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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
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第五十一話 石ころテントの受難

 随分とゆっくり眠った気がしてジュンは、目を開けて天井を見てつぶやく。

 

「熟睡していたけど、時間はたっていないのかなぁ? まだ夜中? いや、眠くないし……。腹もすいているんだけどね」

 ジュンはベッドから出ると、魔道具のあかりを付ける。

 いつものように洗面を終えたが、天井が気になり落ち着かない。


「やはり朝だ……。石の上に黒い物があるのかな? なんだろう?」

 秋なので落ち葉は考えられるが、真っ黒でそれは張り付いているのか、隙間があるようには見えない。

 木のないこの山に、辛うじてあったのは針葉樹。

 

「寝ている間に誰かに拾われて、ポケットの中とか?」

 ここは竜の居る山。命懸けの状態で石などを拾う人間がいるとは考えにくい。

 

「あぁ! 竜が食べたのかも? 胃石っていうんだっけ? アザラシとかワニとか、あぁ確か恐竜もだよね? そうか……。食べられたんだ。どうしようかなぁ」

 食べられたと結論を出したジュンだが、寝起きの思考回路だとしても、いささかまともではない。

 

「胃酸では溶けないと思うけど、竜が死ぬまで胃の中なのは困るよ。食料があっても一生分はないからね」

 真剣な顔で胃の中の妄想を語ってはいるが、竜の胃の中であると決まってはいないと、教える者は誰もいない。

 

「ここは、空間魔法域だから外の空間は切り取れない。物を送る転送陣は使えるけれど、僕がテントにいる事が条件になるから、テントを出て一瞬で転移するしかないな……。結局は出なきゃ駄目って事? いや。どこに出るんだろう?」

 無意識に独り言を言っているが、もちろん返事は返ってこない。ただ、動き出そうとはしているようだ。

 

「短かったけど、充実していたよね。友達もできて楽しかったなぁ。湿っぽくなる前に行こう! 二度目の人生が竜の腹の中で終わるのは嫌だ」

 テントを見回し、この世界で過ごした短い月日を振り返っているのだろうか、表情は暗いが決心はついたようである。

 

 その時、テントの中に光が差し込み、見上げた天井には空が見えた。

 

「え? えぇ! うそでしょ? あれ? 竜って猫みたいに毛玉を吐いたっけ? 鱗でしょ? そうか! 毛のある竜もいるのか! 毛のある竜で良かったよ。急いで出なくちゃね」

 人間は極限から解放されると、支離滅裂な言動をする事があるらしい。だが、妄想で極限までいけるかどうか……。いろいろと残念な気はする。

 

 ジュンは扉を開けた瞬間に、その場で立ち止まる。

 

 とりあえず息まで止めていては苦しいので、静かにゆっくりと息を吐く。

 目の前のお辞儀をすればぶつかりそうな位置にある、奇麗な金属のような鱗。

 生涯で顔を上げるのに、これだけの時間を要した事など、初めてに違いない。

 見上げた先にあるのはジュンを見つめる金色の瞳。

 縦長にはいっている瞳孔は魔物の証。


(僕……。なんで出ちゃったの?)


 そらす事のできない視線は息苦しい。

 息を吸いながら横目でチラリと周りを見ると、山々の頂きが見える。無論それを楽しむ余裕などはない。

 ジュンは諦めたのか、落ち着きを取り戻し石ころを拾って、ゆっくり竜に話し掛ける。

 

「初めまして。ジュン・モーリスと申します。つかぬ事を伺いますが、ここはどこでしょうか?」

『儂の住み処だ』

 質問をしたジュンだが、答えを期待していた訳ではない。

 

「は、はっ、話したぁ?!」

『儂は竜だ。人の言語など知らぬ』

「は、はい。そうですよね」

(会話ができているのに……。意地が悪い竜なのかな?)


『誰が意地悪だ。失礼な奴め』

 確かに初対面の相手に対し失礼ではあるが……。

 

「うわっ! 心が読める? あれ? それよりどうして食われないの? あれ?」

『落ち着け! 深呼吸をしろ』

 いろいろと精神が大変な状態なのだが、そこは素直なジュン。竜の言葉通りに深呼吸をする。

 

『これは魔力の交信だ。高魔力の者同士なら種族が違っても、会話ができる方法だ。お主は混乱しておるが、儂の声が聞こえるなら、お主にもできると言う事だ。それから、食われたい訳ではなかろう? 儂も食いたくはない。人は肉も薄くまずいと言われておるのだ。食うなら儂はうまい物が良い』

 

 自分が餌にならない事より、興味が先行したようで、ジュンは竜を熱く見つめる。

『も、もしもし……?』

『なんだ?』

『おう。できた! うれしい!』

『……良かったな』

 竜は少しどこかがずれている、目の前のジュンに、大きな首を少しかしげる。

 

『カイが別れのあいさつにここを訪れて以来だな? それにしてもよく似ておる。ジュン。いとこのカイには会えたのか?』

 

 ジュンは驚いて竜の顔を見る。

『どうしてそれを? カイには会えませんでした。すごく会いたかったんですよ?』


『そうか……。カイも会うのを楽しみにしていたぞ? してジュンはなぜこの世界に来る事になったのだ? また神に願い事をされたのか?』

 竜の声が優しいからなのか、カイの事を知っているからなのか、ジュンはこの世界に来て初めて、ここに来た経緯を話す。

 

『そうか……。魔法のない国で、病気をするのは大変なのだな。カイも随分好き勝手にやっていた。カイと違って戻れないなら、この世界を楽しむと良い』

『僕はこの世界が好きですよ?』

 ジュンはこの世界に来てからの話をした。辛かった事、そしてそれ以上に楽しい出会いが多かった事を……。

 

『ちょっと待て。賢者の石はあるぞ? ほらあそこに。見えるか?』

『見えますけど……。不老不死になりたかったのですか?』

『馬鹿を言うな。長生き過ぎてうんざりしているのだ。その上、死ねぬなどと考えたくもない』

『ですよねぇ。つかぬ事を伺いますが、昔、魔人族の女の子を助けた記憶がありますか? そしてあの石を見せた記憶はないですか?』


 しばらく考えて竜は声を出して笑いだす。

『助けたのは儂ではない。そもそもあの石はカイが作った物だ』

『なんですって?!』

 ジュンはカイが作ったと聞いた途端に、嫌な予感がして石を見る。


『儂の息子が、魔力が流れて止まらない病を患ったのだ。竜の子供はそれで命を落とす事が多くてな。治療に必要な草を取りに行く間、息子に儂が魔力を流せなくなるので困っておったのだ。竜は魔力がなくなると生きてはおれんのでな。そこでカイが自分の魔力を石に封じて、儂が戻るまで自分の魔力を流し、足りなければ石を使うつもりで留守の間の息子を引き受けてくれたのだ』


 ジュンはカイの優しさを思い出したのか、小さく笑う。

『それで息子さんは助かったのですか?』

『あぁ。元気に各竜の住み処の見回りをしておる。夕べ、火竜の山でカイの魔力の石を見つけたと持ってきたのだ、それがさっきジュンが出てきた石だ』


 魔力が漏れていたと聞き、ジェンナとの通話を思い出して、ジュンは苦く笑う。

 

『カイが人間だったから、息子には警戒心もなかったのだろう。息子が人の娘にだまされて、ここに連れて来た事がある。竜のねぐらには、脱皮した竜の鱗があると娘は聞いたようでな。娘は足を引きずりながら、ねぐらに行けば自分の病気は治ると息子に懇願したらしい。そこで、その石を見せて自分には、この石があるから死なないと言ったのだ。娘には見えなかったようだがな』


 竜の話にジュンは不思議そうに尋ねた。

『見えないとは? 病で目も悪かったのですか? 鱗で作る薬は知りませんが、脱皮はしないでしょう?』

 竜は大きな目を細めて答える。


『脱皮ができるなら、我々も人を殺さずに済むのだがな。かつてその石にカイは笑いながら仕掛けをしたんだ。その石は欲しいと願う人間には見えない魔法が掛かっている。賢者の石と名付けたのもカイだ』

 ジュンはカイと見た魔法使いの映画を思い出し、あきれた顔をする。

 

『残念な頭のいとこですみません。それで娘さんは?』

『あぁ。儂が戻って来て竜王だと名乗ると、元気に走って逃げたな。魔力は高いが魔法は火魔法だけだった。人里までたどり着いたとは大した娘だ。転移の道具でも持っていたのだろう。ここは人間が未知領域と呼ぶ場所にある山だからな』


『竜王様?! すみません。黒いお姿ですから飛竜かと思っていました』

『カイも同じ事を言っておった。全ての竜族の魔法は使えるが、色を変える事はできない。ただ、卵からかえった時は白いのだ。それが竜王の証になる。番を見つけると黒くなるのだ』


『番……。奥さん?』

『そうだ。あれは美しい水竜だった。白竜は母の命を奪って産まれる』

『すみません。立ち入った事をお聞きしました』

『かまわん。大きな魔力を持つ者はいずれにせよ。送る立場になるのだからな』

 ジュンは竜王を見つめる。

 

(僕も送る立場だよね……。まだちゃんとプロポーズもしていないのに、葬式の心配とかするなんて、嫌すぎる)


『別れのない出会いはないのだぞ? 落ち込む事もなかろう』

『あぁ。聞こえましたか? そうですよね。まだ出会いしか経験していないのですが、僕は別れる度に落ち込む事にします』

『それで良い』


 ジュンは竜王の言葉にうなずくと、辺りを見回した。

『ところで、ここはアルトロア国にあるのですか?』

『そうだな。ここにアルトロアができたのだがな』


 ジュンは解決したい事を思い出して、竜に尋ねる。

『スプリガンをご存じですか?』

『あぁ。時々、酒を抱えてやってくる』

『さっきテンダルの話に出てきた妖精が彼なんです』

『あれは火竜が好きでな。よく遊びに行っておったから、竜を狩りに来た人間を見たのだろう。本来の住み処はここの近くにあるのだがな』


『賢者の石は不老不死の石と信じられています。少し下火にはなって来ましたが、再燃はきっとするでしょう。カイが作ったギルドという組織を、カイの子孫が維持しているんですが、ここに賢者の石がある事を言っても良いでしょうか? ここなら、彼らには手が届かず、諦めるしかないと思います。スプリガンはこちらが静かになったら帰ると言っていましたから、騒動を鎮めたいんです』


『カイが作った物なのだぞ? ジュンが持って帰って子孫と考えた方がいい。ここにあると知れ渡れば、もっと死者が増えるぞ? 無事にここまでたどり着いても、儂は火竜より強いからな。第一面倒だ。ジュンが持ち帰らねば、空から適当に落とす事にするがどうする?』

 竜がニヤリと笑った気がして、ジュンはがっくりと肩を落とした。

 

(ミゲル様、スプリガン、竜王。種族が違うのにどこか似ている気がするのは、なんでなのぉ?)





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