第七十八話 王の天秤が傾く先
ジュンはアルトロア城の家宝庫に、転移していた。
ジュンはジェンナに事件解決のために、ギルド総長として異例の事ではあるが、王と二人きりで家宝庫に入ってもらえないかと、頼んだのである。
アブラーモ王の快諾を得て、ジェンナは内密にジュンを呼ぶ事ができたのだ。
「ジュン。息災にしておったか? 手を煩わせるな。頼むぞ」
「はい。申し訳ございません。王城の誰にも見られたくはなかったので、ご無理を申しました」
王はジュンがテンダル国で会った時と、変わらない笑顔を向けた。
「かまわぬ。これが、モーリス家初代に嫁いだ、ルル殿のクラウンだ。美しいであろう」
ジュンは生まれて初めて、本物のクラウンを目にする。
「はい。繊細な細工が施されているのですね。このクラウンを守るため、家宝庫にしかけを付けておきたいのですが」
「かまわぬ。自分の血縁者が守ってくれるのだ、ルル殿も心強かろう」
ジュンは金庫のような家宝庫で、どの方向からもクラウンが見えるように、スライムを貼り付けた。
「ここに僕が来た事。僕がした事を事件が終わるまで、誰にも話さずにいてもらえますか? お子様たちにも、王妃様にもです」
王は即座に答えた。
「あいわかった。約束をしよう」
「アブラーモ。すまないねぇ。一国の王に口止めをするとは、ジュンは全く」
「あ、ご無礼をいたしました」
ジェンナの言葉で、ジュンは慌てたようすで告げた。
「気にするでない。映像を見て知っておる。ジュンの仕事ぶりは胸がすく思いであった。こうして、コーベル家の家宝を夢中で守ってくれようとする姿を、うれしく思う。われらは赤の他人ではない」
(赤の他人ですけどね、今はその関係に感謝していますよ)
ジュンはその場から転移をして、拠点に戻った。
「ただ今戻りました」
「お帰りなさいませ」
出迎えたコラードにジュンは聞いた。
「どう?」
「はい。皆が張り切って動いております。今は、自分の配下に指示を出しているところでございますね」
執務室ではミゲルとエミリーがモニターを見つめていた。
「エミリー。モニターでもオーラが見える?」
「はい。直接見るほど細かくはないのですが、他の色の影響を受けない分、楽に見る事ができます」
「ルークはいるの?」
「食寝亭にはワトが行ってくれるようなので、調理場で帰宅した順番に食事ができるように、頑張っています」
「そう。助かるな」
ジュンはそのままミゲルのそばに行った。
「ミゲル様。お聞きしたい事があります」
「コラードから聞いたが、薬で間違いはないじゃろうのぉ。ただ、その薬は口から飲む物ではない。煙のような物を想像すると良いのぉ。製造を禁止されておる薬じゃ。それを作った者はこの世にはおらん。出回る事はないはずなのじゃよ」
「どういう事ですか?」
「儂の師匠が作った物じゃ。森や山で薬草を採取する時、魔物を眠らせる目的で作った物なのじゃよ。師匠は謀反を企てている貴族に妻子を誘拐され、薬との取引きを要求されてのぉ。妻子を失ったのじゃ。後世のために残してはいけない研究であったと、発表をして製造禁止の薬物に登録されたのじゃ」
「ではなぜ?」
「研究を手伝っていた者は儂を入れて四人。もう皆死んでおるのだがのぉ。誰かが持っていたのかもしれんのぉ」
「三人の名前を教えていただけますか」
ジュンは名前を書くと、それをコラードに手渡した。
「薬師ではない可能性がでてきた。三人のうち二人には家名がある。皆の役にたちそうだよ」
コラードはそのメモを受け取ると、皆に連絡を入れてから、ジュンを見る。
「最初の一人を見つけると、後は楽になるかと存じます。王家の方々は皆様、コンバルで学ばれますので、ワトのチームが第二王子、ロターリオ様の学生時代を調べております。ミゲル様が研究していた国でもありますので、他のメンバーも応援に向かいました」
一週間後。全員が顔をそろえた。
人間族のリーダーである、ワトが最初に口を開いた。
「ロターリオ殿下は黒っすね。魔人族の貴族カゼラート家の三男バシーリオと幼なじみで、いつも行動を一緒にしていたっす。それから、もう一人ミゲル様の情報があったので、見逃さずにすんだっす。人族のアカトヴァ・オーシブと三人が仲間っす」
ワトの言葉にミゲルはつぶやいた。
「オーシブ家の家督を継いだが、誰よりも薬学が好きな男じゃった」
「アカトヴァは小さな領地を持つ領主の四男っす、卒業時に祖父から薬師だった、祖父の弟の小さな家を譲り受けて、独立させられたっす。祖父の弟はミゲル様のご友人の財産を継いだ孫だったっす。アカトヴァは薬学に興味はないっす。薬を売りさばこうと薬師を探して、断られているっす。証言の映像は送ったとおりっすね」
「眠り香は作る事はもちろんじゃが、売買も罰せられるからのぉ。薬師であれば欲しかったろうのぉ。よく我慢をしたのぉ。若い頃の儂なら、きっと買って分析したのぉ」
「ミゲル様、元ギルド総長でしたよね……」
首を振りながら言うミゲルを見て、ジュンはあきれて苦笑いをした。
セレーナが言葉を発した。
「ロターリオ殿下はおとなしい方のようよ。でも、三人はかなり派手に遊んでいるわよ。未成年者に聞かせるのはどうかと思ったんだけど、証言は送った通り。ただ、王家には気の毒だけど、来月挙式の花嫁カブリエラ様はバシーリオの恋人だったわよ。彼女は美しい遊び人。大人のパーティーの常連なのよ」
ジュンは小首をかしげた。
「大人のパーティー?」
そこでマシューが口を挟んだ。
「それは自分から説明しますぜぇ。男女が仮面を付けてパーティーに参加して、気の合う男女が一夜を過ごすっていう。あぁ、団長。にらむなよ。これ以上気を遣って話したら、舌が三つ編みになっちまうぜ」
なぜかコラードににらまれたマシューに、ジュンは助け船をだす。
「ごめんね、マシュー。僕は多分ちゃんと分かっているから」
全員が疑わしい視線をジュンに送ったのは、言うまでもないことである。
「自分の情報では、王がひいきにしている吟遊詩人のセナーツが、王子と行動をともにしている事が多いですぜぇ。セナーツの付き人は腕の立つスリ、公演中にしか動かないので、他のスリには黙認されていたようですぜ。セナーツの過去を調べるのに、えらく時間がとられちまったが、自称三十歳だが実は四十二歳。本名はゴーツ」
マシューの一言に全員が注目した。
「ゴーツだって?! あの『夢幻』のゴーツっすか!」
ワトの言葉にマシューがうなずく。
「そうだ。美人と美男の集団で、夢のような時間を過ごして、気が付いたら丸裸にされていると言う、伝説の盗賊団のリーダーだぜ。とっくに解散していたようだ。スリの付き人は息子だったぜ。王に与えられた家と、カブラタの自宅でパーティーを開き、そこで情報を得ているようだ」
パーカーが苦い顔で言った。
「そのパーティーだが。黒い薬を使っているな。貴族は名誉のために公にしていないが、中毒者がかなり出ている。食寝亭の主の調べでは、貴族の馬車が定期的に止まって立ち去る所をみると売買もしているようだ、薬師の情報と食寝亭のにらんだ貴族が一致する。『王の天秤』が配る金は盗みの一割ほどだ。薬と合わせると稼ぎはかなりのものだろう」
トレバーはモニターを見ながら言った。
「こっちはクラウンだ。クラウンを部屋に飾りたいと注文を受けた細工師がいる。これが、そのクラウンの絵。多額の口止め料を払ったのは早計。派手に飲み歩いていたそいつに、ワシの仲間が目をつけて監視していた矢先」
トレバーはジュンを見て、モニターを指さす。
「ルル様のクラウンによく似ているよ。細工の植物が少し違うね。これの引き渡しはいつ?」
ジュンの質問にトレバーは答える。
「五日後」
「六日後は、アルトロアで例のパーティーが開かれるぜぇ」
マシューがメモを見ながら言った。
「なるほど。そこで手渡せば、最悪、偽物が見つかって調べられても、手元にはないからね。そうだなぁ……」
ジュンは少し考えて再び口を開く。
「そのパーティーは招待状がいるの?」
「そんな怪しいパーティーですぜ。招待状なしでは絶対に入れませんぜ」
マシューの答えに、すかさずジュンは言った。
「マシュー、それを手に入れて欲しい。数は多い方がいいよ。僕は、特務隊に行って来る。コラード、後はお願い」
それから、五日後。アルトロア城の家宝庫に、一人の人物がルルのクラウンの箱に手を掛けた。
「ジェラルディーノ王妃。いえ、ロターリオ王子殿下。そのクラウンはバシーリオ様にでも差し上げるおつもりでしょうか?」
母親の髪と同じ、金のカツラを被ると、美しい彼と王妃を見分ける事は難しい。
「君は誰だい? どうして私だと分かったのかな?」
向けられた魔導具の明かりに、浮かんだジュンは悲しげに言った。
「ここの鍵を手に入れられるのは、ロターリオ様しかおりませんからね。『王の天秤』あのカードの絵は間違っていますよ」
カードに描かれている挿絵は、王冠と真っすぐな天秤。
「なぜだい?」
「王の天秤は正しい方に、かたむかなければなりません。あなたたちの方へは、決してかたむきません」
ジュンの言葉に、王子は表情を変えない。
「私は正しくないと?」
「あなたは哀れな悪人です」
「……哀れと……私を哀れと申すのか」
「外であなたの父上が愛する息子を、どんなお気持ちでお待ちか。道に迷った時に、迷子に道を聞いたあなたは、愚かです。王に道を尋ねるか、父親に道を尋ねるのか。せめて最後はちゃんと、その目を見つめて、お尋ねくださいますように」
王子はジュンを見て、穏やかな笑みを浮かべると、倉庫を出て行った。
ジュンはスライムを全て片付けて、家宝庫を後にした。
赤と紫の瞳を持つ少女の、白銀の髪は長い。頭にあるのは大きな黒いリボン、その中央には赤い石。
膝丈の黒いドレスはふわりと広がり、赤いリボンが散っている。
「どうしてこうなった……」
「お似合いでございますよ、ジュン様」
そう言ったのは驚くほどの美女だった。
ジュンに負けないほどの白い肌、真っ赤な口紅。黒い瞳と緩くアップされている髪は黒く、後れ毛のウエーブは肌の白さを際立たせる。
黒のロングドレスを美しく着こなす事は難しい。プロポーションと顔、どれを見ても完璧である。胸はもちろんまがい物ではあるのだが。
「だから、どうしてコラード? うちには女の子がいるじゃない。ってか、マシュー怖いよぉ」
「ジュジュ様。マリーとお呼びくださいよぉ」
「いやだよ。ジュジュ様って誰?!」
「任務ですぜぇ。わがままはメッ! ですぜぇ」
マシューが手に入れた招待状は、少し変わり者の美しい姉妹に初めて届いた物だった。その姉妹を守るために親が付けた侍女は、剣の腕が立つ女性に興味のない男だったのだ。その男はマシューの部下でもあった。
「主。ウチはパーカーを従者にして行くわよ。大丈夫。主は守るよ」
「黒い薬をどう使うか、分からないからな。主、気を付けてくれ」
セレーナとパーカーは豪商のお嬢様と従者である。
ワトが皆を見て言った。
「オレとトレバーは、モニターの前で待機しているっす。特務隊が突入して、外では騎士団が待機っす。合図は任せて欲しいっすよ」
ジュンとコラードとマシューは、指定された目元のみを隠す仮面をつけ、貴族から家紋入りの馬車を借りて、吟遊詩人の館に向かった。
王が与えた館は、一階で演奏会ができる仕様になっていて、パーティーにはおあつらえ向きの建物だった。
主催者である吟遊詩人のセナーツが、挨拶を終えると、会場は妖艶な空気を放ちながらも、にぎやかになる。百人ほどはいるだろうか。仮面をしているせいか、誰もが妙に積極的である。たちまち男が群がったのは、コラードのところだった。男女の出会いのパーティーはパートナーは連れてこないのだから、当然ではあるのだが。
「まぁ。お上手ですこと。このような仮面をしておりますのに」
男たちの賛辞に笑顔を向けるコラード。
マシューは口元を押さえて笑う。
(まんざらじゃあ、なさそうだけどね、団長。おぉ、セレーナとパーカーはアカトヴァの所だぜぇ。控えの間がないってのはありがたいぜぇ)
「退屈でしょうか、お嬢様? お姉様は楽しまれているようですが」
そうジュンに声を掛けたのは、セナーツだった。
「ご招待、ありがとうございます。とでも言っておくわ。退屈ね。あなたに私を楽しませる事を命じるわ。ありがたく思いなさい」
マシューは顔色も変えずに驚いた。
(あ、主? そっちのキャラですかぁ?)
セナーツは、うれしそうに目を細めた。
「拝命いたします。これから、私がお嬢様のために奏でましょう。その後は、選ばれた者たちだけが、夢のような時間を過ごすのですよ。今宵の私はお嬢様のしもべ。お心のままに私をお使いください」
「ふん。暑苦しい。ロープに縛られ良い顔ができたなら、しもべも考えるわ」
マシューは唖然としていた。それはマシューだけではないようだったが。
(主は誰が乗り移ってんだ? あいつ主を見つめちゃって、カイ様とルル様の恋の話を奏でているが、ん? 待てよ? ここは誰もが泣くところだぜぇ。主、爆笑しているのは変ですぜぇ。恋愛音痴かぁ?)
セナーツに選ばれたのは、ジュン。バシーリオを落としたのはコラード。アカトヴァに選ばれたのはセレーナ。パーカーとマシューは従者なので、中には入れない。パーカーたちの狙いはそこにあった。二人はセナーツの弟が黒い薬をあぶり、壁の穴から隣室に煙を流す現場を記録しながら、合図を待つ事にした。
暗い室内に十組ほどのカップル。それぞれがソファーに腰掛けると、どこからか甘い匂いが漂ってくる。
ジュンは言った。
「奇麗な花がさいたわ。さぁ私のそばに来て!」
「その愛らしい口で、私を誘うとは」
ジュンはセナーツをにらみつけた。
「もう。我慢ができない。縛らせて!」
「あぁ。ようやく出会えた。私をあなたのしもべ。どこでも存分に」
ジュンは遠慮する事なくセナーツを縛り上げた。
『奇麗な花が咲いた』の言葉で、一階の客は表に出され、騎士団が身分証を調べて解放している。
『私のそばに来て』で、部屋に入った特務隊は全員を拘束する。
コナー副隊長はうれしそうに言った。
「な? すげぇかわいいだろう、チェイス?」
「なかなかの趣味だな。ジュン」
二人の言葉にジュンはニヤリと笑って見せた。
「縛られたいのでしょうか? 三度目はありません!」
ジュンは辺りを見回す。
メンバーは特務隊が入ると同時に転移していた。
ジュンは特務隊に後を任せて拠点に戻った。仕事はまだ終わってはいない。
たくさんの証拠映像と書類をそろえ、提出しなければならないのである。
(初めてのパーティーにでる貴族令嬢の物語。セレーナが参考になると貸してくれたんだ。本当に助かったよ)
その頃、セレーナは自室でつぶやいた。
「貸す本を間違えちゃったよ……」




