第六十九話 執事の秘密
コラードは静かに話し始めた。
「モーリス家の初代カイ様のご子息、シオン様は天界に行かれたお方として、世界中で知らない者はおりません。そして次男のタクト様はギルドの総長でございました。三男のショウ様は事務総長をされておりましたが、実はギルドの基盤を作られた方である事はご存じでしょうか?」
ジュンはうなずくと答える。
「うん。頭が良くて、生涯独身で、ギルドに尽くした人ってくらいなら、知っているけど」
コラードは優しい表情でうなずく。
「ショウ様は、ギルドを発展させるために、世界中に信頼できる者をおき、情報を収集しておりました。その者たちを『闇蜘蛛団』と名付けたのです」
ジュンは目を見開く。
「え? それって!」
「はい。闇蜘蛛の初代はショウ様に仕えていたのです。その団長が、私の祖先でございます。そして今でも闇蜘蛛は団長の下に五種族のリーダーを置き、それぞれが活動をしております。三年前団長であった祖父ジーノの跡を継いだのが、私です」
ジュンは椅子の背もたれに体を預けて、テントの天井にある青空を見上げた。
「もう。驚かない。全く、怪しい人が多すぎだよ」
コラードはジュンの仕草に少し笑って続ける。
「私が全てを引き継いだ訳ではございません。祖父を慕って居る者も多いのです。その者たちは引退をして、一般人に戻っております。その子供が一部、蜘蛛として活動はしておりますが」
ジュンは体を起こしてコラードを見る。
「では、ワトはコラードの部下なの?」
「はい。彼は人族のリーダーをしております。食寝亭の主人夫婦は元蜘蛛で、今は協力者でございます。次男のルークが蜘蛛の構成員です。お会いになっていらっしゃると思いますが、一緒に冒険者をしているエミリーは、人の心のオーラを見る特殊能力を持っております」
ジュンは少し困った顔をして言う。
「僕、真っ黒に見えていたかも……。カブラタはミーナという子供を保護した国で、僕はすごく怒っていたんだよ」
「エミリーは見た事がないほど、大きな美しい光だったと、申しておりました。闇蜘蛛で一番目のジュン様信者と申せましょう」
ジュンは照れくさそうに笑う。
「エミリーにお菓子をあげなくちゃ……」
「ジュン様のお許しを頂けるのなら、五種族のリーダーがおそばで仕えたいと希望しております。影はチームワークが大事でございます。一から組織を作るおつもりでしたら、闇蜘蛛を従える事をお考えいただきたいと存じます。彼らは既に組織を持っており、維持もしております。総人員は二十人をはるかに超えましょう」
(そうだろうけどさぁ。そんなに給料を払えるの? でも一人ひとり見つけるのは無理。信頼できる人って見ただけではわからないからね。これってミゲル様とジェンナ様の台本通りなんだろうなぁ。そうでなければこの仕事は変でしょ? 二人は僕に人脈がないのは知っているんだからね。まぁコラードは信用できると僕が判断したからいいけどね)
「コラードが団長なら安心だね。僕では信頼を得るまで、どれほどの時間が掛かるかわからない。五人に会ってみるよ。ただ、僕なんかを本当に信用してもらえるのか、自信は全くないけどね。大丈夫だと思う?」
コラードは、優しいまなざしをジュンに向ける。
「逆にジュン様がお気に召さない事もございましょう。お会いになってから、お決めになっても遅くはございません。ジュン様が闇蜘蛛を必要とされなくても、私がジュン様の執事を務めさせていただく事に変わりはございません」
ジュンはその言葉に満面の笑みを浮かべた。
「うん、コラード。頼りにしています」
「承りました」
ジュンとコラードはお茶を楽しんでいたが、ワトとの約束の時間になると立ち上がった。
「コラード。会うのは食寝亭なんだよね? このテントでは駄目かなぁ? あまりまともな話ではないでしょう?」
「はい。ジュン様がこのような特殊な空間を、お持ちだとは存じませんでしたので。使わせていただけるなら、理想の場所だと申せましょう。呼んでまいります。闇蜘蛛の魔人族のリーダーも来ていると思いますが、お会いいただけるでしょうか?」
「うん。五人とは会わなければなりませんからね。でも、コラードが魔人族ならリーダーも兼任ではないの?」
「彼は副団長をしております。私がギルド島におりますので、細かな事は彼に一任しております」
「へぇ。信用できる人なんだね。会ってみたい」
ジュンからテントへの入室方法聞いたコラードは、二人の仲間を呼びに行った。
ジュンは左目にあるカイの資料やメモを見ていた。
(カイは影も闇蜘蛛も知らなかったみたいだ。でも情報は三男のショウから得ていたみたい。カイは単細胞で真っすぐだから、疑いもしなかったんだろうなぁ。影ってスパイでしょ? あぁ、強制的に無理難題を押しつけて、伝言テープから煙が出る爺ちゃんが大好きなビデオがあったよ。携帯もどきは一度作ったけれど、何か考えなくてはね)
「ただ今戻りました」
コラードの声でジュンは我に返った。
「あ、お帰りなさい。それと、いらっしゃい。どうぞ中で座ってください」
コラードは口を開けて立ち尽くしている、二人を見て苦笑いをする。
「少し放心の時間が必要かと」
「うん。初めての人は皆そうなるからね」
その言葉でワトがどうやら、正気になったようだ。
「ジュンさん。なんすかこれ? 家っすよね? あ、お久しぶりっす」
真っ赤な短髪と、黒い瞳のワトが人懐っこく笑う。
「ワト。久しぶりですね。テントなんですよ」
横に立っていた男が声をだす。
「始めてお目に掛かります。マシューと申します」
深く被ったフードを脱ぐと、茶色の長髪を一本の三つ編みにし、優しげな緑の目がジュンをみつめた。体は服の上からでもわかる分厚い胸板と、肩から腕にかけての立派な筋肉はまるでラグビー選手のようだ。
「始めまして。ジュンです。どうぞ中へ」
二人はコラードをまねて靴を脱いだ。
「移動会議室っすね」
「これで旅をしていたんですよ。でも、確かにそんな使い方もできますね」
ジュンはワトの言葉に、楽しそうに返事をする。
「ね? マシュー。言った通りでしょ? 気取る必要はないっす」
「馬鹿。主になられるお方だぜ」
マシューは困った顔でワトを見る。
コラードが二人に告げる。
「二人はジュン様の元でお仕えする覚悟は、できているのでしょうね」
二人はジュンの前で片膝をつき、右手を左胸にあて、頭を垂れる。
「「我、ジュン様の目となり耳となる蜘蛛。命の限り忠誠を誓う者なり」」
ジュンは慌てて助けを求めた。
「え? コラードなんて受ければいいのぉ?」
「頭に手を置き、誓いをお受け取りください」
ジュンはうなずくと二人に向かった。
「ありがとうございます。その誓いをお受けして、大切にいたします」
うなずくコラードにジュンは尋ねる。
「これでいい?」
「はい。主にふさわしい、お言葉でございました」
「そう? じゃあ皆でお昼にしよう。堅苦しいのはおしまい」
ジュンは楽しそうに台所に向かい。スライスしたニンニクをカリカリに焼き、その油で岩塩とコショウをタップリ振った、肉を焼く。片面に焼き色がついたところで返し、指で押しながら焼き上げていく。熱々のミネストローネスープと塩味のきいたできたてのフランスパンを並べた。
「できたよ。皆で食べよう」
手際よく料理をするジュンを、ただぼう然と見ていたワトが慌てる。
「いやいや、主。そりゃないっす。というかプロっすか?!」
ジュンは三人に笑顔で言う。
「おいしいよ?」
マシューは小さく息を吐いて、コラードを見る。
「団長。そうとうだぜこりゃ」
(メンバーから上がってくる報告の最後に、少々天然とか、少し無自覚の人たらしと書かれてはいたが、なるほど行動が把握しにくいぜ。だが、良い。この方なら力を使ってみたい)
コラードは少し笑って言う。
「えぇ。ジュン様はあなたたちを歓迎したいのでしょう。冷めないうちにいただきましょう」
肉を食べてワトが尋ねた。
「主。うまいっすけど、何の肉っすか?」
「ミノタウロスだよ」
「また、すごい物を狩ったっすね」
「狩ってないんだ。それは空から降ってきたんだよ」
「……。そっすか……」
ワトが小さくついたため息に、コラードとマシューは目を合わせて笑った。
昼食を終えるとマシューがコラードに尋ねた。
「団長。このままセレーナのところに行きますかぁ? 夜には三人がそろうみたいですぜぇ」
「そうですね。ジュン様。獣人族のリーダーのところに、エルフ族とドワーフ族のリーダーが集まるようですが、いかがいたしましょう」
「お会いできるのなら、伺いましょう。二人も行くでしょ?」
「オレは行くつもりだったっすから、お供するっすよ」
「主と団長が行かれるのに、行かない選択肢は自分にはありませんぜ」
(主って僕の事だよね? 名前じゃ駄目かな? 後でコラードに聞いてみよう。主従関係の原則みたいのがありそうだしね)




