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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第八十一話 うまそうな娘

「ワトは仕事仲間なんだ。一緒に住んでいるんだよ。一応、僕は家主?」

 改めて五人で自己紹介をした時、ワトは冒険者だと言ったのだが、ハネラがワトが言った‘(あるじ)’の言葉を覚えていたのだ。

 何とか三人の学生を納得させて、ジュンは小さく息を吐く。


「ボクは死んでいたかもしれないのに、こうして元気に夕食をごちそうになっているなんて、まだ、信じられません。ありがとうございます」

 ケニアの言葉にジュンは笑った。


「お礼の言葉はもらっているから、もう、いいよ。食べられるようになって、本当に良かった」

 ワトもにこやかに言う。

「本当に駄目かと思ったっすよ。でもこれで三人とも元気に帰る事ができるっす」


 ケニアは、ジュンが薬を飲ませ、幾度か回復魔法を掛けて、ようやく元気になっていたので、そのうれしさは格別のようである。


 クレアはジュンを見て言った。

「でも、ジュン様。このお部屋はどこなのでしょう?」

 横にいたハネラが、クレアを見て驚いた顔をする。

「え? 今になって? クレアは聞いていなかったの? ジュン様はテントとおっしゃったわよ。どこって、まだここはダンジョンの中でしょ?」

 意識がなかったケニアは、そこで初めて聞いた言葉に驚いたようだ。

「え? この部屋はテントなんですか?!」


 ジュンは少し困った顔で言った。

「まいったな。緊急事態で使うしかなかったからね。これは一応テントなんだ。人に知られたくはないんだよ。明日には忘れてくれるとありがたいかな」

「こんな物があると知れたら、主は危険っす。人の持ち物を欲しがる悪党は多いっすから」

 ワトの真剣な顔は、世慣れていない学生たちには効果があったようだ。


「ボクは言いません! 命の恩人なんですよ! 決して言いません」

 ケニアが真剣な顔で告げると、ハネラも言った。

「私も口外はしません。ジュン様を裏切ると、大切な友達までも、裏切る事になりますから」


「ヘルネー国とマドニア国にお友達ができました。この行事の一番の目的は、友好を深める事ですから、私たちは達成しましたね」

 クレアはうれしそうにそう言うと、首をかしげた。


「あら? 私ったら、ごめんなさい。お友達になっていただけますか?」

 ケニアとハネラは、顔を見合わせて笑った。

「もちろんだよ。よろしく」

「クレアは私たちを、必死に守ってくれたのよ。大切な恩人で友達よ」


 キッチンに立ったジュンの横にきて、ワトが言った。

「オレ。汚れちまってるっすから、照れ臭くて見てられないっす」

「そうなの?」

(誓いの儀式の方が、よほど恥ずかしいと思うけどねぇ。引っ込み思案のクレアが頑張って作った友達だからね。良かったよ)


「主。ところでクレアさんとのデートは、どうしているっすか?」

「手紙の交換だけだよ?」

「なんすかそれ?」

 ワトが目を丸くして言った。


「だって、外じゃクレアを巻き込んじゃうだろう? 彼女の家にそうは行けないから、仕方がないよ」

「クレアさんは親戚っすから、ギルド島に来ればいいっすよ」

「それをすると、クレアの逃げ道がなくなるからね。今はまだ、家族や友人に囲まれて、幸せな時間を過ごして欲しいんだよ」


(主の嫁っすね。両方共、天然っすよ。団長に丸投げっすね。この二人は)


 その日の夜は、テントをつい立てで仕切り、男女に部屋を分けて就寝した。



 次の日は朝食を済ませ、五人は八階層に挑んだ。

 三人に、攻撃魔法の練習をさせながら、ゆっくりと進み、階層主の部屋の前に到着した。


「階層主は三人に倒してもらうよ? 君たちは救出されたんじゃないよ。ダンジョンから自分たちで帰るんだ。クレア、大冒険の最後のボスだよ。頑張れ!」

「はい!」

 ジュンの言葉に三人はうなずいたが、表情は硬い。

 ワトはそれを見て、少し笑って言った。

「心配しなくていいっすよ。オレたちが、けがなんてさせないっす」


 階層主はクィーン・ビーだった。


「オレは雑魚のビーの湧く場所を知ってるっす。クィーンが倒れるまで出るっすから、抑えるっすよ」

「うん。頼むよ」

 ワトの言葉にジュンはそう言うと、三人を見た。


「声をかけたら、ここから魔法を打つんだよ。練習した通りにすればいいからね」


 ジュンはそう言うと、剣を抜いた。

 クィーン・ビーの攻撃は強力な毒針と、麻ひの魔法である。とはいえ、ここは八階層、序盤の階層主はそれ以外の能力はないようだった。


 ジュンは、死なない程度の雷を頭に落とし、地面に落ちた蜂の羽を切り取った。

「危なく、一撃で殺すところだった……」


 ジュンはそのまま、後ろに下がると叫んだ。

「今だ! 打て!」


 クレアとハネラのウォーター・アローと、ケニアのファイアー・アローは、今日初めて身に付けたとは思えないほど正確に飛び、クィーン・ビーの息の根を止めた。


「やった。ボク、初めて戦った気がします」

「ええ。私もです。ウォーター・ボールとは違いますね」

 ケニアとハネラはうれしそうに言った。


「でも、ジュン様。クィーン・ビーは蜂ですよね? アリに見えた気が……」

 ジュンの横でつぶやくクレアを見て、ワトは堪えきれずに吹き出した。

「お宝が出たっすよ! さぁ見に行くっす!」


 三人が掛けだしてからワトが言った。

「主。過保護っす」

「だって、クレアがけがでもしたら、どうするのさ。羽だけじゃなく、手足も取ろうかと思ったんだからね」

「アリですらなくなって、不気味っす……」


 お宝は宝石とローヤルゼリーだった。ジュンとワトはそれを三人で分けるように言うと地上に上がった。

 

 地上には学校関係者や家族が待っていて、ジュンはたちまち囲まれてしまった。

 ジュンはお礼の言葉に返事をしながら、辺りを見回し、ワトがいつの間にか姿を消した事が分かると、小さな笑みを浮かべた。


 コンバルのモーリス家からは、クレアの父親のアンドリューと、長兄のカミルがきていて、クレアの無事を喜んでいた。


「ご無沙汰しております」

 アンドリューがジュンに笑顔を向けた。

「おぉ、ジュン。クレアを守ってくれてありがとう。一緒に家まで行くだろう?」

「クレアも疲れているでしょう。僕は報告を上げなくてはいけませんので、日を改めてお邪魔しますよ」

 ジュンは済まなそうに告げた。


 カミルがジュンの肩を、気にするなと言うようにたたく。

「そうか、仕事では仕方がない。母が残念がる。きっと来てくれよ」

「はい。よろしくお伝えください」

 ジュンはカミルを見て言った。


 その時、クレアが目を丸くして、ダンジョンの出口を指さした。

「父様。あの冒険者の方々。ワグリーさんたちに雇われた人たちです」

 アンドリューはそばにいる警備兵に、彼らをギルドに連れて行くように頼んだ。


「ナグーラたち三人は昨日の夕方。何食わぬ顔をして、学校に戻ってきたんだよ。クレアたちが勝手に冒険者に付いて行って、止められなかったと教師に報告したそうだ」

「ひどい……」

 アンドリューの言葉に、クレアは悲しそうに言った。


「騎士コースの生徒とは思えないよな」

 コンバルの騎士団に属している、カミルが眉にしわを寄せた。


 同感だとばかりに、アンドリューがうなずいて言った。

「そこへ。ギルド本部から連絡が入って露見したって訳だ。証拠映像を見せられて、素直に認めたようだ。各国のギルドが、全員の親を呼んで映像を見せたが、カブラタの騎士コースの親は、クレアたちの作り話だと、言ったようだ。本人たちが認めていると説明されても、納得しなかったようだから、学校がどう対処するかだな」


 アンドリューの言葉にカミルは言う。

「どう対処したって、やつらは騎士にはなれないけどな。罪を犯した者は騎士にはなれないんだ。罪を償ってもな。第一、騎士コースで学びながら、騎士の誇りすらないのは論外だ」


 この世界は未成年を理由に処罰を軽くする事はない。被害は年齢と比例する訳ではない。ただし、十五歳までは親のみが、教育の責任を取って、身代わりになる事が許されている。更生の余地という逃げ道はない。被害者に逃げ道はなかったのだから、当然の事ではある。


 今回の場合は高等学校の二年目。

 彼らは全員十六歳以上なので、処罰は免れないようである。


 ジュンは拠点に戻った。

「お帰りなさいませ、ジュン様。お疲れさまでした」

 いつものように、コラードが立っていた。

「ただ今、戻りました。ワトは戻ってきた?」

「はい。居間におります」


 ジュンはワトに声を掛けようと、居間に向かった。

 珍しく全員が顔をそろえている居間。

 皆の視線が一斉にジュンにそそがれた。


「ん? どうかしたの?」

 ミゲルが楽しそうに言った。

「長い散歩じゃったのぉ。どんな娘なのじゃろうのぉ」

 ジュンはうれしそうな顔で言った。


「世界で一番かわいいですよ。まるで綿菓子のように笑うんです。控えめで、はにかむ姿がそよ風に揺れる、小枝のベリーのように愛らしいですね。恥じらうとうどんのような白い肌が真っ赤になって、それは……そう、ゆでたてのむきえびのようなんです。涙をためた瞳なんかは、朝露にぬれたブドウのようで、目を離す事ができません。話をすると、かわいい口元に炊きたての米のような、真っ白な歯が見えるんですよ。手を握ると、ゆでたとうもろこしのように、しっとりとしていてですねぇ。肩を抱くと、第一発酵が終わったパン生地のようにやわらかくて、外を歩かせるのは心配になってしまいますね。まだ木から離してはいけない、若いハージンのような爽やかな甘い香りがして、大事に見守っていたい気持ちになります。そばにいると木陰でお茶をしているような、穏やかな気持ちになるんですよ」


「……う、うまそうな娘じゃのぉ」

 なんとかミゲルは感想をのべた。


「ルーク。ジュン様にお食事を」

 コラードは、いつものように言ったが、楽しそうな表情は隠れてはいない。


 居間にいる誰もが、真面目な顔でジュンを見てからうなずいた。


(((二度と主に女を語らせてはならない……)))







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