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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第七十四話 拠点完成 

 ヘルネーのダンジョン町

 星空がかすむほど明るい町の、町長宅の地下ろうに集まっているのは、四人の蜘蛛たち。

 部屋の隅がにわかに光ると、大きな体の人物が転移してきた。

「あら。みなさん、今日は随分と早いのねぇ。それで状況はどうなのかしら?」


 うんざりとした顔でワトが言った。

「マシュー。その姿で影はないっす。悪目立ちっす」

「この姿の時は、マリーと呼べと言ったはずだぜ」


 マシューの言葉を聞いたパーカーが、ワトを見て笑う。

「ワト。諦めろ。マシューは家業の手伝いをしながら、店で情報を得ているんだ。協力者である両親もマシューと同じ性別で、見た目は女性だ」


「いやよ。女の仲間には入れてあげないよ。でも面白いから、それはそれで良いと思うよ。ワトは純情すぎよ。メラニー館に行ってきなさい」

 セレーナはそう言いながら、マシューに酒をつぐ。


 ワトはセレーナを少しにらむと、話し始めた。

「拠点に必要な資材は、オレが頼まれた分は仲間が調達したっす。金は要らないって言ったっすが、置いて言ったみたいっす。ただ、紙の箱に入った物を置いて行ったと連絡が来たっすよ」


 マシューは酒を一口飲んで、ワトを見る。

「なんだそれ?」

「皆で食べろと言われたって話なんすが、食い物の色じゃなかったっす。食べてみたら、すげぇうまかったっすけど。なんで食い物っすか?」


 首をかしげているワトを見て、パーカーが言った。

「俺のところにも持ってきたぞ。母親が感激していたな。俺の口には入らなかったが、うまかったのなら残念だった」

「ワシのところも同じ。あれは菓子。名前はクリヨカン。ワシが主から聞いた」

 無口なトレバーは、そう言って自分の言葉にうなずいている。


「だから、なんで菓子を配ってんすか? 栗予感って。栗は見てわかったっす」

 ワトの言葉にマシューは少し笑う。

「主の謎は解明するな。無駄だぜ。団長がお止めにならなかったのは、間違いなく楽しかったからだろうぜ。団長は女のそばにいたって、あんなに楽しそうな顔はしないからな」


 そこで、つまみの串揚げを片手に、セレーナがマシューを見る。

「拠点ってマドニアの森の中? 商人の別荘でしょ? あそこは」

「ギルド島の主の土地に作ると、団長が言っていたぜ」

「そうよね。主に護衛がいるわよ。あそこはないわよね」

 セレーナは納得したのか、酒をちびりと飲む。


 パーカーが小首をかしげて言葉を口にした。

「俺の下が、作業員として潜り込んでいる。どうやらギルドの前総長の別荘のようだ。客間が十二しかないが、広い夜会室もあるらしい。前総長が貴族と関わるとは思えないから気にはなるな。屋根裏の使用人室をぶち抜いて、二部屋にしたらしいがな」

「男女にだけ分けて雑魚寝っすね。ワラの注文はなかったっすけど、ベッドはどうするんすかね。使用人にベッドを買う金持ちは、聞いた事がないっす」


 ワトの言葉にトレバーがつぶやく。

「木枠がないとワラが散らばる。ワラは差し替えが大変だ。床に毛布を敷くだけだ。ワシらはいつも毛布だった。人の体は慣れる」


 マドニアの別荘の話はその後も続き、酒が入った彼らの結論は、拠点の使用人部屋には、ワラのベッドが欲しいと団長に頼むという、ささやかな物だった。



 一方。ギルド島の拠点ではコラードが石ころテントの中で、夕食の準備に余念がない。

 建物の材料などはルーカス商会でそろうのだが、石や古い木材の在庫が、そうあるわけもなく。蜘蛛たちに集めてもらい、ジュンとコラードが現場に届ける事になったのだが、それは倉庫を持ち、転移が出来るジュンに頼るしかない。


 そのうえ、特務隊からの会議や仕事の呼び出しに、ジュンは嫌な顔もせずに向かうのだ。

「全く、ジュン様はご無理をなさいます。地下室を作るお手伝いは、私にはできません。クリヨウカンは完璧に覚えましたが、あれを感謝の印と相手が思うかは別問題でございますね。さて、そろそろお迎えに行きましょうか」


 コラードが足を運んだのは、カイの隠れ家だった場所。

 岩盤層のその場所を大きく広げて、地下の訓練場所を作る事にしたのは、ミゲルから譲られる屋敷には既に地下室があり、そこに下水装置を置く事に決まったからである。


 地下二階まで掘ると岩盤層になり、そこを掘って石で天井まで囲い、土や粘土を塗るより、場所が多少ずれても、孤立した場所と建物をつないだ方が、安全で手っ取り早いと言い出したジュンに、ミゲルが同意して決まったのだ。


 隠れ家だった場所は出入り口にしようと、考えているらしく、その奥に几帳面に十五メートル程の幅で、奥行きが三十メートル程の、長方形の空間が出来上がっていた。


「ジュン様。お時間でございます」


 その言葉でジュンが振り返る。

「もう、そんな時間? ありがとう。夢中になると時間を忘れてしまう。広さはこの位で充分だよね?」


 コラードはうなずいて告げる。

「はい。十分な広さだと思われます。お疲れでございましょう。お食事の用意ができました」


 ジュンはテントに帰り、風呂から上がると、果実水も飲まずに食卓に着いた。

 コラードに食事は一緒にして欲しいと頼んだ手前、待たせる訳にはいかないのだろう。


(だってさ、二人しかいないのに横に立たれてちゃ、食べにくいでしょ? コラードはいつ食べているのかも分からないんだよ? 栄養失調になって倒れたら困るよね。お互いにこれで安心なんだから、めでたしめでたし)


 ラビッツのソテーと生野菜が苦手なジュンのために、野菜が入ったスープと全粒粉のパン。コラードの料理はジュン好みの味と量が計算されているようだった。


「おいしい。パンは今日焼いたの? 香ばしい」

「はい。白パンと米が続きましたので。先日、セレーナに珈琲を持たされました。食後にいかがでしょうか? 睡眠に支障をきたすようでしたら、明朝にいたしますが」

「セレーナが? うん。飲むよ。珈琲で眠れない事は、今までないからね」


(コラードには感謝だね。一人だったら、作業はこんなに進んでいなかったと思うんだ。バテていたかもね。それより精神的にきつかったかもしれない。暗い穴蔵で一人の作業はこたえるよ。こうして気分転換をし、相談にのってもらえたからここまでこられた気がする)



 数日後。

 ミゲルからの連絡で、ジュンは特務隊の会議の後、コラードを連れて、マドニアの森にあるルーカスの別荘に来ていた。

「ジュン様。なんとりりしい。こんなに早く、特務隊の制服姿を拝見できるとは、思っていませんでした」


 ジュンは少し照れながら笑った。

「こんにちは。制服をありがとうございます。屋敷が完成したと会議の後で知りまして、急いで参りました。敷地を長らくお借りしたうえに、たくさんの便宜を図っていただき、ありがとうございます」


 特務隊の呼び出しには、制服を着用する事が義務付けられている。そのまま本部やギルドの幹部に会う事が多いからだ。

 ジュンの入隊は急に決まった事だったのだが、一週間で制服はジュンの手元に届いたのである。

 とは言っても制服はカラーのある紺色の上着で、ジュンにとっては肩にエポーレットの付いた、ベルト付きの学ラン以外の何ものでもない。


 正装時には上下が同じ色になるように着用し、マントを付ける。夏は白色。それ以外は紺色と決まっている。


 ルーカスはそれを知っているので、シャツやパンツの色をそろえて数種類届けてくれていたのだ。

 ジュンはコーディネートを楽しむ余裕もないので、その辺りはコラードに任せっきりであった。


(制服姿を、一度はルーカスさんに見てもらいたかったから、ちょうど良かった)


 ミゲルに案内をされて、ジュンとコラードは館内を見て回る。


「随分と変わりましたね。玄関を小さくした? あれ?」

 戸惑うジュンにミゲルが笑う。


「ここは裏口じゃ。玄関から客は来ないからのぉ。裏庭が自慢の貴族だったのでな。自慢の窓から海が見えた方が良いじゃろう? それで向きを変えたのじゃよ」


「いいですね。居間と食堂から海が見えるんですね?」

 ジュンの笑顔にミゲルが満足そうにうなずく。


 別荘の持ち主だった貴族は栄華を誇っていたのだろうか、別荘に遠方から従者を連れて来る程の客を招き、にぎやかな夜会を催していたようで、広い玄関ホールの奥には、ダンスホールや食事会を楽しむスペースがあったのだ。従者の部屋が付いている客室や、使用人たちの屋根裏部屋。それらの全てが今はない。


 海に面する方向から見ると、屋敷の全容は二階建ての、横長の建物の両横に、大きな塔と小さな塔が付いているように見える。

 ミゲルが言ったように、こちらは本来裏庭に面していたために、裏口はその横の建物にあった。

 裏口と言っても玄関は二メートル四方もあるのだから、狭いとは言えない。

 もう裏口ではなくなった入り口の、正面には階段がある。


 入り口から入って、右の長い廊下を挟んだ部屋は左右に三部屋ずつある。ここは横長の建物部分にあたる。客室だった部屋を直したので、従者用の部屋の壁がなくなり、ベッドルームと二間続きの部屋になっている。

 その二階も作りは同じで、どの部屋も風呂とトイレはある。


 突き当たりの扉は外から見ると小ぶりの塔になる。

 その部屋は執務室になるのだが、ジュンには考えがあるようで、今はまだジュンとコラードの執務机と、六組の仕事机があるだけだった。

 その二階はジュンが強引に決めた、ミゲルのスペースで、ミゲルはシルキーの好きにさせたようだが、今はベッドルームと書棚があるだけだった。


 入り口の左手は大きな塔の中になる。右側には、かつて広い応接間であった場所が、家事室となっており、リネン用の棚や、ルーカスが魔導具をそろえたようで、洗濯機やアイロン台が並んでいた。

 かつては、広かった玄関ホールはなく、転移室に場所を譲り、三分の一になった正面玄関は、裏口となっていた。


 裏口を背にすると、正面には人間の背丈ほどの振り子時計がある。それは、ルーカスがジュンの独立を祝って寄贈して物である。

 時計の左には食料室と調理場に続く普通の扉があり、右にはかつては社交の場であったホールの、観音開きの扉がある。

 中の大きな空間は、住人が居間として自由に使えるように、今はソファーセットが、所在なげに三組ほど並んでいた。


 その居間は、かつての食事会の部屋を壊し、三方向がスライム窓になっていて、新品のスライムが張られていた。

 調理場に続く扉があった壁も取り払われて、調理場との間に、カウンターがもうけられていた。そのカウンターからは、窓辺にある二つの大きな食卓テーブルが、よく見えていた。

 調理場の後ろには、大きな冷蔵庫を備えた食料室があった。備蓄食糧などは、地下の食料庫を利用するらしい。


 この二階はコラードの執事室と自室。そして主となるジュンの部屋がある。

 この大きな塔は三階があり、将来人数が増えた時のために使おうと、今は、封鎖してあるようだ。

 

 ひととおり屋敷の中を見終えて、ルーカスとあいさつを交わし、ジュンたちはギルド島の拠点に転移した。

 持って来た家を置き、一度しまって土魔法で地下を掘り、風魔法を打ち付けて固める。地下二階を掘る時に切り出した石を並べ、再度固めて家を置いた。

 地下二階の入り口と地下一階をつなげる作業は時間が掛かったが、ミゲルの手助けもあり終了した。


「ミゲル様。シルキーが仲間を気に入ってくれたら、手助けをして欲しいんです。使用人は一人しか雇いませんので」

 ミゲルはジュンを見てほほ笑む。


「そうじゃのぉ。あれがそれを望むなら、儂もまた新しい環境に身を置いて、楽しむのもよかろうのぉ」

 ジュンはその言葉がうれしかったようで、ミゲルが去った後、握り拳をつくって、小さく一度、力を込めて振った。


「よしっ!!」

 




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