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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第六十八話 心の休日

 ゆっくりと目を開けた。モーリス本邸のジュンに与えられている部屋の天井に、彼はまだ慣れていないようで、寝起きだというのに小さく息を吐く。

 サイドテーブルにあるカバンには、小さな反応がある。


 クレアから届いた二通目の手紙。

 女性らしい美しい文字が、ふわりと優しく耳に届く、クレアの声を思い出させる。たわいのない日常の事、新しい環境にいるジュンを気遣う言葉が並ぶ。


(仕事については何も書けない。ただ、頑張っているとしか……。全てが謎だらけの日常。クレアの未来。僕は彼女を大切な人たちから切り離し、オリに閉じ込める事になるのだろうか)


 ジュンは身支度を調え、洗面を済ませて、ライティングデスクで手紙を書く。

 当たり障りのない手紙を書き終えて、ジュンは少しうな垂れる。

「ごめん、クレア。手紙を書くべきではないのかもしれない。でも僕は君が別々の道を歩むと決めるまで、君と幸せになる道を探していたいと思うんだ」

 陣が光り、手紙はクレアの元に向かった。


 遅い帰宅とダンジョンでの疲労で。目覚めが昼を回っていた。

 コラードに料理長の都合を聞いてもらい、ジュンは軽くいつものトレーニングをこなす。


 風呂で汗を流して、そばにいるコラードに尋ねる。

「コラード。ワイアットさんには会えまし、会えた?」

「はい。冒険者ギルドの仕事が、二日間ほど入っているようです。その後一度、お時間をいただきたいようでございます」


 ほほ笑むコラードにジュンが告げる。

「当然だよね。本来は僕が直接お願いに行くべきだからね。今日は時間も中途半端だから、僕は心の休養をとる事にするよ」

「それがよろしいでしょう。いろいろとございましたので」

「うん。これからも考える事が山積みだけど、今は少し忘れたい」


(これからは慎重にやっていかなくては、人様の人生が関わってくるからね)



 数時間後。

 料理長に時間をもらい、ジュンは久しぶりに料理をしている。

 ジェンナが声を掛けたようで、ミゲルが来ると聞いてジュンは機嫌が良い。

 そばではモーリス家の伝統料理の原型が見られると、料理長も真剣である。


「大きな声じゃ言えませんが、私もあれには苦労していましてね」

 料理長の言葉にジュンは笑う。


「いえ。あそこまでに仕上げた料理長はさすがですよ。時間がありませんから、時の魔法を使いますけど、手の込んだ物ではないですよ」


 昆布もかつお節もない世界だが、その代わりに海水でゆでて干した小魚や小エビがあり、干したキノコもあるのでだし汁を作る事にした。

 料理長に捨てる野菜くずをもらい、ゆっくりと煮る。時の魔法を使うので、短時間で済むのはありがたい。

 同時に煮干しの頭と腹を取り、から煎りをして水に投入。エビも同様。

 キノコは砂糖を少し入れてぬるま湯で戻す。


「野菜くずでスープですか?」

「はい。こす時に絞ってはいけません。飲んでみますか? 二口目は塩を少し入れてみてください」

 ミリンがないので、うどんのつゆの角を丸くするための苦肉の策である。


「あぁ。優しい味です。初めての味です。塩が入ると確かに、うま味が強くなりますね」

「体が弱っている時にはいいですよ? 煮干しと小エビの汁とキノコの戻した汁を混ぜます」


 だし汁にモロミ汁を入れ、酸味のない酒を入れる。酒は熱でアルコール分が抜ける時、魚などの生臭いにおいを逃がしてくれる。


 箸のない世界でつゆの中の麺は長すぎる。ジュンは麺を十センチ程に切るとゆで始める。


「長いですね?」

 料理長が言うのはもっともである。こちらでは、うどんの扱いは日本のマカロニと同様なのである。

「本当はもっと長いのですが、食べにくいのです」


 森須家の鍋焼きうどんは、昆布とかつお節でとっただし汁のつゆで、エビ天、青菜、かまぼこ、卵、餅か麩の五品なのだ。しかし今は青菜以外は何もない。


(イカ、タコは見た事がないしね。エビは大きくて太いので、切ってまでは使わない。黄身が顔程ある卵なんて入れられないよね)


 ジュンはタマネギを切り、干しエビを入れて、かき揚げを多めに揚げる。


 不思議そうに見ている料理長に、揚げたてのかき揚げにつゆをかけて渡す。

「おぉ。これは。パン粉を使わない訳がわかりました」

 フライや唐揚げは種類がたくさんある。しかし、天ぷらはこの世界にはない。


 ジュンは珍しそうにしている料理長に告げる。

「賄いに鍋焼きうどんを二十個は無理でしょうが、野菜や肉やうどんをこの汁で煮込んでこのかき揚げを添えてあげると、寒い冬には良いかもしれません。かき揚げは塩でもおいしいですから、お好みで楽しめますよ」

「娯楽が少ない島ですからね、目新しい食べ物は皆が喜びます」


 かき揚げ、キノコ、魚のすり身団子、青菜。ミゲルとジェンナの胃の負担と冬の寒さを考えたのだろう、軽く絞った大根おろしを乗せて仕上げる。


 野菜や肉をいためた中にうどんを入れて再度いためる。だし汁を少し入れると、うどんに味が入る。

(森須家の焼きうどんはバターしょうゆ味なんだ。婆ちゃんはだし汁を使うけれど、母さんは忙しいから、昆布茶を使っていたっけ)


 ナポリタンは珍しくはないと思ったジュンだったが、意外にも料理長が一番興味を示した。

(タマネギと加工肉、森須家はハムではなく、ウインナーをハスに切って入れるんだ。加工肉って良い味を出すからね。ピーマンは大事なんだけど、ないので最後にバジルを使おう。青臭い物は必ず欲しいからね)


 パスタと共にいためた後、強めにコショウを利かせる。酒を入れてトマトソースをからめる。

(婆ちゃんは日持ちのするシェリー酒をよく使う。倉庫にある味の似ている酒を代用しちゃった)


「麺をいためるのですね?」

「料理の付け合わせにもなりますし、冷めても麺がくっつきにくくなります」


 炭水化物だらけの料理に、テーブルは見ているだけで、腹を壊しそうな状態だが、ジェンナとミゲルは機嫌がよい。


「ほぉ。鍋焼きうどんとは、三種類の料理だったのじゃのぉ」

「鍋焼きうどんの本物はおいしいねぇ」


「伝統料理にはならないでしょうが、これが鍋焼きうどんです。乗せる具材を変えるといろいろと楽しめますよ。料理長がこれからはいつでも再現してくれます」

 料理長が笑顔でうなずく。


「鍋焼きうどんが私は好きだねぇ。モーリス家の伝統料理の名前は変わらないが、味はよくなった」

「そうじゃのぉ。何代目の料理長が伝統料理を創作したのじゃろうのぉ」


(僕は初代だと思うんだ。カイと作った料理だよ。カイは卵を割るのが下手で、納豆も混ぜると糸が消えたからね)


 食事が終わり、のんびりと茶を飲む。

 ジュンはミゲルの横に座ると、うれしそうにほほ笑む。


「ジュン。むちゃをしたようじゃのぉ?」

「いえ。ミゲル様のお陰で困りませんでした」

「回復魔法は相手に手をかざして掛ける物。地面に掛けた反射で複数に掛けるなど、聞いた事がないのぉ」

「え? 離れているメンバーには飛ばしましたよ? 火や水だって飛ばせますから、回復も飛ばせば良いと思ったのですが」

「そうじゃのぉ。飛ばせたなら、それで良いじゃろうのぉ」

「はい」


 二人が笑顔でしている、とんでもない話を聞きながら、ジェンナは横に立っているジーノに聞く。

「ジーノ。前から思っていたが、あの二人は似てないかねぇ?」

 ジーノは優しく目を細めて答える。

「ひょうひょうとしたご様子が、よく似ていらっしゃるかと」

 ジェンナはジュンとミゲルを見て小さく笑った。


 ジュンは拠点を作る時に、ミゲルとシルキーに知恵を借りたいと伝えると、ミゲルはニヤリと笑った。

「それはあの子が喜ぶじゃろうのぉ。あの家に儂と二人っきりじゃ。退屈に思う日もあるじゃろうからのぉ」


 ミゲルは本邸に泊まる事もせずに、シルキーの待つ家へ帰って行った。



 それから二日後。

 ジュンとコラードはカブラタの王都にいた。

「コラード。ちょっと街からでよう。見て欲しい物があるんだ」

「外で、でございますか?」

 コラードは小さく首をかしげたが、ジュンの後ろについて門を抜けた。


 ジュンが握り拳ほどの石を地面に置くと、扉が現れる。

「さぁ。入って?」

 ジュンは触っていたコラードの腕を引き、扉に入った。


「これが僕のテント。これで旅をしていたんだよ」

 コラードはようやくまばたきをして、ジュンを見る。

「今、テントとおっしゃいましたか?」

「うん。作ったカイ様がテントと言ったみたい」


「中を見せていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろん。そのために入ってもらったんだよ?」


 コラードは足元を見てから靴を脱ぎ、中を見て回った。

「これは、素晴らしいですね。なるほど、これで謎が解けました」

「謎って?」

「ジェンナ様に送られてくる映像の中に、このテントの中の映像が幾度かございました。国を移られておいでなのに、同じ宿にお泊まりなのが、とても不思議でございました」

 ジュンは笑ってコラードを見る。


「倉庫に家具や寝具もあるから、寝泊まりができる。そして何より、誰にも見つからないから、王子でも泊まれるんだよ」


 コラードは笑顔でうなずく。

「なるほど。これは王宮より安全でございますね。ジュン様、台所をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「コラード。ここは僕のテントだよ? 好きにしてくれていいよ。冷蔵庫の中も全部自由にしてくれていい」


 コラードはゆっくりとうなずく。

「お茶にいたしましょう。ここは密室。ジュン様にお話ししなくてはいけない事がございます」

「うん。何? あ、ここでは立っていなくていいからね。座って。パイを食べる? 僕の手作りだけどね」


「それは、おいしそうですね。ご相伴にあずかりましょう」

 コラードはマジックボックスから、美しい茶器を取り出し、手慣れた手つきで、優雅に茶をいれた。

 コラードはテーブルをはさんで椅子に腰を掛けると、ジュンを正面から見た。





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