第六十二話 暴くしかない
メラニーの侍女たちに連れられて、戻ってきたジュンに、特務隊は息をのむ。
女を磨かせれば、確かに娼館の侍女たちはプロなのだ。
「ウチがおもてたんとおりどす。こん子はギルドなっとにおる子ではおまへん」
「いやいや、メラニーさん。僕は男ですからね? ここにいる方が変ですからね」
メラニーの言葉にジュンが慌てて訂正をいれる。
(仕事だから変装したけど、貴族のアホボンの時より恥ずかしい)
「いやぁ。驚いたねぇ。ジュンはこれから、散髪は禁止だと隊長に伝えよう。第二のソフィだ。誰が男だと気がつく? いや男だと知っていても良いかも!」
上機嫌のコニーにみんながうなづく。
薄い紫のカツラは長く、優しいウエーブがかかっている。額に下がっているヘッドドレスにはいつもの石をジュンは忘れずに付けていた。胸元にドレープの豊富なデザインは、平たんな胸をカバーして細身の体を際立たせていた。
「ソフィさん。私も奇麗に変装したいですよぉ」
熊の獣人族エルダのかわいい発言に、ソフィは困った顔で告げる。
「エルダ……。あ、あなたはそのままでも十分女の子よ。魅力的だわ。ねぇジク?」
「え? あぁ。うん。エルダはそのままでもいい」
ジクの言葉にうれしそうな笑顔を見せるエルダ。
「えへ。はい。ジクさんがそう言うなら」
「ソフィ。お前。振るんじゃねぇよ」
ジクの抗議をソフィはさらりと聞き流した。
それぞれが移動を始めてジュンもメラニーと外に出る。
夕日が傾き始めた時間帯は、あちらこちらの店のあかりが扉を照らし始めていた。
メラニーと入った店には、既に黒組が二組に分かれて酒を飲みながら、相方を口説いている最中である。
「こん子はウチがかわいがっとる子なん。おたのもうしますえ」
メラニーはそっと店の女主人に目配せをする。
「お母さんの秘蔵っ娘ですね。なんと愛らしい。是非私に育てさせてくださいな」
ジュンは二人の会話を聞きながらあたりを探るが、魔物などはどこにも見当たらない。
(こんな変装を脱ぎ捨てて、町中を探した方が早いかもね)
ジュンは冷めたお茶を口にして、口紅の油の匂いに顔をしかめた。
そこに子供が入って来てジュンは目を見張る。
「母ちゃん」
年齢は十歳位だろうか、茶色の巻き毛で、薄い緑の瞳が印象的な少年だった。
「ガウナ。夜は来ちゃ駄目って言ったでしょ? どうしたの?」
息子の目の高さにかがみ込み、優しく話しかける母親は、この店の娼婦なのだろう、下着に近い服装で、茶色の髪と茶色の瞳がひどくやつれて見える。
「婆ちゃんがこれをもって行けって」
渡された袋を受け取ると中を見てから、息子の頭をなでる。
「ありがとう。いい? まっすぐ帰るのよ? 婆ちゃんが心配するからね」
「うん、大丈夫だよ。まっすぐ帰るよ」
(あぁ。見つけた……。見つけたくなかったよ)
ジュンはメラニーに耳打ちをする。
「メラニーさん。分かりましたので、みんなに知らせてもらえますか?」
「よろしゅおす。みんなには知らせますさかい、部屋に移りまひょ」
二人ずつ時間をあけて部屋に入ってきた黒組に、ジュンは魔物の説明を始める。
「魔物の名前はアスワンデです」
顔はアリクイの形状。体はトカゲ。コウモリの形状の翼を持ち飛行する。
食事は主に、洞窟などにいるコウモリの生き血を、長い舌ですする。
元来、臆病で、強い生き物に攻撃する事はない。
繁殖は自分より大きな動物に卵を産み付ける。卵は体内で孵化すると、母体を切り裂いて産まれる。そのために強靱な爪を持っている。発育は遅く。成体には十年程かかる。
「それがこの店にいるのか?」
コナーの言葉にジュンは少し困った顔で告げる。
「いいえ。アスワンデの亜種でしょう。本来擬人化どころか変態すらできない魔物です。そして困った事に知能まであるようです」
「おぃおぃ。待てよジュン。あれか? 人に化けていやがるのか?!」
ジュンはジクの顔を悲しそうに見つめた。
「ば、馬鹿! お、お前! その面でそんな目をするな! 俺が傷つく……」
皆はジクを笑ったが、ジュンがぽつりとつぶやく。
「ガウナと呼ばれている少年です。人間の生命反応は皆無ですから、取りついているのではありません」
全員が息をのんだ。
しかしすぐに、この娼館の女主人が怒りのこもった声を上げる。
「待ってくださいな! ガウナはうちのポーラの息子ですよ?! 魔物なんてとんでもない! ヨチヨチ歩きの頃から知っていますからね」
ジュンは小さくうなずいて言葉を口にする。
「不愉快に思われるのは当然です。もし、ご存じでしたら、ポーラさんがこちらに来る前のお話を聞かせていただけませんか?」
少し取り乱した気持ちを、自ら落ち着かせるように女主人は話す。
「こんな商売をしているとね、訳ありの娘でない方が珍しいんですよ。ポーラは九年にもなる古株でね。若い時はそりゃあ器量の良い娘でしたから、妻にしたがった客も多かったんですよ」
ポーラは平民の娘で貴族の男と恋に落ち、反対をされて駆け落ちをしたようだ。
二年程の旅は幸せに過ぎ、ポーラの妊娠を期に男は再度結婚の許可を得るために、帰国をしようと決めたのだと言う。
その途中で、馬車が魔物に襲われ、命辛々洞窟に逃げ込んだのだが、男は傷が深く亡くなったようだ。
「自力でここまで来たのですか?」
「いいえ。洞窟に狩りに来た冒険者に保護されたようですよ。警備兵に男の事故死の証明ももらえたと言っていました。まぁ、貴族からは口止め料のはした金を、投げ渡されたようですがね。今は体の弱い母親と三人で暮らしています」
ジュンはしばらく考えてコナーを見る。
「コナー副隊長。どうも気になります。亡くなった貴族の状態を知りたいのです。それとポーラさんの出産の状況です。おそらくコウモリのいる洞窟に逃げ込んで、アスワンデと遭遇したのでしょうが、人間に卵を産み付けるとは考えにくい。仮にそうだったとしたら、彼女が生きている事が不自然になります。魔物を退治すれば、彼女は大切な息子を失う事になります。どうするのでしょう?」
コナーは苦い顔をして口を開いた。
「彼女にはすべてをありのままに話すよ。これ以上被害者を増やす訳にはいかないからね。それを受け止めてもらうよ。彼女は知っていたのか、知らずにか、人に害を与える魔物を育てた責任があるからね」
コナーの指示でジク、ソフィ、エルダが動く。
泣き出した女主人の背中を、メラニーが優しくさすりながら、部屋を出ていった。
「ガウナが動き出したら連絡は来るが、それにしてもなぜ今まで動かなかった?」
コナーの言葉にジュンは小さく息を吐く。
「僕の推理を聞きますか? 情報を待った方が良いと思いますが」
「いや。聞かせてくれ」
コナーの言葉にジュンは話し始める。
「アスワンデは新鮮な生き血しかすすりません。ポーラさんの旦那さんは、おそらく生きていたか、仮死状態で生き血を抜かれていると思います。ミイラのようなご遺体だったはずです。コウモリより魔力も血の量も多いですからね。味をしめて無抵抗なポーラさんに卵を植え付けた可能性が高い。妊娠されていたようですが、おそらく流れたか餌になったでしょう」
コナーは大きく目を見開いてジュンを見る。
「それは……。ジュンの推理が外れている事を願うよ」
「僕はポーラさんが、アスワンデの生態を調べたのだと思っています。そして卵か既に孵化していたか分かりませんが、アスワンデを引きずり出したと思っています」
「嘘だろう……」
「外れている事を僕も祈りますよ。なぜならアスワンデに血をすすらせていたことになりますからね。自分で飛べるようになってからは、自分で調達していたでしょうが、産まれてすぐの血は人の物だったんです。丁度約十年。成獣になる時ですよね。おいしい血が沢山必要です。嫌な推理です」
数時間後。
黒組のメンバーの報告は残念な事に、ジュンの推理を裏付ける物ばかりだった。唯一新たな情報といえば、ポーラの母親が腕の良い助産婦であった事だった。
事件が急を要する事なので、女主人がポーラを部屋に連れてきた。
コニーに質問をされると、ポーラはガクガクと震えて床に座り込む。
「彼は生きていました。アスワンデが彼の傷口をいくら追い払ってもなめていました。アスワンデに襲われた時、彼が退治をしてくれたんです。もう骸骨のようだったのに……。そのまま彼は二度と息をしてくれませんでした」
聞いていた誰もが、言葉を口にする事ができなかったが、ジュンはそれでも聞きたい事があったのだろう、コツコツと靴音をたててポーラに近づき椅子に座らせると、冷静な顔で彼女に尋ねた。




