第六十一話 黒組と同行
午後からは特務隊に召集が掛かり、全員が集まった。
ジュンの紹介が行われ、本題に入る。
青組のチェイス副隊長の横で黒の副隊長コナーが説明を始める。
「ゼクセン国の娼婦殺人だねぇ。見てきたけど災害だね。あぁ新人君がいるから、親切な私、コナーさんが教えてあげるよ。災害級の魔物の仕業って事」
コナーの言葉にチェイスが眉間にしわを寄せる。
「それでは分からん。魔物に娼婦が見分けられるのか?」
コナーはその質問を予期していたかのように続ける。
「それだよ。娼婦を傷つけずに、血だけを全部抜ける奴がいると思うか? 針を刺した痕すらないんだよ。ただ、今のところ被害はゼクセンだけ。ゼクセンにいる内に手を打たないとまずいよね。何体いるのかも分かっていない」
そこでソフィという女性隊員が発言をする。
金髪に緑の瞳の三十前後だろうか、なかなかの美人である。
「これは言いにくいんだけどね。亡くなった三人は、高級娼婦とは言えないんだよ。家族とも疎遠でね。その日暮らしって感じの娘。もし、無差別なら一般人も危険でしょうね」
そこでベルホルトがジュンを見る。
「ジュン黒組に同行しろ。被害を最小限にとどめる」
「はい」
ジュンはただ返事をするしかない。
「待ってくれよ。俺らと同行って、子供だろ? 隊長の補佐って言ったじゃないか。災害級なら危険は避けられねぇんだ。一体と決まった訳じゃない。俺はごめんだぜ」
ジクムントはイライラと短い金髪の頭をかくと、青い瞳でジュンを見据えた。
「ジク。大丈夫だよ。ジュンは一人でもおそらく解決ができるんだよ。隊長とチェイスと私はジュンの仕事を見ているからね。彼には隠れている魔物を見る能力がある。おまけに全種使い。どうだい? それって使えるだろ?」
コナーの言葉に全員がジュンを見つめる。
「お邪魔にならないようにいたします。新人ですので、至らないところがあるかと思いますが、頑張ります。ご指導よろしくお願いいたします」
ジュンの言葉にジクムントはあきれたように告げる。
「嫌みかよ。ご指導する事なんてないっての」
「ジクさんは優しい方なんですよ。どんな魔物のヘイトだってとれる、最強の盾さんです」
「お前はうっさいよ。馬鹿か」
ジクムントに頭をこづかれ、肩をすぼめて笑っているのはエルダ。
熊の獣人族で体がとても大きく、その体に合わせたような、大剣を持っているが穏やかそうな女性である。
「決まったね。それではこの仕事。黒組が頂くよチェイス」
「娼館関係はソフィにかなわないからな。私たちはダンジョンを見回る」
チェイスはそう言うと、コナーの肩を軽くたたいて、青組メンバーとの打ち合わせをするために、場所を移動する。
「それでは、用意をして私の部屋に集合」
コナーの言葉で黒組はそれぞれの部屋に向かった。
ポツンと立っているジュンを見て、コナーが声をかける。
「ジュンの部屋はまだ決まっていないの? 前の二つは空いているから使っていいよ。なぜか後ろから部屋は埋まるんだよ? どちらも隊長室から近いけど?」
ジュンの晴れない顔を見てコナーが笑う。
「地下は見た?」
「いいえ」
「ついておいで」
二人の副隊長室の横には階段がある。どちらから降りても、踊り場で合流することになるのだが。
「ここは大昔からある練習場だよ。扉は必ず閉めて使用する事、初代が全力で魔法を打っても壊れないように作ったんだって、まぁ確かに壊れないんだけどね。壊せないから、特務隊が使っているんだよ。階段の両横に部屋がある。階段が面倒で誰も使っていないけど、使うかい?」
「ここは転移が使えないから、階段があるんですよね?」
「うん。それは違うよ。空間魔法が使える者は隊長の他は両組に一人ずつ、三人しかいない。後は陣を使っているんだ。練習場は使えないけど、階段下は転移が使えるよ」
「僕は青組でも黒組でもないですから、階段下を使った方が良いですよね?」
コナーはそれを聞いて小さく笑う。
「そんな事を気にしていたの? 便宜上そうなっているだけだよ。まぁこの建物には窓がないから、地下でも変わらないけどね。上はトイレとシャワー室しかないけど、階段下の右側は風呂場があるよ。左はトイレしかないんだ、着替え室として使われていた名残だね」
ジュンはようやく笑顔になった。
(ジュンとカイがよく利用した、会館の小さな遊技場は、階段の左がロッカールームで、右が管理人さんの部屋だったんだよ。カイがけがをすると、よく傷口を風呂場で洗ってくれたんだよね)
「階段下の右側を、使わせてください」
「うん。名前の札は隊長にもらってね」
「はい」
部屋を見てから、コナーの部屋にくるように言われ、ジュンは階段下の部屋に入った。管理人さんの部屋は畳だったが、もちろんこの世界にはない。
平に切られた石の床と壁は、触ると冷たいが、見た目は落ち着く灰色である。
大きさは八畳ほどだろうか、ジュンは大きさが気に入ったようで、笑顔になる。
風呂場は足付きの浴槽で、火と水の魔石を使った給湯器が付いていて、底には栓がある。小さな洗面台もあり使い勝手は良さそうだ。トイレもこの世界にしては狭いが、日本のトイレに比べればかなり広い。
(ここで暮らす気はないから、これでも充分だね)
ジュンは倉庫にある仕事机と椅子を部屋の真ん中に置き、コナーの部屋に急ぐ。
コナーの部屋にジュンが入って間もなく、三人のメンバーも現れた。
「さっきはきつい物言いをして、悪かったな。俺は黒組の盾なんだ。仲間が倒れるのが一番堪えるんだ。特務隊は魔力が高いから、ヘイトを持っていかれる事もある。ジュンに限らず動きが分からない新人が苦手なんだ」
ジクムントは先ほどとは違い、少し照れくさそうにそう告げる。
「はい。僕も盾さんに守ってもらった経験があります。ジクムントさんに迷惑をかけないように気をつけます」
ジュンの言葉で、気を悪くしていない事が分かったのか、ジクムントが人の良さそうな笑顔を向ける。
「ジクでいいぜ。特務隊はチーム戦だ、うちには剣を持つと凶暴になるアホがいるからな、気を付けろよ。何度言っても、敵しか見えないんだから、危なくて仕方がない」
「ひどいですジクさん。でもいつも頼りにしています」
「おぉ。エルダの盾は俺しか無理だしな」
その言葉にエルダが、うれしそうにうなずいた。
コナーとジクが立ち上がると、ソフィとエルダも準備は整ったようだ。
副隊長室の陣からジュンを含めた五人が向かった先は、さほど広くはない部屋だった。
「ジュン。ここはソフィの部屋だよ」
コナーの言葉にソフィがジュンを見る。
「隊長を補佐するのなら、知っておくと良いわ。ここはメラニー館という高級娼館なのよ。娼館は分かるわよね?」
ソフィに聞かれてジュンはうなずく。
「利用したことはありませんので、見たのは初めてですが」
「そう? 一から教えずに済んで良かったわ。利用するときは良い子を紹介するわ」
ジュンの困っている顔に満足したのか、ソフィは話を続ける。
「メラニー館は世界中に店を出している高級娼館なのよ。私の情報収集の基地よ。夜の世界の情報は早くて正確な物が多いの。ここは男が心の鎧も服も脱ぐ場所なの。あ、コナーどうする? この人数で現場には行けないでしょ?」
いつの間にか、くつろいでいるコナーがうなずく。
「私とソフィ。ジクとエルダは客と娼婦で例の店に部屋を確保できるが、ジュンには魔物を見つけてもらいたいから、部屋は駄目だろうなぁ。かと言って未成年者がウロウロして良い場所でもない……。ねぇメラニー?」
「そん子はうちがお預かりしまひょ」
その言葉にジュンが振り返ると、いつからいたのだろう、気配すらしなかった女性が見つめている。
ジェンナと同じ年頃だろうか、若くはないが、艶やかな真っ赤な髪を結い上げ、老いを感じさせない、力の強い黒い瞳がジュンの足先から頭頂までを見て、価値を決めたようである。
「メラニー、助かるわ。この子は特殊技能があるの、今回の作戦の鍵を握っている子なのよ」
ソフィの言葉にメラニーは静かに息を吐く。
「こん国でジュンを知らへん人がいても、ウチらの世界で知らへん人はいぃへんでっしゃろな。仲間を守るためどすから協力はさせてもらいまひょ。ウチがそん子を連れたぁるけばええことやろ? こん辺を歩くんにウチほど安全な保護者はいぃへん。見習いん子として連れたぁるから、変装はしいや」
ぼんやりと事の成り行きを眺めていたジュンがようやく我に返ったようで、言葉を口にする。
「え? 見習いって? 僕は男ですが、警備の見習いですか?」
「お前。アホだろ? メラニーさんが見習いと言ったら決まっているだろ。さっさと変装してこい! そのままでもいける気がするけどな」
すかさずジクがジュンに向かって放った言葉に、全員がうなずく。
反論する間もなく、ジュンは別室に連れて行かれたのであった。




