第四十七話 成人の儀の贈り物
テーブルを挟んで話し始めた二人に、お茶を出しながらジュンも席に座る。
「ダン。ジュンと旅をしたって言っただろう? このテントがあったから、俺は安全だったんだぜ。宿屋にはいくら俺でも、何日も居られないからなぁ」
「成る程な。ただの無謀な奴ではなかったのだな」
ダンとレオの会話にジュンが笑う。
「ダン。レオは僕から見ても十分に熱血漢で無謀だし、おまけに王子の自覚まで希薄だと思いますよ?」
「あぁ? どこがだよ? 王子らしいだろうが。それより小腹がすいた。何かないのか」
ジュンはいなり寿司や南蛮漬けや茶わん蒸しなどをテーブルに並べる。
「新作か? ダン。ジュンの料理は疑うな。これがわりと外れがないんだ」
二人は料理を食べ始める。
「へぇ。ジュンの料理の腕は知っていたけど、これは初めて見るな。うまいよ」
「本当にうまい。ジュンと会って、俺は嫌いな米や野菜が、好きになったんだぜ」
「確かに米は嫌う者が多いな。汁を吸収するから使われるようだが、飲んだ方がうまいしな。城でもスープのトロミは米らしい。こうして食せば、米はもっと人気が出るのにな」
(王子という調味料は、大抵の物をおいしくするようだね。異世界平民の味ですからね? 言えないけどさ)
「レオ。肉を焼きましょうか? ニーズヘッグがありますよ?」
「あれ、食えるのか?」
「食べられるらしいですよ」
レオの微妙な顔を見てジュンは笑う。
牛ならヒレの部位になるだろうか、赤身の良い肉だった。肉や乳の味は餌でほぼ決まる。牛乳が夏と冬で風味が違うように、同じ種類の牛でも輸入先の国により臭いも味も異なる。
妖精湖の水と豊かな緑。そこにいる魔物の肉を食していたのだから、臭いのある脂身のない内側の肉が、まずいとは考えにくい。
用心のため、マメキジ用に買った苦りを入れた水で、常温の肉を洗い、塩とコショウで焼き、その鍋で下ろしたネギに火を通し、モロミ汁を少し落としてテーブルに載せる。
「おいしいじゃないか! レオは肉なら何でも食べると思っていたが?」
ダンの言葉で、レオはようやく肉を口に入れる。
「うまい。すげぇ、うまい! あいつ、なかなかやるな……」
「レオ。その感想はどうなの?」
ジュンがあきれてレオを見る。
食後、レオがジュンとの狩りの話になって、ダンは自分が食べた物の正体を知ったが、うまい肉だったから先に聞かないで良かったと笑う。
ジュンは良い機会なので、レオに尋ねた。
「ところでレオの成人の儀は、終わったんですか?」
「いや。二か月後だが俺は二番目だからな、国内外の披露はなしだな」
「そう。じゃあ、お祝いを渡しておきますね」
そういうとジュンは大きな包みを差し出す。
「おぉ。ありがとうな。開けてもいいか?」
「いいですよ。返品は受け付けませんよ?」
「俺がそんな失礼な奴に、見えるのか? ジュンからだぞ? ありえねぇ」
レオは包みを開けると、そこには大きな光る魔石があった。
「これは見事だね。私は初めて見たよ」
ダンの言葉にようやく我に返ったレオが口を開く。
「おい。こんな高価なもん、もらえねぇよ。これ光の魔石じゃねぇか」
「返品は受け付けないって、言ったでしょ?」
ジュンは小さく笑って話を続ける。
「ニーズヘッグの魔石ですよ? 火のはずなんですけど、世界樹の根を長くかじっていましたからね。吐き出した火が最後だったのかもしれませんね? この世に二度と現れない魔石だと思うんです。レオ、最後の冒険の思い出に良いでしょ? 死なない限りは治せる程の、魔力を持った魔石ですしね。レオを守ってくれそうです」
レオは真面目な顔でジュンを見つめる。
「あぁ。ありがとうな。大事にする」
ジュンは少し照れたようにうなずく。
それから三人は旅の話になり、ジュンの鉱山の話になって、ジュンはダンに剣を見せる。
「礼儀用の鞘は金と銀なのだな。黒竜の革と赤い石は私と同じだ。ジュンによく似合っている」
「ありがとうございます。僕の立場で、直接王様にお礼は言えませんから、本部に頼みましたけど、ダンからも喜んでいたと伝えてください」
「忘れずに伝えよう」
ダンとジュンの会話を聞いて、自分もおそろいが欲しいから、三人で何かを作ろうと騒ぐレオを、二人はあきれて笑う。
(王子とのおそろいは、もう、いらないよ。恋人とでもしてくださいね)
夜も更け、ようやく三人はお開きにする事になった。
いつかまた旅をしよう……。誰もができる約束は、成人の儀を終えたら、二人にはかなえられない。それでも、ジュンは笑顔でうなずいた。
テントから出るとダンにメッセージが届く。
「ジュン。アルトロアの王とは知り合いか?」
「まさかぁ。王に平民の僕が、お会い出来る訳がないじゃないですか」
「ジュンの宿泊先を聞いてきたよ。スミス家に使いを出したら、入れ違いになったようだ」
ジュンは困った顔をして、ダンとレオを見る。
「面倒事でしょうか? 竜と戦えとか言われたらどうしよう? 断ったら処刑?」
二人は顔を見合わせて、盛大に吹き出す。
「ジュンなら戦えそうだがな。アルトロアは竜騎士隊がいて、竜を大切にしているんだぜ。竜は知恵のある生き物だ。この世界の八番目の王国と言われているしな。人が手出しをしなければ襲っては来ないぜ」
「レオが言う通りだよ。それでも竜の素材は高値だから挑む者も多いけどね。アルトロアで命を落とした飛竜の素材は、均等に各王家に分けられるんだよ。それはアルトロアの王が、それだけ竜を守りたいという事なんだ」
「じゃあ、僕は何で探されているの? これから行こうと思っていたのに、指名手配されてちゃ行けないです」
肩を落とすジュンに、ダンが優しく声を掛ける。
「アルトロアの王がジュンに悪意があるのなら、君はもぅ捕まっているよ。会ってから考えても良いんじゃないかな? 王はとても豪快な方で、楽しい方だよ。気楽にお会いすると良い。王家の者が自城に呼ばずに外で会うとは、そういう事だと覚えておくと良いよ」
ダンとレオが話し合い。ジュンはバルコニーのテントに宿泊して、明日三の鐘が鳴る時にダンの部屋で会う事になった。人払いは済ませておいてくれると言われ、従う事にする。
王が外に出向く事になると、警備の兵だけで数百になると言われれば、納得するしかない。
ダンとレオは長時間、部屋を空ける訳にはいかず、それぞれが自分の部屋のベッドに戻っていく。
ジュンはテントの中で後片付けを終えて、ゆっくり休む事にした。
三の鐘が鳴り響く部屋にいた人は、見事に手入れの行き届いた、緑の長い髪をしている。鍛えられていると一目で分かる長身の体に、甘く整った顔。その中にある深い青い瞳が優しくジュンを見る。
「ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます。ジュン・モーリスと申します」
「アブラーモ・コーベルだ。そのように、かしこまらないでよいぞ。普通に話をして構わぬ。カイ・モーリス殿が伴侶に選ばれたのは、私の大叔母のルル様なのだ。聞いていないのか?」
「はい。申し訳ありません。祖父以外の身内を知らずに、十五まで育ちました」
アブラーモは、悲しそうな顔をしてジュンを見つめる。
「ジェンナ殿に聞いておる。気の毒だったな。しかし私がおるぞ。もっと早く会いたかったが、なかなか国外へは自由に出られぬ身。遅くなったが、やっと会えた。私はうれしいぞ」
「お気に掛けて頂き、光栄でございます」
(どうしろと言うの……。いい人そうだけど扱いに困るよ)
「大叔母のルル様は祖父王の妹。随分と気性が強いお方だったようだ。ご自分より強い者以外の嫁にはならぬと公言して、大層皆を困らせていたらしい。今でも二人の出会いを吟遊詩人が歌っておるぞ。私の好きな演目の一つだ。聞いた事はあるか?」
「いいえ。ございません」
「そうか、ならばいつでも城に来ると良いぞ。吟遊詩人を呼ぼう。退屈はさせぬ。楽しみにしておくが良いぞ」
(いやいや。いとこのコイバナとか、大爆笑でしょう? どんだけ本人が嫌がるか想像がつくしね)
アルラーモ王は、ジュンと会うのを楽しみにしていたようで、何かに不自由はしていないのかを尋ね、ないと知ると安心したように、上機嫌で色々な話を始める。
国内の問題にあえて触れなかったのは、カイの息子であるシオンの二の舞を、踏ませたくはないようだ。
一時間程の話が終わり、解放されたジュンは王都の外に転移してため息をつく。
ミゲルやジェンナとは血縁関係にあるが、アルラーモ王とは全くない。
嘘を真実で通すには、嘘を重ねなければならない。
ジュンの顔が晴れないのは、仕方がない事だろう。




