表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
9/128

第九話   王都への旅

 二頭引きの箱型の馬車は高価で、所有者は王族や貴族や豪商が多い。

 

 王都までジュンを連れて行くのは、メフシー商会の会長のルーカス・メフシーと、護衛のイーゴンとアイク、御者はカーターの四人である。

 モーリス家を除くと、ジュンには彼ら以外の顔見知りはいない。


 馬車の両横には窓が付いていて、軽くたたくとポコポコと音がする。

 

(これって透明フィルムだよ……。すごいなスライム)


「坊ちゃん。馬車はどうです?」

「思っていたより広くて、乗り心地は最高です。それより皆さん、坊ちゃんは止めてください。僕は親も居ない平民なんですから、ジュンと呼び捨てでお願いします」


「あぁ了解だ。俺もイーゴンでいいぜ」

「オレもアイクでいい」

 

 チラッとジュンは横目でルーカスを見る。

 ルーカスは小さく一つ、せき払いをして言った。

 

「わがメフシー商会が今あるのは、モーリス家のお陰なのでございます。わがメフシー家の初代は、人の努力では到達できない才能を持ち、父君の後を継ぎ神界に修行に行かれた、シオン・モーリス様と幼少の頃より友好を築き、神の使いであらせられるカイ・モーリス様にご指導をいただき、商売を始めたのでございます。わが商会はその歴史に恥じぬよう、努力を惜しまず精進を重ね、各国の信頼を得たのでございますよ。その尊き血をお継ぎになっているお方を、呼び捨てるなど、私にできるはずがございません。ジュン様」


「はい……」

 喜々として語るルーカスに、ジュンは何かいけない物を踏んだ事を自覚した。


(いやいや、シオンは僕のいとこの子供だからね。おまけに未知領域で魔物に食べられた事を、奥さんに言えないカイが、行方不明のままにしたんだしね。面倒くさいよ。モーリスの名は公の場以外では封印決定だ!)

 

 約三時間ごとに休憩をはさむのは、馬のためである。

 馬は野生の魔物を飼い慣らした生き物だが、馬車を引きながらの移動は個体にもよるが、三時間程度が馬に負担をかけないようだ。

 ちなみに魔物は(どう)(こう)が縦長なのが特徴だ。


 街道に出ると、御者台のカーターの横に、イーゴンかアイクのどちらかが座る。

 護衛は魔物や盗賊に、いち早く対処できるように、普通は外にいるようだ。


 初めて見る景色に、まるで子供のようにジュンは、窓から目が離せない。

 土の道。草原。森。時々スライム……。

 

(弱いのになぜ青色? 目立って仕方がないだろうに……。でも本当にスライムってすごいよね)


 外の景色も見えず、暗い個室の中で長時間、馬車に揺られるのは苦痛だろう。

 しかし、スライムがあると土ぼこりも虫も入ってこないのだ。箱馬車を使う富裕層には大事な物だろう。

 

(それにしても、なぜ商品名がスライム? きっと好きだったんだろうなぁ)

 

 昼食はルーカスがマジックボックスから、飲み物やハンバーガーやホットドッグを出して皆に配る。

 それらはフライにした肉や魚にソースを付けて、野菜と共にパンに挟んであり、ジュンの記憶にある片手でつぶせる柔らかな物ではなく、どっしりと重たくかみごたえのある物だった。

 ジュンは一個で十分だったが、イーゴンは平然と四個も平らげた。


「皆さんはいつも、このように旅をされるのですか?」


 ジュンの問いにルーカスが、笑顔で答える。

「いいえ。この度は帰りに、ジュン様をお乗せする予定がありましたので、特別でございますよ」


「いつもは(ほろ)の付いた馬車だぜ。荷物が多いからな」

 ルーカスの後でイーゴンが笑顔で言った。

 

「すみません。僕のために」


 恐縮するジュンに、イーゴンが告げる。

「そう言うなって。箱馬車はな、板バネが付いていて椅子も柔らけんだぜ。普通の馬車じゃケツが大変な事になんだよ。ルーカス様はジュンが始めての馬車だって聞いたから、心配されたんだよ」


「はい。ありがとうございます」

 ジュンはルーカスの顔を見て、うれしそうに礼を言ってから、馬車の方を見て小さく笑った。

 

 その姿を見てイーゴンたちも目を細めたが、それは大人の勘違いである事を、誰も気が付いていない。

 どう見てもジュンの視線の先は、馬車の板バネあたりにあるのだから……。


(板バネがあるって事は、きっと時計はゼンマイ式なんだろうなぁ。やはり見たいなぁ)


 一日目はジュンにとって、初めての野宿。

 ルーカスと共に馬車の中で眠るように言われたが、ジュンは毛布を持ってたき火のそばで眠る事にしたらしい。

 見張り番をさせてはもらえなかったが、飲み物を持って行って、少し会話をすることで、眠気覚ましにでもなれば良いと考えたようだ。

 

 この世界では放火魔と盗賊団は、どんな下っ端でも死刑になると、旅の前にミゲルに教えられた。

 彼らは目撃者を当然のように始末する。それは、手配書は命を危険にさらす事になるからだ。

 

「森に魔物はいただろうが、盗賊は来なかっただろう? ジュンは盗賊に出会ったらどうする?」

 イーゴンの問いに、ジュンは答えた。

 

「僕はきっと、迷いません。初めて魔物を前にした時のように、震えるかもしれない。でも、命は渡せないんです。僕のような子供に捕まってくれる程、彼らは優しくないでしょう。出会ったら、命の取り合いの時だと思います」


「そうか……。安心したぜ。冒険者になりたての頃、仲間にいたんだ。人間は魔物じゃない、話せば分かるって言った奴がな」


 イーゴンの表情を見てジュンは尋ねた。

「その方は、説得に成功したんですか?」


 真っすぐに、前を向いたままイーゴンは答えた。

「するかよ。盗賊の仲間に落ちて後悔したんだろう。やり直したいと自首をして、処刑されたよ。奪った命は戻らねぇ、自分だけ戻れるなんてぇのは、虫が良すぎんだろ」

 

 イーゴンは仲間だったその男が、憎めなかったのだろう。

 ジュンには、夜の空を見上げたイーゴンの目が寂し気に見えた。


(僕は自分の命を一番大事にしたいと思う。ミゲル様やイーゴンが盗賊の話を、僕にするのは、覚悟はしておけと言う事だよね。逃げられないのなら戦うし、守るべき者は守るよ)


 ジュンは明け方まで持ちそうもないたき火に、木を入れて毛布にくるまり、目を閉じた。


 翌朝はイーゴンに剣の稽古を付けてもらい、アイクには中等学校の実技試験の話を聞いた。


 二日目と三日目は宿屋に泊まった。一階が食堂で二階に宿泊する部屋がある。

 宿がどこも一階が食堂兼酒場になっているのは、王都でもない限り、飲食店がないせいだろう。

 

 旅には宿泊が欠かせない世界なので、宿屋はどこにでもあるが、外で食事をするほど豊かな生活を平民はしていない。また、地位のある者は料理人を雇っているので、接待には困らないのだ。

 

 宿屋の食事はどこもおいしかった。食事付で宿泊しても、料理を選ぶ事が出来るのでジュンはうれしかったようだ。

 この世界には化学調味料がないので、味は作る人ごとに違うのは当然である。

 料理人が自慢の腕を振るって『さあ、食え!』とばかりに、気取らずに出て来る料理を前にして、ジュンは楽しそうな笑顔を見せる。

 

 ルーカスが選んだ宿は高級宿だったので、部屋に風呂は付いていたが、普通の宿は共同浴場を使用するようだ。

 上下水道が普及しているので、人の多い町には公衆浴場がある。

 石けんはあるが高価で簡単には手に入らない。加えてその質の悪さに、ジュンはこの世界に来て早々に使うのを諦めた。

 

 人々は『洗い泥』を水に溶いて用いる。そして湯上がりには香油を使う。

 ジュンはこの『洗い泥』の使い心地の良さが気に入っていた。森の家には石けんがあったが、ミゲルもジュンも使わなかったのだ。

 

 ちなみに、ジュンはいまだに散髪屋には行けていない。

 四か月もたてば髪は伸びるが、森の中に散髪屋はない。

 長髪のミゲルから、こだわりの皮ひもを分けてもらって、縛っているが、散髪屋に行く事を諦めてはいないようだ。


 四日目からは近くに町や村も少なくなって、休憩中にウルフの群れが現れた。ジュンが魔法で数を削り、イーゴンが近くの個体を始末し、アイクが弓で離れている個体を片付ける。ジュンは今まで一人で狩りをしていたので、三人での狩りを楽しんでいるようである。

 

(止められたけど、休憩時間や朝の稽古だけでは、運動不足なんだよ)


 五日目は明るい内に森を抜けようと、御者のカーターの横には弓を持ったアイクが座った。数回、馬のために休憩は取ったが魔物の群れに襲われる事はなかった。

 それはあくまでも群れでという話で、街道とはいえ森の中の事、魔物は現れる。

 

 ジュンはイーゴンやアイクと息も合い、ルーカスの三人目の護衛になっているかのようだった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ