第五十七話 ギルド島
ジュンはコラードと外に出て、初めてモーリス本邸の外観を目にする。
「この家は初代が建てたのでしょうか?」
「カイ様が最初に建てられた家は、戒めの森にある家でございます。次がギルド本部ですが、ギルドの規模が大きくなりましたので、現在は特務隊が使用しております。本邸は三番目でございます。ルル様とのご成婚の折に建てられた物でございますが、後に、下水とスライムを入れる場所だけ手を加えたと聞いております」
「ケームリアンは四番目ですか?」
コラードはほほ笑んでジュンを見る。
「もう面影がないと、うかがっております。正確には本邸の前でございます。ルル様は王女殿下でございましたので、お二人で過ごされる場所だったと聞いております」
それを聞いて、ジュンは小さく笑う。
(デートの場所に温泉って……)
「本邸の向こうにある建物が、王族会議場でございます。各王城の陣から転移できますが、各王の同行者は一名と決められております」
「安全のためですか? 決まりを破ったらどうするんですか?」
「陣が発動いたしません。カイ様の陣は特殊で、書き換える事はできないのでございます。二度と作れない陣ですから、失敗すると困るのはご本人でございます。そのような事をされた王族の記録はございません」
(漢字だしね? でも五百年以上だよ。そろそろ新しくしてもいいよね?)
ジュンは少し考えて尋ねる。
「会議って王は七人ですよね? 多くて十四人。大き過ぎませんか?」
「会議室の他に皆様のお部屋が御座います。過去に幾度か王が避難されていた記録がございます」
ジュンは不思議そうな顔をして首をかしげた。
(それって内政干渉じゃないの? まぁ来る気になったら本邸からだって来る事はできるのか……)
ギルド島の真ん中を横切るように高い山が走っている。
本邸と会議場がある場所は自然がそのままあるため、結界が張ってあり、外からは入る事はできない仕様になっている。
本邸から歩いて行けるのは、会議場だけで、どこに出掛けるのも陣を使わなければならず、不便だが安全ではある。
島の半分はギルド本部とそこで働く人々が暮らしている。
驚いた事にその場所は四本の塔から結界が張られていて、海や空からの魔物や人の侵入を防いでいるようだ。
ジュンとコラードは本邸の陣からギルドの陣へ転移する。
身分証の提示を求められ、コラードはジェンナが用意した二人分の証明を出す。
「国籍証とは違うんですか?」
「はい。前方に扉が二か所ございます。そのどちらに行くかが記されております。本部の中には職員しか入る事はできません。たとえジェンナ様の書状があろうともです。しかし、もう片方の外へ出る扉は、どちらの証明でも出る事が可能なのでございます。どちらの証明もない場合は強制的に帰されます。行き先はランダムですが、冒険者ギルドか王城でございますから犯罪は確定いたします。では参りましょう」
ギルドに勤務していない二人は、当然本部へ入る事はできない。
ギルド島に住んでいる、本部職員の玄関の場所を、コラードはジュンに説明しながら歩き出す。
本部の横には病院があり、住民の病やケガに対応していると聞いてジュンは驚く。
「病院ですか? 教会じゃなく?」
「ギルド島には教会も孤児院もございません。カイ様が作った病院と学校がございます」
ジュンはコラードを見る。
「万が一、突然亡くなったらどうするんですか?」
「焼く場所はございます。遺骨は海に流すか、家族がこの島にいる場合は共に帰国いたします。ご遺体は運べませんが、遺骨はその限りではございませんので」
ジュンの顔を見てコラードは補足する。
「この島には、墓地や墓がございません」
「モーリス家は皆海ですか……」
「配偶者の方々はご実家の埋葬地に送られますし、現役で亡くなられた総長は皆様、事故で命を落とされましたので、海に行かれた方は少数でございます。カイ様のご子息のショウ様はご本人様のご希望で、タクト様が海に流されたと記録にございます」
(死んでからの事は死んでから考えればいいか……。ただ将来家庭を持つなら、その辺は考えておかなくちゃね)
ギルド職員は三百人程で、特務隊は人数を公表しないので数には入っておらず、独身の女性職員はいないらしい。男性独身者は寮に住み。既婚者は戸建ての住居が与えられるが、自分の家を建てる事は許可されてはいない。
退職後は速やかに自国に戻る規則がある。
「子供はどうするんですか? 初等教育は学校があるでしょうけど」
「寮か親戚を頼るのだと思いますよ? 別居をすると島に戻る事はできません」
そこでジュンは慌てて尋ねる。
「待って! 子供は? 子供は親の元に戻れるんですよね?」
「はい。学生ならば十八歳までは戻る事が可能です。一度でも仕事に就くと戻る事はできませんので、中等学校を終了した時点で戻るという方法もございます。しかし、就職も結婚も諦める子供はめったにおりません。職員は全てに納得をして、狭き門をくぐってギルド職員になっているのでございますよ」
(それは本当なの? 悪い企業みたいだけど、給料とかがいいのかなぁ?)
「厳しいですよね? 僕、考え直すなら今かなぁ?」
横でコラードはクスリと笑う。
ギルド本部がある島の半分は奇麗に整備され、緑も計画的に配置されている。
本部を作るために伐採された木で職員住宅が作られていたようで、老朽化により今の職員住宅は、汚泥煉瓦で作られている。
色は着色のない茶色。島にも下水施設があるが、在庫煉瓦を一定数確保した後は燃料にして安価で販売されているらしい。
道は奇麗な碁盤目状になっていて本部のすぐそばには、メフシー商会のルーカスが言っていた商業ギルドの直営店がある。
ジュンは店に入ってため息をつき、覚悟を決めたかのように前を向いた。
そこはカイの家族が事故にあった日に行っていた、郊外のショッピングセンターにあまりに酷似していたのである。
「この店の買い物の仕方は特殊でございまして……」
買い物の仕方を説明してくれるコラードにうなずきながら、ジュンは案内図の場所まで日本の店と同じ事に気がついたようだ。
一階は食料品と日用雑貨。二階は衣料品と靴とアクセサリー。三階は家具とインテリア。
(そう、多分。二階のトイレの横には、小さな子供用の遊び場があるんだよ。カイの大好きなガチャポンが、ズラリと並んでいたんだよね)
二階にはやはり遊び場があったが、カイの時代にスライムはなく、ガチャポンはなかった。各階を魔法で補強しなければならないスーパーは普及しなかったようだ。確かに小さな商店や露店がにぎわうこの世界の店は、生活の一部であり、住人の娯楽でもあるのだから、商業ギルドがスーパーに、力をそそがなかったのは、正解なのだろう。
ひととおり眺めて一階の案内所を見ると、お取り寄せカウンターらしく、客と店員が何やら話し合っていた。
「この島には宿屋がございません。飲食する場所は、こちらの露店コーナーだけでございます」
コラードの言葉でジュンは首をかしげる。
「同僚や友人と、お酒を楽しんだりは、できないのでしょうか?」
「本部の食堂や各部署の休憩所で、するようでございます」
(あぁ。この世界の人って宿屋の居酒屋か露店を利用するんだった。家族そろっての外食の習慣がないんだ。でもこれフードコートだよね。室内に露店コーナーは違和感を通り越して、間違っているんだけど……。おいしそうだから、良いかぁ)
コラードと串焼きや果実水を買い、露店を見て歩く。
どうやら、シチューの店が人気のようで、子供を連れた主婦が鍋で買っている。
(こんな店が近くにあったら、母さんや義姉さんが喜ぶだろうなぁ。婆ちゃんは買わないだろうけどね)
「あぁ、そういえばコラードさん。陣がなくても転移できる人はどうするの? 禁止ですか?」
「全種使いの方の規則はありません。ただ、人目を避けた方がよろしいかと存じます。それとジュン様。使用人は呼び捨てでございますよ」
「嫌ですよ。年上の人なのに」
「では、こうお考えください。仕えている家族に従えない、程度の低い使用人と私が思われるのだと。コラードのために呼び捨てにするのだと。いかがでしょう?」
ジュンは口をとがらせて横を向いて言う。
「ずるいよ。コラード」
「はい。良くお出来になりました」
コラードは楽しそうに目を細めた。
店を出ると、ジュンはコラードを店の影に引っ張っていき、転移で本邸に戻る。
目を丸くしているコラードに、ジュンはうれしそうに告げた。
「お返しだよ? コラード」
コラードは奇麗な礼をして告げた。
「ご丁寧なお返し、痛み入ります」
(執事ってすごいね。コラードみたいな人って、給料が高いんだろうなぁ。僕には縁がないけどね。明日からようやく社会人だしね)