表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
86/128

第八十六話 ベルホルト

「ミゲル様、ジュン様。お待ちしておりました。どうぞこちらに」

 深夜のモーリス本邸の転移室前。執事のジーノがそう言うと、前を歩き始めた。


 ジュンとミゲルは、ジェンナの急な呼び出しで駆けつけたのである。

 案内されたのは客間。

 振り返ったジェンナの顔は険しい。


 ミゲルは黙って部屋の中に進むと、ベッドの前で立ち止まる。

「何があったのじゃ」

 ジュンはベッドに横たわる人物を見て、息を飲んだ。

「ベルホルト隊長……」


 ベッド横で椅子から立ち上がった女性が、静かに頭を下げた。

 ベルホルトの妻だと、ジェンナが紹介した。

「左側を切られた傷が深くて、左目は助けられなかった。倒れた時に頭も打っておってねぇ。出血は抑えたが、後遺症は残るかもしれない。なんとか、命を取り留めたがねぇ。詳しい話は場所を変えよう」


 ジェンナの執務室で、サマンサが紅茶を用意して部屋を出た。

 ミゲルは奇麗な壺に手を伸ばし、嬉しそうに中のジャムを紅茶に入れた。

「奇麗に開いたのぉ」

 紅茶にバラの花びらが浮かんだ。

(こんな時に? 乙女ですか!)

 ジュンはミゲルを見て、肩を落とした。


「何があったのですか?」

 ジュンの言葉にジェンナがうなずいた。

「あれが息子と海で死んでから二年になる。それは聞いているかい?」

「はい。息子さんが隊長の席を狙ったと聞いています。隊長はそれで死んだ事にして、裏切った仲間と交戦して影を半数、失ったと聞きました」


 ジェンナはうなずくと続けた。

「ベルホルトの影は、二つに分かれた。あの時は十人が命を落とした。その中の息子の補佐を主犯としたが、それでは終わらなかったのさ」

「まだ、裏切った者がいたんですか?」


 ジュンの質問にジェンナが答えた。

「残っていた影が八人。この二年で全員が命を落とした。あれはそれを調べていたのだがねぇ」

 ミゲルがため息をついて言った。

「ベルホルトは、あれでも家族を大事にしておったからのぉ。冷静ではなかったのじゃろうのぉ。いずれにせよ、目先しか見えなくなっていた時点で、手を引かせるべきだったのじゃ。今更言ったところで、詮無き事じゃがのぉ」


 

「それって、内部分裂が何かを巻き込んだ結果でしょうか? それとも始めから、第三者が仕掛けたのでしょうか? でも第三者は変ですよね。隊長の影を知る人はいないでしょうからね。狙いは何でしょうね」

 ジュンの疑問にジェンナは言った。

「モーリス家だ」


「え? 誰からきいたんです?」

 思わず口にしたジュンの言葉にジェンナが言った。

「ベルホルトは毎年、結婚記念日は妻のために時間を作る。今夜がその日でねぇ、観劇の後、食事をして店を出たところで襲われた。妻はモーリスは許さないと聞いたようだ」


「奥さんはよく無事でしたね?」

 ジュンの言葉にジェンナはうなずく。

「あれは、影だったからねぇ。ベルホルトが万が一の時に備えて、ここの転送陣を持たせていたんだよ」

「顔は見たんですよね?」

「ベルホルトより背が高く、肩幅は狭かったようだ。言葉を聞いた瞬間、あれが妻を背中に隠したようだが、剣を抜く暇もなく、すれ違いざまに切られたようだ」


 ジュンとジェンナの話を聞いていたミゲルが言った。

「ベルホルトはなぜ一人で抱えたのかのぉ? ジェンナよ、なぜそれを許した?」

「弟は私と違って、両親に大切にされたからねぇ。それが嫌だったんだろうねぇ。姉はできて当たり前。弟はできなくて当たり前と言われて私たちは育った。だから、意地でもあれは結果を出してきた。今回は私が気付くのが遅れた。あれの行動がおかしいと気付いて問いただしたのは二カ月前。もう犠牲者はでないから、時間が欲しいと言われてねぇ」


 ミゲルが眉間のシワを深くして言った。

「影も人じゃ。もっと早くに対処すれば、落とさなくて良い命だったのじゃ。結局はこうしてジュンに尻拭いをさせる。ジェンナ、いつまで弟に負い目を感じて甘やかす気じゃ。よくあれとは話し合う事じゃのぉ」

「はい」

 ジェンナはつらそうに返事をすると、ジュンに言った。

「すまぬがジュン、やってくれるか?」


「やるしかないでしょうね」

 ジュンはジェンナにそう言うと続けた。

「二年前からのこの件に関する、報告書。特務隊の日報を見せてもらえますか?」


 早速だしてもらった資料に、目を通して、ジュンとミゲルは早朝、拠点に戻った。

 ジュンから連絡を受けて待っていた、コラードとマシューが加わり、四人の打ち合わせになった。


「映像を見て分かると思うけど、モーリスがターゲットらしい。だけど襲われたのが、隊長の影。誰が影を知っていたのか気になる。最初から隊長の読みが間違っている可能性がある。隊長の影を調べて欲しいんだ。犯人につながる何かがある」

 ジュンの言葉にマシューが言う。

「それはそうだが、犯人が確定していないから、時間が掛かるぜぇ」


「うん。特務隊の誰かの名前が出るまで探して欲しいんだよ」

「何じゃと! 特務隊じゃと?!」

 ジュンの言葉に今度はミゲルが反応した。


「はい。この仕事を受けた時から、僕は特務隊と深く関わるのを辞めました。情は判断を鈍らせますからね。闇蜘蛛の話は隊長にもしていません。隊長は特務隊を信じていたのでしょうね。だから判断を間違えた。特務隊にしかできない犯行です。僕は被害者の不明確になっている、死亡した日を特定できますよ。ここに特務隊の日報がありますからね」


 コラードはうなずいて言った。

「分かりました。すぐに皆に指示を出しましょう」

「僕は特務隊の会議に行く。モニターに全員の顔を映すようにするからね。コラード、マシュー、今回はいつもの情報収集とは違います。けが人や死者を出す事は絶対に避けてください。人の命と引き換えの情報など要りません。相手はプロです。そして強い。でも情報網では僕たちは負けないでしょ?」


 マシューは意地の悪い顔をして口角を上げた。

「自分たちは闇蜘蛛ですぜぇ。せいぜい大きな糸を張らせていただきます」

 ジュンはそれを聞いて、口元にだけ笑みを浮かべた。

「彼の失敗は、隊長の奥さんが影だった情報すら知らなかった事ですね。次は仕留めるだろうけど、本邸から出なければターゲットは、無防備に見える僕に変わる。相手は探ってくるよ。この拠点の場所をね。さて、敵は何人なんだろうね? そろそろ会議の時間ですから行ってきます」


 その場で転移したジュンが座っていた椅子を眺めて、ミゲルが言った。

「あれは怒っておるのぉ」

 不思議そうにマシューが首をかしげた。

「楽しんでいるように見えたぜぇ?」

 コラードはマシューを見て告げた。

「いいえ。ジュン様は大変に憤っておいでです。マシュー、皆に連絡をしてください。会議を始めますよ」



 一方特務隊に転移したジュンは、特務隊の部屋で着替えを終えて会議に出席した。

 青組のチェイス、黒組のコナー両副隊長は、隊長がけがの療養のためにしばらくの休養を要する事を告げた。


「休養するほどのけがって、大丈夫なのか? 誰にやられたんだ?」

「命に別状はないよ、ジク。私たちも今朝、知ったんだ。まだお会いしていないが、そのことで任務の追加はないようだよ」

 ジクの横で、心配そうにしているソフィやエルダにも目をやり、コナーが言った。


 黒組のバルがジュンに言う。

「ジュンが調べるんだろう? ぼくたちの隊長なんだ、協力するよ」

「隊長の話は今、伺いました。僕はある国の謀反の調査で、それどころではありません。調査は総長から、どちらかの組に話がくるかもしれません。隊長が一人の時に闇討ちにするような、チンケな卑きょう者ですから、警備隊の仕事だと僕は思いますけどね」


「それでもワシらの隊長だす。犯人を捕まえたいだす」

 心配そうなアロの言葉にチェイスが言う。

「お前たちの気持ちは分かる。隊長が復帰されるまで、仕事は手を抜かずにやるぞ。警備隊は無力じゃない。任せておけ」

 その言葉に皆がうなずいた。


「ジュン。隊長の件が片付くまで、ここにいた方が良いんじゃない? 行きずりの犯行と決まっていないしね。ジュンは単独行動だから、危険だよ。しばらくは手のすいている者に同行を頼むんだよ?」

 コナーの言葉に黒組がうなずいて、ジュンを見る。


「はい。ありがとうございます。僕は山奥で祖父と二人で暮らしていましたから、世間も知らないんです。勉強もかねて、今は海の近くに住んでいます。魚が新鮮でおいしいですよ。そろそろまじめに定住先を決めたいと思っています。良い場所があったら教えてくださいね」

 ジュンはそう言って見回した。


「影も一緒に住むのなら、どこかの王都がいいだすよ」

「育った環境に似ている場所の方が落ち着くよ」

 アロの言葉にバルが言った。


「影? 僕はまだ未成年ですよ? 人は雇えませんよ。無理、無理」


「モーリスなら、総長の家でもいいだろう」

 チェイスの言葉にジュンは嫌そうな顔で言った。

「嫌ですよ。初対面の遠い親戚の家に、そう長くはいられませんよ? 給料ももらっていますからね。自立しなくちゃ」

 チェイスは小さく笑って言った。

「確かに居心地は悪いだろうな」


「ぼくの知り合いに話してあげるよ。良いところだよ。見に行くといい」

「ワシらは王都だからな。森はエルフのバルにはかなわないだす」

 バルの言葉にアロはそう言った。


 ジュンは任務を理由に、雑談を切り上げると、ジェンナに会いに行った。


「そうか……。なるほどな。ジュンの読みが外れる事を祈るがねぇ」

「すみませんが、最悪に備えておきたいのです」

「それで何をして欲しい?」

「コンバルのモーリス家を非難させてください。エルフ族のミーナ。各国王子の護衛強化をお願いします」


 ジェンナは少し考えて告げる。

「分かった。連絡しよう」

「ルチアーノ様の許可がいただけるようでしたら、ミーナは侍女のハンナと共に僕の手元におきたいのですが」

「そうなるだろうね。あの子はここでは不自由だろうねぇ」


 その日の夜にはコンバルのモーリス家が、本邸に移動した。

 アンドリューはギルドに、長男と次男は王宮に直接転移できるようになった。

 クレアは高名な薬師の元で勉強すると言う理由で、欠席にはならない配慮がされた。確かにミゲルは高名な薬師ではあるが、単にミゲルがクレアに興味があるだけだと、拠点では誰もが理解していた。


 ルマール家では、ミーナが来年度の初等学校入学のために、ハンナを伴い家庭教師の家に世話になると、使用人たちに伝えられた。

 ミーナたちは王城から、ひっそりと王女みずからの手で、ギルド島の王族会議場に送られた。


「ミーナ。良く来たね。元気だったかい?」

 ジュンの広げた腕の中に、ミーナは飛び込んでから顔を上げた。

「ジュン! あぅ、お世話になります。こんにちは」

「すごいや、ミーナ。たくさん勉強をしたんだね?」

「うん。本読める。得意」

「ミーナ様。また片言になっていますよ」

「落ち着いて話すは大事。です」


「たくさんの人がいるよ。学校に行く前におしゃべりの練習をしよう」

「はい」

「ハンナごめんね。長に聞いたと思う。しばらくはよろしく頼むよ」

「お世話になります。ミーナ様の安全が一番です。今回の事は、長と侍従長のエーベルさんしか知りませんので、使用人から漏えいする事もありません」

「そうなの? 助かるよ。ハンナはミーナとのんびりしてくれていいからね」

「はい。ありがとうございます」


 拠点では、カリーナとエミリーが、ミーナとハンナとクレアが慣れるまで、そばにつく事になった。

 夕方にはメンバーも集合して、顔合わせを兼ねた食事会が開かれた。


 ミーナは初めての大人たちに囲まれて、少し緊張したようだが、パーカーを見つけると笑顔を向けた。メンバーはミーナを既に過去の映像で知っていたので、扱いは上手だった。

 ハンナはそれを見て、安心したのか笑みを浮かべた。


 シルキーはクレアを気に入ったようで、すぐに仲良くなった。ミゲルはそれを見て嬉しそうに目を細めた。


「ジュン様。クレア様のお部屋は、客室でよろしいのですか? 奥さまのお部屋にご案内いたしますか?」

「カ、カリーナ、何を言っているのぉ? 僕を悪い虫にしないでよ。だいたい嫁入り前の女性がそんな事を言ってはいけません」


「ミゲル様、ですから申し上げたのです。やはりジュン様は、そのような方ではありませんでしたよ」

 カリーナの言葉にミゲルは笑った。

「ほぉ。食べる気が満々なのかと思ったがのぉ。案外とヘタレじゃのぉ」

「ミゲル様、ヘタレって……」

 肩を落とすジュンの横で、コラードは優しいほほ笑みを浮かべた。その眼差しの先で、カリーナが小さく小首をかしげた。


 楽しそうな笑いに満ちた居間は、ミーナの休む時間には静かになった。

 ここは闇蜘蛛の拠点。メンバーの姿は、音も立てずに消えていた。


「あ、ワト。何を持っているんだ?」

「マシュー、びっくりしたっす。朝飯の袋パン。これ外では食えないっす」

「半分くれ」

「嫌っすよ。取ってくれば良いじゃないっすか」

「馬鹿! 居間は真っ暗だぞ? 怖いだろう」


「はい。マシューの分は私が用意致しました。しっかり糸を張り巡らすのですよ。いってらっしゃい」


「団長。すまねぇ。行ってくる」

「女装マッチョで、暗いのが怖いとか、団長、ありゃ珍獣っすね。行ってきます」


 ここは闇蜘蛛の拠点。メンバーの姿は、音を立てて消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ