第七十五話 揃った顔ぶれ
ジュンは新しく自室となる部屋にいた。
ミゲルの持っている家の、家具の中から、ルーカスとミゲルが選んだ家具が、この家には配置されている。
ソファーセットとライティングデスクは古くて重厚感がある物だった。
年若いジュンには不釣り合いではあったが、ジュンは手持ちの家具と、取り換える事はしなかった。
どちらも、もともと自分が選択して購入した物ではないのなら、自分のために選んでくれた物にしようと思ったのだ。
窓辺にカウチとサイドテーブルを倉庫から出して並べた。
「この部屋の特等席はここだよね。ゆっくり海を眺めるのって飽きないかなぁ?」
ベッドルームは広い。
この世界のベッドは家族や兄弟と共に寝るために、大きな物が多い。
ジュンは、ワラのベッドは虫が出そうで好きではないので、この屋敷のベッドは全て、高級ベッドが置かれている。日本人だったジュンにとっては、それが普通のベッドなのだから仕方がない。
「天蓋付きのベッドって意味がわからなかったけど、広い部屋に一人で寝るのは、落ち着かないから助かるよ。虫よけはまだしも、入院経験があるから、寝姿は見られても困らない。ただ、狭い所はなぜか安心するんだよ」
ベッドルームにあるもう一つの扉は、主の妻の部屋へ続く。ジュンは小さくため息をついてその扉を見つめた。
部屋を出ると右には妻の部屋の扉。廊下を挟んだ前には、控えの間があったのだが、そこをコラードの自室に改装をしてもらった。広さは他の部屋の倍になるのだが、執事の執務室でもあるので問題はない。
ジュンがそろそろ一階に向かおうとした時、転移室に到着者がある事を知らせるチャイムが鳴った。
慌てて下りたジュンの前で、カリーナが礼をする。
「ジュン様おはようございます」
コラードが本邸の侍女、カリーナを連れてきたのだ。
「カリーナ。無理を言ってごめんね。来てくれたと言う事は、引き受けてくれたんだね?」
カリーナはうなずくと答えた。
「そのような大役が務まるのか、少し不安ではございますが、誠心誠意、務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
ジュンはカリーナを見て告げる。
「うん。本邸とはいろいろと違う事は、コラードに聞いてくれたと思う。僕は完璧を期待してはいないんだ。カリーナはカリーナらしく、無理をせずに頑張ってね」
うなずいたカリーナにコラードが、二階の階段横の部屋に、荷物を置いてくるように言う。
ところが、二階にある自室に行ったカリーナが大急ぎで戻ってきた。
「あのぉ、コラードさん。名札のあるお部屋は客室でございました。使用人室はどちらでしょう?」
コラードは優しくカリーナに告げる。
「ジュン様の希望で、この家に使用人室はないのですよ。共同生活をする仲間です。慣れてください。それぞれが自分に与えられた仕事をして、対価を得るのです。本邸よりも厳しいかもしれませんね」
カリーナは少し戸惑いの表情をしたが、感謝の言葉を告げて、荷物を置きに行き侍女服に着替えて下りてきた。
ジュンはその姿を見て言った。
「あ、本邸の侍女服だね? ごめんね。全員の希望を聞いて用意をするからね。コラード、頼める?」
「いえ、そちらに関してはシルキーさんが、そろえるようです。シルキーさんの事は、騒ぎになるといけませんので、通達済みでございます」
「そう。ありがとう。そろそろ皆が到着するね。しばらくは忙しくなりそうだ」
転移室のチャイムが鳴り、次に現れたのは七人だった、コラードが男性を五人、カリーナが女性を二人自室に案内をして、荷物を置かせて居間につれてきた。
ジュンはそこで二人の誓いを受けた。
食寝亭の次男で料理上手な人族のルーク。
ワトやルークと冒険者パーティーを組んでいた、特殊能力を持つエルフ族のエミリーである。
カリーナが早速皆にお茶を用意すると、ミゲルが到着した。しかし、皆の目にはシルキーの姿が見えない。事前に話を聞かされていた皆は、妖精などを当然見た事はないので、それぞれが辺りを見回す。
「どうしたの? シルキー。怖い人でもいた?」
ジュンの肩に乗り、モジモジと下を向いていたシルキーが首を振る。
「恥ずかしいのかい? 大丈夫。皆、シルキーとお話がしたいと思うよ?」
皆は、ジュンがシルキーと話をしている事実だけを、認識して見守っている。
ミゲルだけはニコニコと笑いながら、カリーナの入れたお茶を飲んでいた。
ジュンの左肩がわずかに光り、小さな羽のある妖精が現れた。その妖精はパーカーのそばまで飛ぶと、床に下り、五歳位の子供ほどの大きさになった。しかし銀の髪と空色の瞳を持ち、青いメイド服のその姿は子供ではない。
「パーカー、元気だった?」
「あぁ。主から聞いていたが、ミゲル様のところにいたんだな? 元気そうだな。会えてうれしいよ」
「私もよ」
シルキーはコラードのところまで行くと見上げた。
「コラード。皆の服ができたわ。着替えてもらって? 不都合があったら直すわ。あぁ。下着もよ?」
皆は制服だと言われて、首をかしげながらも、団長に言われるままに服を受け取って自室に向かった。
シルキーはジュンのそばに来ると椅子に座る。
ジュンは少しかがんでシルキーを見た。
「シルキー、どうだった? 嫌な人はいた?」
「いないわ。皆、温かだったわ。でもミゲル様が疲れるわ」
ジュンがミゲルに目を向けた。
「心配をされておるのかのぉ。疲れたら森に帰って休めば良いのじゃよ。これだけの屋敷なのじゃ、シルキー。ジュンを助けてくれるかのぉ?」
「ここで暮らしてもいいの?」
「儂も一人が長かったのでのぉ。孫より幼い者たちと暮らすのは、楽しみじゃのぉ」
シルキーの少し弾んだ声にミゲルは目を細めた。
(先のない儂と、先の見えないこの子。一人にはできんからのぉ)
皆が居間に戻ってきた。
トレバーがマシューに言う。
「シルクの下着。初めてだがなかなか良いな」
「そうなのか? 体にはいいらしいぜ」
ワトとルークが話しながら、居間に入ってきた。
「これ、どう見てもよそ行きっす。緊張するっす」
「これで料理はできないですよ。ソースや油が飛ぶ度に、ぼくは泣きますよ」
光沢のある柔らかな生成り色の上着は、シャツよりブラウスに近く。パンツは瞳の色に近い淡い色が使われていた。
青い侍女服の三人が入ってきた。カリーナはすぐにお茶のお替わりを、用意するために動いた。
セレーナはエミリーに言う。
「侍女服仕様のドレスよ。っていうかドレスより高い侍女服よ」
「こんな女の子らしい服を着たのは初めてです。蜘蛛で冒険者だったから、ブーツ以外の靴を初めて履いたかもしれません」
「え? あぁ。それはそれで女としてどうよ?」
パーカーは服をさすりながらつぶやく。
「マドニア織りだよな? 軽くて丈夫。高級品だぞこれ」
それを聞いたシルキーは、楽しそうに笑う。
「エルフが妖精に教わって広げたの。でも軽くて丈夫な、あれは偽物だわ。この布地は傷に弱いシルクの代わりに、作業着用に作られたの。魔物の糸でできているから皮膚を傷から守ってくれるわ。火にも水にも強いわ。軽くてしなやかでしょ」
ジュンはそれぞれの話が、静かになる頃合いを見計らって声を張った。
「それでは皆、聞いて欲しい。この家は情報収集者の拠点なので、使用人はいない。それぞれがこの家を守ってほしい。この家と組織のまとめ役をしてもらうコラードは執事。マシューはコラードの補佐。料理長はルーク。ワトはルークの補助。パーカーは薬師。畑はどこに作っても良いよ。トレバーは鍛冶師。家の刃物の面倒も、悪いけどよろしくね。カリーナは侍女長。セレーナとエミリーは侍女。カリーナを助けて欲しいんだ。シルキーは……」
シルキーはカリーナを見てほほ笑む。
「私はカリーナを助けるわ。掃除も洗濯も任せてね。でもシーツは大きすぎるわ取り換えだけは、お願いね」
そこで突然、ミゲルが口を開いた。
「儂には仕事がないのかのぉ? やりたいのぉ?」
ジュンは小さく笑って言った。
「全員の相談役ですよ? 若輩者の僕の後見人なんですから、僕の行き届かない所は助けてくださいね」
「重労働じゃのぉ?」
機嫌がよさそうなミゲルに、ジュンは小さく笑うと皆に言った。
「それでは、これから本業の話をします。執務室に来てくれる?」
その部屋にはジュンとコラードが使うのであろう、机と椅子の他に、机が六台
ほどあり、スライムの張られた、黒い四角い石が六つ置いてあった。
「これはなんすか?」
ワトの言葉にうなずき、ジュンは話し始めた。
「まずは、極秘扱いになっている、僕の仕事を見てもらうよ」
彼らはプロの集団である。映像が流れるとどの顔も真剣そのものである。
「この映像を撮ったのが、僕のおでこにあるこの石。石じゃなくても良いんだ重要なのはこの魔方陣だからね。帽子でもチョーカーでもブローチでもかまわない。この黒いのはモニターっていうんだけど、こうして映って記録してくれる。仕事に向かう時には必ずつけて欲しい。大事な証拠にもなります。皆で映像を見ながら、検証やアドバイスもできるからね」
皆はそれを手に取り、すかしたり、かざしたりして見ているが、敵の手に渡るかもしれない物には、当然、陣に隠匿は記してある。
「それと、これは認識証。特務隊の認識証を見本にして、少しだけ僕が改良を加えてあるんだ。コラード、部屋の外に出て、一の印に魔力を通して、僕に話しかけてくれる?」
「かしこまりました」
コラードが出て行くと間もなく、認識証から声が聞こえる。
『ジュン様? いかがでしょうか?』
「はい。聞こえるよ。僕の声は聞こえる?」
『鮮明に聞こえております』
「戻ってきて」
皆は見た事のない物を一度に見せられて、黙り込んでしまった。
「こうして使うんだよ。誰かを家中探す必要もないから楽でしょ。緊急の連絡にも使うからね。本番で使えるように練習をしておいてね。認識証は部屋の番号になっているけど、これは暗記をしておいてください」
それからジュンは、皆に名刺サイズのスライムを手渡す。
「今渡したスライムは、この家に帰る陣。これはどこでも使える。転移陣がないところでも使うと戻る事が出来るよ。各王都の陣や入国の保証金はコラードに任せてあるからね? それから給料や休暇についてはコラードと一人ひとり、仕事を始める前にきちんと話し合ってくださいね。気が付いていると思うけど、僕は陣に少しだけ詳しいみたいなんだ。欲しい転移陣があったら、作ってあげるからね」
ジュンの言葉に、ミゲルまでもあきれて言った。
「少しだけ詳しいとは言わんがのぉ。儂にも認識証をくれるとは、うれしいのぉ」
そこで、コラードが声を張った。
「昼食の時間までは、屋敷や自分の持ち場を自由に見て回ってください。分からない事や足りない物は、すぐに聞いてください。お昼の時計が鳴ったら、居間に集合です」
それからしばらく、皆の騒ぎが続いた。
(マニュアルが必要だった?)
「いえ、あの程度。覚えられずにどうします」
「コラード? また僕の顔と、おしゃべりしたんだね?」
コラードはニッコリと笑って見せた。




