第八十七話 深謝の森
拠点の執務室に、リーダー以上のメンバーが顔をそろえた。
口火を切ったのはセレーナだった。
「まず二年前の状況をまとめた資料を見てよ。当時は多少減ったり増えたりしながら、隊長の息子と十八人のメンバーがいたのよ。隊長の報告書の誤りは、息子についた四人と言うところよ。本当は六人よ。二人は隊長のそばで情報を流していたのよ。まぁ結局その六人と隊長側の四人を犠牲にして、事件は終わったと隊長は思ったみたいよ。ただ息子が狙ったのは隊長の椅子ではないわよ」
「隊長の命だね? ようやくすっきりしたよ。だまされて椅子を狙うような、お馬鹿な責任者の下で、命をかけるのは僕なら嫌だと思ったんだよね」
ジュンが納得したようにうなずく姿を見て、トレバーが言った。
「息子は隊長と心中する予定だった。まぁ、そう仕向けたのは六人だけど。この六人は子供の頃からの仲間だ」
ワトは資料を配りながら告げる。
「その後に消えた八人は亡くなっているっすね。全員の状況は資料に書いてある通りっす。身元不明で荼毘に付されている五人を特定できずに、隊長は探していたっすね。あの人の影は二組に分けられるっす。息子を操っていた六人は暗殺者。その証拠や証人はいくらでも出せるっすよ。後の十二人も似たような者たちっす。隊長のそばにいた影は、情報を聞き出し、重要な情報を教えた者の口を封じたっす。だから、いつも情報を得る仕事が遅かったっすよ」
「なんということじゃ……」
「隊長はそんな指示をだすかなぁ? 少しも得はないよね。知らなかったとしたら間抜けだけどね」
信じられないように、首を振るミゲルの横で、ジュンはそう言った。
マシューは二人を見て小さく笑った。
「本当に間抜けだぜぇ。全く知らなかったと思うぜぇ。だけどなぁ、影を術所で調達していたのは、いただけないぜぇ。それもたったの二カ所。アルトロア国とマドニア国の同じ術所だ。だから影はエルフ族と魔人族しかいなかったんだ。十二人は魔人族。六人はエルフ族だぜぇ」
ジュンは首をかしげながら聞いた。
「息子の仲間の六人はエルフ族? 話の腰を折って悪いんだけど術所って何?」
全員が驚いたような顔をして、それから諦めたように笑った。
ミゲルがジュンを見て口を開く。
「平民や教会の子が、学校以外で武術や魔法を習うのじゃ。冒険者や兵士に憧れても、武器や魔法は使えないからのぉ。国が援助をして元兵士や魔術師が教えておるのじゃ。大会などもあってのぉ、なかなかの試合を見せてくれるのじゃ」
パーカーが言う。
「その試合だが、優勝するのは、優れた指導者を抱えている術所だ。将来を夢見る子供も多く通うからな。強い者はそのままそこの指導者になるんだ。隊長が影を探しに出向いていた、二つの術所の共通点は、教会に隣接している術所だ。理由は分かるだろう?」
ジュンがうなずくと、パーカーは話を続けた。
「エルフの六人は年が近い教会の出身者だ、彼らは任務中の事故で亡くなった、エルフ族の影の後任として選ばれている。事故ではおそらくないがな。その彼らと同じ時期に教会で育ち、中等学校からエリートとして個人教師が付き、寮生活のために教会を去った者がいる。親分と呼ばれたその男はいま、特務隊にいる」
ジュンは暗い顔で言った。
「バルドゥール。バルなんだね?」
「知っておったのかのぉ?」
ミゲルの言葉にジュンはうなずいた。
「会議の日。彼は珍しく多弁でしたからね」
「教会の子の出生を調べるのは難しい。特に捨て子はな。だが、彼は祖父に預けられた。俺も驚いたが、主。バルドゥールはグリュマー家の最後の末えいだ」
パーカーの言葉にジュンは驚いた顔で言った。
「え? だって。女性の誰かが妊婦さんだったの?」
何とも緊迫感のない問いに、パーカーは小さく笑った。
「屋敷牢で焼け死んだ長男には、親に認められていない女がいたんだ」
ジュンは少し首をかしげてから言った。
「えぇと。それって何か問題? 子孫がいるって事は、無事に子育てをしたんだよね? 大変だったろうね」
セレーナはジュンを見て言った。
「無事にとは言えないかも……。彼女はギルドに手紙を届けた乳母が、隣国のヘルネーで面倒を見ていたみたいよ。ただ、精神が持たなかったようで、生まれた女の子は、グリュマーを恨んで生きたの。彼女は獣人と結婚をして生涯で四人の子供を産んだけれど、元気に育った子供は二人だけ。エルフの子供は育たなかった。時代が変わっても一族は、エルフ族との結婚は認めなかったのよ。でもタブーを犯してエルフと駆け落ちをした、娘がいたのよ。すぐに捨てられて、実家に戻って産んだのが、バルドゥールよ」
「それって、駆け落ちした男の子供だろう? 相手がエルフだったのなら不思議はないよね」
ジュンの言葉に大きくうなずいて、セレーナは言った。
「普通はね。長い間グリュマーの血を呪いとした一族に、それは通じないのよ。彼は六歳まで、呪い子として虐げられて育ったのよ。七歳で学校に行って高魔力だと判明したわ。それでとうとう、マドニアの教会に捨てられたのよ」
ジュンはしばらく考え込むと、皆を見回して言った。
「なぜ影を殺したのか、モーリスをなぜ恨んだのかは、彼の気持ちだから、分からないよね。八人の殺害は彼一人の犯行だと思うけど、もう少し身辺を洗ってくれる? ミゲル様、あの物語の裏付けや、当時の事を調べたいのですが、手伝っていただけますか?」
ミゲルはうなずくとニヤリと笑った。
「あぁ。本邸には資料が山のようにある。行こうかのぉ、コラード」
「はい。あの場所には長く閉じこもっておりました。懐かしい。お供いたします」
高く、どこまでも高い空。
小高い丘を登って、温まった体に、通り過ぎる秋の風が心地よい。
ジュンは少々うんざりとした顔で、最後の飲み物を飲み干した。
丘の上には小さな家。その周りを囲っている、木の塀の中には、花はない。
ジュンは玄関の扉のノッカーを鳴らした。
「やぁ。待っていたよ。入って」
バルはそう言うと、ジュンを招き入れた。
「へぇ。この家の裏は崖なんだね? 景色が奇麗だ」
「マドニア国はどこもこんな物さ。ここは、友人が住んでいたんだ。気に入ってくれる人がいたら譲りたいらしい。珈琲で良かった?」
「うん。ありがとう」
ジュンは二口ほど飲んで、窓の外に目を向ける。
「秋はどこも色付くからかなぁ、あの森の緑が目立って奇麗だね」
「ジュン、顔色が良くないよ?」
「大丈夫。少し気持ちが悪いだけ。じきに治まるよ」
ジュンの言葉にバルは少し口角を上げて言った。
「あの森はね。ユニコーンの森だよ。かつて君のご先祖が、グリュマー家に罪をかぶせて燃やしたね。エルフ族は火魔法が使えない。助けにきた振りをして、森を燃やしたんだ。その罪で一族は殺されたんだよ」
ジュンは珈琲を飲み干して笑顔で聞いた。
「そんな嘘を誰から聞いたの? 確かにグリュマー家の長男は高魔力者だった。でも彼の使った魔法は風魔法。それはきちんと資料が残っているよ。彼に姉がいたのは知っているでしょ?」
バルはジュンを見たまま首を振る。
「そうか、知らないんだ。姉の嫁ぎ先は人間族の下級貴族だったらしいよ。その夫が借金を断られて火を放ったんだ。地下牢にいた彼はそれを知らなかった」
バルは驚いたように言った。
「そんな馬鹿な、乳母がギルドに行った話は……」
「乳母がギルドに持って行った手紙は、まだ残っていたよ。時の魔法がかかっているから、ちゃんと読めるよ。見るかい?」
バルに手のひらほどのスライムを見せて、ジュンは続けた。
「彼は、竜巻で家を破壊して、自決の覚悟を決めたんだよ。一族に売られて絶滅しそうなユニコーンを救って欲しいと、ギルドに依頼を出したんだ。報酬は彼の命だったんだよ」
ぼう然としているバルを見てジュンは言った。
「あの森はね。深謝の森って言うんだよ。人族の罪は人族で裁くからね。当時のエルフ族は知らなかったんだろうけどね。死罪だった。グリュマー家の長女だった貴族の妻は、たった一人で木を植え続けたようだよ。かなりひどい目にあったようだけれどね。彼女はどんな人にも、地面に手をついて謝っていたようだ」
「その人は、どうしたんだい?」
ジュンはその言葉を聞いて、小さく笑った。
「森の粗末な小屋で生涯過ごしたようだよ。その小屋の後に、今は立派な石碑があるよ。エルフの王女が建てたんだ。深謝を受け取った証なんだよ。だからあの森の正式名称は、深謝の森なんだ」
「ぼくの一族は何もせずに、ただ呪いにおびえて生きてきたんだ」
ジュンはその言葉に優しい笑みを浮かべた。
「当時のギルド総長が陣頭指揮を執ったんだ。来た時には屋敷は燃え落ちて、長男は間に合わなかった。でも依頼は達成したんだよ。確かめるかい?」
それはあの日、ギルド島の湖で見た、二頭のユニコーンの映像だった。
「奇麗だろ? グリュマー家の長男が命をかけて守ったんだよ。深謝の森にいつかは帰してやりたい」
「奇麗だな……。あの森を駆ける姿を見てみたい」
「気が済んだかい? モーリスへの復習なら、なぜ影を殺したの? バルでしょ?」
ジュンはバルを見て言った。
「最初はギルドが、モーリスが憎かったんだ。特務隊に入ってね、金に物を言わせ、家族のいない者に人殺しをさせて、正義面している隊長が嫌いだったよ。でも何かをしようとは思わなかったんだ。幼なじみが、特務隊に憧れたんだ。彼らが人を殺して影になるのを、ぼくは止められなかった」
バルはつらそうな顔をして続けた。
「ぼくは子供の頃から、モーリスを恨んでいたからね。彼らは隊長の息子にその話をしたんだよ。お坊ちゃんを洗脳するのは楽だったようで、二年前の騒ぎだよ。悪党でも、僕には気の良い友達でね。皆死んじゃったんだ。どこまでもモーリスに呪われているようだったよ。それで、モーリスを消す事にしたんだ。苦しめてね。仲間を殺した影を始末して隊長を殺して、そしてジュン、君を殺そうとした」
ジュンは小さく笑って聞いた。
「辞めたの?」
バルは大きなため息をついて言った。
「もう。いいよ。疲れたよ。誰を恨めば良いんだよ。あぁ、珈琲に毒を入れたよ」
「知っているよ。気持ちが悪くなるほど、毒消しを飲んできたからね」
「どうする? ぼくはどのみち罪を償う事は許されないからね。殺していいよ」
諦めたように言うバルに、ジュンはあきれた顔で言う。
「嫌だよ。それより謝らなければいけない人が、いるでしょ?」
「チェイス副隊長……」
入ってきたのは、青組のチェイス副隊長だった。
「すまない。バルと二人にしてくれるか?」
「お任せしますよ」
ジュンはそう言うと拠点に転移した。
「お帰りなさいませ。お疲れさまでした」
「見ていた通りだよ。コラード、少し眠りたい」
「かしこまりました」
ぐっすりと眠っていたジュンが、目を覚ましたのは特務隊に置いてある、ジュン二号からの連絡だった。
『ジュン。チェイサーだ』
「お疲れさまです」
『すまなかった。バルからの伝言だ。‘謝りたい人がいるから、行ってくる。ジュンに会えて良かった。ありがとう’だ。私の腕の中で逝ったよ』
「お役に立てずにすみません」
『いや。バルの呪いを解いてくれて感謝している。最後は笑顔だった』
通信が終わって、ジュンは窓の外の月をしばらく見ていた。
「バル……。血なんて全部、入れ替わったって自分は自分なんだよ。グリュマー家の長男には会えたかい? 二人でユニコーンを見てるといいなぁ」
ジュンは風呂で、気持ちを切り替えると居間に向かった。
階段を下りると、ワトがそばにきた。
「いいっすか。とにかくうれしそうにするっすよ。死ぬ気で頑張るっす」
「う、うん」
何の事かも分からずにジュンは言った。
数歩進むと、今度はマシューがやってきた。
「女とオカマは褒めて育てるものだぜぇ」
「女だけ育てるよ」
ここはきっぱりと断言した。
居間に入るとメンバーたちが、目配せやうなずきという、謎の合図を送ってくるので、ジュンは不思議そうに首をかしげた。
クレアが少しはにかんで言った。
「ジュン様。よろしければ、召し上がってください」
テーブルの上には真っ黒な物が置かれていた。




