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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第二章 ギルド島
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第五十九話 ご馳走様でした。

 仕事が終わり、ジュンがモーリス本邸に帰ると、コラードが転移室の前で待っていた。

「お帰りなさいませ、ジュン様。お疲れでございましょうが、ジェンナ様がお待ちになっておいでです」

「疲れてはいないけど、このままでいいの? 汚れていないかなぁ?」

「お仕事からお戻りになった事は、ジェンナ様もご存じでいらっしゃいますから、そのままで大丈夫でございますよ」


 ジュンはコラードとともに、ジェンナの部屋に向かう。

 コラードがジュンの到着を告げると、執事のジーノがソファーまでジュンの案内をしてお茶を出し、隣室のジェンナを呼びに行く。

 

 ジェンナはすぐにジュンの前まで来ると、渋い表情で優雅に腰を下ろす。

「さて、ジュンよ。仕事はどうだった?」

「えぇ。楽しかったですよ? 食堂の皆さんも、良い方ばかりでした。初日なのに、芋の皮むきまでさせてもらえました。もちろん、洗い物は全部やりましたよ」


 コラードは楽しそうに目を細め、ジーノもほほ笑んでいるが、ジェンナは苦笑いを浮かべてから尋ねる。

「私が言い忘れたのもいけないが、それにしてもなぜ食堂に行った?」

「え? 案内されましたよ。以前にお願いしていた、食堂に空きがあったのではないのですか?」


「モーリス家の者が食堂で働くなど、前代未聞の珍事だねぇ。おまけにジュンは全種持ちだよ?」

 ジェンナの言葉にジュンは首をかしげる。

「食堂でも特務隊のチェイス副隊長が騒いでいましたけど、僕はどこに行けば良かったのですか? 全種持ちは食堂では雇ってくれないのでしょうか?」


 ジェンナは少し困った顔をしてジュンを見る。

「そうだねぇ。力持ちが一人いたとしよう、力の弱い者が十人いたとするさね。十人が必死で一つの荷物を持ち上げて運んでいる。力持ちは紙を十枚もって移動する。それはどうなんだろうねぇ。そういう事だねぇ。ジュンは特務隊に採用が決まっているが?」

 

 ジェンナの言葉に、ジュンは不思議そうに尋ねる。

「特務隊って冒険者ギルドの最上級じゃないんですか? 僕は一級ですらありませんけど、いいのでしょうか?」

「特務隊はギルド本部に拠点を置く、単独の部隊だよ。もともとは八級以上の魔力を持つ者や七種以上の魔法を持つ者を保護するために作られた組織だねぇ。仕事は知っていると思うが、災害級の魔物や、各国王の依頼。高魔力ゆえに捨てられる子供の保護、それとダンジョンの管理だよ」


「ダンジョンですか?」

「ダンジョンは現在四つあって各国で管理されている。それ以上増えると魔素が濃くなり、強い魔物が増えるからねぇ。新しくできたダンジョンは潰すしかないのさ。だが、どこにできるかは分からない。未知領域に出来る事が多いからね」


 魔族の竜騎士隊が、目視と魔道具で見つける新ダンジョンは、誕生してすぐに見つかるとは限らない。ダンジョンのコアを壊すのは厄介な任務のようだ。

 

 ジュンはジェンナを見て口を開く。

「食堂も皆に喜んでもらえそうですが、特務隊はイザーダで暮らす人の役にたちそうですね。僕に務まるかどうかは分かりませんが、やってみますよ。好きな旅もできそうですしね」


 ジュンの言葉にジェンナは軽く笑う。

「あぁ、頼んだよ。明日にでも顔を出してやっておくれ。隊長はいいのだが、チェイス副隊長がうるさいのでね」

「はい」


 ジェンナの部屋を出て自室に戻ると、コラードが風呂の用意ができていると言い、夕食は食堂か自室のどちらでとるのかと尋ねる。

 ジュンは風呂場の前で振り返りコラードを見た。

 

「ここにある下着や服って、シオン様の物とか言わないですよね?」

「その時代の衣類は、全種使いの方しか保存はできません。新しい物をご用意いたしました」

「ありがとうございます。何でもシオン様ですからね。会った事もないのに懐かしいでしょ? って言われている気がするんですよ。先祖が懐かしい人っている?」

 コラードは、穏やかな笑みを浮かべてジュンを見る。

 

「御不快でございましょうが、今はシオン様、それからカイ様が出て来る事になると思われます。お二人によく似たお姿で、いらっしゃいますからね。お仕事に就かれると、それはいずれなくなりましょう。ジュン様はジュン様でございますから」


「ありがとうコラード。お風呂の後は食堂にいきますね」

「かしこまりました」

 ジュンの姿が浴室に消えたのを確認すると、コラードは調理場に向かう。

 

(シオン様はカイ様の才能を受け継がれた御長男。私の祖先が支えきれなかったお方でございます。お父上の名の重圧に、苦しんでおられたシオン様。ジュン様、あなた様はどなた様でございましょう? さて、我が家に把握のできていない遠縁とは。ジュン様には本当に興味が尽きません)



 ジェンナの後から、不思議な顔をして食堂から出て来たジュン。

 今夜の夕食はモーリス家に代々伝わる『鍋焼きうどん』だったのだが……。

 代々伝わっている内に、伝言ゲームのように変わってしまう事もあるようだ。

 

(鍋に入ったトマト味の焼きうどん……。爺ちゃんの好きなナポリタンのうどんバージョンだよ。すごいよね? それを食べられるレベルにした料理長に拍手! ナポリタンと焼きうどんと鍋焼きうどんを教えるべきだろうか? それは大きなお世話だろうか?)


 階段の途中でジェンナが振り返る。

「どうかしたのかい? 悩み事か?」

「あぁ、え? いえ。良いんですけどね? 実は……」


 ジュンは小声で、モーリス家の伝統料理を説明する。

 ジェンナは吹き出したと同時に大笑いを始め、とうとう座り込んで笑っている。

「ジェンナ様。笑い過ぎです」


「あぁ。苦しかった。私は子供の頃、あれが少々苦手だったのだよ。やはりな。その三種類の料理はこちらでも作れるものかねぇ?」

「えぇ。麺はどこでも手に入れられます。僕の倉庫にもありますから」

「あれが代々伝わっているのは嫌だから、時間のある時にでも頼めるかい? ミゲル様も呼びたいねぇ。確か、あれが苦手だったよ」

「僕はいつでもいいですよ。ただ、代々伝える程の料理ではないですけどね」


(料理のできないカイが、いろいろと食べたい物を伝えたのかもしれない。箸のない世界でだし汁に入った長い麺は面倒だよね。パスタだけはどこでも見かけたから、トマトソースのあるこの世界に、ナポリタンは名前が違うだけでありそうだよ)


 部屋に戻ると侍女頭のサマンサが、二人の若い侍女を連れて現れた。聞くと二人は身の回りの世話をしてくれると言う。

「サマンサさん。僕は自分の事は自分でしますので、結構ですよ?」

「そうは参りません。お部屋のお掃除やシーツの取り換え、お飲み物の用意などのご不自由をおかけするわけには参りません」


 ジュンは少し困った顔でコラードを見る。

(コラードのおばあちゃんでしょ? 助けてよぉ。侍女なんて要らない。テントに帰りたいのにさぁ)

「サマンサ。ジュン様がお困りです。ジュン様はお仕事で外出が多くなりますので、私のサポートとして、一人で良いでしょう」


「それではどちらかを後程、ご指名下さい。二人ともご挨拶を」

 サマンサに言われて二人は名前を名乗る。

 アリッサと名乗った女性は十六歳。赤い髪に黒い瞳で、務めていた姉が結婚をしたので、代わりに入ったようだ。まだ半年程と言うだけあって、似合ってはいるが侍女にしては化粧が濃いようだ。

 カリーナと名乗った女性は二十三歳。茶色の髪と青い瞳で清楚に見えるのは、少しの乱れもなくまとめられた髪と侍女服のせいかも知れない。

 

「チョット待ってね」

 ジュンはかばんのある場所に行き、小さな器を持ってくると二人に手渡した。

「僕はあまり甘い物は食べないので、手伝ってくださいね」

 二人は礼を言うと、サマンサに連れられて戻って行った。


「ふぅ。掃除も洗濯も飲み物も、一人で出来るのにさ」

 つぶやくジュンに、コラードがほほ笑む。

「アリッサは家族が多いと聞いております。ここでの給金は全て仕送りしております。カリーナは五年前、魔物に襲われた村の娘で天涯孤独でございます。ジュン様の担当になる事で、給金が上がるのです。ジュン様の場合は、人助けとお考えいただくとよろしいかと思われますが」


「コラードはそういうところがズルイ。まぁ、二日程時間をください」

 コラードが部屋を出て行くと、ジュンはベッドに入った。

 

 ジュンの耳にまだ仕事をしている、二人の女性の声が届いた。

『ジュン様って素敵よね?』

『えぇ。そうですね。あっ、アリッサそれはそこではありませんよ』

『もぉ、何だってこんなに、手拭きがあるのよ。なんで夜にアイロン?』


『昼からの分ですよ。二十人もいるのですから当然の数です。アイロンをかけると病気になりにくいと、学校で習いましたよね?』

『そうだっけ? それよりジュン様よ。侍女頭に怒られるから薄化粧で行ったけど、私を見ていたわよね?』

『自己紹介をしたのですから、それは見ていただけたと思いますよ』


『もぉ。だからカリーナは行き遅れるのよ。知ってるんだから。コラードさんが好きなんでしょ?』

『な、何を言っているの? 私はそんな。第一つり合わないわよ』

『何それ? まさかその年で男を知らないとか? 私はジュン様に夜ばいをかけるわよ。寝ちゃえばこっちのものよ。子供でも出来たら、モーリス家の嫁よ? この家の若奥さまよ。階段に私の姿絵よ。担当が決まるの明後日よね?』


『サマンサ様が、そのようにおっしゃていたわね』

『夜ばいは明日の夜ね。早番だからお風呂に早く入って。こんな日のために高い香油を取っておいたのよ』

『そうなの?』

『調理場のヤンからもらったのよ。私に夢中なの。この島には娼館がないからね。寝れば誰でも落とせるわ』


 二人の声は、暗い部屋のベッドで横になっている、ジュンの耳には届いていた。

「さて、盗聴はまずいので、スライムは消そうかな。据え膳食わぬは男の恥? あれ? 蓼食う虫も好きずき? 食あたりには要注意だからね。食う前にごちそう様でした」


 翌朝。仕事に出るジュンを見送ったコラードは、祖母であるサマンサに告げた。

「ジュン様の担当侍女はカリーナです。サマンサとカリーナ以外の女性は、入室の際には私の許可が必要です。周知徹底との事です」

「何かあったのでしょうか?」

「あってからでは遅いのですよ? ジュン様はあえて何もお話にならなかった。それが答えでしょうね。私が動くといたしましょう」




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