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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第六十五話 雪人形 

 ジュンは与えられている部屋で、コラードに言った。

「すみません。僕は人を使った事もなければ、使われた事もないんです。だから正直に聞かせてください。給料とか休日は、コラードの望みどおりにしようと思っていますので」


「ジュン様。執事は普通、雇用ギルドに所属しておりますが、私は所属しておりません。当面はジュン様の拠点を作り、人を集める事を優先いたしましょう。ジュン様の後見人はミゲル様。モーリス家が今まで通り支援下さると承っております」


 ジュンは少し考えて、倉庫から金貨が十枚入った袋を取り出す。


「では、これを好きに使ってください。住む場所が決まるまで、甘えさせてもらうけど、コラードが必要な物はそれを使って欲しい」


 コラードは袋の中を見て顔を上げた。


「百万セリ。こんな大金をでしょうか?」

「お金がギルドにあるって言われても……。まだ入れ方も出し方も知らないんですよ。でもコラードが僕のそばにいることで、肩身が狭い思いをするのは嫌なんです。財産管理も仕事でしょう? すぐに出して来ますからね」


「その必要はございません。私はひと月に必要な予算案をお出しいたします。その金額だけをお渡しください。使った物は全て帳簿に記載しておきますので、いつでもご確認いただけます」


(家計簿? 人件費もあるから経理? 執事ってすごく面倒な仕事だよね)


「そうなの? 言われたとおりにしますけど」


 こればかりは予備知識もないのだから、ジュンには仕様がないようだ。

 ジュンはコラードを見ると情けない顔をして尋ねる。


「それと、人なんだけど、どうしよう?」

 

 コラードはおだやかな表情で尋ねる。

「ジュン様。旅をされていて、影として適任な人物とはお会いになりませんでしたか?」


「うん。実はね。この話が出た時に一人だけ、思い浮かんだ人がいるんです。その方は影の経験があるのですが、主人になるのは、僕なんかじゃ駄目だと思うんですよ? なんて言うのかなぁ。誇りというか、多分ですが、主人が選ぶのではなく、彼が主人を選ぶのだと思うんですよ?」


「その方にジュン様は選ばれないと?」


「それはそうでしょう? 僕なら選びませんよ? 未成年の世間知らずですよ?」


 自慢でもしているかのようなジュンの言葉に、コラードは少し笑って言う。


「影の者、影だった者は自らそれを語る事は決してございません。それをジュン様に伝えたのは、この日のためでしょうね。一度話されてはいかがでしょうか?」


「そうなの? でも、そうすると僕の立場が表に出るでしょう?」

 ジュンの言葉にコラードはうなずく。

「私が参りましょう」


「うん。任せてもいい? 無理強いだけはしないでね? 安全な仕事ではないし、家族や友人を危険な目に遭わせちゃうかもしれない。断られたらすぐに諦めてくださいね」


 コラードはジュンを見つめた。

「ジュン様。これは大事な事ですのでお聞きください。影となる者は家族を捨てる事が原則でございます。それができない者は、影にはなれないのでございます」


「うわぁ、またそれかぁ。家族は簡単に捨てては駄目でしょ? 影じゃなく仲間って事ならいいんじゃない?」

 名案と言わんばかりのジュンに、コラードは小さく息を吐く。


「お気持ちはわかりますが、それでは彼らの家族が危険なのでございます。影となる者はその覚悟ができております。ですから拠点が必要なのです」

「重たいですね。影は一生独身? そんなひどい事強いられないよ」


 ジュンのうんざりとした顔を見て、コラードは優しく伝える。


「影は人を辞める訳ではございません。家族を持ちたければ引退するでしょうし、影同士の婚姻もあります」


「そうか! 引退すれば良いんだ。なんだぁ心配したよ。あ、でも引退すると言ったらひどい目にあわされるとか?」

 ジュンは心配そうにコラードを見る。


「影には見てきた事、聞いた事の口止めはいたします。もちろんそんな事は彼らの方が知っています。危険な目に遭うのは彼らですからね」


「え? なぜ?」

 ジュンの素朴な疑問にコラードは答える。

「ジュン様や特務隊。ギルドの事を知りたい者や、利用したい者は世界中におります。その者たちの餌食にはなりたくはないでしょう」


 ジュンは顔を曇らせ、ため息をつく。

「コラード。僕はやっていけるのかなぁ……」


 コラードは静かにうなずいてから告げる。

「ジュン様。私に対してもそうでございますが、まずはお言葉をお改めください。これからは、影の者もお近くでお仕えいたします。敬うような言葉遣いでは、統率がとれません。配下の者は呼び捨て。普段使いのお言葉は、年齢が上の者でもお使いくださいますように」


 ジュンは恨めしそうにコラードを見た。

「わかりまし、わかったよ。これでいい?」

「はい」

 コラードは大きくうなずくと、笑みを浮かべた。


 そこに突然連絡が入った。

「ジュン二号からです。あ、二号からだ」

 ジュンは言い直した事が少し恥ずかしかったのか、コラードを見て笑う。


『おい。聞こえるかぁ! どこか押さなくていいのか? お前! この年で人形に話しかけるって、勇気がいるんだぞ』

「チェイス副隊長。ジュンです。どうかなさいましたか?」

『おっ! おお。お前。ダンジョンに潜った事がないって本当か?』

「はい。ありませんが」


『本当だったのか。明日。一の鐘でこっちに来い。ダンジョンに連れて行く』

「はい。持ち物とか必要な物を教えてください」

『いらん。体だけ来い。だが、女装は駄目だぞ?』

「そんな趣味はありません!」

『そうなのか? まぁ、明日な』

「はい」


 ジュンはスライムの通信機をしまうと、大きなため息をつく。

「全く。犯人は黒組ですね。好きでした訳ではないのに」


 コラードは小さく笑って、告げた。

「それでは、私はその間に交渉して参りましょう。その方と接触できる場所はおわかりでしょうか?」


 ジュンは『食寝亭』で会えるであろう、ワイアットの名前をコラードに伝えた。



 翌朝。ジュンはいつものように剣と槍の稽古をして、出かけていった。



 朝食のために階段を下りてきたジェンナが、玄関が騒々しい事に気がつきジーノに尋ねる。

「何かあったのか?」

「申し訳ありません。今朝は珍しく雪が積もっていたのでございます」

「雪は毎年降るではないか」


 ジーノは笑顔でジェンナに告げる。

「それが、早朝、ジュン様が稽古をされた後に、雪人形を作られたのです」

「あれは幼子か……。集まるほど珍しい物でもなかろう」

「実はその雪人形の目鼻やボタンに、あの春先に売られる高価なハージンが使われているのでございます」


「どれ。私も見てみようかねぇ」

 ジェンナが笑いながら玄関の近くまで行くと、使用人たちが道をあけ、礼をする。

 その先にいるのは、侍女頭のサマンサだった。


「サマンサどうしたんだい?」

「ジェンナ様。ご覧下さいませ」

 そこにあったのは日本では雪だるまと呼ばれる物で、イザーダでは雪人形と呼ばれている物。

 丸い体と丸い頭。頭の上には帽子代わりの木のおけと、左右には棒が刺してあり、作業用の手袋が棒の先についている。


 ただ、普通の雪人形と違うのは、目鼻、左右の耳に果実のハージンが使われていて、口には雪人形を笑顔にしたかったのか四個と、頭部だけで合計九個のハージンが使われている。おまけに、体にはボタンとしてさらに四個のハージンが使われているのだ。


 サマンサは困った顔で告げる。

「ジュン様が作られた物ですが、ハージンは高級な果実。嫌いな者は少ないかと」


「冷えておいしくなっているだろうねぇ。どれ」

 そう言うとジェンナはハージンを取ってはサマンサに渡す。

 サマンサはエプロンの下の両隅を持ち上げそれを受け取る。


「私が一口食べよう。後は少ないだろうが、皆のデザートに付けるので、雪人形を完成させておきな。ハージン泥棒の主犯は私だねぇ」

 ジェンナは子供のように、ニッコリと笑って皆を見た。


「本日は料理長が人気者でございますね」

 ジーノの言葉にジェンナが首をかしげる。

「たかが、ハージンでかい? 大げさだねぇ」


 ジーノは少しほほ笑んで言う。

「今朝。ジュン様が調理場に大量の高級肉を置いて行かれました。コラードとカリーナがジュン様に付きましたので、皆に不自由をかけるからと、おっしゃいまして」

「そうか。ジュンらしいねぇ。たくさんあるのなら、皆も喜ぶであろう」

 ジェンナはそう言って少し笑う。


「すでに朝から皆は張り切っております。その上デザートでございますから」

「なる程。拠点ができると出て行くんだがねぇ。あの子は無意識にこうして人を引きつけるのだねぇ。引きつけるで思い出したが、新人の侍女の報告がコラードから上がってきていたが?」


「アリッサは家族の元に本日、帰す事にいたしました。普通の屋敷の侍女とは訳が違います。その分、給金も多くしております。アリッサの姉の頼みでしたが、同時に複数の恋愛関係を持つ者は、残念ですが屋敷には置いておけません」

「そうかい。人の心を踏みつけるようじゃ信用ならないねぇ。後任は二名入れておくれ。カリーナはジュンが連れて行くだろうからねぇ」

「そのようにいたしましょう」



 モーリス本邸の玄関を訪れる者はいない。


「僕が留守の間の警護は任せた!」

 ジュンにそう頼まれた雪人形はその後、使用人たちが一人残らず、楽しそうに手を加えて完成した。

 

 松葉のマツゲで目元もパッチリと愛らしく、立派な口ひげを蓄えた姿もりりしい、可れんなエプロン姿のメイドになって警護をしていた。

 その勇姿は、ジーノの上手とはとても言えない挿絵とともに、モーリス家執事の業務日誌に記録された。






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