第六十七話 ダンジョンの核
ジュンは結界内で皆に回復魔法を使った。大きなケガはなかったが、子供と違い大人は転ぶとなぜかとても痛みを感じる。それを癒やすためである。
「階層主、随分と派手な登場だすが、この部屋で最後だす」
アロの言葉にジュンが尋ねた。
「そうなのですか? なぜわかるんですか?」
「見るだす。真ん中にいるデカイのが、ゴブリン・キング。ゴブリン・マジシャンとゴブリン・ウィザードを連れているだす」
チェイスがそこで告げる。
「それぞれが、経験した事のある相手だと思う。ただ、階層主の部屋に単独でいる三体が、同時にいるのは厄介だ。ここの主はキングで間違いはないだろう。強力な身体強化を掛けているので、長期戦を強いられる。そこにゴブリン・マジシャンだ。光と闇の使い手。見方へのヒールと我々へのマヒと睡眠を掛ける。ゴブリン・ウィザードは、強力な火と風の魔法を使う」
ブレがぼそりと声をだした。
「主を倒せば他は消えるが、回復がいるならムリだ……。キングは硬い」
うなずいてバルが言う。
「回復役のマジシャンはきっと階層主が守るから、混戦になるでしょう。これは無傷じゃすみませんね」
ジュンは小さく首をかしげると尋ねた。
「回復役のマジシャンだけなら、チェイス副隊長がいなくても、皆さんで倒せるのでしょうか?」
「キングが手を出さなければ、マジシャンとウィザードは三人で何とか倒せるだす。ただキングがいる以上、それは無理だす」
アロの答えにチェイスがジュンを見た。
「ジュン。何か案が思い浮かんだのか? なら言え。私の目標は全員が無事に帰還する事のみだ」
ジュンは足元に小さな光魔法を落として、自分の手をナイフで切りつけた。
その傷は皆の目の前で静かに消えていく。
(この場で実験とかあり得ないけど、できると思ったんだよね)
「これですね。チェイス副隊長はキングのタゲを取ります。僕はその後ろでこの光を広げます。皆さんはマジシャンとウィザードを倒してください。その後は全員で主を倒すのはどうでしょう? ケガや痛み、闇魔法のマヒや睡眠程度の物はこの光が治します。ただ、問題なのはこの光は僕が中心にいないと展開できません。コントロールが難しく集中力が必要です。したがって僕は戦力にはなりませんが」
誰もが口を開かないので、ジュンは困った顔でうつむいた。
(ゲームじゃないんだし、新人の僕を信じて命は懸けられないよね?)
「私はその案に乗ろう。ただ、どう考えても高位回復魔法に見えるが、普通は二、三人を治すのが限度だろう? 時間は何分維持できる?」
チェイスの問いにジュンは答える。
「ポーションはたくさんあります。足りなくなりそうなら言いますよ。初めてすることですので、時間はわかりません」
「ワシたちに不都合は何もないだす。ジュンに負担は掛けちまうが、二体は急いで倒そう。な?」
アロにふられたバルは困った顔で告げる。
「ぼくは、近接戦だからね。何かがあったら頼むよアロ」
「オレはチェイスが決めた事なら何だってする。チェイスは間違えないからだ」
全員があきれた顔でブレを見るが、どうやらチェイス信者なのだろう、そのまま苦笑いに変わっていった。
「よし! では主のタゲは取る。後は任せた!」
「皆さんフードか帽子を被ってください。結界は張れませんので、服や髪が燃えます。やけどは治せますが、髪は、ハゲても戻せません!」
ジュンの言葉に全員が固まった。
「オレ。ハゲるのいやだ」
ブレはそう言うと頭から水魔法で水を浴びる。
それぞれがびしょぬれで、うなずきあった。
チェイスが走り出す。それと同時に援護の魔法攻撃が主以外の二体を狙う。
ジュンはチェイスの後ろを追う。
それに気が付いたキングが大きな剣を振り下ろす。
ガツンとその剣を受け止めたのはチェイスの盾。
その後ろで、ジュンがクルリと回ると光の円が地面にでき上がった。
そこに向かって三人か駆け寄る。
(予想以上に魔力が消耗する。早めにポーションを飲まないと。ここでは何があるかわからない)
ブレの投げるナイフを杖ではじくゴブリン・マジシャン。だが、そこでできる小さな隙をアロは見逃さない。
アロのショートソードをかわして、マジシャンが退いた場所にいるのはバル。
重い両手剣がマジシャンをたたき切る。
マジシャンの援護放火をしていたゴブリン・ウィザードが地団駄を踏む。
風の刃がメンバーに襲いかかる。
回復は傷を瞬時に治すが、傷を受ける瞬間の痛みはある。
しかし、誰もがそれを口にはできない。
なぜなら、年若いジュンが先程から顔をしかめながら、魔力ポーションを飲んで自分たちの命を守っているのだから。
ブレの投げたナイフを、アロが素早く拾い集めてきていた。
ブレはウィザードにナイフを投げる。ウィザードの魔法が途切れたところで、バルの両手剣がウィザードに向かう。
魔法を使う魔物は、物理攻撃に弱い事が多い。ウィザードは逃げ場を探そうとしたのだろうが、あまりにも決断が遅かった。
後ろに回ったアロのショートソードが、ウィザードの心臓を貫いていた。
メンバーが一斉にゴブリン・キングに攻撃を開始した。
かすり傷程度はすぐに治るのだから、ためらう時間は必要がない。
チェイスとバルの剣が付ける傷が、キングの驚く程硬い皮膚を証明していた。
ブレがキングの頭をめがけて炎を浴びせ、ナイフを立て続けに投げる。
その内の一本がキングの右目に突き刺さり、ゴブリンは剣を落として右目を押さえ膝をついた。
チェイスが剣を蹴り飛ばし、声を張る。
「離れろ! 首に打ち込め!」
それぞれがゴブリンから離れ、魔法を放つ。
ゴロリと音をたてて転がる首に、ゴブリン・キングであった面影はない。
ジュンは魔法を解いて安どの息をついた。
階層主が消えた。その後に残っていたのは、宝石袋とマジックボックス。
「ほう。マジックボックスが出たな。ジュン。ボックスはあるのか?」
ジュンはきょとんとした顔でチェイスを見た。
「え? 倉庫持ちですが」
「これをやる」
チェイスに投げ渡されて、思わずそれを受け取ったジュン。
「倉庫は本人が死んでしまうと、中の物は取り出せない。だがボックスは残る。黒も青もボックスは全員が持っている。ダンジョンで出た宝石以外の物は特務隊が所有権を持つ」
チェイスの言葉にアロが補足する。
「青も黒も、次にダンジョンでボックスが出たら、ジュンに渡そうと決めていただす。もらって使うといいだす」
「はい。皆さんありがとうございます」
ジュンはぺこりと頭をさげた。
「さて、ダンジョンの核を見にいくか」
チェイスの言葉で、階層主の部屋を抜けた。
そこにあるはずの転送石はなく。透明な水晶が置かれていた。
「ジュンは初めてだな。よぉく見てみろ。中に何かがあるだろう? それが、ダンジョンの核だ」
水晶の底の部分に、子供の握り拳程の肉のような物が小さく動いている。
「帽子を持ち上げろ」
その言葉で、アロが水晶を持ち上げた。
チェイスがプルプルと動く核に剣を突き立てたその瞬間、全員がダンジョンの入り口に立っていた。しかし、そこには転送石はなく、ただチェイスが地面に剣を突き立てていた。
ダンジョンの入り口だった洞窟はどこにも見えない。
土の小山が不自然にそこにあるだけだった。
「不思議だす。ここを掘っても跡形もないんだす」
「不思議ですよね? ところでアロさんその水晶は?」
「核の上にあるから帽子と言われているだす。色は決まっていないだす。本部にダンジョンを潰した証拠として書類に付けて提出するだす。ほとんどが商業ギルド経由で売却されるだすが、大きな物は通信機に使うらしいだす」
(これを丸くしていたの? 丸である必要はないでしょ? あぁ。カイが作ったんだよね。魔法使いっぽいとか言いそうだよね)
本部に戻ると解散になった。
ジュンはマジックボックスの礼を皆に言うと、モーリス本邸に転移した。
「馬鹿者! 死ぬ気か!」
「え? 生きる気満々ですが?」
両手を自分の腰にあて、怒るジェンナがいるのは転移室の前。
対するジュンは何の事だか、さっぱりわからない。
「して、どこもつらくはないのかい?」
「何を怒られたのかがわからないので、心は少しつらいかも……」
「馬鹿者。まぁ良い。顔を見て安心した。コラード後は頼む」
「かしこまりました」
ジェンナはそう言うとジーノを従えて、階段を上がって行った。
「ジュン様。お帰りなさいませ」
「ただ今戻りました、コラード。えぇと。僕はとても心配を掛けて、怒られたって事であってる?」
「はい」
「では、なぜ? 何が心配だったの?」
「本当にどこも苦しいところはございませんか?」
「うん。全く」
「魔力ポーションは内蔵に負担を掛けます。三時間以上あけて飲むのが普通でございます」
「そうなの? 知らなかったよ」
「それを四本もお飲みになり、苦しそうにお顔をゆがめておいででした。ジェンナ様も私も生きた心地がいたしませんでした」
「苦しい? 違うよ。まずいでしょあれは」
「まずいとは?」
「おいしくないでしょ?」
「好みはございましょうが、爽やかな果実水のようだと思いますが?」
「え? 苦い粘土のようだよ?」
二人は話しながら、部屋に着いた。
「これ。飲んでみてよ。風呂上がりに飲める物じゃないよ?」
コラードはジュンに渡された魔力ポーションを、バックから出したスプーンにたらし、匂いをかいで眉間にシワをよせて口に運ぶ。
「これは……。ジュン様、これはどこで入手されましたか?」
「ミゲル様が作ってくださったんだよ? 僕も作れるよ。まずいでしょ?」
「お作りになるのでしたら、材料を教えていただけますか?」
「うん。いいよ。コラードにはいつだって僕が作ってあげるけどね」
コラードは苦く笑った。
「ありがとうございます。当分は在庫がございます」
「そう。いつでも言ってね」
「はい。お湯の用意はできておりますが、いかがなさいますか?」
「うん。お風呂に入ってから寝る。食事はいらないけど、ジェンナ様に夕食に鍋焼きうどんを作りますから、ご一緒にどうか聞いておいてくれる?」
「かしこまりました」
コラードは心配のあまり、珍しく取り乱していたジェンナに、ジュンの話を伝えポーションを渡す。
ジーノがコラードと同じようにスプーンで味を見て顔をしかめた。
「これはまた……」
横でポーションの材料を見ていたジェンナが、大きく息を吐く。
「ミゲル様の心配は正しかったねぇ。内蔵を保護するクスリを混ぜてあるが、味の悪い物を選んで入れてあるよ。これを飲む程、魔力を使わせたくはなかったんだろうよ。それにしても、回りくどい過保護だねぇ」
「ミゲル様のポーションの説明を私がするのは、せん越かと存じますが。いかがいたしましょう」
コラードはジェンナに尋ねた。
「あの子には全て話してやりな。これからは、上に立つ身。自分で判断ができるだろうよ。とんでもない常識知らずは、育った環境のせいさ。助けてやっておくれ」
ジェンナは立ち上がり、窓から空を見上げた。
(異世界からきたシオン様の子孫。カイ様と同じ顔を持つが、紫の目を持つジュン。あの目は神の目だねぇ。ミゲル様はジュンを組織の中に縛ってはならぬと言った。ジュンがこの世界の常識に染まれば、きっとあの子は真実が見えなくなると。さてあの子はどのように根を張り、どんな花を咲かせ、実をつけるのかねぇ)




