表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
54/128

第五十四話 就職までの猶予

 ジェンナはギルド島の本邸に戻り、ミゲルも森の家で留守番をしているシルキーが気になるらしく、ジュンに蜂蜜を持たされ、うれしそうに帰って行った。

 

 ジュンはエリックに宿泊を勧められたが帰る事を伝える。

 本来の湯けむり庵である小さな建物は、幾度かの建て替えがあったようで、なんちゃって日本ですらなくなっていたのだ。

 

(何を期待していたんだろう……。お風呂で気が付いたんだ。未来が日本にあったカイ。未来がイザーダにある僕。違うんだよ。思い出のありようが、切なさのありようがね)

 

 ジュンは王都を出て、朝と同じ場所でテントに入る。

 

 ギルド島に行って仕事に就くと、そうそう遊んではいられない。

 ジュンは初めての就職の前に、ジェンナに少しの猶予をもらったのである。


 朝になり、ジュンは王都での買い物に出掛ける。

 野菜や調味料を買いそろえ、見たかった海藻を探して歩く。

 塩漬けのワカメに似た物だけはあったが、肉や野菜の種類が豊富なこの世界では、魚や貝の消費があるだけで、海藻を食する習慣はないようである。


「昆布は自分で採って、浜で干せって事ね? でも昆布はあるのかなぁ」

 

 残りの時間で魔道具巡りをする。

 照明の魔道具ばかりを扱う店で、テントのテーブルに置くランプ型の魔道具と、鉱山労働者用のヘッドライトを購入した。


 この世界は大きな町の中心に、かろうじて、街路灯があるだけで、夜は真っ暗になる。旅などに出ると、夜は身動きが取れなくなるのだ。ここで、生まれ育っていないジュンは、それに馴染めずヘッドライトを探していたようである。

 

 かわいい卓上ライトが並ぶ一角で、クレアのお土産を探す。

 スライムを使った物もあったが、劣化が早そうなので、銀をレース状に加工した、花の形の卓上ライトを買い、包装をしてもらう。


(島に行く前にクレアの顔が見たい……。うぅ。なんか照れる……)

 

 魔道具は作り手により、多種多様で見ているだけでも面白い。

 中にはポンポン船の方が、はるかにレベルが高いと思わせる物まであり、ジュンは魔人族の国が好きになった。

 

 丸一日を買い物に費やした翌日。

 ジュンはアルトロア国のモントニー領に向かう。王都からジュンの足で三日の距離になる。この世界で一番、秋が短く、どこよりも早く雪が降る国なので、日はとっくに昇っているのに、靴底から霜柱を砕く音がしている。


 マントや手袋に、温度調節の付加は施してあったが顔は寒く、鼻を赤くして三日目に目的地に到着する。

「ようこそ、モントニーへ」

 モントニーの町の警備兵は、笑顔で向かい入れてくれた。

 この町の家は深緑で窓枠と扉は赤い。

 

(雪が本格的に積もったら、クリスマスだよね)


 ジュンがこの町に来た目的はただ一つ、その場所であるメフシー商会はすぐに見つかった。

 

「ジュン? ジュンじゃないか! 久しぶり」

 笑顔で寄ってきたのはアイク。

「アイク! お元気でしたか?」

「うんうん。イーゴン! ジュンだよ!」


 荷物を運んでいたイーゴンは、店の者に荷物を預けて走って来る。

「ジュン! 元気そうだな。いろいろと耳に入って来ていたぜ? ルーカス様はその度に心配していたが、俺たちはジュンならきっと無事だと信じていたんだぜ」

「ありがとうございます。ルーカスさんに会いたいんだけど、いつ頃の時間がいいかな?」


「ジュンなら、いつでもどこでも良いと思うぜ? だが今日は昼から俺たちに仕事があるから、出掛ける予定があるはずだ。聞いて来てやるから、ここにいろ」


 ルーカスにはサノアの件の謝罪がしたくて会いに来たのだが、逆に謝られる事になってしまう。

「そうですか。もうお一人での旅は終わるとお聞きして、私も安心いたしました。カードはそのままお持ち下さい。ジュン様が本部に行かれても、きっとお仕事で世界中のギルドに足を運ぶ事になりましょうから」


「はい。では、お言葉の甘えてこのまま持っています。こちらの店でも解体は出来るのですか?」

「もちろん。サノアから店長以外は全員来ておりますので、承っておりますよ」


(うは、店長という言葉に殺気があるよ……)


 ジュンはまだ解体場に持ち込まれている物がないと聞いて。その場にいる人数分の魔物とミノタウロスを出す。

 ミノタウロスの肉だけが欲しいと伝えて、出来上がるまで待つ事にする。


 ジュンはルーカスに、大きな皿か浅い鍋は手に入らないかと尋ねて、絵に描いて大きさを説明すると、城などで使う鍋や皿の説明を受けた。

 片手では使えない両手のフライパンは底がフラットで安定感があり、また壊れにくいのも魅力で、高さの違う物を二セットずつ注文して、ジェンナの所に届けてもらう事にする。

 

(これで、竜王に食事が出せる。この前は器がひどくて、餌に見えたんだよね)


 午後から出かけるルーカスに誘われて、商会の一室で久しぶりに、皆で食事をする事になり、御者のカーターが笑顔で入室してくる。

 

「ジュン様。お久しぶりでごぜぇます」

「カーターさん。お元気でしたか? その節は大変お世話になりました」

「ワシは丈夫なだけが、取り柄でごぜぇますから」

 深いしわのある日焼けした顔が、優しく笑う。

 

 戒めの森からコンバルの王都までの旅が、昨日の事のように思い出され、話は弾む。


「ジュン。そういえば髪が随分伸びたな」

 イーゴンの言葉にジュンは困ったように笑う。

「うん。獣人族の女性騎士でドナさんという方が、見るに見かねてそろえてくれたのが、最後ですね。中途半端な長さなので、フードが頼りです」


 アイクがジュンを見て言う。

「ジュン。あの頃より髪は伸びたけど、男らしくなったじゃないか」

「だと良いんですが……。旅をしていても散髪屋さんには縁がなくて、この面倒を考えると、伸ばしてしまった方が楽かと、最近は思っていますよ」


 笑顔で聞いていたルーカスが、思い出したように話す。

「カイ様もシオン様も長髪でいらっしゃいました。ジュン様も面立ちが似ていらっしゃるのでお似合いになるでしょう。それより、後程、採寸をさせていただきますよ? ギルド本部はどの部署も制服が御座いますからね」


「制服ですか? メフシー商会は制服も作っているんですか?」

 不思議そうに聞くジュンに、ルーカスがうなずいて答える。

「どちらの国の城も国内の決まった業者に発注いたします。ただギルド島には業者が一人もおりません。昔から、わが商会が承っております。どこの王城の制服も引き受けない事で、非難を受けずにおります」


 ギルドの本部と王城に務める人数は、考えるまでもなく、薄利のギルド本部の仕事を欲しがる業者はいないのが本音のようだ。


 ジュンはルーカスに気になる事を尋ねる。

「島には行った事がないんですよ? 店とか露店はないのでしょうか?」

(露店の果実水巡りができないのは困るよね)


「ギルド本部には当然、商業ギルドも含まれておりますし、本部で働く者たちの居住区もございますから、世界中の物を取り寄せる事ができます。本部内には売店もあるようでございます。居住区の店は商業ギルドが直接運営している、世界で一番大きな店が一軒ございまして、食料品から魔道具、衣類から家具まで扱っておりましたね。私も拝見した時は驚きました。露店もその中にございます」


 一般人は入る事ができない島に、ミゲルやジェンナの友人として入ったと、ルーカスは少々自慢気に語る。


(ルーカスさん。でもそれ露店って言いませんよね? すましてますけど……)

 

 食事を終えて採寸をしてもらい、肉と売却分の金を受け取ると、ルーカスたちに別れを告げて町を歩く。

 

 サノアの町は竜が沢山いたが、モントニーは大きな果樹園でリンゴを育てているようで、あちらこちらにリンゴをモチーフとした物が見られる。

 店先にはリンゴが並び、酸味の強い物や生食用の甘い物まであって、ジュンはいろいろと買い込むと、香りの良い真っ赤なリンゴをほお張って笑みを浮かべる。


(倉庫って便利だよね。これがいつまでも新鮮なんだよ。うれしい)

 

 バターをたっぷりと買うと町を出て、早速テントに入る。

 次に向かうのはコンバルなのだが、モーリス家がある以上、テントは出せない。

 ジュンは小麦粉とバターで大量のパイ生地を作りながら、リンゴを煮ていた。

 

「我が家は皆パイ生地が好きだったから、ハガキサイズ。パイ皿の必要はなし。これがサクサクでおいしいんだ。アップルパイ、ミートパイ、カスタードパイにはかんきつ果物を入れてね。誰が食べるんだろ? つまんないよね一人じゃあ」


 ジュンはミーナ用に作って、もう使う事のない小さな壺を並べ、リンゴジャムを入れる。

 後片付けをして、掃除を終えると風呂に入ったのだが、中で何かを思い出したのか慌てて風呂からでると、すぐにテントの中で探し物を始める。


「倉庫にもテントにも、天井について書いてある物がないんだよね」


 欲しい物が見つからなかったようで、魔法陣でスライムに付加をして、夜空の見える天井付近に張り付ける。それから別のスライムに新たな付加を付けた。

 

「よし。これで外の雨音も聞こえる。足音も聞こえるから安心だよね。明日はコンバルだ。早く寝よう」

 

 コンバルで再会したい人たちの顔を、思い浮かべてでもいるのだろうか、なんとも締まりのない顔はしばらく続いていた。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ