第四十四話 青紫の目の妖精
山々の奥にその岩の山はある。
植物の衣をまとっている、土の山とは異なり、まるで大きな、一つの岩のような山。
見上げる程の垂直に切り立った岩山に、巻き付くように作られた道。
月が出ている澄んだ夜空にもかかわらず、山頂は見えない闇で姿を隠し、無数の稲光が見えている。
小さくなって姿を消しているシルキーが、ジュンの肩でクスリと笑う。
「随分と機嫌が悪いのね? 威嚇しているわ」
「まがまがしいよね……」
山の中腹に本来はある警備所が、今は山の一本道の入り口の横に移されていた。
小柄な警備兵が道の前に立ち、ジュンに告げる。
「ここは立ち入り禁止だ」
「はい。お仕事、ご苦労様です。許可書を持参いたしました」
ジュンはダンからもらった、許可書を差し出す。
「王子の許可書があるのなら構わないが、今夜はそこの小屋で休んだらどうだ? 昼間でも山道は危険だ。夜はなおさらだな。それになぁ、今日帰った冒険者が怒らせたようで、あの調子だよ」
警備兵は上を見上げてため息をつく。
「何をしたんでしょうね?」
「さぁ。ギルドが指名依頼をしたようだから、それなりのレベルの六人パーティーだったが、三日間幻覚を見せられていたらしい。何とか二人が四人を連れて下山したが、二人は正気に戻るかどうか……」
諦めたように兵士は首を振る。
「相手は子供ですか? それとも巨人でしたか?」
「いいや。私も聞いてみたんだが、姿は見ていないらしい。それぞれ別の幻覚を見ていたようだ」
「そうですか……。ゆっくり行きたいので、このまま登ります。ありがとう」
兵士は少し驚いた顔をしたが、王子が許可を出した以上、口出しはできない。
小さな詰め所から、別の兵士が出て来て、その小柄な兵士に声を掛ける。
「おい。あれ子供だろう? 一人で行かせて大丈夫かよ?」
「王子の許可書だぞ? 止められるかよ。一人で退治ができる訳はないし、鉱山に詳しい者すら連れていない。怖いもの見たさの人間族の貴族なんだろう?」
「だろうな……。パンツの替えは、持って来ているんだろうな? 在庫はないぜ」
二人の兵士は興味すらなくしたように、通常任務に戻っていった。
ジュンたちは兵士の姿が見えなくなると、一気に頂上にある坑道の入り口まで移動する。
「誰だ!」
「僕はジュン。初めまして」
フードを深くかぶった男は、三メートル程もあるだろうか? 大きな鎌を構えてジュンを見据える。
「どうやって入ってきた」
男に答えたのは、姿を現したシルキーだった。
「スプリガン。その鎌を収めてよ。久しぶりね?」
「シルキー殿……」
男は姿を瞬時に変える。
青白く透けている姿はドワーフより小さかったが、子供ではない。顔の半分は髭に覆われ、アーモンドの形の目は瞳がなく、青紫色に二つ並んでいる。
ローブから出ている手の爪はとがっていて、立派な杖が握られている。そして何よりジュンを驚かせたのは、彼が、生きてはいない事だった。
「なぜこちらに参られた」
「私の大切な方が、ここの鉱石がどうしても必要だからよ? あなたと戦う気もないの」
その言葉に一瞬ジュンを見て、スプリガンはシルキーを見る。
「人間ですぞ? 尊きお方を苦しめ、我々を殺りくした人間をお信じになるのか」
「私たちに悪い子が、いなかったと思っているの? いたわよ、たくさん。人間も同じだわ。ジュン様はね、あの卑きょうな召喚師を退治して、私を助けてくださったわ」
スプリガンはその青紫色の目を、夜空に向けるとため息をつく。
「卑きょうにも逃げ回っていたあやつは、もぅ居ないのか……」
「そうよ。それよりあなたはなぜ、こんな所にいるのかしら?」
シルキーが小首をかしげて、のぞき込む。
スプリガンは杖で一方向を指し示す。
「あちらの方角の奥で、欲深い人間が殺し合い、竜に挑んで血を流している。私のいる場所に、強欲な悪意、殺意、絶望の気が流れ込んで来た。その気で正気をたもてそうになかった私は、静かになるまでこの場所にいる事にしたのです」
その話を聞いていたジュンは、迷惑そうな顔でスプリガンを見る。
「人間が嫌いなら、なぜこの場所に?」
「私は鉱石の魔力が好きなのだ。ここは人間が穴を掘り、むき出しの上等な鉱石がある。私がいた所ほどではないがな」
彼は面白そうにジュンを見る。
「向こうが静かになったら帰る。それまでは誰も入れさせぬ。そろそろうるさくてかなわぬ。手加減はそうそうしてやらんと皆に伝えよ」
「我が儘ですよね。伝える事はしますけど、僕に権限はないですからね?」
「分かっておる」
ジュンはスプリガンが、少し偏屈な爺さんにしか見えなくなって笑う。
「僕の友人がようやく、幸せになれるかもしれないんです。アダマンティウムを持って行ってもいいですか? 彼に剣を作ろうと思っています」
「伝言の駄賃をやらねばな。これを持って行くがいい」
スプリガンは袋を二つ手渡した。首をかしげながらジュンが中をのぞくと、そら豆位の大きさのアダマンティウムの粒がたくさん入っていた。
(あれ? 金属だと聞いていたけど、重くはないんだね。初めて見たけど地球の一円玉の方が重いかも)
「青い袋の石で大切な友の剣を作ると良い。赤い袋の石は、シルキー殿を助けていただいた礼だ」
「こんなにいいんですか?」
「構わん。その赤い袋のアダマンティウムは長い間、私が持っていた物だ。どちらも剣を作れば良き物になる」
「ありがとうございます」
うれしそうに頭を下げたジュンに、スプリガンは目を細める。
「スプリガン。私からも礼を言うわ、ありがとう。またね?」
「シルキー殿。次にお会いできる日を、楽しみにしておりますぞ」
ジュンはシルキーを家まで送ると、そのままダンの部屋に転移する。
「ダン。起きてよ」
「ジュン……。どうした?」
「重大な話があります」
ジュンはお茶をダンに手渡して、鉱山で受けた伝言を話し始める。
シルキーの名前もスプリガンの名前も出さず、ただ妖精とだけ伝える事にしたのは、彼らの安全のためである。
「俄には信じられないが、アダマンティウムがこうしてあるのだから、本当なのだろうな……。ジュン。悪いが君の姓を父に話してもよいか? モーリス家なら父にも信じられるだろう。私のためにけが人を出す訳にはいかない」
すまなそうに見るダンに、ジュンは笑顔を向ける。
「はい、もちろんいいですよ。僕からこの国の王子へのお祝い。僕から森のダンへ友情の証ですからね」
ダンはうれしそうに、その顔を崩す。
ジュンはダンの部屋から、今度はスミス家の部屋に転移する。
(無事に到着。夜が明けるまで少し眠れそうだね)
疲れてはいるのだろうが、ジュンの顔には小さな笑みが浮かんでいた。
ジュンは熟睡していたのだろう、目覚めると気持ち良さげに伸びをする。
食事の匂い、食器の音、人の声、生活感のある音が心地良く聞こえて、ジュンはほほ笑む。
人様の家でそうダラダラとはできないので、起き上がると洗面を済ませ、階下に行きスミス家の人たちとあいさつを交わす。
朝食は豆や芋、ニンジン、キノコと腸詰めを煮込んだ物に、キャベツの酢漬け、パンと油揚げが出される。
ジュンには少しボリュームのあるメニューだったが、夕べは動き回っていたせいで空腹だったのだろう、奇麗に平らげる。
食後のフルーツは、いささか手が出せなかったのは仕方がない。
コールに連れられて鍛冶場を見せてもらっていると、鍛冶場の外に騎士が並んだ。
「てい鉄も作っているの?」
「いいや、作っていない。彼らは近衛騎士団だよ」
「ふぅん」
ウーリーが手紙と荷物を受け取っているが、その荷物は確かに見覚えがある。
(アダマンティウムが届いたんだ。これで成人の儀に間に合うね)
コールの説明が上手で、鍛冶場の動きも分かってくると、職人たちとも言葉が交わせるようになって来る。
楽しく過ごしていると、コニーが二人を呼びに来た。
土間ではウーリーが眉間にしわを寄せ、腕を組んで座っている。
「コール。鉱山は騎士団も冒険者も、手出しができなかった山なんだぞ! お前は一人でそんな山に行けるのか? お前はジュンに命を救ってもらった。それなのに、ジュンにまた命を掛けさせたんだぞ? 何を考えているんだ?!」
コールは状況が把握できずに、父親に問う。
「父さん。なんの事?」
これはまずいと、ジュンは慌てて口を出す。
「ウーリーさん、誤解です! 僕は王子と友達だったんです。まぁ王子とは知らずに遊んでいたんですが……。この街に来て彼が王子だと知って、成人の儀を知ったんです。僕にできるお祝いなんて、何もないですからね。コールの家族と王子に喜んでもらいたくて、鉱山に行ってきたんです。コール。黙っていてごめんね」
コールは苦笑いをしてジュンを見る。
「ジュン。けがはしていないのかい?」
うなずいたジュンに、ほっとしたため息をつくとコールは口を開く。
「止めても行くと思っていたよ。鍛冶屋の息子として許可書を握って、付いて行こうと思っていたんだ。ボクには戦えない。でもジュンの盾くらいに、なれるかもしれないと思っていたんだ。どんな感謝の言葉を言っても足りない……。ジュン。本当にありがとう」
しっかりと見つめるコールの目を見て、ジュンはとびきりの笑顔で告げた。
「コール。その一言が僕は一番うれしい」




