第四十三話 入坑許可書
コールは、大きなため息を一つつくと、肩を落とす。
「言ってもどうにもならない事なんだけどね。ミスリルって知っているでしょ?」
「うん。貴重な金属ですよね?」
「でも、打てる鍛冶師は少ないけどいるんだよ。剣も貴重だけどあるだろ?」
「ありますね。目にした事もあります」
コールは優しい顔でうなずく。
(僕の倉庫にもあるよ。クレアにも贈ったしね)
「アダマンティウムはどうだい?」
「そういえばないかも……」
コールはその答えを、知っていたかのように大きくうなずく。
(倉庫にはあるようだが……)
「アダマンティウム鉱山は、ここテンダル国と魔人族のアルトロア国の間にあってね。両国の警備所が置かれているんだ」
「貴重だから盗まれるの?」
「高価で取引はされるだろうけど、扱えなければ意味がない。アストロアで扱えるのは父さんの弟だけだし、テンダルでは父さんだけなんだ。ドワーフは魔力が少ない者が多いんだ。我が家の火魔法は、鍛冶にしか使えないけど、魔力は高い家系なんだよ」
(両方死んだら、どうするんだろう? とは聞けないよね)
「鍛冶にしか使えないってどういう事? 火魔法は攻撃特化ですよね?」
「火を出す事ができないんだ。金属の温度をどこまでも上げる事しかできない」
「錬金術が使えるって事?!」
コールは首を大きく横に振る。
「鉱石から金属を取り出すだろ? その金属に熱を加えるだけ、つまり炉だよ。ただ、その金属に制約はないって事」
「あぁ、そうか。だからアダマンティウムでも、打てるって事なんだね?」
「そう」
鍛冶屋には火を飛ばして命を狩るより、必要で便利な魔法に違いない。
コールはそのまま、話を続ける。
「テンダルの王家は、継承権一位を持つ王子の成人の儀で、王からアダマンティウムの剣が王子に渡されるんだ」
「伝統の剣なの?」
「その剣は亡くなっても身に付けるから、毎回、王が作らせるんだよ」
(墓荒らしは大丈夫なのかな?)
「ウーリーさんはすごいですね。作ったんだぁ。見たかったですね」
「問題はそこなんだ。鉱石すら手元にないんだ」
「え? えぇ! 何で? 国の儀式だから、鉱石は手に入るんですよね?」
「そう。入坑許可は出ているんだけど、誰も入れないんだ」
(聞きたくないけど……。これって……。聞くしかないよね)
「魔物? 人?」
「恐ろしい妖精らしい」
「いやいやいや。それはないでしょう? 妖精って普通はかわいいでしょ? 奇麗かなぁ?」
ジュンはシルキーしか知らない。子供の絵本の妖精は、恐ろしい姿であってはならないのだから、当然だが愛らしく描かれている。
「一歩も入り口から入れないんだ。騎士団は向かっている途中で、城に帰されてしまう。冒険者は巨人を見たとか、幼児を見たとか言って二度と行かない。ギルド本部の特務隊は、アルトロアで騒ぎがあり、高ランクの冒険者が多数、命を落としているからね。こちらは死者がいないし、人命優先は当然だからね。人脈を頼って引退した冒険者に、お願いをして歩いていたんだ」
「騎士団も冒険者も駄目なんですね? ねぇコール。そこに行くには許可書が当然いるんですよね?」
「え? ジュン。まさかね? 駄目だよ。今回は止めさせてもらうよ。人じゃないんだよ。絶対に駄目」
何度言っても、絶対に駄目だと言うコール。
「うん。分かったけど一度だけ挑戦させて。死人もけが人もいないんですよね?」
「駄目。心がやられるらしい」
「そうなんですか……」
(これは言っても駄目だよね? その前にこの件は協力して良いのかが、気になって仕方がないんだけど……)
「この窓から見えるお城の、どこにいるんでしょうね? 王子様」
「分からないよ。でも東は大きな出入り口があるから西かなぁ」
その日は旅の疲れもあるからと、早々に就寝をする事にした。
ジュンは空間を切りとり、城に近いメフシー商会の影に移動した。
それから城の西まで歩き、あかりのない小さな窓の中に、生命反応がない事を確かめてから移動する。
(右の壁の向こうは近くに六人。左は三人。でも名前が出ない。どこにいる? ダンどこに……。いた!)
二つ上の場所にダンの名前と、生命反応の点が見えた。
ジュンが出た場所が、ダンの背後だったので、声を殺して話しかける。
「ダン。声を出さないでください。ジュンです」
ダンは振り返り、大きく目を見開いてから、優しく笑う。
「随分と早く再開できたね。何者なんだい?」
「え? 友達でしょ?」
「違いないけどね? 大騒ぎになるから茶もだせないな」
ジュンはニッコリ笑うと果実水を二つ出した。
「毒味しますか?」
「いや。ジュンを信じているからいただこう」
「この季節に、春の果実もいいでしょう?」
「本当だ。うまい」
衣装だけは立派になっていたが、ダンはあの日と少しも変わっていない。
「成人の儀だって聞きました。いいんですか? 剣をもらってしまったら、逃げられないでしょ?」
「気にしてくれたんだな。母は寂しく逝った。権力に固執していた二人もね……。そんな立場を望んでもいない私が、座る椅子ではないと思っていたんだ。ただ、皆にそれを望まれれば、そう無下にもできない。本当に迷っていたんだ。でもジュンに出会った」
そう言って、ダンはほほ笑む。
「僕? 何かしましたっけ?」
「いや。あの小屋で私は三年も一人だった。そんな私と楽しそうに、過ごしてくれただろう? 王族になって友人はできたけど、私は過去の自分をあの小屋に、置き去りにしている気がしていたんだ。本当の私にも、友達を作ってやれた気がしてね。変だろう?」
ジュンは首を振って、小さく笑う。
「ごめんなさい。分かるんです。もう一人の自分を、僕も置いて来ましたからね」
「そうか……」
「じゃあ。大丈夫ですね? 成人の儀。ちゃんと王子になるんですね?」
「あぁ。なるよ」
ダンは、とびっきり良い笑顔で告げる。
「じゃあ。入坑許可書を書いてくれないですか?」
「え?」
「僕は今、鍛冶屋のスミスさんの家にいるんです。それで鉱山の事を知ったんですよ。鉱石を持って来る事が、ダンのためになるのかどうか迷って、直接聞きに来たんです。成人の儀のお祝いに僕が取って来ます。だから書いてください」
ダンは困ったような顔をして、小さく息を吐いて言った。
「いいかい。本当に何があるか分からないから、一人で行ってはいけない。けが人が出ていないとはいえ、騎士団でも駄目だったんだ。今回の儀式に間に合わなくても、即位に間に合えば良いんだ。まだまだ先の話だからね? もし、仲間と通る事ができたら、ジュンは自分の分を取ると良い。男なら興味があるもんな」
「はい。僕の名前はジュン・モーリス。そこに名前を書くでしょ?」
ダンは少し目を凝らして、ジュンを見た後。許可する事を書く。
「ありがとう。楽しみにしていてくださいね」
ジュンはそう言うと、空間を切り取り帰っていく。
ダンは小さく笑ってつぶやく。
「山道で転ぶなよ。怖かったら帰って来るんだよ。私はアダマンティウムより、君の方が大事だよ、ジュン」
誰かを待っているかのように、小さなあかりがある部屋に、突然声が響く。
「シルキーいる?」
ジュンはダンの部屋から、戒めの森の家に転移して来た。
「ジュン様。お帰りなさいませ。ここにいるわ。先日はごちそう様でした」
「あ、どういたしまして。聞きたい事があるんです。あ、その前にミゲル様にごあいさつをしなくては……」
「いないわよ。本部に呼ばれて、しばらく戻れないみたいなの。お茶を用意するわ」
シルキーは少し寂しかったのだろう、お茶をだすと笑顔を見せる。
お茶を飲みながら、ジュンは鉱山の話をシルキーにした。
「妖精ってシルキーの他にもいるの?」
「いないわ。でも彼は私と同じ時間この世界にいるわ。昔は私たちを良く助けてくれたのよ。名前はスプリガン。その山には誰も入れないわ。妖精の結界は、エルフの結界のように、優しくはないの」
シルキーは悲しそうに言う。
「僕は友達のために、そこに行くと決めたんだよ。彼と戦う気はないんだ。その先の鉱石が必要なだけなんだ。良い方法はないかな?」
「彼と戦う気がないのなら、方法はあるわ。ジュン様。私を連れて行けばいいのですわ。彼はかつて、妖精族のガーディアンだった者。私に結界はきかないわ」
「シルキー。僕に力をかしてくれる?」
「えぇ。もちろんですわ」
シルキーはみるみるうちに小さくなると羽を広げ、ジュンの肩に座ってから、彼の髪を一束握り告げた。
「ジュン様。参りましょう」
ジュンは横目でシルキーを見て、ほほ笑んだ。