジュンと旅をする楽しみの一つだからな。バリバリの葉っぱもでないしな」
「トマトは生だよ」
「トマトはバリバリ言わないだろう? 冷たくて良い味だ」
食事を終えて、洗濯機を回しながら、ジュンは風呂に入った。
「拠点にはもっと良い風呂が付いていて、洗濯も掃除も料理もしてくれるのに、ここが良いと言ったら怒られるよね。でも落ち着くんだよ。身の丈にあっている気がするのは、貧乏性だからかな?」
ジュンとレオはそれから順調に旅を続けた。
途中の町で、必要な物を購入して、三日後には洞窟の入り口に到着した。
洞窟は明朝に入る事にして、二人はテントに入った。
「ねぇ。今日は丸一日、道もなかったんだけど、なぜ?」
「この辺りは昔、オイアサの群生地だったんだ。今は国の管理下になっているが、当時の領主は黒色熊族だったんだ。全ての熊族の頂点に立っていたらしい。どんなに優れた家系でも永遠はないからな」
ジュンはレオの顔を見て言った。
「強欲か冷酷な領主が現れたんだね」
「熊族は、黒色、茶色、灰色しかいないのは、その領主のせいだと言われている。厳しい年貢の取り立てで、次々に滅びる仲間たちを見て、灰色熊族は逃げる事を選択したんだ。彼らはこの洞窟を代々語り継いでいたらしい。この洞窟には大きな地底湖があって、その先が見えない。舟で渡れるとは考えもしなかったのだろうな。彼らはそうして逃げ延びた」
「茶色熊族は?」
「彼らは戦う事を選択したんだ。多くの種族が支援をした。勝利した彼らは熊族の領地を国に差し出して宣言したんだ。熊族は領地を持たない。同族の支配はしないとな。だから、熊族はヘルネー中に散らばっている。どの部族ともうまくやっているんだ」
「なんとなく、分かるよ。熊族の女性剣士と料理人を知っている。二人とも人柄がいいからね」
「この洞窟の前の土地に移転を勧めているんだ。彼らの祖先が、住んでいた場所なんだがなぁ」
次の日の朝。
ジュンとレオは洞窟の入り口にある、ヘルネー軍が置いて行った舟を倉庫に入れて、中に向かった。
ダンジョンと違い、中は真っ暗である。ジュンとレオはヘッドライトを装着して進んだ。
入り口に密集していた、コウモリの姿が無くなった頃には、沢山いた虫や蛇の姿も消えていた。
「コウモリがいないね? 餌がないからかなぁ」
「あぁ。それもあるが、魔素が少ないからだろうな。地下水は地上の水がろ過されて再び湧き出るんだが、その時に足りない魔素を取り込むと言われている」
「へぇ。洞窟の中だから、未知の魔物と遭遇するかと思った」
ジュンの言葉にレオは笑った。
「ここはダンジョンじゃないぞ」
一日歩いて、ジュンとレオは大きな壁に突き当たった。
「これだ。この壁の向こうは地底湖なんだ。ラバーダ村には小さいが滝がある。その水が流れ込んでいる」
「え? 湧いてるんじゃないの?」
「両方だ。信じられねぇかもしれないが、地底湖の底には川がある。その川がヘルネーの森で姿を現し、森を守っているんだ。それが分かったのは、そんな昔じゃない。地底湖に落ちた者や物が森で見つかる。三年前にも見つかっている」
眉間にしわを寄せて話すレオを見て、ジュンは尋ねた。
「で? この向こうがどうなっているのか、分からないんだね?」
「あぁ。向こうの入り口には巨大な岩があるらしい。救いなのは落ちてくる滝の水の流れが、岩で堰き止められなかった事だな」
「あぁ。水位が分からないから、むやみに壊せなかったんだね?」
「押し出されるなら良い。だが、隊が引きずり込まれたら助かる深さじゃない。それで断念したのが経緯だ」
レオの表情が暗くなったのを見て、ジュンは小さく笑った。
「ウダウダ考えていたって、どうにもならないしね。壊してみる?」
「あぁ、そう来なくちゃ、ジュンじゃねえ」
レオは子供のように、満面の笑みを浮かべた。
ジュンは天井近くの壁を、水と風の魔法で切り取った。ジュンは空間魔法で空中にとどまれるが、レオにそれを強いる事はできない。
壁に足場が出来た所で、ジュンは空間魔法で、いつものように階段を作った。
「レオ、ここには階段がある。高い所から下を見るのが、怖いなら、目をつぶっていて良いよ。僕が連れていく」
「いや。大丈夫だ」
ジュンはゆっくりとレオを連れて壁の足場まで上がった。
「足の下が見えないと安心するけど、今度は落ちそうで下を見る気にならねぇ」
壁の足場は、二人が腰掛ける程度の奥行きしかない。
レオが足を滑らせても落ちないように、ジュンは腰の高さほどまでの空間を固めた。それから用心のために互いの体を命綱でつないだ。
「これよぉ、俺が落ちたら、ジュンも道連れにならねぇか? 俺は重いぜ?」
レオは笑いながら言った。
「気持ちの問題だからね。さぁ壊すよ」
反対側の上の端から、徐々に壊して行く予定で、ジュンは風と水の魔法を練って叩きこんだ。ポロリとかけらが地面に落ちた。同じ場所に三度目を打ち込んだ時だった。
少しの水が飛び出してきた。
「水? しまった!」
それはまるで、その時を待っていたかのように、息をする余裕も与えず、二人を飲み込んだ。




