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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第七十六話 賑やかな家 

「ところで、コラード。制服って? 家にいる時に必要?」

「あれは、シルキーさんが、長くお持ちになっている布を、使いたいとおっしゃいましたので、ご提案いたしました。油や血液もシミにはならない布地で、洗濯も楽でございます。古着といえど、安価ではございませんので」


 ジュンはコラードの答えを聞くと、小さく笑ってから、告げた。

「着替えの分も作ってくれたのは、ありがたいけど、強制はしないでね」

「制服とあえて申しましたのは、もったいないと、しまい込む可能性が高かったからでございます。私が頂いた時に、そう思いましたので」


 執事を知らずに育ったジュンは、ふと気になったのだろうコラードを見る。

「なるほどね。執事服って決まりがあるの? いつも黒だけど」

「はい。どのようなお立場の方にお仕えしようとも、執事服はほぼ同じデザインで、色は黒と決まっております。一目で私たちは立場を分かっていただく必要がございます」


「そう言われれば、確かに探さなくても分かるよね。この家の場合は、来客の予定はないけど、僕が一番、若い分下働きに見えるよね」

 ジュンの言葉に、コラードは苦笑する。

「ジュン様のお召し物も、お預かりしてございます」

「そうなの?! 制服は特務隊ので、十分なのに……。後で見るね。さて、皆の様子はどうだろう? 不都合は早めに把握したい」


 執務室を出て、一番初めに見かけたのは、マシューだった。

 彼は執務室を出た、右隣の部屋の扉を開け放したままで、作業に夢中だった。


「マシュー。忙しそうだね。困った事はない?」

 ジュンが声を掛けると、彼はそばまで来て言った。

「この部屋を書庫にと言われたんですが、難しいですぜ。窓もありますからね。ミゲル様が、ご自分の蔵書を、皆が自由に見られるように、してくださるようですから、ここは、娯楽や趣味やを中心に、持ち出し可能な気楽な本を、並べようかと思っているんですが、どうでしょうね」


「皆が手持ちの不要な本を置き、読みたい本を持って行くのは、いいかもしれない。任せるよ。マシューは自分の部屋で不自由な所がありますか?」


 その言葉にマシューは両手を振って言った。

「いやいや、ある訳がない。皆、感激してますぜ。こんな立派な個室が、与えられると考えていた者は一人もいません。屋根裏部屋に入るつもりでしたからね。ワラのベッドを団長に頼んだぐらいですぜ」


「そうなの? コラード?」

 尋ねるジュンに、コラードはほほ笑みを浮かべた。

「はい。私は、高級ベッドを入れると伺っておりましたが、それはもう真剣に皆が頼みますので、あえて言わずにおきました。おかげで、久しぶりに皆の良い顔を見る事ができました」

 ジュンとマシューは、すまして語るコラードを見て、肩の力を落とした。



 家事室ではカリーナが、セレーナとエミリーと共に、備品の数を調べているところだった。

 三人は、ジュンとコラードが入室すると、揃って侍女の礼をした。

「仕事の邪魔をして、ごめんね。何か困った事はない?」


 カリーナが少々困った顔で告げた。

「先程、シルキー様とお話をいたしました。私たちの仕事は、全部の部屋の扉を開けて、洗濯物を出し、洗濯が終わったシーツを敷く事だけしか、仕事がないのです。よろしいのでしょうか」


 コラードがカリーナを見て言う。

「この屋敷をカリーナが一人で掃除をするのは、むりですよ。セレーナには、リーダーとしての仕事もありますし、エミリーも任務に赴く事があります。シルキーさんは、屋敷妖精ですから、それらを瞬時に行えるのですよ。シーツの取り換えは、あのようにおっしゃっていましたが、あなたたちの負担にならないように、残しておかれたのでしょう。侍女の仕事はたくさんありすぎます。お任せできる物はお言葉に甘えておきましょう」


「承知いたしました」

 カリーナに続いて、セレーナが言う。

「洗濯物なんて、主以外は廊下に自分で出せって言ってやるわよ。掃除や洗濯や料理までも、自分でしなくて良くなるのよ。誰も文句は言わないわよ。あれで皆、気だけは良い奴らなのよ。カリーナが大変だと思ったら、シーツだって自分たちで敷くわよ」


「まさか、廊下に洗濯物の山が並ぶのですか?!」

 カリーナは驚いたように言ったが、ジュンは平然と告げた。

「うん。セレーナの意見は採用だね。コラード。扉のノブにぶら下げる袋を用意しよう。各自はそこに洗濯物を入れる。洗い終わった洗濯物も入れられるからね。

ドアの開け閉めだけなら、負担も少なくなるでしょ? 皆の世話やお茶の用意だけでも忙しいよね。一人ではさ」


 カリーナは戸惑っているようだが、侍女は、主の言葉に無言は許されないと、教育を受けていた。

「いいえ。侍女として、そのような仕事は苦にはなりません」


 コラードは優しくカリーナを見た。

「カリーナ。主は共同生活をお望みなのですよ。気負わず、あなたもここでの生活を楽しみながら、仕事をする事を考えると良いでしょう。本邸より、大変だと私が言った意味はそういう事ですよ」


 カリーナはコラードを見つめて言う。

「はい。やってみます。分からない事はご相談に伺っても、よろしいでしょうか?」

「もちろん。そのために私がいるのですから」


(おぉ。なんか、コラードの笑顔が二枚目だね。そういえば、アリッサが言っていたよね。カリーナは否定していたけどさ。大人の心は立ち入り厳禁! そっとのぞくのは、おとがめなし?)



 トレバーは地下の鍛冶場にいた。

(何から何まで、魔石だな。まぁ窓もないのに火を扱うから、そうなるな。主が言っていた、細っこい包丁を打ってみたが、なかなか使える鍛冶場だな。スミスの親方のところに主はいたからな。主の剣はすごかった。いつかあんなのを打ってみたいよな。鍛冶屋ならな)


 トレバーは後ろでジュンが呼びかけているのに気が付き、慌てて振り返った。


「トレバー? どうしたの? 使いにくいかい?」

「いや。十分だ。主、ちょっと持ってみてくれ」

 トレバーの渡した物は、柳刃包丁である。ギルドの調理場で見てから、ジュンは忘れていなかったようで、トレバーに頼んでいたのだ。


「うん。これこれ。重さも良い感じだね」

「夜には仕上がる」

「ありがとう。落ち着いたら、僕は作って見たい物があるんだ。先生になってね」

「そりゃ楽しみだ」


 ドワーフの彫りの深い顔が、楽しそうな笑顔になった。



 トレバーの鍛冶室の隣にはパーカーの調合室がある。

「パーカー、使い勝手はどう?」

「乾燥室も、保存庫もあるから完璧だ。ミゲル様と調合ができるなんて、実家の父親が聞いたら泣き出すだろうな」

 ジュンはきょとんとした顔でパーカーを見る。


 コラードがそこで、ジュンに説明をする事にしたようだ。

「ミゲル様は、ギルド総長でございましたが、薬師として多くの論文を発表されていらっしゃいます。年に一度、優れた薬師に送られる『銀匙賞』を何度も受賞されております」

「そう。残念だね」


 ジュンの返事の意味が分からず、コラードとパーカーは顔を見合わせた。

「ジュン様? なぜ残念なのか、お聞かせいただいても、よろしいですか?」

「え? だって金匙はもらえなかったんでしょ?」

 コラードの問いが分からず、今度はジュンが聞いた。


「薬師は銀の匙を持っております。毒に反応いたしますので。銀匙賞は薬師であれば一度は手にしたい、最高の賞でございます」


 ジュンの薬師の基準はミゲルである。ポーションの味のまずさから、ジュンにとっては銀匙賞は納得がいかないのか、ポーションを取り出した。

「なんだ。そうなの? では、パーカーにミゲル様のポーションと、魔力ポーションをあげるよ? 味見してみてね。コラードに聞いたけど、温室の話はミゲル様としてよ。野菜の温室も欲しいから、大きいのがいいなぁ」


 パーカーは瓶のフタを開けて、臭いを嗅ぐと眉間にシワをよせて、話を続けた。

「作ってはいけない場所があるかと、思ったんだが」

「ないですよ。ただ、家のそばがいいよ。危険だからね」



 調理場ではワトとルークが、首をかしげていた。

「冷蔵庫っすよ。これは」

「冷たくないのにですか? 煮込みは熱いですよ?」

「果実水は冷たいっす。謎っす」

 ジュンは二人のようすに小さく笑って近づいた。


「それは、時の魔石が付いているから、扉を開けたままにしては、駄目ですよ。二人が任務でいない時でも、カリーナだけはいるから、頼んでおけるでしょ。それを使えば、料理は時間がある時に作っておけるよ。今日のお昼は朝食の説明。出すだけで良いように考えたからね。起きる時間はバラバラになるでしょ」


 ルークは宿屋の息子である。寝起きの体で朝の仕込みは、午後からの仕込みより量は少ないが、確かにつらい。ルークはジュンに聞いた。

「出すだけって、盛り付けは必要ですよね?」


「要らないんだ。ただ、このパンの焼き方は、覚えておいて欲しいかな?」

「なんすか? パンすか? 中身はどうしたんすか?」

 ジュンはそろそろ集まりだした、皆を見て二人に言った。


「そのパンに中身はないですよ。さて、同じ物が二つずつあるでしょ? 二つのダイニングテーブルの、真ん中において来てください」

(さて、ピタパンと言うべきか、ポケットパンと伝えるべきか……)


 マスタードバター、バタークリーム、マヨネーズなどを、スライスしたパンに塗り、果物や、肉や魚のフライ、パスタや野菜などから、希望を聞いてのせてから手渡す。上から好みのソースを掛けて食べるオープンサンドである。

 同じように、ポケットの形をしたパンの中にも、煮込みソーセージやチーズを入れながら言った。


「朝はカウンターの上に日替わりで、こんな風に並ぶから、自分で食べたい物をテーブルに持って行って食べてください。スープやミルクや果実水も同じです。使った食器は下げる事。今日の昼食は朝食の練習ですが、夜はルークの手料理が食べられます。お楽しみに!」


 わいわいと、にぎやかに食事が始まった。

「コラード、カリーナ。賄いはないですよ? 全員、賄いになるからね? 一緒に食べる事になれてね」


「これは楽しいのぉ。このパンはバーガーと違って食べやすいのぉ」

 ミゲルの横で、トレバーが言った。

「煮込みを入れられるとは……。ドワーフは日に一度はソーセージや豆の煮込みが、欲しいから、ありがたい」


 ワトとルークも、今日は皆とテーブルを囲んでいた。

「袋パン。いいっすね。具がはみ出さないっす。おまけに洗い物が半分以下っすよ」

「うん。だけどこれ、袋パンという名前ですか?」

「え? 違うっすか?」

「名前があるのかな? 作り方は主に教わらなければ、なりませんね?」

「主は謎が多いっす。袋パンに栗予感……。どこで覚えてきたっすかね」


 それを聞いていたミゲルが、面白そうに目を細めた。

(知らないほうが、幸せな事もあるからのぉ)


「ちょっと失礼」

 食事中に、珍しくジュンが立ち上がった。

「呼び出しでございますか?」

 後ろを追うように、コラードが廊下まで来て声を掛けた。


「うん。行ってくる。あとは頼むよコラード」

「かしこまりました」

「本部で着替えるからね。コラードは食事を楽しんで。行ってきます」


「お気を付けて」

 コラードの言葉に優しい声が重なった

「いってらっしゃいませ」

 笑顔のカリーナだった。


 ジュンは優しい顔でうなずくと特務隊に転移した。





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