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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
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第六話   大商人ルーカス

 ジェンナを見送った日の夜。

 ジュンはミゲルに本を借りて、真剣に読んでいる。

 幾度も繰り返し読んでいるところを見ると、試験の勉強やいつもの入力作業ではないのだろう。どうやら何かに行き詰まっているようで、表情は真剣である。

 

 今日、二階の部屋から、ジェンナがギルド島へ帰って行った事が、ジュンを悩ませている。

 ミゲルの説明でジェンナは転移魔法を使った事は分かった。

 だが、魔力の低い者でも、転移室は使えるのだと教えられたのである。


 ミゲルの住む森の家、ギルド島にあるモーリス本邸、ギルド本部と各国のギルド、各国の王城には転移室があり、そこには、魔力を流すだけで使える、陣があるのだと言う。


 ジュンは魔方陣をここで初めて知ったのである。


(魔法陣は一子相伝・門外不出ってやつなの? 代々伝わる物じゃ、知りようがないでしょう)

 

 魔力を伝える特別なインクを用いた図柄には決まりがあり、陣に刻印する文字にも決まりがあるようだが、その文字については、どの本も信ぴょう性のない情報しか載っていなかった。

 古代の文字を伝承している内に形が変わり、陣が廃れていったらしい。

 その原因は、古代の文字の研究に熱心だった国が、滅びてしまった事にあるらしい。


 その後、古代文字の研究に力を入れる国はなく、知識は風化してしまったようだ。 近年になって、魔方陣の研究をする学者も現れたようだが、成果が出るに至ってはいないようで、ジュンはため息をつく。


(それって、今の陣にアクシデントがあると、使えなくなるって事でしょう? 衰退を待つだけって事でしょ? それに危機感はないのかなぁ?)


 ひどく目の疲れを感じてジュンは目を閉じる。

「あっ! 忘れていたよ……」

 カイのノートの解読はいまだに終わっていなかったのである。

 

(百年以上も生きていて、まめにメモを書いていたのに、どうしてカイは字が上手にならなかったのかが、一番の謎だよ……)

 

 カイもやはり魔法陣には苦労をしていたようで、ノートには陣の仮説があり、最後には結論があった。

 陣の形は使う魔法により種類が異なるらしい。


 何をどうしたいかを書く場所が重要で、後の文字はそれを隠すカモフラージュだと書かれてあった。古代文字が分からなかったカイは漢字を使い、陣に“隠”の文字を必ず入れる事にしたようだ。それにより、陣は人の目にさらされる事はない。


 カイは自分で書く陣を、誰にも教えなかったようである。イザーダの魔法が発達するか、衰退するかの運命に、関与はしないと決めていたようである。

 

 カイの魔法陣は全て漢字で、それがクラスメイトの名前だと分かると、ジュンは悲しそうにノートを見つめる。

(そうか……。カイは一週間後の日本に帰る気でいたんだよね?)


 カイが『超便利』と印をつけていた陣は、付加魔法を付ける物。

 それを見た後で、カイの上等そうな服に左目で鑑定をかけると、付加魔法が浮かんだ。


「どんな分厚い本より、たとえ字が汚くても、カイのノートは欲しい答えがちゃんと書いてあるよ」

 ようやく解けた謎。その思わぬ結論に、ジュンは遠くを見て小さく笑った。

 

 次の日の朝

 洗い立てのシーツを伸ばしてジュンは空を見上げる。

 

「青い空に派手な鳥が飛んでいるのが異世界だね。パーン! あぁ、くそ!」

 

 ルリバードは森に巣を作る鳥で、森まで来ると高度を下げる。青緑の美しく輝く羽を持っている鳥だが、実はこの世界、空飛ぶ魔物はつわものが多い。

 

 この鳥は物理攻撃に弱いが、高速で上空を高く飛ぶ。

 危険が迫ると精神に作用する、高周波の鳴き声を放つ厄介な鳥なのだ。

 家の結界の外に落ちるようにと飛ばした、ウインドアローに当たった個体は思った以上に大きくて、屋根の上の結界に落ちてしまった。


 結界は中から外に攻撃ができるが、外からは攻撃される事はないので、便利だと思っていたジュンの盲点はそこにあった。

「何事じゃ?」

 結界を張った本人は異常事態が分かる。

 

 ジュンは叱られる前の子供のような顔で、事の経緯を話してからはしごがないかと尋ねる。

「ふむ。はしごなど儂らには不要じゃよ」


(はいはい。空でも歩く魔法の靴でもあるんでしょうか。きっとあの顔はあるんですね。もう驚きなれていますから、多少の事は平気ですよ)


 だがミゲルは、まるで階段でもあるかのように、空に向かって歩き始める。

「え? えぇ!! 魔法使いのお婆さん?! いや、お爺さんだけど!」

「ジュン! 受け取るのじゃぁ!」

 鳥は自力ではなく、ミゲルによって飛ばされ、ジュンの手元に落ちる。

 ジュンはやはり驚かされていた。


「ありがとうございます! それで? それでどうやって?!」

 どんな魔法を使ったのかを聞きたくて、ジュンはミゲルに駆け寄る。


「空間魔法じゃよ。あれは便利な隠し場所を作るだけの魔法ではないのじゃ。空間を操る魔法じゃ。難しい事は無い。靴底と地面の間に空間を入れると真っすぐ上がるしの。箱をずらして積み上げると階段にもなるのじゃよ」


(カイは、転移は空間を消すイメージだと書いていた。消せるという事は増やせるって事? 見えない物はすり抜ける物だと限らないのか……。固いとイメージした箱)

 

「やった! あれ? でもこれって、自分が全種持ちだって公表しちゃうよね?」

 ジュンは自分の作った箱の上で、眉間にしわを寄せる。

 

 腹を抱えながらの大笑いを、ようやく終えてミゲルは言う。

「気が付いたかのぉ。面白かったのじゃ」


「思ったんですけど。結界を一瞬だけ解除すれば、良かったんじゃないですか?」

「ほぉ。ばれてしまったのぉ」


 ご機嫌なミゲルをジト目で見送りながら、ジュンは解体部屋に入っていく。

 この世界で全種持ちは少ない。旅に出るジュンのために、ミゲルが教える事はまだまだあった。


 ルリバードは熟成させると、硬くなるので早めに解体する事にしたようだ。

(この鳥だけは新鮮な肉が柔らかいから、ルーカスさんたちに出そうかなぁ)

 ルーカスは月に一度、食料品や日用雑貨を届けに来る。ミゲルの古い友人で、ジュンに世界中の食べ物情報を教えてくれる人でもある。

 

 全ての国に王宮と宿屋があるので、食文化が発達している。

 冒険者がもたらす肉や骨があるので、スープやシチューは家庭の数だけ種類があり、野菜の種類も多い。

 

 ちなみに、この世界には米も麦も大豆もあるので、みそもある。

 日本の味と表現するには少々無理な、中華系の調味料だ。国ごと家ごとに味が違うらしく、好きなみそを探すのも楽しいと教えてもらった。

 

 レトルトや缶詰はないし、化学調味料もないが、時間はたっぷりあるので、ジュンは不便を感じてはいない。

 

 ミゲルがルーカスたちを迎えに行っている間に、ジュンは夕食の準備をする。

 今夜は六人前と多いが、メイン料理はルリバードと豪華だ。七面鳥より大きいので、穀物や野菜を詰めた丸焼きは、石窯で五時間もかかった。

 

(丸焼きはクリスマスのイメージだけど、肉屋は繁忙期でみんなが、クタクタだった思い出しかないんだよね。婆ちゃんの焼く七面鳥とケーキが、カイと僕のクリスマスだった。丸焼きはみんなでワイワイ食べなきゃ、ひどくつまらないって、いつも思っていたんだ)


 来客用の銀食器を用意しながら、ジュンは楽しそうに口角を上げる。


(ミネストローネスープは剣士さん用、参考にしたのは運動部の連中の食欲)

 

 サラダにはいぶした肉のスライスを入れ、フライドポテトはカリカリベーコンとガーリックで炒める。

 年寄りの二人の酒にはチーズ。フルーツはミゲルの倉庫にあった物と、ジュンが森で集めた物を盛りつけた。パンはミゲルと朝焼いた、全粒粉の重たい物。

 最後に、ジュンは使い慣れた丸いまな板と、四角い中華風の包丁を洗う。

 

 二階が急ににぎやかになった数分後。あいさつを交わし合い、食事が始まった。

 髪の色も目の色も十人十色ではあるが、食事をする時間を楽しむのは、どこの世界も同じようだ。

 料理の評判も上々だったが、何より二人の生活には無いにぎわいが嬉しいようで、ジュンの顔はほころぶ。

 

「そうですか……。ジュン様は王都に行かれるんですね」

「六月で十五になるのじゃよ」

「試験を受けられて、どちらのギルドに入られるのでしょう?」

「まだ、決めてはおらんようじゃ。ジュンは亡き祖父と山の中で暮らしておったのじゃ、遺言で儂が引き取って、世間の常識を教えておったのじゃ」


(あぁ、とうとう爺ちゃんを殺しちゃったよ……)


「ミゲル様が世間の常識ですか……」

 そうつぶやくルーカスの横で、他の三人が顔を下げ、肩を揺らしている。


(カイのDNAだしね? 僕も薄々、非常識かもって思っていたんだよ)


「王都までの足はお決まりでしょうね? 試験期間から入学までの間は、商人の馬車でも予約済みでございますよ?」


「ん? いや。儂は若い頃は走って行っておったがの?」

「ミゲル様……。ジュン様にも走れとおっしゃるのですか?」


「ミゲル様。馬車で一週間も掛かるんでごぜぇますぜ? 坊ちゃんが試験前に、倒れっちまいやす」

 ルーカスの御者であるカーターが、心配そうに口を挟む。

 

「ジュン坊。お前、走る位なら歩いて来い。俺の部屋に泊めてやるからよ」

「ありがとうございますイーゴンさん。でも何とかしてくれると思います」

「おぉ、ジュン。儂にまかせておくのじゃ! 今から予約をしてやるでのぉ。さて、ルーカス」

「はい。ご予約はメフシー商会が承りました」

 ルーカスは大きな商会の会長だった。


「ね? 何とかしてもらえたでしょ?」

「あ? あぁ……。まぁ俺たちと一緒なら気疲れはないかぁ」

「イーゴンはうるさい程、面倒見はいいから安心していい」

 アルゴは口数は少ないが、来ると必ずジュンの手伝いをする、気の良い男だ。

 イーゴンとアルゴはルーカスの専属護衛なのだ。

 

「馬車は初めてなんですよ。よろしくお願いいたします」

 ジュンはペコリと頭を下げた。

 全員が一瞬目を見開いて沈黙したが、ミゲルだけは楽しそうに笑っている。

 

 この世界にはいろいろな馬車があるので、乗った事のない者はまずいない。

 それすら知らないと思われる発言に、客である四人は驚いたようだ。


 ルーカスたちが帰ると、家の中に静けさが戻る。

 後片付けをしていたジュンは、その手を止めて部屋を見回した。

 去ったにぎわいと戻った日常との間には、置いて行かれた小さな孤独がある。

 ジュンは旅に出た後のミゲルを思ったのか、小さなため息をついた。

 


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