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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第七十九話 嗜好品


 アルトロア国、ロターリオ第二王子は家宝庫を出た後、直ちに王子位が廃され、投獄された。

 深夜の地下牢に、近衛騎士団長を連れた王が、訪れた。

「父上……」

 王は涙を拭おうともせずに、剣を差し出した。

「ロターリオ、私の愛する息子。良き旅を……。今度は迷うでないぞ?」

 ロターリオは大きくうなずいて、剣を受け取ると笑みを作って見せた。



『王の天秤』は盗賊団『夢幻』であった。

 ゴーツが首謀者であった事から、そう公表された。

 盗賊団の刑は決まっている。


 アカトヴァ・オーシブはすでに独立しており、オーシブ家の責任は問われなかったが、本人名義の小さな土地と古い家屋は没収された。

 バシーリオ・カゼラートも独立してはいたが、アルトロア国王の家臣であった父親が職を辞して、王都を離れ領地に戻った。

 どちらの家も、息子が盗賊に身を落としたのである。貴族間の信頼を取り戻す事は不可能に近い。くわえて、黒い薬の被害者は自業自得とはいえ、貴族たちだったのだから。


 セナーツことゴーツは、世界中の国や貴族が懸賞金を出している、トップクラスの懸賞首。

 彼は処刑の時まで、ロープを解かれる事を拒み。ジュジュ嬢に賞金が渡る事に満足の笑みを浮かべていたと言う。

 

 逮捕者の中に、ロターリオ・コーベルの名前はない。廃王子の行方を詮索する者はいないが、町外れの墓地に新しい墓ができた。その墓石に名前はなく、ランプの図柄が彫られていた。


 アルトロア国王のひ孫の結婚式は、花嫁が重篤な病を患い、取りやめになった事が発表された。感染の恐れがあるために、自領で療養中となってはいるが、家族の怒りで、塔に監禁されているようである。体裁を保つために、財産のほとんどを使わねばならなかったその貴族もまた、息を潜めるような生活のその先は見えない。



 事件からひと月後。

「ねぇ、コラード。この前の懸賞金が出たからね。メンバーに分けてくれる?」

 ジュンの言葉にコラードが言った。

「彼らには、十分な手当を渡しておりますが」


「え? だって配下の人たちも、頑張ってくれたじゃない」

「いつもの情報活動でございました。危険な任務でもございませんでした。報酬はすでに渡してございます」


 コラードの言葉に、珍しくジュンが納得をしない。


「じゃあ。ボーナス。あぁ、特別手当にしようよ。ね? また何かがあったら頑張ろうって気持ちになるでしょ?」

 無言のコラードにジュンは続ける。

「今回は菓子折りより、お金を包む方がいいよ。感謝の印ってやつでさぁ。僕は感謝の気持ちを伝えたいから、駄目なら栗羊羹を作るけど……」


 その言葉で一瞬、コラードが固まった。

「承知いたしました。ただ、金額はお任せいただけますか?」

「うん。こんな時くらい、良い思いをしてもらいたいよ」


(コラードは栗羊羹が嫌いだったのかなぁ? 別な物を考えようかなぁ)


「私は、栗羊羹が嫌いではございません」

 笑顔のコラードが発した言葉に、ジュンはつぶやいた。

「コラードは高魔力じゃなくても、竜王と会話ができると思うんだ……」




 ジュンは二階の自室に向かう前に、居間に立ち寄った。

 調理場のカウンターでは、パーカーが何やらルークと話をしていた。

「カブラタほどここは熱くないですから、食寝亭のホットシチューは、きついかと思うんですよ」

 ルークの言葉にパーカーがカウンターの上に目をやる。

「良く考えられているよなぁ、いつも思うけどな。暑い地域は水分を多くとるので、内臓を守り、食欲を増進させる工夫がされている。常用薬みたいな料理だ」


「少し目先を変えたいのですが、このからみがねぇ」

 ジュンはその材料を見て驚いた。

(義姉さんが、スパイスでカレーを作る時の倍はあるよ。あれ?)

「これは全部使うわけではないの?」


 のぞき込むジュンに、ルークは小さく笑う。

「はい。材料により使い分けます」

「僕が作ってみてもいい?」

 ルークの言葉に楽しそうにジュンは言った。

「ほう、ルーク。主に作ってもらったらどうだ? ヒントが見つかるかもしれん」

 パーカーの笑顔に、ルークはうなずいた。


「今日はオークの肉ですから、こんな感じですね」

「ターメリックも入れて欲しいな」

「ターメリックは、食べてはいけない持病の方もいるので、宿では使えないのですが、ここなら大丈夫ですね」


 ジュンは小麦粉を、それに負けないくらいの量のバターで、いため始めた。

 ルークのホットシチューと合わせて、トマトソースを入れ、リンゴを鍋の上ですり下ろした。時の魔法を二時間程かけてから、味見をする。

「うん。これだね」

 ジュンはルークとパーカーにも小皿を差し出した。


「おいしいですね」

 ルークが小皿を見つめて言うと、パーカーも真剣な顔でうなずく。

「舌にダイレクトに来ないから、人を選ばないな。うまい」


 ジュンは飯の上に、それを掛けて二人に手渡す。

「パンでも合うけど、米で食べてみて?」

 料理の付け合わせである米が好きなのは、拠点でもジュンくらいなので、二人は不思議そうな顔で、料理を口に運んだ。


「あっ。これはおいしい。いくらでも食べられそうです」

 ルークの言葉に、パーカーは笑顔で言った。

「ホットシチューでは、なくなったけどな。俺はパンより米で食べるだろうな」


(カレーを作ったよ。日本で食べていた物よりおいしい。ルークのスープがおいしいからだけどね)


「主、このシチューの名前を、教えてください」

「亡くなった祖父が米をライスって言っていたんだよ。カレーライスって言うんだ。季節の野菜を素揚げして上に載せると、楽しいんだよ」


 このカレーは、メンバーの評判も良く『からいライス』とルークに紹介された。


(言葉が乱暴な訳じゃないのに……。まぁいいか。彼らも喜んでくれるかなぁ?)




 ジュンはヘルネー城の離宮で、大きな窓から月を見ていた。

 白いかすみを、まとっているかのような春の月を、寂しそうに目に映していないのは、訪れるにぎやかな時を、待っているからなのだろう。


 ヘルネー城の祝い事で、王子たちが集合すると、先日レオから手紙が届いたのである。


「おぅ。待たせたか? 久しぶりだな」

 そう言うレオの後ろから、ダンが入ってきた。

「ジュン。会いたかった」

 キョロキョロ見回しながら、リックが言った。

「ここが、子供と暮らした愛の巣かい?」


 ジュンは満面の笑みを浮かべた。

「皆さん、お久しぶりです」


 リックがいたずらっ子のような顔で、お茶の支度をするジュンをのぞき込む。

「見たよ、ジュン。あぁジュジュ嬢? あれは反則だよ。笑顔の父上に、嫁にもらえと言われたよ」

「え?」


 驚くジュンに、レオも笑って言った。

「俺もびっくりしたぜ。成金貴族に化けた事があったが、数倍ジュジュ嬢は良い。母上がまた娘ができたと喜んでいたから、じきにドレスがとどくぜぇ」

「いやいや待って、あれ? どうして知っているの?」


 ダンはジュンの入れたお茶を、一口飲んで告げた。

「あれ程の高額賞金を受け取るのだ。受取人の名が、必要となるのは当然だよ。だが、ジュンの名は出せない。それで、ギルド総長がジュジュ嬢を王たちに見せたんだ。理解しろと言わんばかりだったそうだよ」



「ジェンナ様……。そんなんで納得してもらえる訳が、ないでしょう?!」


「いや、ジュン。全員が納得したよ。ジュジュ嬢は王たちの好みらしい」

「……うれしくないよ」

 ダンが静かに告げた言葉に、ジュンは脱力した。


 リックの興味は尽きないようで、ジュンを見つめる。

「幻夢のボスを骨抜きにしたって、すごいよね。どうやっておとしたのさ」

 ジュンは少し困った顔で、一冊の本を渡して言った。

「僕は平民でしょ? パーティーに生まれて初めて出たんだよ。立ち振る舞いや礼儀が分からないから、とりあえず本を借りて、その主人公の真似をしたんだ」


 ダンはジュンを優しく見て言った。

「何かあったら私のところに来るといい。いつでも教えてあげよう。私は生まれつきの王族ではないから、困る場所が分かるよ」


 リックは本に軽く目を通してから、ジュンを見た。

「ジュン。相談相手は、過激な趣味の女性だったんだね? ボスが変態でよかったけど、アドバイスは複数から受けた方が良いよ?」

「うん。気を付けるよ」



 金の髪と瞳で、緑茶と栗羊羹を食べているレオの姿を、ジュンは楽しそうに見つめていた。

 それに気付いたレオが、思い出したように言った。


「ジュン。この離宮は父上個人の物でなぁ。ジュン用に使えと俺がもらったんだ。ジュンはここに転移できるだろう? 危険な仕事も多くなるから、逃げ場は多い方がいい。俺もジュンに会える」

「レオばかりずるいな」

 口をとがらせて言う弟分のリックに、レオは笑う。

「皆でこうして集まればいいだろ。ジュン。あれを作ってくれよ」


 ジュンはそれを聞いて、心配そうに言う。

「作るのは良いけど、まずいでしょ? 全員、王子なんだよ?」


 レオは平然と告げる。

「ここの離れから出なければ問題はないだろう? 転移陣で来るジュンの客だから、もてなす必要もないメンバーだと父上には言っておく。それで誰かも分かる」


 ダンは口元に笑みを浮かべてうなずく。

「陣で直接来られるなら、護衛もいらない。数時間で友好を深められるなら、王も喜ぶであろうな。私がジュンに会えぬ事を気にしておいでだったから」


 リックはうれしそうに笑う。

「やった! 月に一度くらいは、気楽に話せる友と会いたいよね」


 ジュンは三人の王子に、いつも身に付けている物を、出すように言った。

「これは?」

 三人が出した物は、同じ指輪だった。


 ダンが笑いながら言った。

「私たちのたった一つの財産だよ。私たちの指にある王家の指輪は、謀反でも起こったら一番に取られてしまう。でも、この指輪は高等学校の王族コースを終了した証なんだよ。番号が登録されているから、盗賊も取らないと言われているんだ」


「なるほど、それはいいですね」

 ジュンは、その指輪にそれぞれの部屋と離宮をつなぐ陣を付加した。


「ジュン。これはまずいよ! カイ様の陣じゃないか! 知られたら危険だよ」

 リックの慌てるようすに、ジュンは笑った。

「大丈夫。完成したよ。陣なんか見えないようにすれば、良いだけだからね」


「大事な事を忘れていたよ……。この世の者と思ってはいけないんだった」

 リックの言葉に声を出して笑ったのは、ジュンだけだった。



「ジュンの顔を見ると腹が減るのは、なぜなんだろう?」

 そう言ったレオにダンは小さくうなずく。

「確かに、珍しい物が食べられるからな」

 リックは楽しそうに笑う。

「ジュンの料理はおいしいからね」


 ジュンは離宮の小さなキッチンに、鍋や釜を出してカレーを盛り付け、拠点で素揚げしてきた、野菜を載せた。

「少しからいけど、食べる?」


 三人は、ジュンの出す物を疑わずに食べ始める。ジュンの料理は食べてから質問をした方が良いと、三人は経験から学んでいたのである。


「おう。これ食寝亭の味に似てるけど、こっちの方が食べやすい。米料理はジュンの作る物が一番うまいな」

 レオの言葉にダンが言った。

「そうだね。あぁ、本当にこれはおいしい」


 リックは満足そうに言った。

「からい料理は後口が苦いか、甘いかのどちらかだと思っていたよ。この料理は料理長に教えてやりたい」

 ダンは困った顔でリックを見る。

「無理だよ、リック。これだけスパイスを使っていたら、毒味役が許可しない」


「だよねぇ。食べたい時は、ジュンに頼むしかないね」

 リックの視線を受けてジュンは言った。

「いつでも、作りますよ」


(カレーは誰が何と言おうと()(こう)(ひん)だよね。異議は認めないね)











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