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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第八十話  迎えにきたよ

 ジュンは自室の窓辺で海を眺めていた。

 穏やかな表情なのは、その手の中にあるクレアからの手紙のせいである。

 高等学校の二年生に進級したクレアは、ひと月間、カブラタ国に交換留学生として行っている。

 

 留学最後の恒例行事はカブラタ・ダンジョンへの挑戦のようだ。

 カブラタ国の学生とパーティーを組み、五階層までの階層主から出る解毒薬を入手して戻る、クエスト体験のようである。

 日帰り体験のようだが、実技の授業で、一階層の経験しかないクレアにとっては、大冒険のようで、緊張と期待の入り混じった、かつてないテンションの手紙にジュンは小さく笑った。


「大冒険かぁ。すごいね、クレア。帰って来たら冒険談でも聞きに行こうかな」


 ジュンは左目にある、クレアの光の場所を確かめて、特務隊の会議に向かった。

 学校の行事に、危険がないのは分かってはいるが、なぜか気が付くと左目のクレアの光を見ている。

 ジュンは他の事を考えるようにしていたようだが、夕方になると、そろそろ限界に達したようで、拠点に戻りワトを見つけて話しかけた。


「ワト。カブラタ・ダンジョンの五階までって、強い魔物が出たりする?」

「あそこは五階までは、誰でも行けるっすよ。虫系の魔物ばかりで、強くてもキャタピラーぐらいっす。毒があるのも出ないっす。その分ボスのお宝もないっすよ。解毒剤がせいぜいっすね」


「ありがとう。知り合いの学生が解毒剤を取りに行ったから、気になってね」


 ワトの言葉にジュンは少し安どした。


「学生なら六人パーティー以上っすから、半日あれば取ってこられるっすよ」

「二の鐘から向かって、もうじき五の鐘……」

「奥に行ったすかね? あそこは七階からが、ダンジョンだと言われているっす。立て札がうるさいほど入り口にあるっすよ。入り口の警備兵にも注意されるっすから、大丈夫だと思うっすけど」


 ジュンは急に不安そうに、辺りを見回す。

「僕、少し散歩に行ってくるよ」

「どれだけ下手な演技っすか……。お供するっすよ。あそこで育ったっすから」

「無事なら良いんだけど。ごめんね、ワト」

「いいっすよ。だいたい、どうやって行く気だったすか?」

「あ。場所を知らない……」


 拠点の転移陣からワトと転移した場所は、古くて暗い場所だった。

「ダンジョン町にはカイ様の陣があるっすよ。ショウ様が、闇蜘蛛団だけに使用を許した陣で、王城やギルドとはつながっていないっす」

「セリーナの地下牢もそうなんだね?」

「そうっす。ここは宿屋の地下っす。陣のある部屋は、建て替えができないっすからね。ここの主は蜘蛛っすから、客がいたらあいさつはなしっすよ」

「うん。分かった」

 ジュンとワトはダンジョンに行く支度をすると、部屋を出た。


 一階の酒場はにぎやかで、ワトとジュンはただゆっくりと歩いて外に出た。

 夕暮れ時の魔導具の明かりが作る影は、歩く人の数を増やし、狭く見えるダンジョン町をさらに狭く見せていた。


 ダンジョンの入り口で大銀貨二枚を払って中に入った。

「ワト、探しているのは遠縁の子なんだ。居場所が分かる物を渡してあるんだよ」

「相変わらずっすね。でもそれは助かるっす」

「うん。この階にはいない」


 浅い階層は昼を過ぎると、人が少なくなるようで、階層主の部屋の前に人はいなかった。

 聞いていた通り、階層主は人ほど大きくはあるが、ジュンの一撃でクリアできる魔物だった。五階層の主から解毒剤が出て、ジュンは苦く笑った。

 六階層をクリアして、七階層に入ったがクレアの光はまだ下にあった。


「マミー? アンデットじゃないんだね」

「光魔法は無効っす。物理か火魔法っすね。それよりフォーミックっすよ。頭の青いのがフォーミック・アシッドで酸を口から出すっす。アリは数が多いので、見失うと痛いっす」

 ジュンとワトは砂漠の中を階層主の部屋を目指して走り抜けた。


 階層主はデビルアント。ワトが部位ごとに切り刻むと水晶の短剣と宝石袋を残して消えた。

「ドロップは珍しいっす。この短剣は売れるっす」

 ジュンは、短剣を渡そうとするワトに言った。

「出るお宝は全部、ワトが取ってよ。付き合わせて、ごめん」

「まだ言ってるっすかぁ? まぁ。外に出てからでも良いっすね」


 二人は八階に入った。

「いた! 中央の右壁だ」

「沼の前っすね。浅い沼っすけど。歓迎されたっす! キラービーっす!」

 ジュンは蜂を焼き落とすと、目的の場所に向かった。


「クレア!」

 何かを守るようにマントを広げているが、その桜色の髪にジュンは声を掛けた。

 ゆっくり振り向いたクレアの目には、みるみる涙がたまる。

「ジュ……ジュン様!」

 飛び込んできたクレアを、抱きしめてジュンは言った。

「頑張ったね。迎えにきたよ」


「これはひどいっす。主、これは治療師でも無理っすよ。何とか命だけでも」

 ワトのいる場所には、クレアが守っていた学生が二人。

 一人は獣人族の男子学生で、意識はなく、足が溶けて骨が見えていた。

 もう一人はエルフの女子学生で、意識はあるが、顔が腫れ上がり、片目は塞がっていた。

「ここでテントを出すよ。このままにはできない」


 ジュンはテントを出した。

 女子学生はクレアに任せ。ワトと慎重に男子学生を運んだ。


 ジュンはジェンナに、テントから映像を送った。

 すぐに連絡が入ったので、モニターをクレアにも見せる事にした。

「おばあさま」

「クレア。大丈夫かい?」

「はい。ただ、お友達が……」


 ジュンはジェンナに尋ねた。

「ジェンナ様。彼の治療をしても良いでしょうか?」

「親御さんにも映像は見せよう。命が持っても足は切断になるだろう。治せるのなら頼むよ」


 ジュンはエルフの女子学生に言った。

「まずは、君の顔を治してあげたいんだ。痛いだろう? 触ってもいいかな?」

「お願いします」

 彼女はゆがんだ口からゆっくりと、言葉を告げた。

 顔からキラービーの針を抜いて、治療魔法を掛けると針の穴から、押し出されるように大量の水分が流れでて、やがて、奇麗な顔になっていく。

 腫れて隠れていた目が現れると、大きな青い瞳は揺れた。


「はい。治ったよ? まだ痛い?」

「いいえ。うれしくって……。ありがとうございます。もぉ駄目だと思っていたんです。でもクレアが蜂から二人を守ってくれたんです。私は歩ける状態じゃなかったから逃げてって言ったのに。大丈夫。きっと迎えにきてくれるからって。何度も何度も言うから……」


「そうか。頑張って良かっただろう?」

「はい。ケニアを頼みます。ケニアはケガをするまで、私たちを守ってくれていたんです」

「頑張ってみるよ」


 ジュンは見た事がないほどのケガに驚いたが、ワトの助けを借りてズボンを切り裂き、異臭のする患部を洗い流した。

 ジュンは左目で治療師の文献を探し、最上位治療魔法で治療を始めた。

 失ったのは足の一部分で、その周りの組織や神経が生きていたので、再生は時間が掛かるができるようであった。


 その間にジェンナが、クレアと女生徒から聞き取りを始めたようだ。

「パーティーは、どうやって決めたんだい?」

「留学生は知り合いが少ないので、学校側が四人を決めました。サポートとして、カブラタ学校の騎士コースの方が、付いてくれる事になっていました」


 学校側が決めたのは、治療師コースのクレア、エルフのハネラは教員コース、獣人族のケニアは商人コース、魔人族のクグリーは魔法騎士コースの四人だった。

 サポートを探す時にクグリーが、騎士コースの二人を連れてきたのだと言う。


「クグリーさんは魔人族の貴族で、騎士コースのお二人とは、昔からのお知り合いのようでした」

 クレアの言葉にハネラが続けた。

「三人は私たちが貴族ではない事が、気に入らないみたいで、話し掛けても返事もしなかったんです。馬鹿にしたように笑ったりして、すごく感じが悪い人たちだったんです。でも行事が終わるまでは、と思っていたんですが……。やはり、来る前に断ればよかった」


 彼らは四階で解毒剤を無事に入手できたようだが、騎士コースの三人がせっかくなので、五階をクリアしようと言い出したと言う。

 全員で地上に戻らなくてはいけない事もあり、クレアたちは五階まで付き合ったようだ。


 クレアはジェンナを見て言った。

「私たちは知らなかったのです。この行事の記録の事を。彼らの狙いは十二階層クリアの記録を破る十三階層クリアだったんです。記録を持っている方は騎士として、成功されているようで……」


 言いにくそうな、クレアに変わって、ハネラが続けた。

「自分たちの将来を平民ごときが、邪魔する気かと怒鳴られて、解毒剤を捨てると脅されました。でも、七階で私たちの実力では無理だとわかり、三人は解毒剤を諦めて地上に上がると伝えました」


 彼らの七階で出会った階層主は、フォーミックアシッドの亜種だったようで、お宝は宝石と酸がでたようである。

 三人の騎士コースの学生は、嫌がるクレアとハネラを八階層の入り口に引きずり込んだようで、ケニアは二人を助けようともみ合い、入ってしまったようだ。


 暗い顔でクレアは言う。

「そのとき、四人の冒険者の方が通り掛かったんです。声を掛けてくださったのですが、リーダーのナグーラさんと何かを話し合った後、先に向かわれました。その話がなんだったのかは、すぐに知る事になりました」


 リーダーは冒険者たちのパーティーに、参加させて欲しいと頼んだようだが、人数が多いので、断られたようである。確かに、得体の知れない学生を、六人も面倒を見る冒険者は少ないだろう。


 ハネラは悔しかったのだろう、語気を強めた。

「彼らはお金で交渉をしたようで、三人分しか持ち合わせがないと言い出したんです。それで、ケニアが、それなら八階層を出てから、解散しようと言いました。もちろん、引き返せない私たちにはそれしかありませんでした」


 クレアは訴えるようにジェンナに言った。

「ナグーラさんが、ヤグーニさんに酸を渡したのです。学校に救援を頼むからここで待てと言って。ヤグーニさんがいきなりケニアさんに酸を……。逃げたのですが、足に……掛かってしまって……」


 とうとう鼻声になってしまったクレアの肩に、手を置いてハネラが言った。

「私たちが先に出ると、彼らは困るのです。だからといって、ケニアにした事は許せませんでした。抗議をしている時に蜂がきて、私が刺されたのです。その間に彼らは逃げてしまいました。クレアが蜂から二人を守ってくれました」


 クレアとハネラは何とか意識のあるケニアに手を貸し、小さな隙間に隠れた後は、クレアが盾になっていたのだと言う。

 そこで考え込んでいたジェンナが言った。


「待て、クレア。私の孫にそのような力があるとは、聞いていないがねぇ?」


「ジュン様が、ピアスに虫よけを……。これには、物理防御を……。これには魔法防御を……。これには迷子になっても見つけてくださる魔法を。これには」

「あぁ、もう良い! ジュンはいったい何のつもりだ」


 ジュンがクレアの横にきて座り、彼女の肩を抱いてジェンナに笑顔を見せた。

「え? 恋人のつもりですが?」

「ジュン様」

 祖母であるジェンナに対し、ジュンが放った言葉に、クレアは驚いたようにジュンを見てから、真っ赤になってうつむいてしまった。


「ケニアは治しましたよ。今日はゆっくり、三人を休ませます。明日地上に戻りますので、後をお任せしてもよいですか、総長?」

「そこで、総長をだすでない。まぁ仕方がないねぇ」


 ジュンはベッドの方に、スライムを向けて言った。

「ケニア。ご両親が心配なさるといけないから、手を振って」


 ケニアが笑顔で大きく手を振って見せた。







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