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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第七十話  誓いを受け取って  

 ジュンは一人でカブラタ王都のギルドから、ヘルネー国のダンジョン町のギルドに転移陣で転移して来た。首から提げている特務隊の認識証は、本人しか使用できない物であるため、見せるだけで他の証明の提示を求められる事はなかった。

 特務隊員は、入国時の保証金は免除されている。


 コラードたちには特別なルートがあるようで、転移だけは別々になったのである。本来であればひと月ほど掛かる旅。今のジュンにその時間は取れそうにない。


『私がお迎えに参りますので、決してギルドから動かないでくださいね』

 コラードに念を押されたが、ジュンは先程から、探るような視線の数々にさらされて落ち着かない。

 マントのフードを被ってはいたが、明らかにギルドにいる冒険者の中で、浮いて見えるのである。


(絡まれたりしたらどうしよう? 逃げる? 受けて立つ? 逃げる! だね)


 うつむいているジュンの視界に、大きな靴のつま先が二つ。

 視線を上げたそこには、毛皮のベストを着た、大きな体の男が一人立っている。


(おぉ。マタギ! まさかね。冒険者かな? そして僕は絡まれるのかな?)


「おい、坊主。ここで何をしている?」

 今、ジュンに語り掛けてくる者は一人しかいない。目の前の男である。


「人を待っています」

 そう答えると、ジュンは殺気をださないように、戦闘の覚悟を決めた。


「ダンジョン町のギルドは、気の荒い者が多いんだ。ここは待ち合わせには向かないぞ。ほら、見てみろ。あいつらは低層階でウロウロしている連中だ。人手の足りない高レベルチームに入って、分け前をもらうのが目的でここにいる。それと、スポンサー探しだな。そんな上等で汚れていないマントを着ているから、値踏みをされるんだ」


 男はただならぬ気配をまとってはいるが、ジュンに悪意はないようである。

 ジュンは、自分がこの場所になじめない理由を聞かされて、困った顔で笑う。

「そうだったのですね。ありがとうございます。失礼ですが、あなたも冒険者なのでしょうか」

「いいや。俺はこの町の警備隊員だ」

「へ?」


 なんとも間抜けなジュンの声に、男は小さく笑う。

「ヘルネー・ダンジョン町は四つのダンジョン町の中で治安が一番良い。俺たちは犯罪者を捕まえるより、犯罪を未然に防ぐ事に力を入れているからな」

「すごいですね。あれ? 僕は被害者候補でしょうか?」

 ジュンは男の顔を見て聞いた。


「あり得ないだろうよ。どう見たって正当防衛を主張する加害者だろ?」

「ひどい……」

「弱者は守らんとな。おっ、どうやら迎えが来たようだ。またな坊主」

「ありがとうございました」


 男は冒険者たちに慕われているのだろう、声を掛けられては笑顔を向けている。


「ジュン様。お待たせいたしました」

 コラードを見て安心したかのように、ジュンは笑顔を向ける。

「警備隊の方が話し掛けてくださったので、退屈はしなかったよ」

 コラードは先程の男に黙礼をしてから、ジュンを見る。

「参りましょう。ジュン様」


 ギルドの扉を開けると、そこには日本のどこかにありそうな繁華街があった。

 至る所に魔導具の照明があり、昼間の白い明るさとは違う、夜の赤い明るさがある。ここはダンジョン町。日本のどこかの繁華街とは違い、行き交う人々は皆、冒険者なのである。


 コラードは好奇心を抑え切れずに、辺りを見回すジュンに目を細める。

「どこのダンジョン町も夜はございません。ダンジョンから数日ぶりに戻る者たちの、時間が決まっておりません。ですから店の閉店時間もございません」

「露店はないの?」

「宿屋が多く、飲食する場所には困らないのでございます。ダンジョン町の商業ギルドは、取り決めがあるので、露店などの商いをいたしません。ダンジョン町の住人は商人。彼らの生活を守るためでございます」


 王都にも劣らない高い塀に囲まれている町。塀は小さな町をより小さく見せる。外からの魔物の襲撃を守るその塀は、かつて人からの攻撃も守ったようだ。そして、ダンジョンから魔物が出てきた場合には、町から出さないための塀でもある。幸い、魔物がダンジョンから出た記録は残っていないらしい。


「ヘルネーのダンジョン町は、狐獣人族の町なのでございます」

「ヘルネー国は獣人の国だから、不思議ではないでしょう?」

「いいえ。狐獣人族の里にダンジョンができたと聞きます。住人は狐獣人族だけなのです。彼らは結束が固く、他の種族を受け入れる事はございません。許されているのは、ダンジョン入り口を守る国の兵士とギルド職員だけなのでございます」


 ダンジョンに潜る者たちの種族に制限はない。道行く人々もそれぞれだが、確かに外から見える店内にいる者の耳は狐の耳である。


「それじゃあ、それ以外の人は冒険者なんだね。でもそれでやっていけるの?」

「狐獣人族は、ダンジョンがあるばかりに、戦いを強いられた歴史がございます。自給自足ができるように、町の外に大きな畑を持っております」


 かなり歩いて、人けのない場所まで来るとジュンはコラードに尋ねた。

「コラード、どこまで行くの?」

「着きました。この高い見張り塔は警備隊の施設でございます。その隣が、この町の町長の家でございます。町長は祖父の協力者。そして孫娘が獣人族のリーダーをしております」


 コラードは警護の者と二言三言会話をしてから、ジュンを連れて門の中に入った。

 広い庭の中にある道を歩き、到着したのは玄関でも勝手口でもない扉。


「コラード。ここは?」

「地下ろうでございます」

 ジュンは小さく息を吐く。

「僕はろう屋に入れられるの?」

「いいえ。入ると言う方が正しいかと存じます」

「そうなんだ……」


 コラードが鍵を開け、入り口横の魔導具を手に取り足元を照らす。

 ら旋状の石階段を下りたところに扉があり、コラードが慣れた手つきで、再び鍵を開けた。

 扉を潜ると、そこには鉄格子があった。石の床だけを見るとそこは間違いなくろう屋なのだが……。


 木の壁に惜しみなく付けられている照明器具。

 部屋の中央には大きなテーブルがあり、そのテーブルを囲むようにソファーが配置されている。そして、そこには笑顔のマシューとワトが座っていた。


 コラードに促されて、ジュンは鉄格子の小さな入り口から中に入る。


(石の床にひざまずいているのは、きっとつらいよね。でもそのままにしておこうかなぁ? 全く……。人が悪いんだから)


 ジュンは彼らの前まで行く事にしたようだ。


「「「我ら、ジュン様の目となり耳となる蜘蛛。命の限り忠誠を誓う者なり」」」


 ジュンはそれぞれの頭に手を置いて告げた。

「ありがとうございます。その誓いをお受けして、大切にいたします」


 ジュンは少し困った顔で告げた。

「お久しぶりですね。パーカー。トレバー。侍女さん。お顔を見せてくれませんか?」


「だから言ったではありませんか。そのような小細工は、ジュン様には通用しないと。あなたたちは本当に……」

 コラードはあきれた顔をして続けた。

「さぁジュン様、こちらに。ただ今、お茶をお入れいたします」


 三人の内の一人は、マドニアの妖精湖で会った、薬師のパーカー。

 エルフ族のとがった耳を持ち、銀色の短髪と深い緑の瞳。エルフ族には多い、すらりとした長身である。


 二人目は、『黄昏の旅団』に絡まれたコールのそばにいて、コールの家でも顔を合わせていたトレバー。焦げ茶色のちぢれた髪と焦げ茶色の瞳。鍛冶の腕はスミス家の折り紙付きである。


 そして最後は女性。先日特務隊の黒組と行ったメラニー館の侍女で、ジュンに化粧を施した侍女。

 どうやら彼女が、獣人族のリーダーを務めているセレーナのようだ。

 赤く長い髪と黒い瞳。狐獣人族のはずだが、耳も尻尾もない。


 それぞれがお茶を楽しみ始めたので、ジュンはパーカーに尋ねた。

「パーカーは薬師じゃなかったの?」

「家は昔から薬師だが、代々魔力の多い子供ができると、蜘蛛として育てるんだ」


 ジュンは不思議そうに聞く。

「蜘蛛として?」

「普通の薬師の知識だけではなく。毒薬や解毒薬みたいな物までたたき込まれる。そして成人になったら、世間には行商に出た事にされる」

 パーカーの言葉に、ジュンは不思議そうに首をかしげた。


「蜘蛛として育てられるって……。トレバーも?」


 ジュンに聞かれてトレバーは話し始めた。

「ワシは二親を盗賊にやられて、弟と二人で途方に暮れていたところを、ドワーフの蜘蛛に拾われて、養ってもらった。家族のいない年寄りだったが、良い人だった。弟のライリーも蜘蛛だ。漁師をしているが」


「ワトと一緒に会ったよ! そう、彼とは兄弟なんだね」

 トレバーは少し笑ってうなずいた。

 

 ジュンはゆっくりお茶を飲んでいるセレーナを見る。

「セレーナは、ここに住んでいるの?」

「我が家は呪われているのよ? だから昔から化け狐が産まれるのよ。その子供は国籍はあるけれど、誰にも見られないように、死ぬまでろう屋で暮らすのよ」


「それがセレーナ?」

 

 セレーナは笑顔でうなずく。

「そうよ。見ていてね」

 赤く長い髪は真っ白になり、黒い瞳は金と銀のオッド・アイに変わった。白い狐耳と大きな尻尾。しかし、その尻尾は二つあった。


 ジュンは素直に感想を口にする。

「奇麗だね」


「ありがとう。大昔、ショウ様が呪いを解いてくださったのよ。祖先を見て、奇麗だとおっしゃったのよ。変化(へんげ)は呪いではなく、誰にも真似のできない術なのだから、誇れと、その力が必要だと。それ以来、わが家の化け狐は、蜘蛛として生きてきたのよ」

 

 セレーナは少し照れたように、ほほ笑むと言った。

「これが本当のウチの姿よ。ここはリーダー会議に使う場所。普段は祖母のメラニーのところにいるのよ」

「え? メラニーさんはお婆さんなの?!」

 ジュンは驚いて尋ねた。


「そうよ。彼女も化け狐なの。ジーノ元団長と一緒に引退して、今は協力者になっているのよ」

「それで、いつでも訪ねて来いって、言ってくれたんだね」

 セレーナはうなずいた。

「特務隊のソフィも祖母の正体は知らないのよ」

 

 今は二月。

 春には拠点を作る予定だと話をする。

 それを聞いた五人のリーダーは表情を明るくした。

 コラードが優しく皆を見つめる姿を見て、ジュンの気持ちは、しっかりと固まっていった。


(僕は彼らが失望の中で、悲しい笑顔を作る姿を見たくはない。支えてくれる気持ちに応える事のできない絶望は、今も心の片隅に冷たく残っているからね。今度はきっと応えて見せるよ。僕を支えてくれる人たちの、今度は笑顔が見たいからね)

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