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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
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第五十話  竜の山

 ジュンは五日間ほど歩いて、小さな村にたどり着いた。

 

 驚いた事にその村には、竜の山に向かう道しるべがある。

 本来であれば、危険な竜の山に行く者がいるとは考えにくく、ジュンは道しるべとそれが示す道の存在に違和感を覚える。

 山の麓には木々が茂っているが、遠目に見るその山に、植物があるようには見えないのだから、山に登る目的は一つしかないだろう。


 細い一本道は山に入る前の、少し開けた場所で行き止まりになっていて、四組程のパーティーが夕食の支度だろうか、たき火の前で作業をしている。

 行き止まりの先にいるのは警備兵には見えないが、バリケードとテントがあるので、その類の者たちなのだろうと予想がつく。

 

 ジュンが先に進もうとすると案の定、警備の者に止められた。

 

「ここから先は竜の山だ。立ち入りは禁止だ」

「立ち入る許可証が、必要なのですか?」

「危険だからだ。子供が来る所ではない」

「竜の山ですから、危険なのは承知しています。自分で責任は取ります」


 男はあきれたような顔をして、これ見よがしにため息までついて見せる。

「我々はギルド職員だ。カードを見せなさい」

「ありません。ギルドに所属はしていませんので」

「冒険者ですらない者が、山に行って何をする気だ? 中等教育を受けて、冒険者の登録をしてから来なさい。だいたい手ぶらじゃないか。帰りなさい。我々も忙しいんだ」


(何を言っているの? 冒険者以外は冒険をしないとでも? 冒険者以外は弱いと? どれだけおめでたい頭なんだか……。なんか言い方がムカつくから、素直になれないよ)


 ジュンは卒業の証も国籍証も見せなかったのだから、彼らの態度に問題がない事は理解をしているようで、彼に背を向けると歩きだす。

 腕にそこそこの自信を持つ冒険者を相手にする彼らは、()(ぜん)とした態度で対応しなければならない。ギルド職員は立ち去るジュンの後ろ姿に眉をひそめた。

 

 ジュンは周りからの視線を感じながら、近場の石に腰を下ろすと、果実水を出して飲み始める。

(さて、どうしたら良いんだろう? 別のルートを探すか……)


 確かに、たき火を囲んで、休んでいる人たちは年齢的にも、駆け出しの冒険者ではないように見える。

「坊主。竜の山に用事があるのか? 一人じゃ危険だぞ?」

 一番近くにいる男が、優しいまなざしでジュンに話し掛ける。

 

「僕は南の田舎で育ったので、竜を見に来たんです」

「そうか。王都に行けば竜騎士隊がいるから、遠目だが見る事が出来るぞ?」

「心配してくれてありがとうございます。皆さんは何をしているんですか?」

「待ち合わせだったり、パーティーの補充だったりだ。目的は同じだからな」


 ジュンは深く聞く事はせずに、男と少し会話をしてから来た道を戻る。

(どうせ人が行かない山なら道もないし、木がある場所を歩くのは慣れているから、正面を突破する必要もないよね)


 ジュンは人のいない場所まで来ると、木々のある場所と山肌が見える場所の、境目を目印に空間を切り取り移動する。

 木々のある場所は竜が来ないのだろうか、左目で冒険者のグループを確認する事ができた。ジュンは見つかると面倒な事になりそうなので、人のいない場所を探す事にしたようだ。

 

 左目を凝らし、竜の居場所を探し出したが、ジュンはそこで首をかしげる。なぜなら、一頭だと思っていた火竜を示す赤い光を、左目が複数表示したのだ。

 山の上には木がない理由がそれで判明したが、賢者の石が見当たらない。


(賢者の石はどこにもないようだけど? 竜の腹の中とか言わないよね?)


 空は既に夜の色をまとい始めている。

 ジュンはその場で立ち止まっていると、竜や冒険者に見つかりそうなので、石ころテントで休む事にした。


 

 テントに入ると、倉庫にある物で食事を済ませ、竜に関する書籍を調べ出す。

 現場に来てから、調べるのもどうかと思うが、ジュンは竜が一頭だと疑っていなかったのだから仕方がない。

 

 竜は火竜(赤)、地竜(茶)、水竜(青)、飛竜(黒)と四種類がいて、皮の色で呼ばれる事もあるようだ。その竜たちの頂点に全ての竜の特徴を持つ竜王がいるようだ。

 なる程、竜の王国と言われているのはうなずける。

 ちなみに、竜たちの皮と鱗は同じ色らしいが、竜王だけは色を自在に変えられるようで、本当の色は解明されてはいないらしい。

 

(あれ? 賢者の石は竜にとって、何の役に立つの? ただの石ころの一つであれば、その辺りに落ちているはずだし、大事な物なら竜王が持っている事になるよね。竜の住み処はそれぞれ違うようだけど、冒険者が集まっているって事は、火竜が持っているんだよね? でもこれって誰の情報なんだろう?)


 ジュンはギルドの職員が警備を担当していた事も気になり、ジェンナに連絡を入れる。

 ジェンナはルーカスとジュンの報告を受けて、動いている最中なので結果は待てと言ったが、聞きたいのは賢者の石の話だと告げると、気が重いのだろうか小さく息を吐き出してから話し始める。

 

「魔人族の長寿の占い師が、亡くなったんだよ。その遺品の中に覚書のような物があったようだねぇ。何でも若い頃に魔物に襲われていた所を、竜に助けられたと、にわかには信じられない始まりでねぇ。その竜の住み処で賢者の石を見せられて、竜に話を聞いたっていう事なんだよ」

 

 ジュンは信じられない話を耳にして、ジェンナに尋ねる。

「竜って話が出来るのですか?」


「さぁ。そんな話は聞かないねぇ。話せたらさぞかし竜騎士隊は楽だろうねぇ」

 ジェンナはそう言うと声を出して笑う。


「ただ、厄介な婆さんで、不老不死も夢ではないと、書いてあったようなんだ。その遺品の持ち主を、ギルドでも探したんだがね、多分この世にはいないだろうねぇ。質の悪い連中を雇った者は、一人や二人ではないようでね。噂はすぐに広まったからねぇ」


 ジュンは少し眉を寄せて聞く。

「覚書の行方も分からないのですか?」


「分からんのだよ。その婆さんが占いの店を出していたのが、エルトロアのサノアの町だったんだよ。火竜のいる山が一番近かったってだけだねぇ。その婆さんが若い頃に住んでいた場所はどこかと、考えもしない時点でまともではないねぇ。噂には尾ひれが付くからねぇ」


「そんな噂で、こんな事になったんですか? 高レベルの冒険者が、たくさん亡くなったと聞きましたが」

 大の大人が噂ごときで、命を落とすとは、ジュンでなくとも信じがたい。


「六級の四人は竜。五級の八人は仲間割れだよ。重軽傷者も多数出ていて、頭が痛い話だよ。不老不死を願うのは、金や権力に執着のある者だけではないのさ。冒険者はレベルが上がると、強い魔物を相手にする事も多くなる。おのずと限界を知るんだよ、そんな時に噂を聞いたら、欲が出ても仕方がないさねぇ。ただ、欲に目がくらんでしまったら話が変わるよ。ギルドでは賢者の石に関する依頼は、全て引き受けない事になっている」


「では、今も竜の山にいる人たちは?」

 ジュンは話をした男が、欲に目がくらんでいるようには、見えなかったのである。

 

「相手は竜だよ。高レベルは金に困ってはいないのさ。人の欲のために命は懸けないねぇ。いるのは高レベルに上がり切れずに、あがいている者たちだよ。六級と七級との収入の差は、天と地ほどの差があるんだよ。それはそれだけ危険だと言う事さ。彼らのほとんどは、試験で落とされている理由が、戦闘力じゃないんだがね。その事に気が付いた者は、そこにはいないだろうねぇ」


「筆記試験と面接があるんでしたよね?」


 レベルが上がれば上がるほど、試験の内容もレベルが上がり、人間性が重視される。それは中等学校の試験問題にも出る程の常識だった。

 

(七級からは未知領域の依頼が受けられるけど、そんな危ない依頼を受けたいのかなぁ? 僕に冒険者は無理だね。だって危ないでしょう?)


「そこに職員がいるのは、山に登る前に頭を冷やす時間を与えるためだねぇ。それでもパーティーを組んで挑むなら自己責任だねぇ。竜の素材はまだ持ち込まれていないから、現実を見て目が覚める者も、いるんだろうねぇ。頭が痛い話だねぇ」


「でしょうね。駆け出しの冒険者じゃあ、ありませんから、自分で気が付いていただくしかないですよね」

 

 ジェンナは人事のように言うジュンに、あきれたように聞く。

「それでジュンは、いつまでそこにいるのかねぇ。竜の素材でもほしいのかい?」


「ここまで来たついでですから、竜を見てから帰りますよ」

 ジュンは半分本気で答え、残りの半分は本音なので口にする事は避ける。

 

「大祖父が心配する。旅にしては危険だよ。早く帰りな。いいね?」

 ジェンナはジュンの心を見透かしたように言う。

「はい」

 ジュンはいたずらっ子のように、笑いながら返事をした。

 

 ジェンナとの通話を終えると、ジュンは明日に備えて休む事にしたようだ。

「明るくなったら、もう一度この山で、賢者の石を探してみよう。テンダル国の人たちやスプリガンのためにも、冒険者の人たちが諦める方法を考えなければね」

 

 ジュンはジェンナとの長話が、どれだけの魔力を使っているのかを、認識していなかった。

 今、外ではテントである石ころを見て、小首をかしげている竜が一頭。

 

 ジュンはそれを知る由もなく、ただのん気に眠っていた。

 

 



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